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2021年4月 5日

幸せな監視社会?

「倭僑のススメ」というタイトルで講演会をして廻っていたことがある。

中国人は長い戦乱の歴史の中で、「地縁、血縁、金」しか信じないと言われている。
だから「自分の国が住みにくい」と思ったら、国境を越えて新天地を目指す。

そしてよその国で、その国の言葉を学び、文化を学び、そこを新天地として「華僑」となる。

陸路で国境を越えられる中国と違って、四方を海で囲まれた島国である日本ではなかなかそれをしない。

「ひょっとしてこの国は自分にとっては住みにくいのかも・・・」
と思っても、皆さんは我慢してそこに「合わす」しかないと思っていたのではありませんか?

「この国は自分にとっては住みにくい」
この言葉を発する時、講演台でいつも私は背中に冷たいものが流れるのを感じていた。

「こんな素晴らしい国は他にないじゃないか!!何を言ってるんだ!!」
そんな「同調圧力」を、受けてもないのに想像して勝手に背筋が寒くなるのである。

実際私は、日本の「芸能界」、大手プロダクションのシステムの中で、いつも「住みにくい」と強く感じていた。

日本ではいつも「変わり者」と言われ、いつも輪の中から弾き出されては疎外感を感じていた。
かと言って「合わす」ことは苦手だ、どうしよう・・・

ところが飛び出してみたら、中国というところはこんな自分をそのまま受け入れてくれる、私にとっては素晴らしいところだった。

世界は広い!!今のままの自分そのままで生きてゆける世界がどこかにきっとある!!
日本の若者よ!!どんどん外に出て行って「倭僑」となろう!!

というのが講演の主な内容である。

ちなみにこの講演はこんな言葉でオチをつける。

中国人なら「華僑」、日本人なら「倭僑」、
じゃあフランス人なら「仏教」?

おあとがよろしいようで・・・


と、笑い話はこのぐらいにしといて、その頃から比べて世の中は大きく変わっている。

日本人は国が長く平定されたことがある歴史のためなのか、
「法律はお上が自分を守ってくれる」
という感覚が今でも根強くあると思う。

ところが中国人は逆に、
「法律なんか上が下を搾取するためのものだ」
と思っているところがあるように思える。

だから
「見つからなければ法律など破っても構わない」
と思ってたりする。

中国人が日本に来て、夜中の赤信号で車も来てないのに渡らずにずーっと待っている日本人を見て笑ってこう言った。

「意味ないでしょ?(笑)」

確かにここで信号を渡ったところで危険でもなければ誰にも迷惑もかけない。
しかし、私もついそうしてしまうのだが、日本人は何故だかつい赤信号で止まってしまうのだ。

中国人なら渡る・・・それのどこが悪いのだ?・・・
そんなことを言ってたのも今は昔・・・

今では、車を運転している全ての中国人は、真夜中の赤信号でも必ず止まる!!
誰も見てなくても、他に車が来てなくても今は必ず止まる!!

何故か?・・・それは国じゅうの至る所に設置されている監視カメラにある。

民主国家の日本では、もし防犯カメラの映像で罰金を請求されても、不服なら裁判で争うことになるだろうが、中国では「いやがおうなし」に罰金なのである。

今私は中国の北の外れにある地方都市「寧夏回族自治区銀川市」にいるが、そんな田舎街でも至る所にこんな監視カメラがある。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日
末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日
末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

日本で言うと電柱(もうないか?)ごとに全て監視カメラが設置されているような状態である。

噂によると、こんなに数多くの監視カメラの設置、それを全てチェックして違反者を特定、そんな人件費も含めて莫大な費用がかかっているだろうけど、そんなもの、これだけ多くの人民から片っ端に罰金を取れば、あっと言う間にペイしてしまうよ、と・・・

この罰金に関しては、もう10年近く前になるが、私は駐車違反で取られたことがある。

その時には、違反が発覚するのは「車検」の時、その車の持ち主が車検を受けようとすると、何月何日このナンバーがどこで違反したかがずらりと出て来た。

「自分がやったんでなければやった奴連れて来て払わせろ」
ということである。

拒否すればその車はもう二度と乗れない。
それだけである・・・

IT大国となった今の中国では、それが全部デジタル化されている。

違反をすると車のナンバーに紐付けされている電話番号にSMSメッセージで通知が来る。
アプリを入れておくと、そのアプリに撮られた写真も送られて来て、支払いもそのアプリ内でデジタルマネーで支払うことが出来る。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

その昔は誰も安全ベルトなどしてなかった(ように見えた)中国であるが、今では私が助手席に乗っても必ず「しろ」と言われる。

交差点ごとの監視カメラで撮られた瞬間に、それはその運転手の罰金となるのだから運転手も気を遣う。

ちなみに飲酒運転は捕まれば「いやがおうなし」に「刑務所」である。

おかげで飲酒運転や交通違反は劇的に減った!!
そしてそれに対する人民の不満は(私の周りでは)「皆無」である。

要は「違反しなければ良い」のである。
交通事故は減るし、別に悪いことは何もない。

「うっかり違反」はよく起こるが、「運が悪かった」もしくは「しゃーないなぁ〜」ということで罰金払ってすぐに忘れる。

「こんなシステムはクソだ!!」とか反旗を翻すような人はいない。
もしいたとしても「国家安全法」でパクられておしまいである。


さて、そんな国で暮らしてもう30年になる。
数年前、空港でこんな面白い事件があった。

コロナ前の当時、私は日本や東南アジア諸国から頻繁に中国に出入りしていた。

当時北京には国際線ターミナルが二つあり、多くの国際便はT3から発着していたが、古いT2のターミナルから発着してる便もあり、その日に私が乗る便はT2の便だった。

T2は何故かチェックインカウンターの外に荷物検査場があり、荷物検査をしてから中に入るのであるが、荷物を流した瞬間に係員が私に声をかけた。

「あんた、この数日で3回ここに来てるね?何やってんの?」

これには驚いた。
言われてからパスポートを提出したので、パスポート情報を見て係員がそう言ったわけではない。
荷物は機械に通されたが、荷物を見て渡航情報がわかるわけではないだろうから、残る可能性としては「顔認証」である。

金髪の長髪という目立つ出立ちなので、係員がたまたま私のルックスを覚えていたという可能性もあるが、それにしてもおかしいことは、後に自身の渡航歴を調べてみると、この近辺では確かに3回出入国をしているが、前回入国したのは確かにこのT2であったのだが、その前の出国はT3であった。

ということは、T2の係員がこのT3の私の渡航歴を知っている?!(◎_◎;)

別に密輸とか悪いことをしているわけでもないので、胸を張ってパスポートを出してこう言った。
「VISAはちゃんとあるよ」

するとその係員はすかさずこう言った。
「それは知ってる」

知ってるのか?!(◎_◎;)

結局その係員は荷物は調べなかった。
ただパスポートをペラペラとめくってそれで終わり。

「ファンキーさん、絶対に監視対象になってますよ」
友人は皆笑ってそう言うが、政治に全く関係ない私なんかを監視対象にしてどうしようと言うのだ(笑)

いや、北朝鮮に渡航した時には、携帯が繋がりにくくなったりネットが遅くなったりとか、まあ被害妄想かも知れないがそんなことはあったが、中国から監視対象にされる覚えが私にはない・・・

まあ一番考えやすいのは「監視カメラによる顔認証」である。

こんな怪しいルックスをしているので、空港に入った瞬間にカメラでチェックされ、そのチェックした機関が渡航歴を調べてこの空港の係員に連絡を入れ、
「そちらに怪しいのが入るから一応職務質問して」
というのが一番考えやすいのではないか・・・


「顔認証」と言えば、面白い話がある。

張学友(ジャッキー・チュン)という香港の大歌手がいる。
中国全土どこでコンサートを開いても、チケット入手が困難な程の歌手である。

その入場でのセキュリティーチェックの時、とある指名手配中の犯罪者が顔認証で捕まった!(◎_◎;)

これだけ監視カメラがあっても、街角では顔を隠して通ったりも出来るが、コンサート会場に入るためにはどうしても顔認証を通らねばならない。

危険を冒してまでそんなにこのコンサートが見たかったのか!(笑)

全くもってここ中国は逃亡犯にとっては非常に住みにくい国である。
移動も宿泊もID提出が義務付けられてない日本とは大違いで(というか日本には必ず持たねばならないIDがなく、運転免許証とかでそれを代用している)、中国では列車や飛行機に乗るにも、ホテルに泊まるにもIDの提出が必須で、逃亡犯だとその時点で捕まってしまうのだ。

