
2019年4月29日
ハクビシンとの戦い
私が中国で労働ビザと戦っている間に、
日本は八王子にて新たな戦いが始まっていた・・・
「パパぁ〜天井裏にハクビシンが住み着いたみたい・・・」
!(◎_◎;)・・・さすが八王子・・・(>_<)
写真が送られて来たが、どうやらこの部分に穴が開いていて、
そこからハクビシンが侵入して来て天井裏でガサゴソいってるらしい・・・
「ハクビシンは美味しいらしいっすよ」
とバーべQ好きの隣の仮谷さん。
調べてみると・・・
「中国南部では、広東料理、広西料理、雲南料理、安徽料理などの食材として煮込み料理などに用いられている。独特の臭みがあるため、ニンニク、醤油などを用い、濃厚な味にするのが普通。」
捕まえて食うか!!!(笑)
しかし写真を見てみると・・・
か、か、可愛い・・・無理!!(>_<)
「飼えばいいではないか!!」
と思ってみるも、更に調べてみると・・・
「日本ではトウモロコシ・カキ・ブドウ・ミカンなどの畑作物・果樹などを食害する害獣とみなされることもある」
・・・とそれより、
「このほか、民家の屋根裏に棲み着き、足音による騒音や糞尿による悪臭で、生活被害をもたらす事もある」
・・・と、これが問題(>_<)
後に発見される天井裏の糞尿・・・
しゃーないなぁ〜・・・というわけで駆除のお願いをすべく、ネットで業者を探す・・・
そのうちのひとつが見積もりに来てくれるということになったが、
「建物の所有者自身がおられないとダメ」
ということらしい!(◎_◎;)
しゃーないなぁ〜・・・というわけで帰国のタイミングで業者に来てもらう・・・
「所有者ですけど、何か同意書にサインとかしたりするんですか?」
所有者がいなけれダメだと言うのだから所有者である証明とか必要か?
とか色々心配をしてたのだが、
「いえ、別に何も要りません」
おいおい!!お前がワシがおらないかんと言うからわざわざ帰国して来たんやぞ!!
それやったら別にワシがおらんでもええやん!!
何じゃそれ!!
・・・ワシはもうカチンと来て、相変わらずの日本の「役に立たないマニュアル社会」に嫌気がさす・・・
だいたい「所有者の許可が必要」という「仕事」をちゃんと遂行するのなら、
ワシが所有者である証明を提出させるべきである。
「そうまでしなくても」と言うなら、そもそもワシを海外から呼びつける必要はない!!
もっとちゃんとしたいなら委任状か何かを提出させればそれですむのでは?
どっちにしてもちゃんとしてない。
つまりは自分たちが楽をするために顧客に手間を取らせている。
これが「プロ」の仕事か?!!(怒)
「これは足場組まなきゃなりませんので100万以上はかかりますねぇ・・・」
あのね、中国の労働ビザなら幾らかかろうと、ワシのビザがなければ困る音楽業界の人はなんぼでもおるんやから幾らでも金貸してくれる(笑)。
でもうちの天井裏にハクビシンがいて困る日本の業界人はいないわけで、
それより何より日本の音楽業界でワシに100万も貸してくれる金持ちはおらん!!(キッパリ)
だいたいこのように「仕事の出来ん」業者の出した見積もりを信用出来るか?!!
早々にお引き取り頂いた・・・
その後、八王子には記録的な暴風雨が来たらしく、
それを境にハクビシンさんはお引越しをなされたのか足音は鳴り止んだということでしばらく忘れていたのだが、ここに来てまたガサゴソと足音が復帰・・・
お帰りになられたのか(>_<)
さてどうするべきか・・・
糞尿被害が怖いので早々に駆除と穴とかの修繕をせねばならんのだが・・・
金がない!!(>_<)
そうだ!!困った時には「正義の味方」を呼べば良い!!
聞けばうちでレコーディングしたことがある「ぱんちょマン」が、世界平和のために歌を歌うかたわら、世を偲ぶ仮の姿として(笑)「つくろい」という会社をやっているらしく、
世界平和のためならきっと金銭的にも無理を聞いてくれるはずだぞ!!・・・
・・・というわけで時空を超えて小田原から飛んで来てくれて見積もり・・・やっぱ100万超え(>_<)
しゃーないなぁ〜・・・何とか月賦にしてくれんかと頼み込み、作業開始!!
いや、これハンパなく本格的・・・こりゃ100万超えるわ・・・!(◎_◎;)
問題は、キャンピングカーのローンもあるし、どうやって金を払うか・・・
「日本の皆さん、ワシに仕事下さい!!」
とか言ったところで日本におらんのやから日本の仕事出来ん(>_<)
かと言って、支払いを待ってもらえば待ってもらうほど今度はぱんちょマンの生活を脅かすことになる・・・
うーむ・・・
そうだ!!とりあえず日本の皆さん、ぱんちょマンに仕事下さい!!
ええ歌歌いまっせ〜
もしくは世を偲ぶ仮の姿(素顔晒してるから世を忍んでないやん!!)の「つくろい」にもお仕事下さい〜
それで持ちこたえてもらってる間にワシも何とか金稼がねば・・・(>_<)
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2019年4月25日
労働ビザとの戦い
アメリカがトランプ政権になってから外国人の労働ビザが取りにくくなったのと同じように、中国でもどんどんと厳しくなって来たようだ。
「ようだ」と言うのは、私は仕事の出来る簡単なビザを持っているのだが、それがどんどん厳しくなって来たそうで、そのままだとヘタしたらドラム叩いてる時に公安がステージに上がって来て、そのまま連行されて強制送還・・・なんて噂もある((((;゚Д゚)))))))
こりゃちゃんとした労働ビザ取らないかんなと思い立ったのが去年の夏。
それからずーっとその戦いを続けている・・・(>_<)
今ではこんなにややこしいのよ〜(涙)
何よ!このランク分けって(号泣)
これはねぇ、中国には今アフリカからの不法労働者が多く、
それが中国人の労働を奪ってるとか、
アメリカのメキシコ人みたいなことが起こっとるんですと・・・
だから「学歴のないヤツは要らん」と!(◎_◎;)
あのね、学歴に関係ない職業として音楽家を選んで、
ここに来て学歴で弾かれると・・・(涙)
あとね、60歳はもう定年でしょ?
何でビザ必要なん?
