
2018年4月26日
布衣春のツアー2018広東省
福建省アモイから広東省深センまでの移動は新幹線で4時間。
「移動日があってよかった・・・」
という距離である。
深セン北駅に着いて、私はそのままひとり地下鉄で香港へと渡った。
まあその話はおいおいこぼれ話で書くとして、
次の日の昼に深センに帰って来てそのままサウンドチェック!!
日本でも昔、バスドラ、スネア、ハイハットで叩くリズムばっかり外に出ていて、
タムの音が全然出てなかったりしてたこともあったので、
この叩き方でチェックすると全てのタム、シンバルなどを網羅しているので、
ライブでタムの複合リズムなどを叩いても外音は大丈夫だろうということで、
サウンドチェックではいつもこのようなフレーズを叩く。
通常はタムがひとつ少ないので、
フロアタムの位置にバスドラが入ることになる。
この日はタムはひとつ多かったのだが、
せっかくのPearlの最高級機種なのにヘッドが死んでてチューニングが大変(>_<)
ドラムはやっぱメーカーよりもヘッドやチューニングが大事やなぁ・・・シミジミ・・・
そしてライブ!!
いや〜この日もよう入ったのう・・・
この日のドラムソロ!!
よーしーずはここで日本に入ってしまい、8人旅から7人旅となって広州へ〜
広州では女性歌手のゲストが入るということで、
その話はこちらに書いたのでここでは省略。
いや〜ここもよく入った〜・・・
ライブはこんな感じ〜
この日のドラムソロ
そして珠海へ移動〜
ここは週末の3連チャン乗り打ちである。
それまでは数百人入る巨大な「ライブハウス」だったのだが、
ここの小屋はちょっと小さい酒吧(JiuBa:バーの意)みたいなところ。
でも箱バンの演奏が入っているらしく機材は立派・・・
ドラムもDWの立派なドラムセットで、
ヘッドは見たことないようなヘッドだったが鳴りはバッチシ!!
体調もすこぶる良く、ドラムソロは今まで叩いたことないようなフレーズが自然に出て来た!!!(◎_◎;)
だいたいステージ上で頭真っ白になりながら「ウォー!!」ってな感じで叩いてるのである。
「何を叩こう」などと考えてないのだから、出て来るフレーズは「完全に身体に入っているフレーズ」だけである。
リハとか遊びで叩けてるフレーズなどを意図的に
「今日はこれを叩こう」
などと思っても大概「崩壊」してしまうのが常なので、
このように新しいフレーズがとっさに出て来ることは非常に少ない・・・
\(^o^)/
今日のドラムソロの録画を楽しみにステージを降りたら・・・
「Funkyさん、今日は録画してないんです」
とスタッフ!(◎_◎;)
・・・(>_<)・・・
しゃーないなぁ・・・
もう自然とこのフレーズが出ることもないだろうから、
また自然に身体の中に入ったのが出て来るのを待つしかないなぁ・・・(涙)
人生そんなもんです!!と楽屋でビールを飲む・・・
新しいフレーズ・・・いつかソロで使ってやろうと思っても、あの頭真っ白の状態でなかなか出て来るものではない。 だから「叩ける」フレーズはまだまだあるけど、ソロでは実際その一部しか使ってないということなのだ。 ところが今日突然、前々からやろうと思ってたバスドラ32分音符のフレーズを叩いてるではないか!(◎_◎;) 「やったー!!」\(^o^)/・・・と思ったら今日に限って誰も録画してない(>_<) 次に意図的に「やるぞ」と思っても出来ないのよねぇ・・・まあ人生こんなもんです(涙) - Spherical Image - RICOH THETA
ところでアモイでのドラムソロの映像が中国のネットにアップされ、
もう既に20万人を超す閲覧があるという・・・!(◎_◎;)
おもろいのか?おもろいのだな?(笑)・・・
まあ残して欲しい映像は残らず、こんなアホな映像は残るのです!!(笑)
これに懲りずに、いいドラムソロもアホなドラムソロもどんどん残していこうと思います〜<(_ _)>
ところでライブ終了後にLaoWuがこんなことを言った。
「今天感觉有点不一样・・・你也觉得这样吗?(今日はちょっと感じが違ってた気がしたんだけど、あんたもそんな感じあった?)」
きっとそれまで何百人の前で大盛り上がりの「ロック」なライブだったのが、
ここの客は「バーの客」なので、フロントに立ってるLaoWuにとってはちょっと感覚が違ってやりにくかったのだろう・・・
またムカデの話をして、
「考え過ぎないことだよ」
とアドバイスをする・・・
はははと笑って二人とも同時に小畑の方を見た。
「ああ、あいつは客なんか関係ないよ。
ただステージに上がったら客を煽るのみ!!