我々在住外国人は、その「ID」に当たるものが「パスポート」である。
これを紛失や盗難にあった時にはそれはそれは酷い目に会う・・・

パスポート紛失!!その初日
パスポート紛失!!その2日目
パスポート紛失!!その2日目の続き
パスポート紛失!!その3日目

この時点では、湖南省の警察と北京とのデータ連携はまだされてなかったようだが、これだけデジタル化が進んだ現在でも、地方都市と中央とのデータ連携はなされているのかなという事件が起こったのでその話をしたいと思う。


まず今回の中国入国まで話を戻そう・・・

カンボジア出国と中国入国の戦い

一年以上中国に来てないうちにデジタル化はもっと進んでいるようで、まず外国人だけでなく全ての居住者はこの「行程卡」というアプリがないと通行が出来ない。

末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日

日本だと「じゃあスマホが使えない老人とかどうするの?」という意見が出て来そうだが、中国ではとりあえずそういうことは考えない。
鄧小平さんが
「豊かになれる者から豊かになれ!!黒い猫でも白い猫でも鼠を獲る猫がいい猫なのだ」
とおっしゃった通りにこの国が進んでいるのだから・・・

中国に着いて、上海での2週間の隔離期間が終わるとこのアプリが緑色になる。

末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日

これでどこでも通行出来るということで、隔離ホテルを出て次の自主隔離場所「寧夏回族自治区銀川」へ向かう・・・

ちなみにこのホテルを出てどこへ向かうかというのは、こういう書面が回って来て便名までちゃんと記入して提出してある。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

ついでに隔離が終わったという証明書や、陰性証明書も携帯しておく。

末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日

これらの情報は既に私のデータベースに入力されているだろうが、もしもの時のために持ち歩く。
まさかそのもしもの時が来るとは夢にも思わなかったのだが・・・(笑)


さて上海の空港に着いて、「行程卡」で表示される緑色のマークを提示すれば空港にはすぐに入れ、銀川までの飛行機には無事に乗れた。

到着したら、上海と同様にバスにでも乗せられるのだろうと思ったら誰にも呼び止められることもなく、また「行程卡」の緑色を見せて外に出る。

外では万が一のために迎えに来てた、今中国で一緒にバンドをやってる布衣楽隊のメンバー、彼らの車でそのまま自主隔離の場所へ向かう・・・

なぜ自宅隔離が、住居のある北京ではなく遠く離れたここ寧夏回族自治区になるのかと言うと、それには二つの理由がある。

ひとつはこの時期北京では中国共産党の一番大切な行事「全人代(全国人民代表大会)」が開かれていて、そのため北京に入るためのハードルがとても上がっていて、外国からの帰国者や外国人は入国後3週間経ってないと入れないことがひとつ。

あともうひとつは、北京の登録先住居(住民票を置いてある住所のようなもの)は、VISAを発給してくれている会社の社長の住居となっている。
ここにも住めるのだが、仕事場として順義区にも院子(中国伝統的長屋式住居)も借りていて、どちらも同居人がいるので隔離には向かない。
その同居人も一緒に隔離せねばならなくなるからだ。

ところがここ寧夏回族自治区銀川にはバンドが用意してくれた部屋があり、そこは独り住まいの完全に独立した部屋なので、ここで自主隔離をということになったのだ。

迎えに来たバンドのマネージャーが調べて来たところによると、自宅隔離の最初1週間は、この住居の社区の長とやらの監督の下、一歩もこの部屋から出ずに隔離。
その後の1週間は、社区の長の判断で人混みじゃなければ外出してもよいそうだ。

ところがその社区の長とやらからは何も連絡がない。
結局この2週間全く連絡がなかったので、隔離最終日には自発的に病院に行ってPCR検査を受けておく・・・

中国ってなんでこんなに情報が交錯するんかなぁ〜(笑) 4週間隔離は今日まで、結局社区の長とやらからは連絡なし、しゃーないので明日北京に帰るために「自主的に」PCR検査!! 証明書は6時間後にもらえると言うので朝に予定してたら「携帯に即時送ら...

末吉覚さんの投稿 2021年3月24日水曜日

自主的にこれを行ったのは、もし北京に帰ってから陰性証明の提示を求められたりして何か問題が起きたら困るからである。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日


銀川の空港でも「行程卡」の緑色を見せれば問題なく飛行機に乗れた。

北京に着いてからはVISAの更新という大きなミッションが待ち構えていたのだが、そのためにこの日にやらなければならないことはふたつ。
ひとつは住宿証明の取得、もうひとつは病院を予約して健康診断を受けることである。

実はこの病院の予約では色々と手間取った。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

このアプリによって予約を行うのだが、選択肢が多岐に渡り、間違えて別の窓口に入ってしまったりすると、外国人が予約出来るフォームがなかったりして右往左往する。

VISAの仲介人に色々聞いてやっと予約が終わり、検査場に着いてみるとそこで断られる!(◎_◎;)

聞けば、私は2月25日の飛行機に乗ってカンボジアから入国し、飛行機が遅れたので着いたのは2月26日になったばかりの真夜中。

隔離施設では、厳密に着いた時刻から24時間×14日間で、2月12日の同時刻に隔離が解除されている。

同様に銀川でも24時間×14日間で計算して、VISAの仲介人の指示により、隔離が明けた日時に予約を入れているのであったが、この検査場ではそのようには数えないようだ。

このように時間計算するとすれば、2月26日の夜中の1時に入国した人も、23時に入国した人も、隔離明けは3月25日なのであるが、23時に入国した人にその入国時間より早く検査に来られても困る。
だから時間では計算せずに日数、つまり26日に入国した人は3月25日いっぱいは隔離中と計算するようだ。

そんなことはアプリで予約を取る時に弾いてくれれば良いものを、きっとそのアプリと私の入国日時や隔離状況とは紐付けされていないのだ。

中国のITと個人情報管理が、例えSF映画のように完璧に情報管理されていたとしても、それを閲覧する権利を持つ者と持たない者があれば、当然持たない者からは見えない情報が存在してしまう。

それによって私はまた大きく振り回されることになるのだ・・・


さてこの日のもうひとつの大きなミッション!!
VISAの更新に必要な住宿証明を取りに行く・・・

私の居住地の大家に当たる、私のVISA発給会社の重役、LaoLuanを訪ねてゆき、まずそのマンションの管理会社に行って「居住証明」を取る。

これはご覧のようにまるで手書きである。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

これは単なる「うちのマンションには確かにこの人が住んでますよ」という証明だけで、別にここから私本人のデータベースに書き込みをするわけではない。
この書類を最寄りの警察署に持って行って、そこで単に「住宿証明」を取るためのものである。
その警察署で私のデータベースに書き込めばそれでこと足りる・・・

ところが今度はその警察署に入れない!(◎_◎;)

末吉覚さんの投稿 2021年3月25日木曜日

この「北京健康宝」というアプリは、スキャンしても外国人には対応しておらず、入力が出来ないのだ(涙)

末吉覚さんの投稿 2021年3月25日木曜日

(名前の入力が中国人名しか入力出来ず、中国人のID「身份证」にしか対応しておらず、外国人のパスポート「护照」を選択できない)

後にわかることだが、このアプリには外国人用の「Health Kit」というアプリがあり、それで入力してそれを使うようにしなければならないのだ。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

ところが入場を拒む保安員にはそんなこと知らされてないので、アプリで緑色を表示出来なければ一律「通さない」。

例え個人情報を吸い上げても、その大元のデータベースに全ての人間がアクセス出来るようにするわけにはいかないので、このように末端の人間には情報を知らせず、ただ「緑色かどうか」だけで判断出来るようなシステムにしているのだ。

例え誰かが赤色が出て「どうしてなの?」と言われても「知らない」と言うしかない。
「私は緑色しか通すなと言われている。それが仕事だ!!」
というわけなのであろう。

どっちにしろ、このアプリの外国人用アプリがあることを自分で見つけられない外国人は、この国ではショッピングモールにも大きなレストランにも、人の集まるところにはどこにも入れないということになる。

前にも書いた「じゃあスマホが使えない老人はどうなるの?」と同じ考え方である。
「出来なければ生きてゆけない」
鼠を取る猫にならねば生きてゆけないのがこの国なのである・・・