60歳になったら申請も受け付けんと!(◎_◎;)
もうね、だから去年から命がけでずーっと戦ってるのよ・・・(>_<)
まずは日本で色んな証明書を取り寄せる。
卒業証明書はまだいいが、警視庁行って無犯罪証明書!(◎_◎;)
よかった〜犯罪歴なくって(>_<)
まあ書類を、いっぱいいっぱい手に持って中国に渡る。
それを持って「就業許可証」というのを申請するんだけど、
これがまあ大変なこと大変なこと(>_<)
まず芸能ビザみたいな項目を見つけたのでそれで申請しようと頑張る。
「人民大会堂ぐらいの施設で自分名義のコンサートを行ったことがある」
という資格を見つけて、
「ワシ、爆風名義なら武道館どころか代々木体育館もやったことあるやん!!」
と思ったら、
「国の主催イベントじゃないの?じゃあ遊びでしよ?」
!(◎_◎;)
中国は国家に認められた第一級音楽家免許を持ってる人しか音楽家と認められんからなぁ〜
ロックなんかでそこで演奏したってそれは金出せば誰だって出来ることでしょ・・・みたいな?・・・(涙)
ワシなんかワシなんか、別に音楽大学出てるわけじゃないし、
職に関して何にも資格を持ってるわけじゃないしぃ!!(号泣)
もう学歴ないわ資格ないわ、ここに来てこんだけコンプレックスにさいなまさせられるとは夢にも思わんかったぞ(>_<)
そこでついに発見した・・・「経営者ビザ」!!
ワシは中国人が日本で起こした会社の代表取締役!!
曲がりなりにも立派な「経営者」ではないか!!
しかもその会社は中国の音楽ビジネスの会社の「関連会社」である!!
もうすぐ60歳でも経営者で申請したら通るかも知れんぞ!!
いや〜人助けやと思て会社起こすの手伝っててこんなところで役に立つとはのう・・・
というわけでそれで申請しよう!!
ところがここで問題が・・・
ここで「就業許可証」が出たとしたら、
今度はそれを日本に持って行って日本の中国大使館でZビザを発行!!
発行には数日かかるので、秋の布衣の長い長いツアーの合間にはその申請が出来ない(>_<)
じゃあ布衣のツアーが終わってから日本に帰って申請して、
それを中国に持って行って・・・
「末吉さん、それ持って中国に入国したら、1ヶ月から1ヶ月半は出国出来ませんよ」
!(◎_◎;)
では冬に日本で全くスケジュール入れずに北京に行ってひと月半滞在するか・・・
「あ、その時期は春節があるから無理ですねぇ」
(>_<)・・・あのね、ワシにどうしろと言うの(涙)
というわけで春節の辺りの日本ツアーの間に日本で申請して、
それ持って春の布衣のツアーで入国したらそのままひと月半どころか2ヶ月以上中国国内ですがな!!\(^o^)/
というわけで日本にて無事にZビザをゲット!!
ツアーは広東省から始まるので、
カンボジアかベトナムから直で広東省に入れば近いではないか〜・・・
っと思ってたら、
「Funkyさん、入国したらすぐに住居証明取らなきゃならないのに、広東省だと取れないでしょ」
!(◎_◎;)
しゃーないなぁ〜・・・というわけで広東省を飛び越えて一度北京まで飛ぶ(>_<)
北京の公安で住居証明書を発行!!
今回北京に戻って来たのはビザの申請のためなのよね〜 トランプ政権のアメリカと同じく取得がどんどん大変になる(>_<) まずは住宿登记表を取るために公安局・・・ 公安怖い・・・何もしてなくてもしょっぴかれそうで・・・中国ではシャレにならんからのう・・・ガクガクブルブル - Spherical Image - RICOH THETA
そしてそこからまた引き返して広東省からツアー開始!!
・・・ところが2週間後に就業許可証の申請のためにパスポートが必要というわけで、福建省の移動日に北京にとんぼ返り(>_<)
そしてまたすぐとんぼ返りでツアーに復帰したら、今度はまた2週間後に居留許可証の発行のためにまた北京に来いと・・・(>_<)
しかも!!
あなたは「経営者」ということでビザを申請してるんですからね!!
経営者らしい格好をして来て下さいよ!!
経営者らしい格好って・・・(>_<)
しゃーないからライブハウスのオーナーから借りた!!
これ・・・オーナーが結婚式の時に来たっきりなんですと・・・
ちなみに中の白いシャツは現地で買いました(>_<)
安徽省芜湖から始発の高速鉄道で、途中南京乗り換えの時に牛肉麺食ったら汁が飛んでこの有様(>_<)
着なれんものはこれやから・・・(>_<)
半日かけてやっと出入国管理局へ!!
ここで仲介業者に釘を刺される。
「中に入ったら中国語話さないで下さいよ!!喋れないことにしといたら私が全部自分で説明出来ますから」
ボロが出るのか?経営者のボロが出るのだな!!(涙)
でもまあ「面接」というほどちゃんとした面接ではなく、一応「本人確認」ぐらいで終了!!パスポートを預けてこれをもらう。
ここからツアーにとんぼ返りして、乗る飛行機、鉄道、ホテルのチェックインなど全てのところでこれがパスポート代わりになるのだ!!
嫌やなぁ・・・「これ何や」言うて職員に突っ返されるの(涙)
「もうこれで最後ね!!」
と仲介業者に確認するのだが、
「じゃFunkyさんはいつパスポート取りに来るんですか?」
!(◎_◎;)・・・3回北京に往復したらよかったんちゃうん?あんたがパスポートを旅先にでも送ってくれたらええやん・・・
「この紙がないとパスポート受け取れません」・・・(>_<)
それによく見ると「取証期限」というところに4月25日と書いてある・・・
その期限が切れたらこの用紙の有効期限が切れて列車や飛行機に乗れないかも・・・
((((;゚Д゚)))))))
スケジュールを見てみると、ちょうど25日は山東省临沂から同じく山東省青島までの移動日・・・
むっちゃ大回りになるけど北京行きます!!行かせて下さい!!(涙)
もうね、パスポート失くした時にあれだけ大変だったんだから、この紙切れの有効期限切れたら・・・終わる!(>_<)
というわけで今日!!
とんぼ返りで北京に帰って来てパスポートゲット!!
そこにはこんな居留証が押されてたのでした!!\(^o^)/
しかしここからまた戦いが始まる・・・
ビザは2年間あるが、それを更新する時には60歳を超えてるのでおそらく受け付けてくれないだろう、と・・・
!(◎_◎;)
ほなどうすんの?!!・・・
そうですねぇ・・・自分名義の会社でもこちらにあれば・・・
60歳になるまでに就労先を変更せねばならんので新たに会社起こすのは間に合わんぞ・・・
そうや!!日本の会社はLuanShuの会社の子会社なので、
そこの総経理であるワシを親会社の名義に入れてもらえばいいのではないか?!!