脳みそがムカデぐらいしかないからな・・・(笑)」
さて、次の日はオフ!!
移動日でもなく、現地でそのまま何もないオフ日は先日の蘇州でもあったのだが、
私はレコーディングのために北京に飛んだので、
実質今回のツアーで私にとっては初めてのオフ日となる。
いや〜別に毎日ドラム叩くのは全く苦にならんけど、
「移動」っつうのは本当に疲れる「労働」やな・・・
本当は対岸のマカオにでも遊びに行こうと思ったのだが、
身体がもう「移動」を拒否していて、
その日は食って飲んでのんびりさせてもらった・・・
昼メシは近所のミシュラン星を持つという中華料理屋。
中国では今「習近平とトランプ首脳会談」という料理が流行っているらしく・・・
とりあえずここで「トランプ大統領」を頼んでみた(笑)
ビール飲んで撃沈〜
ホテルで昼寝して夜は海鮮〜
今日は初の移動日でもないOFF日!!(前回の蘇州では北京に飛んでレコーディングをしてたため) 昼は広東料理でビール、夜は海鮮で白ワインを頂きます!! https://twitter.com/livebarxyz/status/988381955908513792?s=21 - Spherical Image - RICOH THETA
白ワインで撃沈〜恵州へと向かふ・・・
次の日も「移動日」でライブはないので、
着いたらゆっくりとマッサージ!!
今日は広東省恵州への移動日〜着いてすぐさまみんなでフットマッサージ〜 田舎のマッサージは時々「抜き系」だったりするのでみんなと一緒だと安心(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
恵州の小屋もちょっと酒吧(JiuBa:バーの意)みたいなところだったが、
LaoWuも雰囲気に負けることなくいつものプレイをしている。
ところがこのドラムセット、
バスドラが踏めば踏むほど遠くに逃げて行って、
ブレイクの度に手で引っ張り戻すのだが、
もうそれが気になって仕方ない(>_<)
スタッフのヤオヤオを呼んで、
叩きながらジェスチャーで「止めろ」と指示するのだが、
ガムテープ片手にどうやってバスドラを固定するのかがわからずぼーっとしている。
「お前この前教えただろ!!」
と一瞬思ったのだが、教えたのは2軍ベーシストのDaWeiで、
今はステージでベースを弾いている(>_<)
しゃーないなぁ・・・
MCの時に「バスドラの足をガムテープで止めるんだよ!!」と指示したりしながらドラムソロ・・・
まあ気合で乗り切ったが、こんな偉そうなブログ書いておきながら、
自分こそがその「準備」が出来ておらん(>_<)
人間に出来ることなんか「努力」と「準備」しかないのだから、
その「準備」さえちゃんと行っていればこんなトラブルなんか起こらなかった。
いやひょっとしたらこのトラブっている時間に「神様が降りて来た」かも知れないではないか・・・(>_<)
まだまだ修行が足りんのう・・・
次からはリハの時にバスドラが動かなくても一応ガムテープで止めておくことにしよう・・・
「奇跡」が起こるまでにはまだまだ遠い・・・(>_<)
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2018年4月23日
若者よ、もっと経験を積んで帰って来い!!