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日


色々手続きを終えて院子に帰った。

そしたらまずLaoLuanから連絡が来る。
「お前がいつどの便で入国していつ北京に入ったかの情報をすぐに送ってくれ」

聞けば朝陽区の役所から連絡が来たということだ。

ここでも「紐付け」が出来てないのだろう。
次のような表を作ってそれを保存しておく。

2/25 坐FM9405 从柬埔寨金边飞到上海
2/26 凌晨到了马上开始隔离2星期
3/12 坐G58277 飞到银川在家里隔离2星期
隔离地址:银川市西夏区文萃南街和佳居3号楼1207
3/26 坐FM9405到北京
到现在

万が一次にも何かあった時に使えるだろうと思ってたら、結果何度も使う羽目になる(>_<)
想像するに、例えデータを一括管理してたとしても、アクセス権の問題でまだまだ全ての機関で情報を共有されているわけではないのだろう。

数日して今度は一緒に暮らしているエンジニアのFangYanの電話が鳴る。
聞けばこれも彼の実家の通州区の役所で、おそらく前の住居の登録地だったので連絡が来たのだろう。
いいかげん早くデータを更新してもらいたいものだ・・・(笑)

ところが次には今度は私の電話に連絡が来た。
喋っているのは英語である。

下手な英語で対応してたら、今度は電話番号宛にSMSメッセージが来た。

excuse me,I am an offical worker for goverment.can you speak chinese?i want ask you some question

末吉覚さんの投稿 2021年3月27日土曜日

FangYanの言うところでは、これは私の携帯の位置情報により、外国人がこの院子のある村に入ったので担当者から連絡が来たのではということである。

do you have Nucleic Acid Test?

と来るので陰性証明の写メを送った。

末吉覚さんの投稿 2021年3月27日土曜日

こういう時にSMSは写メが送れるので便利である。

「中国語が喋れるか?」
と来たので次からは中国語で、
「パスポート番号を送れ」
というのでパスポート情報を送った。

思えば、パスポート情報も陰性証明もFangYan経由でこの村の社区には送り付けてあるのだが、きっとまた例によって部署が違ったりするのだろう・・・
情報を共有してさえ貰えばこのような手間はかからないのだが、やはりその辺もアクセス権の問題があるのでまだ難しいのかも知れない・・・

「近くに中国人がいるか?」
と言うのでFangYanに電話を代わって、私の中国語レベルではわからないような内容を詰めているのだろう、全てが終わって電話を切った。

末吉覚さんの投稿 2021年3月27日土曜日

「彼女にお前の電話番号を伝えとこうか?」
とFangYanに聞くも、
「その必要はないだろう」
ということでほっといたら、驚くべきことに今度はFangYanの電話に直接かかって来た。
電話番号を教えてないのに、である!(◎_◎;)

まあ調べればわかるのだろう、私がどこで誰と暮らしていて、その電話番号はどれだとか・・・

最初から調べて欲しいのだが・・・(>_<)


さて、隔離も終わったので買い物とかに出てみる。
ちょっと前までは、「交通カード」にお金を入金してそれをバスの入り口でかざして乗る、という日本の「Suica」と同じようなシステムだったが、今では携帯のアプリで乗り降りが出来る。

VISAのための健康診断アゲイン!! バスから地下鉄に乗り換えて全部で2時間の行程・・・八王子より遠い(>_<) でも料金は10分の1ほど、100円ちょいかな、携帯の同じアプリでスキャンするだけでバスも地下鉄もキャッシュレス!!まあいつどこに行ったかは政府に筒抜けやけど(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月28日日曜日

そしてショッピングモールに入る時は「Health Kit」のアプリをかざし、実際に買い物をして支払う時にはWeChatというアプリでキャッシュレス決済をする。

当然ながらその情報は政府に筒抜けになる。

中国には会社に対して「国が要請すれば全ての情報を提供しなければならない」という法律があり、企業が勝手に「個人情報を保護」とかするわけにはいかないのである。

ここでちょっと不思議に思う自分の感情がある。

私は別に自分の情報が中国政府に筒抜けになったところで構わないと思っている。
別に政治に関することもやってなければ後めたいこともやっていないから、別に何を閲覧したところでどうでもいいと思っている。

ところが日本でそれをやられたらイヤだ!!

日本のホテルに宿泊する時に宿帳に住所を書かされる。
あれがイヤである!!

「なんで俺があんたに住所教えないかんの?ストーカーでもすんの?」
そう詰め寄ってスタッフを困らせたことがある。

日本には「個人情報取扱法」とやらがあるのだから、ちゃんと使い道を提示して誓約書にサインしろ!!ぐらいに思う。

大体の場合「規則ですから」の一点張りで、住所を書かせる理由を説明出来るホテルスタッフはいない。

「自由」で「民主」と言われているこの国でそんなことをされるから腹が立つのである。
中国でされても全く腹が立たない。

「中国はそんな国やからなぁ・・・しゃーないなぁ〜」
ぐらいにしか思わないのである。

特に今の時代では、コロナの蔓延を防ぐという点では中国のやり方の方が結果を出している。

ひとつの社区から感染者が出たら、社区ごとロックダウンする。
「ある日仕事に行こうと思ったら社区から出られない」
ということが平気で起こるのだ。

日本だったら大問題になるだろう、でもここ中国ではそれが「普通」で、見事コロナを封じ込め、世界でも有数の経済発展が上向きの国となっている・・・


さて数日北京に滞在して、今度は仕事のためにもう一度寧夏回族自治区に行かねばならないのだが、そこでまたおかしな問題が起きた。

ちなみにVISAを更新している間はパスポートを預けなければならない。
そうすればこの国では移動も宿泊も出来なくなるのでこのような書類をくれる。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

このペラペラの紙切れが、この国内ではパスポートと全く同じ効力を発揮する。
ミソなのは右上にあるバーコードであろう。
これをスキャンすれば私のパスポート情報にアクセス出来るということに違いない。

飛行場では「行程卡」と「Health Kit」のふたつのアプリを使って中に入り、チェックインカウンターではパスポートの代わりにこの書類を提示して無事に飛行機に乗る。

ところが銀川に着いても誰も飛行機から降りない!(◎_◎;)
客室乗務員が一番後ろに座っている私のところに来て、私だけを先に降ろそうとするのだ・・・

専用バスに乗せられたら、私の他にひと組の中国人カップル。
どうやらこの3人だけ別室に連れて行かれるようだ・・・

連れて行かれたところは、普段はVIPサービスルームとして使われているのだろう、今は隔離部屋のようである。

末吉覚さんの投稿 2021年3月31日水曜日

「境外回宁人员登记处」つまり「境外から寧夏に帰った人が登記する処」と書かれている・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月31日水曜日

防護服を着た担当者が私に色んな質問をする。
その答えは先日作ったこの表の中に全部あるのでそれを見せる。

2/25 坐FM9405 从柬埔寨金边飞到上海
2/26 凌晨到了马上开始隔离2星期
3/12 坐G58277 飞到银川在家里隔离2星期
隔离地址:银川市西夏区文萃南街和佳居3号楼1207
3/26 坐FM9405到北京
到现在

陰性証明とかも一緒に見せたのだが、思えばこの表に隔離終了証明や陰性証明を入れとけば完璧なのでは?・・・ってか情報共有しとけよ!!

思うに、私はパスポートを持ってないので入国日がわからない。
代わりの書類のバーコードには情報があるだろうが、空港のチェックインカウンターではそれをスキャン出来ない。

とりあえず「入国日がわからない外国人を乗せたから」と連絡を回す。
受け取った機関は、
「そう言えば自主隔離で銀川に来ると言ってた外国人がいたが・・・」
というわけでこんなことになったのではあるまいか・・・

二人の担当者が私を住居まで送ると言う・・・
受託手荷物がこの建物の入り口にぽんと置かれていた。

末吉覚さんの投稿 2021年4月4日日曜日

私はそのまま空港施設は通らずにこの建物から隔離(終了)場所へ送られるのだ。

末吉覚さんの投稿 2021年3月31日水曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月31日水曜日

隔離(終了)場所に着いたら社区の長とやらが呼び出されてやって来る。

社区の長とやらは、私の到着を待っていたバンドメンバーやマネージャーから「既に隔離は終わっている」ことを伝えられ、どうしたらいいのか戸惑っている様子である。

というか、この寧夏回族自治区というのはただでさえ外国人が少ないのだ。
こんなエピソードがある。

布衣楽隊というバンドに加入して全中国をツアーで廻ってる時、この寧夏回族自治区でのライブの時、会場でひとり日本人らしき人がいたので声をかけた。
その人は日本人の駐在員らしく、逆にこんな田舎街のステージの上に日本人がいることにびっくりしていた。