60歳まであと3ヶ月ない・・・間に合うのかワシ・・・
戦いは続く・・・そしてワシはどんどんホンモノの「経営者」になってゆく・・・
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2019年4月22日
布衣2019年春のツアー河南省
前回爽子(Shuangzi)のツアーでお世話になったLuanShuのお友達、
実は隣町の開封(KaiFeng)という街の人だったようで・・・
前回のツアーの時も「開封には来ないのか」とウルサイ(>_<)
そんなこともあってのこと(?)なのか今回初めて開封でのライブが実現した。
安徽省淮南から河南省開封への移動日は朝から「何時に着くんだ」とウルサイ(>_<)
わざわざ駅まで迎えに来てくれた・・・
前回の鄭州でのメッセージグループに着いた旨を投稿したら、
「アニキは日本の東京から中国の東京に来たんだよ」
という書き込み・・・???どういう意味???
聞けばここ開封は宋の都、昔は「東京」と呼ばれていたらしい!(◎_◎;)
北京と南京は知ってたが、東京もあったのね!(◎_◎;)
ちなみに西安は西京と呼ばれていたらしい・・・
ライブハウスは河南大学の近くにあるらしく、
大学の周りは屋台で埋め尽くされていていい感じの街・・・
「屋台は開封の文化だよ」
と説明されたが、北京も上海も、大都市からはどんどんなくなっているこの風景・・・
その日ご馳走してくれた料理で一番美味かったのがこの鯉!!
鯉は小骨が多いので揚げてから調理をするが、
酢豚のタレを絡ませるのはよく見るが、この醤油ダレが絶品であった・・・
まあこの日は食い終わってからゆっくり寝かせてもらって、
翌朝ちょっと街をぶらぶらしたら何と喫茶店が!!(◎_◎;)
さすが学生街・・・サンドイッチのモーニングがあるというので頼んでみた。
洋風ではあるが味は中華(笑)
さて夜のライブも学生だらけで大盛り上がり!!
これこれ、ダイブは危険だからやめなはれ!!
全く予定されてないところでドラムソロを振られるので何かと思ってたらLaoWuのギターの弦が切れたのね!(◎_◎;)
さて何をやるか・・・次の曲バラードなんですけど(>_<)
何をやろうか考えながらソロを叩いてたけど、やっぱプロレス技に(笑)
しゃーないなぁ〜・・・
右手ー左手ー右足の3連が終わっても戻って来んから左足も加えて4連!!まだ戻って来ん!!(◎_◎;)
日本では弦が切れることを想定して色々準備するけどこちらでは弦は切れん前提やからなぁ・・・
しゃーないなぁ〜・・・5連まで行った時にやっと出て来た・・・
リズムソロ!!
ちなみにステージが狭くてドラムを真ん中に置けないのでこのように端っこに追いやられています(笑)
終了後は店にあった「不接受批评啤酒」!!
つまり「批判は受け付けませんビール」!!(笑)
その後は待ち構えていた「お友達」と食事!!
地元開封からひとり、お隣鄭州からひとり、LuanShuから紹介された人がとても熱烈な件について・・・(>_<) しゃーないなぁ〜・・・ワシだけでも付き合わないかんやないの〜これが中国!! でもLaoWuは小屋のオーナーんとこ行って他のスタッフは駆けつけてくれて助かった〜\(^o^)/ - Spherical Image - RICOH THETA
鶏肉が絶品でした〜
シメは名物の胡辣汤(HuLaTang)!!
酸辣汤(スワンラータン)の酸っぱくないやつです!!
焼肉マンも名物だとか・・・
次の日の新郷(XinXiang)は去年も来たアンダーグラウンドなライブハウス!!
客が熱狂的なのよ〜!(◎_◎;)
当然ながら暑いのよ〜(涙)・・・
朦朧としながらドラムソロ!!
サイン即売会も終わって放心してたら、
「メシはどうするか?」と・・・
「ホテルに出前頼んで食おうか・・・」
となってたけど、それでは酒の選択肢がビールしかない。
「それならここに出前しよう!!」
ということになって打ち上げ!!
店で飲むといいのは酒が何でもあること!!
まずはワインを頼む!!
中国ではだいたい店のオーナーが酒を奢ってくれます。レストランで飲むとビールの後は白酒しかない環境から店で飲むと何でもあるから助かるのです!!今日はワイン!!その後カクテルをご馳走になる所存でございます。 ツアーメンバー9人もいて酒が飲めるのこのベーシストだけ(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA
そしてカクテル!!
さすがB52の連続イッキは効きますなぁ・・・
千鳥足で帰って上着を忘れてまたスタッフに迷惑をかける(>_<)
ちょっと酒も残りつつ次の街「安陽(AnYang)」
ここは前回来た時にも思い出深かったのだけれども、
地元のバンドが手作りで作ったライブハウス!!
(その時の話〜https://www.funkyblog.jp/2018/05/post_1250.html)
ライブハウスは潰れておらずにまだあった〜!!\(^o^)/
ドラムセットは台湾製のMapex!!
シンバルが得体の知れないメーカー(笑)
せっかくなのでそのまま叩かせて頂いた・・・
ところで、この3本の河南省と、来月にある省都の鄭州には河南省の若いバンドがOAとして同行していて、若いドラマーにステージの上からワシのドラムを見るようにと指示していた。
勉強になったかのう・・・ドラムソロ!!
まあ気合いだけでも伝われば(笑)
さてそのまま打ち上げに行くのだけれども、
このライブハウスのオーナーでもある地元のバンド、
前回来た時は火鍋屋を経営してたのだけれども、
それが潰れて飲み屋になったと聞いていたのだけれども・・・
何と立派な居酒屋!!
去年はこんな看板を出して店を休んでライブに来てたのだけれども、
今年も!!!(◎_◎;)
料理を作ってくれるのは二人のドラマー!!
給仕は刺青だらけのベーシスト!!
いや〜かっこいい!!(涙)
ほんま、みんなかっこよくって涙が出て来た・・・
世界で一番ロックな居酒屋!!
次に来た時も潰れずにいて欲しい・・・
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2019年4月19日
布衣2019年春のツアー安徽省
4月1日に一度黄山に入ったもののまた浙江省に抜け、
(その辺の話はこちら)
上海、江蘇省と廻って、ここからが本格的に安徽省のツアー!!