もう30年近い付き合いで「家族」のような関係であるLaoLuanからツアー先に電話があった。
「この前レコーディングしてもらったあの歌手なんだけどさぁ・・・」
一瞬あまり愉快ではない記憶が思い出されて来た・・・
この歌手である・・・
その後、この歌手の全国ツアーとかをやってくれとかの話もあったが、
私自身がもうこの布衣のツアーで出ずっぱりなので話が立ち消えになっていた。
「Funkyさん、请帮个忙(QingBangGeMang)!!」
つまり「ちょっと助けて下さいよ」・・・中国ではよく出て来る単語であるが、
この言葉から始まる会話は往々にして厄介な話が多い・・・(>_<)
「布衣のツアーにゲストで参加させてやって欲しいんだけど・・・」
いや、私は単なるドラマーとして呼ばれているだけであって、
私が布衣に対してゲストを入れさせる権限など持ってないよ・・・
「その辺の話はボーカルのLaoWuかマネージャーに言ってもらわないと・・・」
「いやそこには話を通してある」
というので、それだったら私がとやかく言う筋合いはない。
LaoWuが「やれ」と言えばやるし、断ったとしたら私の出る幕ではない・・・
・・・ってまあLaoWuも業界の重鎮であるLaoLuanから頼まれたら断れんわのう・・・(笑)
「那拜托了(Na BaiTuoLe:じゃあよろしく頼むよ)!!」
で電話は切れた・・・
かくしてその当日がやって来た。
場所は広東省広州・・・
毎度の如く他のメンバーより早く会場入りしてドラムのチューニングをしてたらマネージャーから連絡が入る。
「歌手がプログラムの件で打ち合わせをしたいらしいのでそちらに行かせます」
ジャンルは歌謡曲なのでギタートリオで再生出来る音ではない。
「プログラム走らせるからそちらで用意しといてね」
と予め伝えてある。
レコーディングでは、あれやこれや自分の作ったDEMOと同じようにしてくれと大きな「こだわり」を見せたので、当日リハでバンドに対してそれと同じ要求をされたんじゃたまったもんじゃない。
プログラムでほとんどの音を流してドラムとベースぐらいを生演奏、
ギターは入っている音に合わせて弾くぐらいでよい。
あわよくばそのままカラオケ流して「あてぶり」にしたいぐらいである(笑)
歌手がやって来た。
「声卡(サウンドカード)は?」
私は真っ先にこう聞いてみた。
通常プログラムを流す時には、
コンピュータを声卡(サウンドカード)と呼ばれるオーディオインターフェイスという機械につないで、
そこから外に出すLRのステレオのプログラム音源、
そしてドラマーだけが聞くクリックのトラックを出力する。
通常コンピュータはステレオでしか再生出来ないので、
もう1chドラマーが聞くクリックを再生しようとすると、
どうしてもこの声卡(サウンドカード)が必要となるのだ。
「声卡(サウンドカード)はFunkyさんのを使うって話ですけど・・・」
足掛け3ヶ月に及ぶ長いツアーで、布衣みたいなロックバンドでは使いもしない声卡(サウンドカード)なんて持ち歩きませんって(>_<)
LaoLuanにしてみたら、私がバンマスの仕事では私がそのプログラムを出す仕事もするので、当然ツアーにも持って来ているだろうと思ったのだろう・・・
まあサバイバルな現場を多くこなしているとわかって来る。
どんな状況ででもやり方はあるのである!!
「じゃあ君の持っているプログラムのデータを、
左側はクリック、右側を音源にしてステレオのmp3で出力してメールで送って」
ちなみにこのやり方は私がひとりドラムとかでやっているやり方で、
外に出す音をモノラルにすることによって、
音を出す機械はiPadでもスマホでも何でもよく、
あのしちめんどくさい声卡(サウンドカード)とか持ち歩かなくてもすむのだ。
「それだったら出力がモノラルになっちゃうじゃない」
などと言おうものなら、
「お前が声卡(サウンドカード)持って来ないのが悪いだろ!!」
と叱り飛ばしてやるところだが、
幸い彼女はその辺をスルー(ほっ)、ところが今度はこんなことを言い出して来る。
「それってどうやって作るんですか?
私出来ないんでFunkyさんやってくれませんか?」
(>_<)
「请帮个忙(QingBangGeMang)」で始まって、
「拜托了(BaiTuoLe)」で終わる要件なんて往々にしてこんなもんである(涙)
サウンドチェックを中断してデータ作り・・・
今日は女性歌手のゲストが入るんですと・・・ この若きシンガーソングライター(>_<) https://www.funkyblog.jp/2017/11/post_1204.html 業界の重鎮LaoLuanから「頼むよ」の電話。 「俺はただのドラマーだからバンドのマネージャーに言ってくれないと」 ボーカルのLaoWuから「頼むよ」(>_<) まあ曲コピーしてドラム叩けばいいんでしょ、バンドがそれでいいなら俺は別に・・・ 「プログラム走らすなら用意しといてね」 いざ蓋を開けてみたら・・・ - Spherical Image - RICOH THETA
幸い彼女が使っているソフトがLogicだからよかったものの、
私が使ったことのない他のソフトだったら一体どうなったことだろう・・・
まあ私がその新しいソフトを一瞬で使えるようになればいいわけね(>_<)
中国の仕事は往々にして、このように日本では想像出来ないぐらいに私の経験値を上げてくれるのだ・・・(笑)
さて無事に音源も出来上がってリハーサル。
見ればLaoWuのマイクをそのまま使って歌うようなので、PAエンジニアにこう助言する。
「お前らの持ち歩いてるシステムのイヤモニって4chあったよなぁ。
俺がイヤモニ使ってないからそのシステムを彼女にそのまま使わせてやればモニターし易いんじゃない?」
ドラマーは少々モニター環境悪くても演奏出来るけど、
歌う人はモニター悪かったらもう歌えんからね・・・
そしたらPAエンジニアが、彼女がすぐそばにいるにも関わらず私にこんなことを聞いてくる・・・
「彼女はイヤホン持ってますか?」
まあちょっとイライラしてたのだろう、
「俺は彼女の父親じゃねえ!!お前中国語話せるんだろ?俺に聞くな、直接彼女に聞かんかい!!」
などと口走ってしまい、ちょっと反省・・・(>_<)
まあ笑い話で終わってリハーサル開始!!