私は彼に聞いた。
「この街に日本人がいたんですねぇ・・・」
そしたら彼はこう答えたのだ。

「はい、16人います」

コロナの前にこんな状況なのでコロナ禍の今となっては果たして何人の外国人が住んでいることやら・・・
そして私のように今の時期に中国に来て、更にこんな片田舎にやって来ようという外国人は皆無なのではあるまいか・・・

社区の長は私から電話番号を聞いて、
「じゃあ何かあったら電話するわ」
と言って去って行った。

心なしかちょっと「ほっとした」という表情も読み取れる。
寧夏では滅多にない外国人の隔離の責任者、そんな重荷を背負わされてしまったがどうやら隔離は終わっているようだ・・・

「このままそっとしとけば何の問題もないのではなかろうか・・・」
お互いそんな風に感じている(笑)

私を送り届けた防護服の二人のスタッフも、もう次の担当者に引き継いだので安心して帰って行った。

私はと言うと、隔離も終わったし、何もなければ社区の長に迷惑をかけることもないのでそのままリハーサルに向かった。

何とか社区まで着いて、監視担当者(笑)が引き継がれて無事無罪放免〜テレビ番組収録のリハーサルへ〜 テレビ局の要望で、どんな小さな犯罪でも犯した人は出られないということで!(◎_◎;)先日飲酒運転をしたダーウェイの代わりのベーシスト(笑)私た...

末吉覚さんの投稿 2021年4月1日木曜日

ちなみにここ寧夏回族自治区では、もう1年以上感染者が出ていない。

大きなショッピングモールなどではマスクが必ず必要だが、街でマスクをしてない人もよく見る。
小さな商店やレストランでは、バーコードは置いてあるものの、もう誰もスキャンなどしない。
スキャンしようとしても店の人は「いいよ、いいよ」と言って中に入れるのだ。

緩い・・・(笑)

しかし考えてみて欲しい。
コロナ真っ只中で全く感染が抑えられてない日本で、外国から入国した人にはこれだけのことをするだろうか・・・

民主国家、自由の国、日本では、政府が国民に「強制」することは出来ない。
ただ「入国した人は公共交通機関に乗らないで下さいね」と「お願いする」のみである。

私にしたように、国が人件費を払ってまでちゃんと目的地まで送り届けることもない。
アプリや携帯の位置情報で、その人がどんなルートでどこへ行ったかまで把握することもない。

自主隔離にしても、社区の長のような人間に責任を課して、ちゃんと隔離しているかを見届けさせるようなこともしない。

自由を謳歌してコロナがまだ蔓延している日本、監視社会ではあるがコロナを封じ込め、次に行こうとしている中国、どちらが「幸せ」かはその人によって違うかも知れないが、私にはこの国の人がその「監視」に対して不満を持っているようには見えない。
「社会」として「仕方ないこと」なのでやらねばならないと思っているように感じる。

もちろん私たち外国人は、ウィグルや香港などの中国が抱える人権問題から目を逸らしてはいけないと思う。
(そんなことを書くと、ひょっとして中国の労働ビザを剥奪されないかと背筋が寒くなるが)

しかしここで暮らす中国人は、その情報がVPNを使って国外の情報を探さない限り知ることが出来ないということもあり、あまり「関心がない」ように私には見える。

それは前述の「スマホが使えない老人はどうするんだ?」という問題に対して、日本なら「ちゃんと老人にも優しいシステムを作るべきだ」と考えるが、中国人は「自分の周りにそれで困っている老人がいたら自分が教える」・・・
「それでいい」と考えてるように思えて仕方がない。

もちろんそれで困ってる人がいたら助けるだろう。
「上に政策あれば下に対策あり」
中国人は長い歴史の中ずーっとこうやって生きて来たのだ。

中国は広い。こんなに大きな国の全部を変えることなんか出来やしない。
(というより中国は長い歴史の中で民主化されたことがないのだ)

とりあえず自分の周りが幸せになればそれでいい。
全員が、なんて夢物語じゃないか?・・・

ここで冒頭に出たこの言葉をもう一度引用したい。


中国人は長い戦乱の歴史の中で、「地縁、血縁、金」しか信じない。

地縁:ご近所さんや、職場など自分が出向く場所での縁
血縁:血の繋がりのある家族や、親しい友人も「ファミリー」として
金:白猫でも黒猫でも鼠さえ獲ればいい猫である

鄧小平さんは言った。
「豊かになれる者から豊かになりなさい」

そしてこの国はそのまま突き進んで社会が成熟した。

監視カメラ?買い物情報が政府に筒抜け?
それがどうしたの?

俺たちはこれでコロナ禍をくぐり抜け、世界でたった3カ国しか成し得てない、今の時代に経済が上向きに転じた国になってるんだぞ!!

幸せですか?・・・

俺たちは幸せだよ。君たちは幸せかい?
自由と民主を掲げる国でコロナに苦しみながら・・・

「中国社会」が私にそう問いかけてるような気がしてならない・・・

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2021年3月29日

お子さん生誕100日目パーティー

中国ではよくあるパーティーで、その子供をネタにみんなで集まって飲んで、飲み代は結構ご祝儀でペイして、ヘタしたら「儲かる」という・・・!(◎_◎;)

まあ中国の音楽界では重鎮のLuan3兄弟、末っ子の栾三儿がいつ結婚したのかも知らなかったが、子供が出来てもう100日というのも驚きである。

まあ「ご祝儀」というのはどの国でも頭の痛い問題である。
一体いくら包めばいいのか、どのように渡せばいいのか・・・

特にこのデジタル化が進んでいる国で、まさかご祝儀もスマホで?・・・・
などと考えてもいたが、やっぱ昔流に現金を紅包(HongBao)に包んで持ってゆくことにした・・・

っていくらぐらい入れるもんなの?(>_<)

人に聞いても「関係によってその額は変わる」とのことで、この辺の判断が一番難しい・・・

ちなみに名前がある人や金持ちほど額は増えると言う((((;゚Д゚)))))))
いやね、名前はあるが金のないワシはどうすればいいの〜(涙)

ちなみにこの3兄弟の次男坊はLuanShuという国内ナンバーワンのプロデューサーである。
彼が日本に来た時にちょうどうちの娘の誕生日で、彼はレストランに友達呼び集めて全部で10万円以上の食事を奢ってくれた!(◎_◎;)

もしワシが金があったらその弟の子供100日目にぽんと10万円ぐらい包んでやりたいもんだが、如何せん金がないのと、それより彼らにワシは金を借りている・・・
「ご祝儀ぽんと払うぐらいなら金返せ」と言われかねない(>_<)

まあしゃーないなぁ〜・・・「最低っていくらぐらいなの?」と聞いて、とりあえず「千元」包むことにした。

ワシの今の生活ではちと痛いのう・・・(>_<)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

さて会場として送られて来た住所に着いたのだが、看板も何もない!(◎_◎;)
どうやら金持ちが宴会やるのは一般人客が来るような場所ではないらしい(>_<)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

何やら小さな門みたいなのがあるので入ってみたら・・・

宴会場にステージが!!(◎_◎;)

招待状が来ているわけでもなく、出欠を取ってるわけでもないので基本自由席!!
「ここに座れ」と言われて座る〜

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

このテーブルには大御所はおらず、まあワシが一番歳上のようなので、遠慮なく先に飲み、先に料理に手をつける・・・
目上が先に手をつけなければ誰も手をつけられないでしょ〜しゃーないなぁ〜・・・

それにしてもワインが美味い!!(涙)
酒の味がわかるわけではないのだが、高いもんはやっぱ美味い(号泣)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

3兄弟のうち、長男、三男は裏方、次男はスターなので、やはり司会進行は次男が・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

ちょっと遅れて主役が登場〜!!
抱いているのが奥さん。初めて会ったと思っているが、どうや向こうは会ったことがあるような様子なので敢えて「久しぶり」と言っておく。
どの道、中国に入ったのは1年半ぶりなのだ。誰と会っても「久しぶり」で、「この前会っただろ」はあり得ない(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

ちなみに右側は次男の嫁、去年中国の映画大賞で最優秀主演女優賞を撮った・・・
現在彼女と次男とのデュエット曲を日本とのリモートで録音ちう〜

料理が美味いのよ〜

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

あとは入り乱れて飲む!!(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

セッションが始まる・・・ってか昔はこんなぐたぐたのセッションって大嫌いだったのよねぇ〜
曲確認しよや〜構成確認しよや〜コード統一しよや〜
どうせやるならちゃんと演奏しよや〜
でもなんかもう慣れた!!(笑)