安徽省はいつも長いのよねぇ・・・
思うに、昔は一番貧しかった安徽省が、今は経済発展目覚ましく、
それゆえお金持ちも多くライブハウスもどんどん出来て来ているからではないかと思う・・・
はてさて、江蘇省蘇州から安徽省銅陵(TongLing)へと移動〜
前回と同じホテルに泊まって、その前のマッサージ屋で働く少数民族と飲む!!
いやね、ずーっと寒かったからやっと「ワシの夏が帰って来た!!」と思ったのよね・・・
そしたらこの後どんどん気温が下がり、次の日は雨になって気温11度(>_<)
まあ中国の春はこんなもんね・・・
でもドラムを叩けば熱気ムンムン(死語)!!
終演後は小屋のオーナーがケーキを用意してくれました〜
まあ誕生日はまだまだ7月なんですけど(笑)
中国では「今年が60歳」と言うと毎日がもうお祝いなんですと・・・
まあこちらは「数え歳」ですからな・・・もう60歳・・・
次は珍しく平日2連チャン!!
初めて来た芜湖(WuHu)という街のライブハウスにはなんとネコがいる!(◎_◎;)
騒音・・・大丈夫なんやろか・・・
ネコを気にせず大音量でドラムソロ!!
そしてその後は私はビザの申請のために北京にとんぼ返り!!
とんぼ返りでドラムソロ!!(別にバク転をしているという意味ではない)
安徽省安慶(AnQing)、この日はそんなに客が多かったわけではないのだけれども、その少ない客にめがけてダイブをする危険なお客さん!(◎_◎;)
いや、危ないからやめなはれって・・・(>_<)
ちなみに日本ではライブで死人が出たことがあってモッシュやダイブは通常は禁止されているのだが、
規制だらけのような中国では逆にこれらは規制されていない。
まあそのうち死人が出ると思います(>_<)
続いて省都である合肥(HeFei)に移動!!
乗り打ちでドラムソロ!!
ツアーも長いので煮詰まらないようにリズムソロでは新しいフレーズもどんどん入れてゆきますが、フリーソロはいつもと同じプロレス技!!(笑)
週末は必ず3連チャンなので、そのまま初めての場所「六安(LiuAn)」に移動、乗り打ち!!
初めての土地ではオーナーがご馳走してくれることが多く、
この日も素敵なホテルに泊まらせて頂いてご馳走してくれました!!
出番前なのでビールは飲まず、ドラムソロ!!
「Funkyさん、今日のドラムの音はむっちゃよかったですねぇ」
とスタッフのヤオヤオ君。
「そうかぁ?一生懸命チューニングしたからなぁ・・・」
と気をよくしていたが、動画を見ると・・・ヤオヤオ君、スマホのマイク部分を手で覆って撮影したね?・・・音がこもっておる(>_<)
アンコールの方はちゃんと撮れていた!!
この日のステージをバーカウンターから食い入るように見ている若い衆がいると思ったら、この店で箱バンをしている地元の若いドラマー。
その後、店に出前を取って打ち上げしてたら色々と聞いて来るので酔いどれドラム教室!!
次の日、その次の日は移動日現地オフなのだが、
きっとオーナーがホテルを取ってくれるからだろう、次の日も六安に滞在して、いいホテルでゆっくり休ませて頂きました〜
その翌日にゆっくりと淮南(HuaiNan)に移動〜
またこちらのオーナーからもいっぱいご馳走になりました〜
この街は去年の春のツアーでは初日だったので記憶によく残っているのだが、
その時はたしか小小屋のドラムセットを叩いた。
ツアー初日のライブハウスを借りてゲネプロ、いやニューアルバムの曲は初めて演奏するのでリハーサル〜(笑) 中国のライブハウスはシンバルを常備してないところが多いので持ち込むならクラッシュ2枚の軽装備、タムも1タムでやりまする!! - Spherical Image - RICOH THETA
ところが今回は地元のパール倶楽部の老師がパールのセットを持って来てくれた!!
張老師、実は20年前に上海で会っているらしい・・・
写真を見せてくれたのだが全然覚えとらん(笑)
さすが30年もこの国で活動していると全国どこに行っても知り合いがおるのう・・・
(ワシは覚えていないのだが・・・(>_<))
ドラムソロ!!
どうやらヤオヤオ君、携帯を手で覆って撮ってたわけではなく、
携帯を横にするとマイクとの接触なのかおかしくなるようだ・・・
パソコンで修正してアップ!!次からは私の携帯で撮ってもらおう・・・
縦にして撮ると大丈夫!!
はい、かくして長かった安徽省のツアーも終わり、いよいよ北上!!河南省へ向かいます〜
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2019年4月15日
大事なのはスティックの速度!!