「プログラムの音が大き過ぎる、ちょっと下げてちょうだい」
彼女もまた私に向かってそう言うので、
「あそこにPAエンジニアのおじさんがいるでしょ?あのおじさんに直接言いなさい」
・・・とこれが後々大きな問題になるとはこの段階で想像だにしていない・・・
本番が始まる。
彼女の歌う曲は、布衣で女性ベーシストのLinNaが歌ってた「彩虹」、
そして彼女のオリジナルで「再見19歳」、
そして中国ロックの創始者「崔健(CuiJIan)」のカバーで「新長征路上的揺滾」の3曲。
LaoWuから
「彩虹は世事难料の次ね」
と言われていたので、
いつものようにど頭からド派手に始まろうと勇んでステージに上がって行ったら、
どういうわけかLaoWuがステージに上がって来ない!(◎_◎;)
「どうしたんだよ〜」
とステージ袖にひっきりなしに合図を送るが、
どういうわけかLaoWuではなく彼女が上がって来て客に向かってMCを始める!(◎_◎;)
「ここで歌うのか?」
大慌てでプログラム再生の準備をして、
ぽかんとしている小畑に日本語で指示を出す。
ベースはよーしーずではなく2軍の中国人ベーシストなのだが、
さすがは中国人、全く慌てていない。
慌てているのは私と小畑、日本人だけである(笑)
「では先輩方の前にちょっとだけ私が歌わせてもらいますのでお付き合い下さい」
私が聞きそびれていたか勘違いしていたか・・・まあそういうことだったのね?・・・
「最初はとってもロックな曲です」
と言って「崔健(CuiJIan)」の「新長征路上的揺滾」を紹介する。
私は「その紹介はあかんじゃろ」と思ったが、
譜面とかプログラム再生の準備でしっちゃかめっちゃかだったのでそのままカウントを出して曲が始まる。
どうして「あかんじゃろ」と思ったかと言うと、
布衣のファンはいわゆる「ロックファン」で、
この日も会場に5〜600人ほど集まってぎゅーぎゅーにひしめき合ってる観客はみんながみんな、布衣の曲を聞いて大暴れに暴れに来ているのである。
またLaoWuの声は崔健(CuiJIan)によく似ている。
きっとLaoWuがこの曲をカバーしたら客は狂喜乱舞することであろう。
ところが女性歌手である。
あんな野太い声やロック的な歌い回しをするわけでもなく、
アレンジもどっかの歌番組でどっかの女性歌手がカバーしたという音源が送られて来たので、その打ち込みのどうしようもない(失礼)バージョンでコピーしている。
客はこのMCで一気に期待度がマックスに上がっている。
おそらくはLaoWuがオリジナルと同じアレンジでこの曲を歌うような、そんな世界を想像してしまっただろう。
盛り上がるに盛り上がれない雰囲気で1曲目が終了!1
2曲目は布衣の曲だったらLaoWuがここで出て来てまた引っ込むことになるので、ここは彼女のオリジナルであることは間違いない。
この曲はプログラムを使うので、
私は再生ボタンに手をかけて彼女のきっかけを待つ・・・
曲タイトルを言ったのですかさず再生ボタンを押してカウントを出す。
そしたらイントロの途中で彼女が曲を止めた!(◎_◎;)
「プログラムの音が出てないんじゃない?」
後ろを向いて私にそう聞く。
私に聞かれたって外に出ているかどうかドラムの位置でわかるわけはない。
もう一度プログラムだけを走らせて「出てるか?」とスタッフに確認する。
「出てる」ということで演奏を再開・・・その間、客はぽかんと待っている・・・
続いて布衣の「彩虹」を歌うのかと思ったら彼女は挨拶してステージを降りたので、
ああ、あの位置で歌うのは「彩虹」1曲なんだな・・・とやっと理解(>_<)
いつものような感じで布衣のステージが始まる・・・
こんな感じ・・・
もうこれだけの客が何事もなかったかのように大暴れ(笑)
途中に彼女のゲストコーナーも布衣の曲なので大盛り上がり。
最終的には何も・・・問題ない。
中国の仕事は始まる時は「どうなるんだろう」と心配になることは多いが、
いつも「必ず終わる」のである。
ライブ終わってPAエンジニアに聞いた。
「プログラムの音、出てたの?」
「ずーっと出てましたよ」
きっとリハーサルでモニターの音量を下げたので、
本番は客が入ってかき消され、それで彼女は「出ていない」と思ってしまったのだろう・・・
老婆心がまたむくむくと湧き出て来て、打ち上げの席で彼女に優しく説教した。
「お前は创作歌手(シンガーソングライター)なんだろ?」
以下お説教本編(実際は中国語でとても優しく語ってます)
お前が客に聞かせたいのは何だ?完璧なアレンジか?