「なんかロックの曲やろうぜ!!」
になって、長男がいきなり歌い出したのが崔健の曲!(◎_◎;)
日本で言うと「ほなラウドネスやろか〜」みたいな・・・(笑)

やはりぐちゃぐちゃで終わる・・・
会ったことあるかないか不明だが、女性歌手も出て来て歌う・・・

まあこれはコード進行がずーっと同じなので楽かな・・・(笑)

そこからまたグダグダに歌うか飲むかなのだが、
長男の嫁(これも中国音楽界の重鎮)がやって来て、
「やっぱ国内最高峰のドラムは違うわよねぇ」
ってこのグダグダセッションで言われても〜(涙)

思えば「殿堂入り」という言葉があるが、
私もBEYONDのWINGみたいに、「ドラムセットに座るだけで人が満足する」みたいなレベルに来ているのか?!(◎_◎;)

いかんのう・・・ドラムが下手になる(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

そして例のごとく食い終わった飲み終わった人間から適当に帰る(笑)
いや〜結婚式であろうがどんな宴会であろうが「締め」というのがないのが中国である・・・

ファンキー末吉ブログ:お子さん生誕100日目パーティー https://www.funkyblog.jp/2021/03/post_1472.html いや〜高級中華料理久しぶり!!高いワイン久しぶり!! ご祝儀やタクシー代の出費は痛いが、これも中国で仕事するには欠かせない行事である!! しゃーないなぁ〜・・・(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

主役の赤ちゃんと三男夫妻はとっくに帰ってしまっているのだが、長男次男がドロドロに酔っ払っているので(名誉)長男としては帰るわけにはいかん(>_<)
追い出されるまでグダグダに飲む!!(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月29日月曜日

代行を頼んだ長男の家まで同乗して、あとはタクシーで院子まで〜
遠いのよ〜なんぼタクシー代安いからって2000円近く(>_<)

まだまだ無職の身では出費である(涙)

でも考えてみれば、ご祝儀15000円+タクシー代2000円でこの高級中華料理と高級ワイン飲み放題ってまあまあ・・・(笑)

友人としての(ワシの場合は「家族」としての)結びつきを強めることは今後の仕事のためにも大切な「行事」なのよね〜

隔離も終わったしぼちぼち働かなのう〜・・・(>_<)


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2021年3月24日

髪染めとの戦い・・・

もう何年前になるだろうか、やっちんの九州ツアーの時に突然思い立って金髪にした!!

その時の話:Neoファンキー末吉リアルGoldへの道

まあ早い話、黒髪だと新しく生えて来た白髪が目立って、毎月白髪染めをするのがめんどくさくなったのである(笑)

ところがいざ金髪にしてたら今度は新しく生えてくる黒髪が目立って来て、結局のところ毎月の髪染めを余儀なくされて来て数年・・・

気がついてみたら「金髪」というより「白髪」になって来ていた!(◎_◎;)

まあ「染める」というよりは新しく生えて来た部分を「脱色」するので、どうやらどんどんと脱色が進んで来たようだ・・・

橘高曰く、
「羨ましいですよ、僕も昔プラチナにしたかったんで何度も何度も脱色したんですけどそこまでプラチナにはならなかったですよ」

白髪やし・・・白髪やし・・・(笑)

また脱色というのは皮膚にダメージが大きいらしく、生まれて初めて「アレルギー」とやらを経験(>_<)

アレルギーはショックで死に至ることもあると言うが、「ファッションリーダー」としては命がけで毎月染め続けなければならない(笑)と思って今に至る・・・


ところがカンボジアで暮らして1年間、プノンペンで(勝手に)専属美容師になってもらった「和心」の原田さんと相談して、ここ数ヶ月前から方法を変えている。

新しい方式は「脱色」ではなく「染める」!!

そう、髪の毛の黒い部分はもうほっといて、脱色せずにそのまま金髪に染めてしまえばどうかということである。

毛先の方はもうすでに白髪化しているが、根元は徐々に濃い色に染めていけば、生え際の黒いのも目立たなくなるし、境目がぼやけていると、必然的に髪染めに通うタームが長くて済む・・・

そんなこんなでもう半年近くになってたのではあるまいか・・・
昔より目立たないとは言え、根元の白いのはもうかなり長くなって来た・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月13日土曜日

カンボジアを離れるまでにもう一度染めといてもらおうと思いつつ、バタバタと出国になってしまって今に至る(>_<)

外国で同じように染めてもらうのに、やり方をメモに書いといてもらった・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

これを見せて同じようにやってもらえればいいということだったので、安心してヤオヤオ君の知り合いの美容室にやって来た・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

何やら値段交渉の末、
「頭皮にアレルギーがあるからね」
と念を押すと、薬剤を皮膚に付けて反応を見る!(◎_◎;)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

いや、ご丁寧なのは嬉しいのだが、アレルギーが起こるのは脱色剤であって、染め剤は今まで起こったことないし〜

まあでも原田さんが気をつけて頭皮に薬をつけないように塗ってくれたから起きなかっただけなのかも知れない・・・どちらにしても「ご丁寧」なのはありがたい!!
仕事も同じようにご丁寧なのかと思ったら・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

色が全く違うし〜!(◎_◎;)

「14番って言ったでしょ!!」
ちゃんと原田さんが書いた紙を見せて翻訳までしたのに・・・(>_<)

やり直し!!・・・ってかせっかく赤っぽい黒が残っているなら、その色はところどころ残してメッシュみたいにすればいいのでは?

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

薬を塗ってゆくのだが、これってひょっとして脱色?!(◎_◎;)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

ラップをかけてるところを見るとやっぱ脱色?・・・困るのよねぇ〜こんなにベタベタ頭皮に薬塗られちゃぁ・・・(>_<)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

温めましょうということで、ここはスチームではなく電熱器!(◎_◎;)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

もう後頭部は薬で爛れてヒリヒリしてる上に電熱当てられた日にゃぁ
「アチチチチ(>_<)」
もう軽い火傷状態である(涙)

「もう勘弁してよ〜」ということで常温でしばらく置いて色を見てみると・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

全然変わってないやん!!(>_<)

ヤオヤオ君曰く、
「後はなんか綺麗な感じに仕上がってますよ」

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

後がよくてもなぁ〜鏡とか前しか見えんし〜
人が見るのも後ちゃうし〜(>_<)


というわけでこの店はすぐに出て、2日間置いて別の店に行った・・・


末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

やっぱ脱色なのね(>_<)
アレルギーのことを伝えるとご丁寧に皮膚に当たらないように塗ってくれる・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

シャンプー台に行って流してから色を見てみると・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

うん、なかなかいいようである!!
ちょっと横っつらがまだ赤いけど、もともとメッシュみたいにマダラでいいと思ってたのでこれでも十分である・・・

そしたら店長が、
「ダメ!もう一度やろう」
とこだわりを見せる!(◎_◎;)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

3人がかりでまたやり直す(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日
末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

うん、今度は店長さんも満足!!
丁重な仕事ぶりやこだわり、何よりもその安き値段に惹かれて専属になってもらうことに決定!!

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

まあその度に銀川まで来ねばならんが、まあ部屋も用意してくれてるし、ツアーの合間に戻るならもう北京である必要はない(笑)

あと問題はこの眉毛の白髪やなぁ・・・原田さんは
「眉毛染めは危険なのでうちではやってません」
と言ってたが、中国だと金出せばやってくれそう〜(笑)

危険なんかのう・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月23日火曜日

あと、この眉と眉の間の通称「岡崎班」、これ何とかならんかのう〜
岡崎はーん〜どうやって直したん?

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2021年3月15日

師匠旅立つ!!

2021年3月15日、師匠の訃報を受けて・・・

「Funkyさんが一番影響を受けたドラマーって誰なんですか?」
中国に来てもよく聞かれる質問である・・・

そんな時は私はいつも
「日本には村上ポンタさんってドラマーがいるんだけど・・・」
と答えていた。

もちろん中国人は誰もポンタさんのことなんか知らない。
スタジオミュージシャン・・・つまりは「メインプレイヤー」ではなく、それをサポートする「バイプレイヤー」なのであるから・・・

数多くの名言を残した偉大なる「兄貴」であるが、師匠の名言の中で私が一番好きなのはこれである!!