布衣ツアーの撮影スタッフからこんな写真が送られて来た。
彼が興奮してこんなことを言う。
250分之一秒的快门速度拍的,
也就是0.04秒,这个快门速度拍雨水都不会出现拖影。
(250分の1のシャッター速度で撮ったんだよ。
それって0..04秒。
この速度で撮ったら雨だって残像を残さないんだから)
確かに左手のスティックが残像を残している・・・
まあ「雨よりも速い」のが果たしてむっちゃ速いのかどうかは別にして、
ドラムの音の大きさにとっては「力」よりも「速さ」が重要である。
(連打の速度とはまた別)
私は「人より音の大きなドラマー」だと言われているが、
決して筋肉隆々なわけではないし、どちらかと言うと「非力」である。
そんな私が人より大きな音を出してるんだから、それは「力」によって大きな音を出しているものではないことはわかるだろう。
要はスティックを振り下ろす「スピード」なのである。
スティックの先端がヘッドに当たる瞬間に、「どれぐらいのスピードで当たっているか」の方が、「どれぐらいの力で当たっているか」よりも大事であるということだ。
経験上、馬鹿力で力任せに叩いた音色は、いいフォームで鳴らした音よりも「抜け」が悪い。
要はスナップや腕の返しや指の力などをうまく統合して、
「どれだけ力を抜いて大きな音を出すか」
ということが大事なのである。
スピードを稼ぐためにはやはりスティックを大きく振り上げる。
効率よく上半身が全く動かないのでほんの軽く叩いているように見えるが、
実はスティックはムチのようにしなって自分の頭の後ろぐらいまで降り上がっていたりする。
実際に木で出来たスティックがしなるわけはないが、
腕と手首と指との連携でしなっているような動きをするわけである。
当然ながら長いスティックの方が先端がヘッドに当たる速度が速くなる。
長いほどコントロールが難しくなるが、
Funky末吉モデルのスティックは実はPearlのスティックの中で他よりちょっとだけ長い。
(工藤ちゃんの棍棒のようなスティックは除く)
RockもJazzもやれるように太さはそんなに大きくなく、
丸いチップではなく細長い。
これはシンバルに当てる角度で音色が違って来るということで、より多彩な表現力をサポート出来るのだ。
ちなみにスティックを振り上げるタイミングだが、
自分としては無意識なのだが、どうやら遅い曲だと16分前とか、
速い曲だと8分前とか、リズムに合わせて振り上げているようだ。
そして小さい音の時には振り上げを小さくする。
これによって、ヘッドに達するまでの速度が上がり切らないうちにヒットするわけで、その分速度が落ちる、つまり音が小さくなる。
実はかく言う私も30歳の頃、
無理なフォームで力任せにドラムを叩いていたので「もうドラムが叩けない」と思った時期がある。
その時に頑張ってフォームを直し、そして今に至る。
今年で60歳。まだまだどでかい音でドラムを叩ける理由はこの「フォーム」にある。
高速ツーバスや、高速フレーズを多用するドラムソロ以外では、
ドラムを叩くという「運動」においてほとんど「疲れる」ことはない。
道を歩くのと同じように、何も考えずに最小の労力で一番大きな音が出せるわけだ。
音量や音色で悩んでいるドラマー諸君、一度自らのフォームを見直してみればどうだね・・・
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2019年4月14日
布衣2019年春のツアー江蘇省
さて、上海で美女達と共演した後は、またむさ苦しい男どもの御一行で旅が続く・・・
無錫、蘇州は上海からすぐなので移動が楽である。
蘇州から無錫もタクシーで行ける距離で、
蘇州に住む朋友チャッピーさんも駆けつけてくれた。
会場がまた広いのよ・・・
相変わらずおもろい顔してドラム叩いてます(笑)
ドラムソロ!!
フリーソロは真後ろからのアングルで!!
鉄板ネタ(笑)手足完全分離の進軍ラッパフレーズ!!
客席から見たらこんな感じ・・・
そして、その日は偶然にもチャッピーさんのお店「COCORO」が開店1周年記念だったらしく、華を添えに行って来ました〜
ちょっとドラム叩いたらこんなにご祝儀くれた〜\(^o^)/
実は1年前の今日、開店パーティーの時も布衣ツアーで無錫にいたので華を添えに行っていた!(◎_◎;)
縁ですなぁ・・・というわけで、無錫に来たら必ずここに寄るでしょう(笑)
散々ご馳走になってベロンベロンでホテルに帰って二日酔いで隣町蘇州へ移動!!
蘇州は東洋のベニス!!水路がたくさんあって綺麗な街です・・・
ライブハウス!!
水路沿いにあって素敵な空間・・・
でも狭い(>_<)・・・ここに昨日と同じ人数が入るのだ・・・(涙)
こんな感じ・・・
ドラムソロ!!
終了後そのまま蘇州の日本人街へ行って打ち上げ〜!!
週末4連荘終了!!まだまだ元気です(笑)
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2019年4月11日
末吉のドキュメンタリー映画
布衣のツアー映像などをまとめた「偶像(OuXiang)」というドキュメンタリー映像がもう800万ヒットとなっているらしい・・・
その監督が上海からまたツアーに同行している。
「今度はお前を撮りたいんだってよ」
LaoWuが私にそう言った・・・
(>_<)
いや、今回のツアーのテーマは「Funky還暦!!(笑)」みたいなもんだと言うからそれもいいんだけど・・・
嫌いなのよねぇ・・・撮影されるのって(涙)
小さい頃から写真嫌いでうちには「アルバム」というものがない。
カメラを向けたら逃げたりそっぽ向いたり・・・
うちの息子が小さい頃にカメラを向けたら同じ態度をとったので
「こんなんも遺伝するのか?・・・」
と愕然としたことがある。
その時の話・・・
爆風スランプがデビューして、
毎日毎日取材に追い回される毎日・・・
ほんま・・・嫌いやった(>_<)
まあでも慣れたっつうか、
一昨年だったか張嶺(Zhang Ling)のバンドで撮影した時に、
逆に懐かしくなって、慣れてない他のミュージシャンに色々アドバイスをしたというのも自分的には非常に興味深い・・・
しかしまた「密着取材」となるとこれがまた別の「しんどい」んやなぁ・・・(涙)
その時の話・・・
もうね、「魂を抜かれる」っつう感じ?・・・
消耗感がもの凄い(>_<)
基本的に「長く回していい部分だけを編集する」っつうのが整理的にダメなのよ・・・
昔ダウンタウンのHey!Hey!Hey!っつう番組に出た時、
番組上ではあれだけトークで盛り上がっている番組が、
実は「こうやって撮っているのか」と愕然とした記憶がある。
10分とかのトークの部分撮影のためにそれはそれは長くカメラを回す。
浜ちゃんだっけ松ちゃんだっけ、
何か話題を振る→河合が天然で返して受け答えられない→しーん・・・
しばらくしてまたどちらかが話題を振る→ちょっとウケる→ウケて終わったらしーん・・・
こんなことを何回か繰り返して、
私なんかの印象は30分だか1時間だか、
とにかく「しーん」としている・・・
まあ「どっちらけ」の映像の中から盛り上がっている部分だけを繋ぎ合わせて、あんな「盛り上がっている」トーク番組に作り上げるわけだ。
それまでの人生の全てを数分間に凝縮して、
同じようにそれをぶつけて来るミュージシャンと、生きるか死ぬかのセッションを繰り広げる「仕事」をしている私には、この作り方が基本的に全く肌に馴染まない。
だから、使うか使わないかわからないのにずーっとカメラを回されてるっつうのが苦痛で仕方がないのだ・・・
そんな話をツアー先でスタッフのヤオヤオと飲みながら話していた。
「その頃の話を聞かせて下さいよ。昔Funkyさんが明星(MingXing)だった頃の話・・・」
まあ「伝説」っつうのは尾ひれがついて独り歩きするもんだが、
ここ中国では、
「Funkyは昔は大明星で、金も名声もむっちゃあったんだけどそれをぶち捨てて中国に来たらしいぜ」
ということがロック界では伝説になっている。(笑)
とある歌手のバックでドラムを叩いた時の話、
その歌手(当然ながら大明星)がこんなことを言った。
「Funkyさん、明星やめてこちらに来てドラマーやってるんですって?どうしてやめたんです?明星ほどいい商売はないじゃないですか・・・」
いやね、辞めたっつうか事務所とケンカして辞めさせられたっつうか(笑)
でもね、今のこの生活の方が全然楽しいよ・・・
などと言ってもこれがまたなかなか理解してくれない(>_<)
まあ中国で語るなら、私がプロデュースした零点(LingDian)というバンドの話が一番わかりやすいだろう。
中国ロックの歴史の中で一番商業的に成功したバンド・・・
わかりやすく言えば「一番金を稼いだ」バンドである。
日本で言うとサザンオールスターズみたいなもんか?