それだったらライブではまず不可能だ。
ライブなんて毎回どんなトラブルが起こるかわからないからね。
演奏まで中断して「プログラム出てる?」なんて聞く必要がどこにある?
ステージ上で俺に聞いたところで俺にだってわかるわけはないだろ?
「もしエンジニアがボリュームを上げ忘れてたとしたら?」
なんて考えてたとしたら、
それって同じ「チーム」の一員であるエンジニアを全く信用してないってことだよね。
でもね、お前は创作歌手(シンガーソングライター)なんだろ?
しかもギター弾きながら歌ってる。
プログラムがなくったって、それだけで最低限「歌」と「楽曲」は伝えることは出来るんじゃないのか?
お前が伝えたいのがお前の「歌」と「楽曲」だとしたら、
もうそれで最低限は伝えることが出来るんだよ。
わざわざ演奏を止めてまで客を待たせる必要はないだろ?
ついでに言わせてもらうと、
たとえバンドのメンバーが演奏間違えたとしたって、
例えばLaoWuだったらギター弾きながら指板見せて「違う!このコード!!」とかやるだろう。
それが「创作歌手(シンガーソングライター)」の底力だよ。
ボーカルはステージに立って最前線で「観客」と対峙する。
誰も助けてなんかくれないんもんなんだよ。
俺に頼って来たって残念だけど何にも助けてあげられない。
お前も创作歌手(シンガーソングライター)だったらお前が自分で戦って、
そして後ろにいる俺たちを引っ張っていってくれ!!
(以上お説教内容)
「説教をする」ということは一種の「愛情」である。
言いながら、「何とかこいつも一人前になってくれればいいのにな」と思って来る。
悪いけど、彼女がレコーディングでこだわったアレンジの細かい部分、
実はライブではいくつか無視させてもらっている。
例えば2番の頭からドラムが入る?
その前の間奏どうすんの?ドラムぼーっとしとくの?
間奏から入るでしょ、ここは・・・
しゃーないなぁ・・・
実は間奏からドラムはしっかり叩いている。
この方が「自然」なので彼女はきっと変えたことすら気づいてないだろう。
その他、レコードバージョンでは色んな部分が「自然」ではない。
そりゃそうだ。
ライブをやって何度も何度も観客と戦って、
打ちひしがれて何度も泣いたことなどない。
「これがいい!!」
自分でパソコン弄って打ち込んで、
それをそのまま生楽器に入れ替えただけの音源がライブでそのまま通用するか?
いや、「ライブバージョン」と「レコードバージョン」というのは存在してしかるべきだろう。
でも、今回初めて知ったであろう「ライブバージョン」のいい部分、
それをレコーディングの時にもし少しでも知ってたら、
いや、ちょっとでも想像出来てたら・・・
レコードバージョンだってこんな形では終わってなかったんじゃないのか・・・
生楽器は「人間」が演奏する。
その「人間」が演奏しにくい不自然なフレーズには「魂」を込めることは出来ない。
そんな「人間」が何人ステージで雁首を揃えたって「1+1」は「2」にもなりやしないよ・・・
年寄りの話も聞いとくもんだ・・・
いや、先輩の話だけを鵜呑みにして自我のないような若者なんかにこれっぽっちも魅力はないが、
年寄りはお前の持ってない「経験」を持っている、
話ぐらい聞いといて参考にしてみたって「損」にはならんぞ。
姥捨山に捨てるにはまだまだ惜しい「年寄り」だと思わんか?(笑)
次は5月の青島。
プログラムのデータを自分で作ってみることから初めて、
この老兵を一番活躍させるようにステージを考えてみたらどうだい?