「どんな歌手だって俺んところに来てみろ!!一番輝かせてやるから」

そんな師匠の背中を追っかけながら、今こうして海を越えて、中国で師匠と同じく「スタジオミュージシャン」として暮らしている・・・

日本では「爆風スランプ」の名前が大き過ぎて師匠のような音楽人生は送れない。
だから誰も爆風スランプなんか知らない外国に行ってゼロから裸でやり直したい・・・
そう思っていたのだろう・・・


まだ若かりし頃の私にはふたつの「夢」があった。

ひとつは「東京に行ってRockをやる」
もうひとつが「ニューヨークに行ってJazzをやる」

当時は私の住んでた四国の田舎街のレコード店でも、音楽のジャンルというのはRockだJazzだと細かく分類されてなかった時代である。
「演歌(歌謡曲)」と「ニューミュージック」とそれぐらいである・・・

その「ニューミュージック」というジャンルに「荒井由美」をはじめてとしてRockやJazzやBlues、あらゆる私の好きなジャンルの音楽がその中にあった・・・

思えばそのあらゆるジャンルのドラムを師匠は叩いていたのだ。
だから今でも私は「このジャンルは叩けない」と言うことだけは言わない。
いや、言わなくていいように師匠の背中をいつも見て頑張って来たのだ。


高校のカウンセラー室は当時私の個人部屋のようなもので、
熱血学園ドラマを見て脱サラして教師になったという熱血担任教師は、私の将来を心配していつもそこに私を呼び出していた。

「僕はもう学校やめて大阪に行ってブルースをやる!!」

そう宣言した私に先生は
「そうか、それも人生やのう・・・」
とそう言った。

結局は熱血先生の導きにより関西の大学に入ったので、一応その小さな「夢」はその段階でちょっと満足されている(笑)

でもその時に付き合ってた彼女に振られてから、本当に大学なんかやめて、東京かニューヨークに行くつもりになったのだが、何せ根がブルース好きで、田舎の社会人ブルースバンドでドラムを叩いてたりしてたので、そんな心情もありブルースばかりを聴いていた・・・

当時インターネットもない時代、四国の文化圏は完全に関西で、東京と言えばそれはそれはニューヨークと同じぐらい遠いところだった・・・
(最初に持った夢が東京やニューヨークではなく大阪なのはここに理由がある)

だから東京のアーティストの情報はあまり入らない。
日本のアーティストで聞くのと言えば全てが関西のブルースマンばかりである。

上田正樹とサウストゥーサウス、ウェストロードブルースバンド、入道・・・

そう、その社会人のバンドの人が関西のブルースシンガー入道さんのどこかのフェスティバルかなんかのライブ音源を持ってて聞かせてくれたのだ。

その音源はネットで調べたのだが見つからない。
歌ってたのは「A Change Is Gonna Come」か「Bring It On Home to Me」だっただろうと思うが、そのドラムを聞いて泣けて来た・・・

それがポンタさんのドラムである。

もちろん何も難しいことなんか叩いてない。
今にして思えばポンタさんの名言
「どんな歌手だって俺んところに来てみろ!!一番輝かせてやるから」
の真髄がここにあったのだ。

その時に心に深く刻まれた「村上ポンタ」という名前と再会するのは、学生時代にそれこそ(当時はCDなどない時代でアナログ盤だったので)擦り切れるぐらい
聞いたこの曲など・・・

ちなみに40年近く経って久しぶりにYouTubeでこの音源を見つけ、ちょうど娘を歯医者に送りに行ってた待ち時間に車で聞いていたら、歯医者から帰って来て車に乗り込んで来た娘がこの曲を聞いてこう言った。

「これパパが叩いてるがやろ?」

こんな父親なので小さい頃から私の母に育てられ、
「音楽なんかに興味持ったらいかん!!パパみたいになったらどうするがよ!!」
と言われ続けて音楽からは全く縁遠い娘が聞いても、これは私のドラムに似てると言うのだ!(◎_◎;)

いや、フレーズも似てるのかも知れないが、きっとその「歌い方」が似てるのだろう・・・

YouTubeとは便利なもので、こんな音源も見つけた!!

何なんだ!!この押しては引き、引いては押すドラミングは!!!
これもアナログ盤で擦り切れるぐらい聞いたなぁ・・・

クレジットを見ると、
1.RHYTHM ROAD   8:45   作曲:是方博邦 編曲:大村憲司
大村憲司:Guitar/村上"PONTA"秀一:Drums/小原 礼:Bass/坂本龍一:Keyboards/ペッカー:Percussion
というから、あの坂本龍一がスタジオミュージシャンとしてセッションしているのだから貴重なテイクである!(◎_◎;)


そんな憧れのドラマー、ポンタさんと最初に会ったのは新宿ピットインの楽屋、
「東京に行ってロックをやる」方の夢を選択して、爆風スランプでデビューし、念願叶ってパールドラムのモニターとなり、同じくパールのモニターであるポンタさんをパール楽器の人が紹介してくれたのだ。

「ニューヨークに行ってJazzをやる」という夢は叶わなかったけど、Jazzへの想いは立ち切れず、あの頃はJazzクラブに飛び込んではJazzばかりをやっていた・・・

だから憧れのポンタさんと会えたらJazzを教わろう、と漠然とそう考えてたのだろう、
「僕Jazzやってるんです。Jazzが好きなんです」
私がこう言った瞬間に、
「オメェ、インチキなんかやってんのか!!俺ゃインチキは大嫌いでよぉ」
と言い放ったポンタさん、スティック持ってSwingのレガート「チンチキ」を叩き始めた。

豪快に笑ったポンタさんだが、そこからは喧嘩自慢(笑)

「昨日よう、新宿でチンピラ5人に絡まれてよう、大立ち回りやって全員のしてやったよ、は、は、は」

もうね、どこで笑っていいのやらさっぱりわからない(笑)
口から飛び出す言葉だけ聞いてたらまるで「ヤクザ'」である。
しかし「任侠の人、頼り甲斐のある兄貴、ヤクザの親分(笑)」そんな感じのイメージを持って、それからポンタさんのことが大好きになる・・・

実際にポンタさんは非常に面倒見の良い人ではある。
それから会う度に私のことも可愛がってくれた・・・

当時、Jazzの武者修行でよく通ってたSOMEDAYという店に、ポンタさんが出るというので見に行った。

「おう、末吉くん!!(ポンタさんは私をこう呼んでた)よく来てくれたなぁ」
1ステージ目と2ステージ目の間に挨拶した私を自分の席に呼んで酒を飲ませてくれた。

そして2ステージ目が終わってアンコールが来ている中、席に戻って来たポンタさんは、「お前叩け!!」そう言って自分は座って飲み始めた。
もう全く自分で叩く気がない!(◎_◎;)

幸い、ギタリストの三好3吉功郎さんもベースのバカボン鈴木さんも知り合いだったので、紹介されるままにステージに上がったが、
「お客さんがアンコールをしてるのは私に対してじゃなくてポンタさんに対してでしょ?それなのに、それを押しのけて全く関係のない私が?・・・」
と思いながらも逆らうことは出来ないので(笑)そのままステージに上がってドラムを叩いた。

まあ1曲私に余興で叩かせて、あとはポンタさん自身が出て行ってシメるのかと思ったら、私の演奏が終わったらそのままその日のライブは終わった!(◎_◎;)

ポンタさんはと言えば、テーブルで浴衣姿の美女と酒を飲んでいる・・・

「おお、末吉くん、こっちで一緒に飲もう!!」
傍らの美女を私に紹介しながら、
「いい女だろ、銀座のホステスなんだけどよう、おっぱいもいいぞ」
と言って浴衣から手を突っ込んでおっぱいを揉む!(◎_◎;)

「やだわぁ、ポンタさんやめて下さいよ〜」
銀座などには飲みに行くことなどないが、なるほどあしらい方もどことなく品があって素敵な女性ではある。

それから何を話したかは覚えてないが、私にしてみたら、例え音楽のことでなくても憧れのポンタさんが話していることは全部私にとっては「勉強」である。

ところが、話している時に店で流れているBGMがうるさかったのか、もしくは気に入らなかったのか、ポンタさんはSOMEDAYのマスターに向かってこう怒鳴りつけた。

「BGMがうるせえんだよ!!止めろ!!」

SOMEDAYのマスターと言えば、ポンタさんに負けずと劣らず「強面(コワモテ)」である。
最初はマスターもポンタさんの発言を無視していたのだが、それにカチンと来たのかポンタさんがもう一回面と向かってこう言った。