そのアルバムのプロデュースをすることになって、
ドラマーの二毛(ErMao)は私にこう言った。
「Funkyさん、僕はもう1年近くドラムを叩いてないから・・・」
え?!(◎_◎;)・・・年間200本近くのライブをこなして荒稼ぎしているバンドのドラマーが?・・・
実は彼らが稼いでいるのは「ロックコンサート」ではなく「歌謡ショー」、
すなわち、全国で繰り広げられる数万人規模の歌謡コンサートに流行歌手たちと一緒に出演して、当て振りで何曲かヒット曲を演奏して莫大なギャラをもらって帰る・・・
そんな生活をしてたら、気づいたら「もう1年近くドラムを叩いてないなぁ・・・」ということなのだ。
まあそんな生活が好きな人もいるだろう。
でも私にとっては「何か」が違う。
女にモテたいからバンドを始めたヤツもいるし、
大成功して大金持ちになりたくて、
また大スターになって有名になりたくてというヤツもいる。
でも私の場合、あんまりそんなことは思ったことはなかったなぁ・・・
ただ純粋に、「Rock」というもの(Jazzもそうだが)を初めて聞いた時に、
「このスピーカーの向こうの人は神様だ!!」
と思った。
そして自分もそんな「神様」になりたいと思った・・・
でもひょんなことから気がついたら「街を歩けば振り返られる有名人」になった。
でも街で呼び止められてサインをねだられる、
「爆風の人でしょ。サイン下さい」
と来て、
「爆風の何やってる人なんですか?」
という人生のどこが面白いかねぇ・・・
昔何かの歌番組に出てた時に、
「ひな壇」というまたアホな(笑)場所で他の歌手が歌うのを見てなければならない。
ふと見ると隣は浅香唯ちゃん、その反対側はトシちゃん、
そんな大明星に挟まれて、アホ面してぼーっと座っている。
そもそも朝から晩までずーっと拘束されて、
何度も何度もカメリハだ何だと「当て振り」をやらされて、
とどのつまりに生放送でここにぼーっと座らされているのだ(>_<)。
業界用語で「抜き」というのだが、
赤いランプのついたカメラで出演者のアップを撮り、
画面がそのアップ映像に切り替わる。
隣の浅香唯ちゃんが抜かれて、
それが足元のモニターに映し出される。
生放送なのでそのモニターの映像が全国に今流れているわけだが、
浅香唯ちゃん、抜かれた瞬間にランプのついているカメラに向かって「一番いい顔」をする!(◎_◎;)
反対隣のトシちゃんが抜かれたら、
やっぱりその瞬間に、カメラ目線で例のあのジャニーズ顔の「一番いい顔」をする!(◎_◎;)
「スゲー!!こいつら・・・プロだ・・・」
と呆けてる私の顔が抜かれて、今度はそのアホ面がモニターに映し出される(>_<)
当時はインターネットも携帯もなかった時代なので、
家の留守番電話にまたたくさんの友人から、
「お前またつまらなそうな顔してテレビに映ってたなぁ」
とメッセージが入っている。
つまらないんだから仕方がない(>_<)
まあそれがすぐに顔に出てしまうところが「プロ」じゃないのよなぁ・・・
またある時はタケシの熱湯コマーシャルの番組に爆風で出た時、
まあプロモーションは中野と河合が中心で話して、
私と和佐田は「一応メンバー(笑)」みたいな扱いで二人の後ろでぼーっと突っ立っている。
中野も河合も面白いことを言える人間なので司会者であるタケシに突っ込まれるのだが、
そこに番組のレギューラーであるダチョウ倶楽部の上島が、
突然後ろから前に出て来て面白いことを言ってタケシにスリッパで頭をしばかれた。
会場バカ受けでそのまままた私たちの横を通って後ろに帰ってゆくのだが、
私はその時に見たのだ。
カメラに背を向けてこちらに向かって歩いて来た上島が、誰も見てないのに
「よっしゃー」
とばかりにガッツポーズをして帰ってゆくのを・・・
中野や河合にかなうわけがない!!
この人は「面白いことを言って人を笑かす」のの「プロ」なのだ。
そしてそれを頑張って、晴れ舞台としての「テレビ」がある。
浅香唯ちゃんもトシちゃんも、こうしてテレビに出る、抜きが来る、それが彼らの「夢」であり、その「夢」が実現した「晴れ舞台」なのである。
だが私は違う。
自分の「音楽」をプロモーションするために、
嫌で嫌でたまらないこの場に「プロ」達と一緒にいるだけの話である。
逆立ちしたってかなうわけがない・・・
「ここは自分の生きてゆく場所じゃない」
とどのつまりはそういうことである。
同じ勝負するなら自分が得意なことで勝負したい。
生きてゆくなら自分が楽しいところで生きてゆきたい。
ドラム叩いて(まあ作曲やアレンジやプロデュースも含めて)生きてゆけたらこんなに楽で楽しいことはないではないか!!
Jazzに目覚めて、それこそ「神様」のような先人たちの演奏を聞いて、
「あんなに叩けたら楽しいだろうなぁ」
といつも思ってて、
まあそこまではまだいけてないとしても、今でも相当楽しい(笑)
そんな自分のドラムを、この国の若者たちが、
それこそ昔私が目をキラキラさせて先人たちの演奏を聞くように聞いているのを見るにつけ、
小さい頃の「夢」は異国の地であるここ、中国で叶ったんだなといつも思う。
あのまま明星(MingXing)やってたら今頃自分はどうなってたかな・・・
などと考えるにつけ、私は本当に中国ロックとの出逢いに感謝をする。
「中国のロックにこれだけの大きな貢献をしてくれて・・・」
などとよく言われるが、むしろお礼は私の方が言いたい。
私は確かにこの国のロックに大きなものを残した。
でも中国ロックはもっと大きなものを私に与えてくれた。
中国ロックが今の私の「人生」を与えてくれたのだ。
心から「ありがとう」と言いたい。
そしてまだまだ私に与えられるものがあるなら、それを死ぬまで与え続けてあげたい。
そんな話をヤオヤオと飲みながら話していたら、
突然あの監督のことを思い出した。
「あの監督はFunkyさんに相当ビビってますからねぇ・・・」
そりゃ私はさぞかしいつも嫌な顔をしてたのだろう。
悪いなぁという気持ちと共に、
「こんな話をしっかりと話させてくれるんだったらインタビュー受けてもいいよ」
と思い始めた。
「監督に伝えといて〜」
そうヤオヤオに伝えてその日はお開きとなったが、
翌日監督が神妙な顔をしてやって来た。
「Funkyさん、ヤオヤオから聞きました」
そう言って真剣な表情でこんなことを話し始める」
誤解のないように話しておこうと思いまして・・・
この映画のタイトルの「偶像(OuXiang)」は決してFunkyさんが思ってるような「アイドル」って意味じゃないんです!!