お前は19歳、まだまだ若い。
もっともっと「矢面」に立って、
もっともっと悔しい思いをして、
流した涙の数だけ成長するだろう・・・
だから若者よ、甘えるな!!
ひとりで立ち向かって全部それを「経験」にしろ!!
少しは成長したお前を青島で待ってるぞ!!
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2018年4月19日
布衣春のツアー2018浙江省と上海
布衣のツアーは続く・・・
江蘇省を廻ったところで2日の移動日、
ここで北京にて仕事を入れていたために、
北京の寒さでやられて完璧に風邪をひいた(>_<)
いや、兆候はあったのだ・・・この時!!
いや〜日本人ライブバーのオープニングパーティーに乱入して、
投げ銭でドラム叩いてしこたま飲み過ぎたのよねぇ・・・
次の日にはちょっとお腹がゆるかった(>_<)・・・
まあ単なる飲み過ぎだろうと思ってそのまま北京に行って寒さにやられて風邪・・・というよりもう風邪の兆候はあったんやろうな・・・
今年の入ってからキャンピングカーで70本日本ツアーとか結局毎日飲んでたわけやから、身体がいいかげん
「風邪でもひかせて休みましょうや」
と主張してたのかも知れない・・・
そして北京から紹興に着いたらいきなり気温が30度(>_<)
これじゃあ身体も悲鳴をあげるわのう・・・
それでもドラムは叩く!!
いや〜腹がゆるいと踏ん張りがきかんからドラム叩くん大変やけど、
風邪ぐらいじゃあリングに上がるボクサーと一緒で、命がけのテンションで鼻水なんか止まってしまうから大丈夫と思ってたら、
そんな命がけのテンションなんて1ステージずーっと続いてるわけじゃないから、
ある曲でいきなり大きなくしゃみが出てスネアが一発抜けてしまったことはナイショ(笑)
まあでも暖かくなったら体調もだいぶ良くなったので、
やはり紹興に来たら紹興酒!!!
実はこれが悪かった・・・
通常ひき始めの風邪ぐらいだったらドラム叩いて大汗かいて、
酒でも飲んでこてんと寝ればすぐ治るのだが、
やっぱり無錫からずーっと続いている風邪なのでここで一気に悪化(>_<)
次の日の寧波でも風邪を吹っ飛ばすべく叩きまくる!!
次の日は上海への移動日!!
居酒屋勝でバンドみんなにご馳走してくれるというのでここで逆療法で飲む!!
シメの皿うどん!!
ちゃんぽん!!
そして満腹へべれげのまま上海の極楽湯(日本の極楽湯のチェーン店)に直行!!岩盤浴で汗を流す!!
ビタミンを補給!!
これで風邪は撃退!!ここから次第によくなってゆくというのが末吉式(笑)
次の日には体調も改善し、上海ライブ!!
またこの会場がデカかった・・・・!(◎_◎;)
客もよう入ったなぁ・・・知り合った頃は北京でも10人も入らんかったバンドが・・・(笑)
ドラムソロ!!
ところで上海での毎度のサイン会の時に、
ある人が「これにサインして下さい」というのでびっくり!!
なんと五星旗の香港で発売されたCD!(◎_◎;)
返還前の香港では「五星旗」という名前が中国共産党をイメージしてよくないということで、「Asian Dream」というバンド名で発売されたのよねぇ・・・シミジミ・・・
ワシ自身初めて見たしぃ〜(笑)
でももしこれをワシが入手して日本でライブの物販で売ってたら、
JASRACはまた
「末吉は海賊版を売るようなひどい人間である」
と裁判所に提出するのかな・・・
ほんまヒドい話であった・・・詳しくはこちらで・・・
さて次の日は義烏(YiWu)という街。
体調もよくなったので買い物に行く・・・
iPad Proのスマートキーボードがまた認識されなくなったのよ〜
前回も同じ症状で日本のApple Storeに持って行ったら新品に交換してくれたばかりなのに〜(>_<)
これってワシの使い方が悪いんやろか・・・凹むわ・・・
見るからに怪しげな電脳城・・・ここで探しに探してゲットしたiPhone用のキーボード!!
日本に戻ってまたApple Storeで交換してもらうまではとりあえずこれを使っておこう・・・
というわけでドラムソロ!!
もうね、人が一生懸命ドラムソロやってる間に客はダイブ(跳水(TiaoShui):飛び込みとこちらでは言う)をやりよるし(>_<)
ホテルの朝食の環境が豪華だったのでゆっくりさせて頂いて杭州へ移動!!