「BGM止めろって言ってんのがわかんねぇのかこのヤロー!!」

「強面(コワモテ)」のマスターもこれには切れた。
「何やとお前!!もういっぺん言うてみぃ!!」

間に立っていると言うか、ちょうど二人の間に座っている私は両方を「まあまあ」と言ってなだめて、
「ポンタさん、どっか店替えて飲みに行きましょう」
そう言って別の店に行ったと記憶している・・・

次の店でどんな話をしたのかは全く覚えていない。
きっといつものごとく音楽の話などしてなかったのだろう・・・

でもそこでポンタさんが私に話してくれたことはきっと全て私の今のドラムに生きている・・・
今となって私はそう強く思えて仕方がない・・・


時はロックバブルの頃、全国の至るところでロックイベントが行われていたが、札幌でのあるイベントでポンタさんと一緒になった。

私は爆風スランプ、ポンタさんは泉谷しげるのバックで参加してたのだが、
会場は野球場だったので、ステージの後にも野球の控え室みたいなのがあり、ポンタさんは自分の出番が終わったらそこでどんと陣取って、若いドラマーのバンドを全部後ろから見ているのだ!(◎_◎;)

私はもう何度も会っていて気心は知れてるのでまだマシだが、他のドラマーにとっては、こうしてドラムの真後ろからポンタさんが腕組みをしてずーっと見ているというのは、それはやりにくくてたまらない環境だったに違いない(笑)

そんなドラマーのひとりにBUCK-TICKのドラマー「ヤガミトール」がいた。

どこで仲良くなったのかは忘れたが、一緒に飲んでいて、あのグッバイの衛藤浩一みたいな雰囲気で私にとっては非常に楽しい飲み友達であった。

私も金魚のウンコのようにポンタさんの隣で後のバンドのステージを見てたのだが、ヤガミトールもステージ降りたらすぐにポンタさんに手招きされて、説教(アドバイス?)をされて(笑)、そのまま私と一緒にポンタさんの「金魚のウンコ」となった(笑)

「イベント終わったら飲みに行こう」と言うのでイベンターが用意してくれたバーに一緒に行った。
ポンタさんの取り巻きはこの二人の「金魚のウンコ」だけである。

そりゃそうだ。恐れ多いのもあるが、何かにつけ「めんどくさい」(笑)

めんどくさいと言えばこの日はこんな事件もあった・・・
そのバーに遅れて入って来た、レッドウォーリアーズのギタリスト、シャケ。
久しぶりに会ったので挨拶を交わしていたら、ポンタさんが・・・
「こちらはどなたかな?紹介してくれないか?」
ヤクザもそうだが(笑)ポンタさんも初対面にはとても丁寧な喋り方をする・・・

「レッドウォーリアーズというバンドのギタリストでシャケです」
と私がポンタさんに紹介した。

シャケはポンタさんに勧められるままにこの「めんどくさい」テーブルに座った。

「レッドウォーリアーズって・・・ああ、あのバンドだね」
全部のバンドの演奏を(ドラマーの後ろから)見ているポンタさん、名前を聞いてサウンドも思い出したようだ。

「お宅のドラマーは今日来てないのかね?名前は何と言いましたっけ?」
そう丁寧に聞くポンタさんに私がこう答えたのがいけなかった。

「ああ、コンマくんですね?」
そう、ドラマーの小沼くんは呼びやすいからなのか当時みんなから「コンマくん」と呼ばれていたのだ。

「コンマくんって変わった名前だねぇ」
そう言うポンタさんに、私はどうやら言ってはいけないことを言ってしまったようだ。

「マンコばっかやってるからコンマくんって言われてるらしいですよ(笑)」

この言葉がポンタさんの逆鱗に触れた。
いや、私に怒ったのではない。コンマくんに怒ったのだ。

「あのぐらいのドラムしか叩けないのにマンコなんて10年早い!!今すぐ連れて来い!!」

!(◎_◎;)

私もそうだが、シャケも目を丸くして驚いている・・・

「シャケさん、でしたっけ?悪いことは言わない。あのドラマーじゃぁ君のメッセージは伝わらないよ」

(>_<)

いや、あの4人で頑張ってメッセージを伝えたからこそレッドウォーリアーズの今があるんだし、ポンタさんそれは〜・・・
などと思ったところで私もヤガミトールも金魚のウンコ風情がポンタさんに逆らったり意見したり出来るわけがない。

「俺・・・帰るわ・・・」
そっと私に耳打ちするシャケをうまくこのテーブルから逃がして、金魚のウンコふたりはポンタさんと「ドラムの叩ける店」に行こうということになった。

当時爆風スランプもアイドル的に売れていたので、物陰から私がバーから出て来るのをずーっと待っている女性ファンがいた。

私は知り合いでもなかったし、別に物陰から出て来る様子もなかったのでそのままにして通通り過ぎようとしたら、
「末吉くん、あの女性は君を待ってるんじゃないのかね?」
とポンタさんが言う・・・

「いや、ファンだとは思うのですが・・・」
そう言う私を叱り飛ばして、
「ダメじゃないか、女に恥をかかしちゃ!!君、今から飲みに行くから一緒に来なさい!!」
とその女性ファンを呼ぶ!(◎_◎;)

女性ファンも別にそんなことを望んでたわけではない。
ただひと目お姿を見れれば・・・みたいな感じではあるまいか・・・
知らない人から「一緒に来なさい」と言われたってどうしたいいかわからない・・・

私は自分からその女性のところに行ってお願いした。
「ごめんなさい、この人は私の一番尊敬するドラマーなんです。私の大親分みたいなもんです。その人があなたを呼べって言ってるんです。もしよかったらここはちょっと私の顔立てて一緒に来てくれませんか」

もの凄い困惑して最後まで辞退していた彼女を説き伏せて、この女性を加えた4人でドラムの叩ける店にやって来た。

噂に聞くとポンタさん、誰か大御所のツアーでイヤなことがあった時、この店のような土地土地のドラムを叩ける店で朝までドラムを叩いてたという話も聞く。

見てみたい・・・この日本最高峰のドラマーが、仕事ではなく「自由に」ドラムを叩くとしたら一体どんなドラムを叩くんだ・・・

ところが結局私はポンタさんのその日のドラムを全く覚えていない。
ただポンタさんとお話ししたことだけを覚えているのだ・・・

私はその連れて来た女の子にも非常に気を使っている。
こんなところに無理やり連れて来られたらやはり居場所もなく小さくなるのも無理はない。

色々気を使って女の子と話していたら、ある瞬間、ポンタさんはいきなりその女の子を怒鳴りつけた!!
「こらお女!!いい女ってのはなぁ、決して男に気を使わせたりしないもんだ。それを何だお前は!!」

そんなこと言われたって〜・・・女の子も泣きそうである。
「私・・・帰ります」

と言われたって帰られても困るなぁ・・・ポンタさんまた怒らないかなぁ・・・
などと思ったが全く気にする様子もなく、
「お前ももっと勉強してもっといい女になれよ」
ってな雰囲気である。

散々飲んで散々叩いて、帰り際にポンタさんは私にこう言った。
「末吉くん、俺は好きだよ、君のドラム・・・潔いからね」

潔い・・・いさぎよい・・・音楽用語でも何でもない・・・まるでヤクザの親分が子分を誉める時に使うような言葉に私は聞こえた・・・

この日は色んな笑い話があったが、結局私はポンタさんのドラムでも音楽の話でもなく、この言葉を一番大切に持ち帰った。


そして私は、師匠、私の師匠であるポンタさんは「潔い」を通り越した何かの境地にいるように私は感じている・・・

私もこのままこれを突き進めば、師匠のようにその先の「何か」に辿り着けるかも知れない・・・
そう思って今がある。

師匠のドラムは・・・いや師匠は・・・カッコいい!!
師匠のドラムは師匠の「人間」そのものなのである。

「無茶苦茶だなぁ・・・この人」と思ったことはここで書いたエピソードだけの話ではない。
でも師匠全体から見るとどこかピシッと一本筋が通っているし、何よりも人を惹きつけてやまない「魅力」がある。

だからこれだけドラムでその音楽を「揺さぶる」ことが出来るのだ。
師匠のドラムは師匠の「人生」そのものなのだ。


師匠の訃報を、私は中国さいはての街、ここ寧夏回族自治区で聞くこととなった。

残念ながら中国では師匠のことを知る中国人はいない・・・
でも耳の(感覚の?)いい人がもし師匠のドラムを聞いたら、
「え?このドラムFunkyさんが叩いてるの?」
と言うみたいなこともあり得るかも知れない・・・

よく中国の若いドラマーが私に教えを請いに来る・・・
その時に私は自分のブロークンな中国語を例に出してこう言う・・・

「俺の中国語を聞いて上手いと思うか?通訳やってるプロの方が全然上手い。でもお前はその人の話を聞きたいか?俺の話を聞きたいだろ。ドラムも同じだよ」

そう、速度300でひとつ打ちが叩けるドラマーが必ずしもいいドラマーではない。
「人を惹きつける」ドラマーこそがいいドラマーなのだ!!