私は監督の話を遮ってこう言った。
「わかってるわかってる、みなまで言うな。あんたの作品見たら全部理解出来るって!!」
日本で言う「アイドル映画」を撮るんだったら、
「農民ボーカル」などと言われてるLaoWuなんかを使いませんって(笑)
中国語で「偶像派(OuXiangPai)」「実力派(ShiLiPai)」という言い方もあって、それは日本の「アイドル」と「実力派」みたいなものだが、
私なんかもよく言われる「你是我的偶像!」という言葉はニュアンスが全然違う。
たいていの場合、次に「崇拜你(ChongBaiNI)」が続く。
「あなたを崇拝している」・・・まあニュアンスで言うと、私が小さい頃スピーカーの向こうの神様たちに対して抱く感情なのである。
この「偶像(OuXiang)」というドキュメント映画シリーズ、
次に私を撮るなら撮ればいい。
何でも協力するよ・・・
そう言った瞬間に、監督は連れて来てた2人のカメラマンを私に紹介して、瞬く間に3台のカメラがびったりと私にそれこそ「密着」し始めた!(◎_◎;)
それこそ私がコーヒーを買いに行く時にもついて来て、
外に出るまでコーヒー屋の玄関でずーっと廻している(>_<)
この時・・・
そして会場戻ったらいそいそとカメラをセッティングしてる監督・・・
あのね、カメラがボーカルじゃなくガチでドラムに向いてるじゃないの!!(>_<)
どこにいてもカメラがいる(涙)
もうね・・・やっぱイヤ!!やっぱ断る!!
これが延々ずーっと続くってやっぱ耐えられん!!(>_<)
そもそも取材モノって基本ノーギャラなので我慢のしどころを見つけにくいのよね。
他の仕事だったら「仕事だから」ということで対価に応じた我慢をしようと思えるのだが・・・
そんなことを考えてる時に、LaoWuがこんなことを言い出した。
「Funky!!決まったぞ!!12月24日、この偶像のイベント、今度はスタジアムでやる!!ストリングスオーケストラも入れるからお前音楽監督な!!」
!(◎_◎;)
まあええよ、「仕事」やし〜
その為の密着取材やったらまあ・・・それも「仕事」や思て・・・
・・・しゃーないなぁ〜・・・
監督〜絶対に顔に出るし、機嫌も悪かったりするけど、
それも含めて「ドキュメント」やからな、よろしくお願い致しますm(_ _)m
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布衣2019年春のツアー上海
数日前のことである。
取材かなんかでLaoWuが
「上海はスペシャルライブになるからね、民族楽器も何人も入れて・・・」
とか言ってるので、思わず
「何のこと?」
と聞き返してしまった。
ワシはドラマーでもあるけどお前らのプロデューサーやぞ!!
何でワシにひと言も言わん!!
・・・ってか譜面誰が書くのよ!!
「え?言ってなかったっけ?・・・」
(>_<)・・・まあええわ、やる曲言うてや、譜面書くし・・・
「いや、今回は民族奏者が耳コピするから大丈夫」
・・・大丈夫かなぁ・・・(不安)
しばらくしてから「4・5民乐」というチャットグループが作られて、参加する民族楽器奏者と私とが初めて繋がった。
挨拶を交わして、今ライブで使ってる民族楽器単独のプログラム音源も送りつけておく。
そしてこの時点ではこの民族楽器奏者が美人揃いであることも、いや女性であることさえ知らなかったのだが、当日会場に入ってぶったまげた!(◎_◎;)
びわ奏者の韩妍(Han Yan)ちゃん
古筝奏者の关琳(Guan Lin)ちゃん
そして揚琴奏者の易镍泽星(YiNie ZeXing)ちゃん
何なのこれ?!!
その昔アンプラグドのコンサートやった時はおっさんばっかりやったやないかい!!(涙)
それぞれのアー写はこんな感じ・・・
いや、むしろすっぴんで普段着の方が全然可愛いぞ!!
そして気になるのが、会場をうろうろしているもう一人の美女・・・
その正体は後に明らかになる・・・
さて美女に見とれてばかりはいられない。
耳コピで適当に演奏されてて音がぶつかったりしてたら直さねばならないので、普段何も返さないモニターには民族楽器を爆音で返してもらう。
・・・ってか美女たちも自分の音をモニターするのに四苦八苦しているようだ。
ドラムやエレキギターの音と比べて民族楽器の音はとても小さい上に、
琵琶は音程が危ういのをチョーキングなど使って調整しながら弾くし、
古筝も弦を左手で押してチョーキングして弾いたりするので、
自分の音が聞こえないと音程がぐちゃぐちゃになってしまう。
ほぼ毎日ライブをやってるバンドメンバーはもうリハなど数曲しかやらないが、今回は初めてのお手合わせ(美女相手だとイヤらしく聞こえるなぁ・・・笑)なので、一緒にやる(これもイヤらしく聞こえるのはワシの心が汚れているのか・・・笑)曲は全部リハーサルをやらねばならない。
結構ヘトヘトでリハーサルを終えたのだが、本番までの間美女と楽屋で一緒にとなったら疲れも吹っ飛ぶに違いない・・・\(^o^)/
ところが楽屋は全く別(>_<)
彼女たちは彼女たちの楽屋で、ワシらはワシらでむさ苦しい楽屋なのでついでに昨日干せなかった洗濯物などを干す(笑)
その間、彼女たちはメークをし、衣装に着替え、楽屋で写真大会をしていたようだ・・・
はい、ここに第4の美女がいます・・・その正体は打ち上げの時に明らかに・・・
さて本番!!
うむ、やっぱり何より華がある!!