珍しくホテルの朝食バイキングの環境が素晴らしかった件について・・・ 食ったら杭州へ移動!! - Spherical Image - RICOH THETA
杭州では映像のシューティングも入り、音もマルチで録ると言うので、
スネアの裏のヘッドを交換しようとしたのだがいいヘッドがなく、
思えばここにはパール楽器の中国工場があるではないか!!
というわけでいきなり連絡をとってみたのだが、
総経理の玉造さんは本社に帰ってしまい、
ドラムと中国をこよなく愛する深井くんも帰ってしまったということで断念(>_<)
でも玉造さんから連絡をもらったということで、田中さんと大塚さんがライブを見に来てくれた\(^o^)/
今後は直接連絡致します〜今後ともよろしくお願い致します〜
というわけでドラムソロ!!
そして浙江省最終地の温州!!
「温州みかん」というのが日本では有名だが、
実はこれは名前だかここ温州から取っただけで日本産のみかんである!(◎_◎;)
Wikiより
じゃあ当時有名だったという温州の柑橘類って何なん?
・・・というわけで地元の人に探してもらったが・・・
何のこっちゃないネーブルね・・・って別に大して美味しくないし(笑)
というわけでライブ!!
・・・って実はこの会場がとてつもなく狭い(>_<)
12畳ぐらいのスペースで、ステージも狭いのでドラムを端っこに置くしかないというぐらいである・・・
今日の会場は歴代で一番狭い・・・ だいたい12畳ぐらいでステージも狭いのでドラムを真ん中に置けない(>_<) しかしこのツアーの今までの経験では会場の大きさに関係なく同じ人数が来るのよな・・・ 聞くところによると予約だけで200人!(◎_◎;) だからPA席に金網???(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
そこでのドラムソロ!!
打ち上げで海鮮!!
明日も早いし福建省まで大移動やし疲れてるから寝ようと思ったんやけど海鮮で打ち上げやったらしゃーないなぁ〜 - Spherical Image - RICOH THETA
ここの酢がむっちゃ美味かった〜・・・(涙)
というわけで福建省アモイへ向かふ〜
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2018年4月 9日
布衣春のツアー2018江蘇省
江蘇省は安徽省の隣である。
布衣のツアーはまことに効率よく組まれている。
初日の稲毛ー淮南の大移動(笑)以外は、
新幹線で1時間程度の移動ですむ街をうまくつないでいる。
淮南ー合肥:33分
合肥ー安慶:45分
安慶ー黄山:57分と乗り換えて更に56分
黄山ー銅陵:62分
そして
銅陵ー南京:83分
と来てこの日・・・さすが江蘇省の省都、客が600人はいたんじゃないかな!(◎_◎;)
よーしーずが日本かどっかで仕事だということで、
ここから数本はローディーをしてたDaWeiがベース!!
南京だおら〜 今日はよーしーずがいないのでベースは2軍が弾きます(笑) ええなぁ〜このシステム・・・ 秋のツアーは何本か日本のJazzツアーとぶつかっているのでドラムも2軍を養成しておこう(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
この日は打ち上げはザリガニ!!
打ち上げでは小龍蝦(中国語で「小さな伊勢海老」を召す)!! - Spherical Image - RICOH THETA
次の日は移動日なので昼から「烤鱼(KaoYu)」を食ってビール!!
昼メシは烤鱼(KaoYu)!!魚をパリッパリに焼いたあと辛いタレで煮るという四川料理(今は全中国で流行)〜 ニンニク味とマーラー味と2種類頼んだけどやっぱマーラー味でしょ!!ビールが進む・・・ 今日は移動日やからしゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA
この「烤鱼(KaoYu)」という料理、
魚をパリッパリに焼いたあと辛いタレで煮るという四川料理(今は全中国で流行)で、こんなにビールが進む料理も珍しい!!
ほろ酔いで新幹線に乗って55分、無錫に着いて移動日。
無錫と言えばひとりドラムアジアツアーでお世話になったチャッピーさんがお隣の蘇州にいるので連絡してみたら、何やら日本人バーのリニュアルオープンに携わっているということで訪ねて行った(物販持って(笑))。
今日は移動日でライブがないので無錫の日本人街に来てドラムを叩きます!! 日本人の皆さん物販買ってや〜!!! - Spherical Image - RICOH THETA
いや〜物販が売れた売れた(笑)
日本人駐在員おそるべし!!
・・・というわけで皆さんと一緒にバカやって深酒し過ぎて翌日から体調を崩してしまう(>_<)
飲み過ぎ二日酔い腹下しで無錫ライブ!!