そう言う時に、私の頭の中には常に師匠のドラムがあったのでは?・・・

とびっきり破天荒で、それでいて実はとってもちゃんとしてて、暴れ回ってるようで目一杯人を包み込む優しさを持っている・・・

師匠は先に逝ってしまったけど、師匠はいつまでも私の師匠である。

私は師匠ほどファッションセンスもよくないし女にもモテないけど、死ぬまでには師匠に負けないぐらい「カッコいい」ドラマーになっときますから!!

死んであの世とやらでまた飲むことがあったら、
「君の生き様は潔くって好きだよ」
ときっと言わせますから!!

そうなれるように頑張りますから!!
またあの世とやらで説教して下さい!!

それまで安らかに・・・R.I.P

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2021年3月13日

寧夏回族自治区での隔離後半開始!

カンボジアからの中国渡航、直行便でなければならなかったので、住居のある北京ではなく上海に降り立って(その時の話はこちら)、そのままホテルで隔離!!(その時の話はこちらこちら

そして最終日にこの書類をもらった。

夜中に電話で叩き起こされた。 「あんた今ジエチューだから降りて来て手続きをして!」 ジエチューって何やと思いつつ、会話のニュアンスでだいたい想像出来る(笑) Googleさんに聞いたらどうやら「解除(Jie3Chu2)」!! おお!!・・・...

末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日

「この書類はものすごく大切だからね!!いろんな所で見せなきゃなんないから、絶対に失くさないように!!」
と散々念を押されて、この書類と共に空港へと向かった・・・

ひえぇ〜やっぱ上海はデカいのう〜ギター返しに勝山邸に寄って空港まで2時間タクシーに乗っとる!(◎_◎;) あわや間に合わんとこやった〜 とりあえず隔離楽しかった!!金が要らんならずーっとここでおりたいぐらい(笑) ファンキー末吉ブログ:隔離生活第二週目 https://www.funkyblog.jp/2021/03/post_1468.html

末吉覚さんの投稿 2021年3月11日木曜日

途中、ギターを返しに行ったりしたので大幅に遅れ、空港に着いたのは本当にギリギリ!!

相変わらずの手荷物検査の上に厳重な健康検査?・・・と思いきや、健康検査はスマホアプリの緑色QRコードでパス!!
ぎりぎりチェックインの後、安全検査のところで大容量バッテリーでモメたが、時間がないということで特別にパス!!最終搭乗者となり、VIPバスにて搭乗!!

ギリギリに飛び込んで最後の乗客になったのでVIPバスで飛行機まで〜乗客あんましおらんし〜 2週間ぶりの外食は機内食〜コーラなんて久しぶり!!ちょっと感動〜

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

中国は「コロナの封じ込みに成功した」と豪語するが、やはり国内移動は自由だと言っても、そんなに飛行機に乗っている人は昔ほど多くはないのだろう。
預け荷物が流れているのもこの便のみ!!

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

さて、預け荷物を取ったらここから別室に連れて行かれ、既に届けている隔離場所に移動〜・・・と思ってたら、誰も声をかけて来ないどころか、スマホで用意した緑色QRコードをチェックする所もない!(◎_◎;)

出口では布衣バンドの老呉とマネージャーの小文、そしてローディースタッフのヤオヤオ君が待ち構えていて、私を車に乗せて隔離場所まで運ぶ・・・

・・・ってこうして誰かが迎えに来るっつうこと自体が「隔離」にはなってないのではないか?
そもそも上海に着いた時みたいに、いやがおうなしに隔離バスに載せられるとか、公共交通機関を使っていいっつうこと自体がもう「隔離」ではない・・・

聞けば日本での水際対策もこのような感じらしい・・・
「公共交通機関に乗るな」というのも「お願い」でしかなく、それを取締る法律も罰金もなければ、それをチェックする人員もいない。

この国は違うのだ!!
やらなければならないことは「強制」である。

カンボジアもそうだが、ひとつの社区から感染者が出たら、その社区全体をロックダウンする。
「仕事に行くな!!今出ている人間は戻って来るな!!」
違反した人間は容赦ない罰則!!
それをやってるから感染者を押さえられてるというだけの話なのだ・・・

ここ寧夏回族自治区はコロナ発生以来未だに感染者が出ていない地区らしい・・・
車に乗った途端に全員がマスクを取って、
「あ〜緊張した(笑)」
きっと感染に関する緊張感もそんなにないのだろうと想像する・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

民主国家の日本だと、通行を規制して「国民の自由を奪う」ということはあってはならないことかも知れんが、やっぱこの国はそれが出来るのが今の時代では「強い」なと思えて仕方がない・・・


「社区の長から何か連絡ない?」
マネージャーの小文が心配そうに・・・いや全く心配そうじゃなく笑ってそう聞く(笑)

こちらはちゃんと飛行機の便から自分の電話番号から隔離場所の住所から何から何まで届けているが、何も連絡をもらえないとするとこちらからその社区の長とやらに連絡する術はないのだ・・・

「あと数日連絡待ってみて、なければ別にもう出歩いてもいいんじゃない?」
緩い・・・なんと緩い・・・(笑)

でもまあ考えてみたら私はほとんど感染者がいなかった(出発時に隔離施設を脱走した中国人から市内感染が報告されたが)カンボジアから、出発前にPCR検査と血液検査、着いてから空港で更にPCR検査、そのまま隔離ホテルで2週間隔離の後にPCR検査を経て全て陰性だからここに来ている。

日本では感染拡大地域から来日した人間に対してもこの緩さなのだから、そりゃ感染拡大を防げるわけがなかろうと思う・・・

空港からの高速道路の料金所には「車両通行カードの提出」と書かれている。
きっとこの届け出がないと高速道路にも乗れないのだろう、
緩いと言っても日本よりはまだまだ数段厳しいと想像する・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

思えば日本に帰国した人、来日した人はどのように2週間の「自主隔離」を過ごしているのだろう・・・
コンビニぐらいには行けないとさすがに食べるものには困るのではないか?・・・

外食はどうなのだろう・・・

「全然大丈夫!!」
とのことで、一年以上ぶりとなる「炒烩肉(ChaoHuiRou):羊肉焼きそば」を食いに来た・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

レストランの従業員も誰もマスクをしていない・・・(笑)

小文の話によると、この自主隔離に関する全ての判断は社区の長に任されており(共産時代の名残りか?)、まあ誰かが問題を起こせば全体責任で社区全体がロックダウン!!
まあ私も問題を起こすつもりはないので、自分で判断して、連絡の来ない社区の長に迷惑がかからないようにするつもりである・・・


隔離部屋に着いた・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

このビルの12階らしい・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

ドアを開けて中に入ってみると・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

おお、なかなかよい部屋ではないか!!!

さて布衣が用意してくれた隔離部屋〜ここで2週間!!第一週は外出せず、二週目は社区の長の判断で人混み行かなければいいってその社区の長からまだ連絡ないんですけど〜 このまま数日連絡待って来なければまあお出かけしてもええのでは?って緩っ!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

茶器があるのが良い!!!

茶器があるので深酒せずにお茶!! 急須がないのでコップで淹れても美味!! - Spherical Image - RICOH THETA

冷蔵庫には山ほどの酒が〜(笑)

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

飲み過ぎには注意やな!!(笑)

ソファーが気持ちいい〜

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

外気温も暖かい・・・

末吉覚さんの投稿 2021年3月12日金曜日

その上、北国なので暖房もバッチシで、ヘタしたらカンボジアより暖かいぐらいである・・・

ということでここで今から2週間の隔離!!
・・・と言っても、
「最初に1週間はあまり出歩かないように、後の1週間は出歩いてもいいが、人混みには行かないように」
という緩いもの・・・

まあホテルでの2週間に慣れてしまったので別に出歩きたいとも思いませんが・・・(笑)
まあここで2週間、隔離生活を楽しみたいと思います〜

Posted by ファンキー末吉 at:11:36 | 固定リンク

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