そして彼女たちのプレイ、
革命の楽曲しか聞かずに育った世代とは違い、
あらゆる音楽を聞いて育った彼女たち世代はリズム感もあり音楽的にも柔軟。
来年には民族楽器を入れたセルフカバーアルバムを出して、彼女たちも一緒にツアーを廻ろうという話で盛り上がっている。
楽器のセッティングとモニターがうまく作れる会場だったらそれもいいと思うぞ・・・これマジで。
さて打ち上げ!!
美女と打ち上げなう〜・・・って美女は右後ろに回せば4人現れますが、よくもまあこれだけ個性の違う美女ばっかり集めたと思う・・・ 一番奥の琵琶奏者はアイドル系、2番目の琴奏者はプリプリのキーボード似、隣の揚琴はセクシー系、そして4人目のマネージャーが一番美女と思ってたら実は二胡奏者で4人は幼馴染の同級生!(◎_◎;) この場で民族楽器を加えた布衣ビックバンドが結成!!来年はこれで廻ることに・・・ 楽しくなりそうじゃ・・・(笑) 祝!!コンサート大成功!! - Spherical Image - RICOH THETA
ここで4人目の美女の正体が明かされる・・・
マネージャーと思ったら実は二胡奏者で、
彼女たち4人は幼馴染で同級生だと・・・
というわけで二胡奏者も含めて4人の民族楽器グループと一緒に来年はツアーを廻る・・・かな?
とりあえず12月24日には北京で大きなコンサートがあるらしいので、その時にはこの4人を入れてやってみよう\(^o^)/
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2019年4月10日
布衣2019年春のツアー浙江省と安徽省黄山
さて次の日は江西省南昌から浙江省温州まで行って乗り打ち!!
これが結構遠い(>_<)
着いてすぐセッティング!!
温州の小屋は歴代一番小さな小屋で、
前回来た時にはドラムセットを端っこにセッティングしてたのだが、
今回は無理して(笑)一応真ん中に・・・
でも2台のドラムを寄せ集めてるので色がバラバラ(笑)
色もバラバラならハードウェアもバラバラ・・・
TAMA系のタムフォルダをYAMAHA系のタムに挿す方法を会得!!
見たこともないメーカー・・・
見たこともないヘッド、TOYAMA(笑)
まあどんなドラムでもやることは同じ!!・・・ドラムソロ!!
汗だくで終了!!
実は前回はむっちゃ美味い海鮮をご馳走になったので、
「海鮮!!海鮮!!」
とずーっと言ってたら、オーナーが地元の人しか知らないコアな海鮮レストランに連れて行ってくれた!(◎_◎;)
スタイルはやはり目の前で食材を選んで料理の仕方を指定するシステム。
白ワインも飲んでバタンQ(死語)・・・翌日は安徽省の黄山へと向かふ・・・
黄山のホテルで見つけた米酒!!
中国はビールの後は白酒という他に選択肢のない状況なので、
実はその前の江西省赣州(GanZhou)で米酒を見つけて、こりゃいいなと思ってたのだが、今回黄山のホテルでそれを発見して持ち歩くことに・・・
いや〜アルコール度数8度という強くない酒なんだけど悪酔いする・・・(>_<)
この日は酔いつぶれてゆっくり寝て、次の日のドラムソロ!!
リズムソロはハーフテンポで始めたけど客が「Funky!Funky!」と言い始めたので急遽ノーマルテンポに変更!!
フリーテンポのソロではメンバーが楽屋でアホを真似してます(笑)
終了後はホテルに帰らずにそのまま打ち上げに行くというので会場で待ってたのだけれども、よく考えたら「バー」なのでカクテルがある!!
特製のカクテルを作って頂きました〜
そして打ち上げ!!
打ち上げで出た巨大な天津飯のような料理・・・
実は「お焦げ」でした!(◎_◎;)
次の日は移動日なんだけど、その前にまたオーナーさんがご馳走してれて、
それが何と安徽省の食の博物館!(◎_◎;)
その中にある高級レストラン!!!
置物が凄い!!(笑)
昼ごはんはまた豪華な宴席で!(◎_◎;) 安徽省食の博物館内のレストラン・・・ - Spherical Image - RICOH THETA
一応米酒も持ち込みましたが、高級ワイン赤と白があったので飲まず!!
この料理の数々・・・
ちなみに↑これ↑は安徽料理名物の臭鳜鱼(ChouGuiYu)・・・とても臭い(>_<)
いや〜久々の超高級料理〜\(^o^)/
いつぞやの青島の貴賓館でご馳走になった料理に匹敵する料理のレベルでした・・・
・・・さてこのまま赤ワインと白ワインで酔っ払って杭州に着いたら、
また地元の偉い人がご馳走してくれた〜!!
今回は黄酒!!日本では「紹興酒」とひとくくりにされるが、
紹興酒は黄酒の中の「紹興」という街で作られたお酒。
もうね、黄酒も米酒と同じぐらい酔っ払うのでバタンQ(死語)で、
次の日の昼間も、今度は誰も奢ってくれずバンドの自腹のはずなのにまたご馳走!(◎_◎;)
美容室で洗髪して・・・
昼寝してからライブ!!
終了後はパール楽器杭州工場の日本人スタッフ達とドラム談義・・・
杭州にはパールドラムの工場があるので日本人スタッフをライブにご招待〜その後一緒に飲んだんだけど、やっぱ日本の職人さん凄いな・・・ コップを叩く、こんな音がする、コップに色紙を巻く、もうそんな音はしないでしょ!!だからパールドラムの最高機種は巻かずに塗る!!しかも何層も!!一層目の色と6層目の色は違うでしょ、それを経験で塗り分ける!(◎_◎;) 30年前日本に工場があった頃私が遊びに行ってその時にサインした職人さんが今中国の工場にいる!! - Spherical Image - RICOH THETA
やっぱ日本の職人さん凄いな・・・
コップを叩く、こんな音がする、コップに色紙を巻く、もうそんな音はしないでしょ!!だからパールドラムの最高機種は巻かずに塗る!!何層にも塗る!!
第一層の色は木と混ざってこんな色、それが第六層になるとこんな色になるというのは30年の経験があって初めてわかること!!
日本の工場を台湾と杭州に移転してメイドインジャパンじゃなくなったという人たち!!この職人さんがいる限りパールドラムは永遠にメイドインジャパンですぞ!!
パール楽器さん、84年のデビュー時からのお付き合いですのでもう35年になりますか・・・
一生の付き合いになると思います。今後ともよろしくお願い致します!!