翌日は20分だけ新幹線乗ってお隣の蘇州でライブ!!
ここの楽屋でLaoWuが私にこんなことを言う・・・
「DaWeiが緊張してんだよ。ほら、あのウーゴンの話をしてやってくれよ」
・・・と言うのだが何の話か全くわからない。
よくよく聞いてみるとWuGong、つまり蜈蚣,中国語でムカデのことである。
どこで聞いた話か忘れたがいい話で、
布衣が最初のレコ発ライブの時に緊張しているLaoWuに私が話してやった話らしい・・・(すっかり忘れている(笑))
こんな話である。
ムカデが相変わらずたくさんの足を動かして歩いている。
それを見たアリさんはムカデにこう言った。
「ムカデさん凄いですねぇ。。。そんなたくさんの足をコントロールしてちゃんと歩いてるなんてホント凄い!!」
ムカデをそれを聞いて、
「はて、俺はどうやってこんなにたくさんの足をコントロールしてるんだろう」
と思った瞬間に足がもつれて歩けなくなってしまいましたとさ・・・
「お前は虫けらと同じだよ。虫けらが頭使って考えてどうする?
いつも歩いてるように道を歩いたらそれでいいんだよ」
吹っ切れたのかDaWeiはこの日はいいプレイをしていたように思う。
一行はそのまま蘇州に残って移動日、
私は移動日を利用して北京にトンボ帰りします〜
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2018年4月 4日
布衣春のツアー2018安徽省
70日近くにも及ぶ日本ツアーを終え、最終地の稲毛から終電で羽田へ向かふ・・・
成田ならよかったのに上海行きの夜中便は羽田なのよね〜(>_<)
羽田でチェックインした後はお決まりの寿司!!
しかし「掃除のため休業」!(◎_◎;)
板前さんに頼み込んで何とか開けてもらう・・・
羽田に来たら必ずバッテラと大トロを頼む寿司屋のフードコートが清掃のため休み(>_<) もうね、寿司屋の職人さんに泣いて頼みましたよ・・・ そしたら特別に開店準備してこれだけ握ってくれました\(^o^)/ 日本万歳〜でも2ヶ月中国ツアーです!! https://www.funkyblog.jp/s/2018/03/post.html - Spherical Image - RICOH THETA
朝5時に上海浦東空港に着いて、タクシーで虹橋へ向かふ・・・
上海は浦東が成田、虹橋が羽田みたいなもんか?
浦東がむっちゃ遠いのよ・・・この移動が何気に辛い(>_<)
途中中国第二の物販倉庫(笑)勝山邸に物販の補充に行き、
結局虹橋に着いたのは8時前・・・
11時10分発の列車まで待つこと3時間半・・・これがまた辛い(>_<)
3時間半も待つんやったらしゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA
やっと新幹線に乗り込んでそこから4時間・・・これがまた辛い(>_<)
ふう・・・やっと新幹線乗り込んだ頃にはへとへとです・・・こてん - Spherical Image - RICOH THETA
稲毛を出発して20時間後にやっと淮南東駅(どこや?笑)に着き、
迎えに来てくれた地元の人の車で30分、
ホテルに着いたらもうヘロヘロでした・・・
疲れた身体にムチ打って稲毛ライブで腐っている洗濯モンを洗濯!!
久しぶりにゆっくり寝て、洗濯して今日のリハの譜面起こし〜 ひとり部屋万歳!!ゆっくり仕事が出来る\(^o^)/ 小畑はワシと同部屋になってもいつもタバコを吸いにユッコちゃんの部屋でいるので「ほなお前ら二人部屋でええやん!!間違いが起きたらその方が面白いし」と言ってたが、どうやら中国人と同部屋になったようだ・・・残念(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
ひとり部屋万歳!!\(^o^)/
このツアーは行く先々のホテルが私の仕事部屋となります・・・
北京から着いたLaoWuグループと合流してメシ!!
「酒肉店」というお碗で飲む酒と肉の塊をかぶりつく店で肉食ってバタンQ(死語)、
寧夏から来るスタッフチームを待たずにこの日はもう寝ました・・・
長い長い移動も終わり、北京から来たLaoWu達と合流してメシ!! 「酒肉店」お碗で飲む酒と肉の塊をかぶりつく店なう〜 食うだけ食って飲むだけ飲んだら寝る〜 - Spherical Image - RICOH THETA
今回この移動になったのは、
このツアーの演奏曲には最新アルバムからの新曲が多く、
やはり当日リハでは無理だろう、でも一度北京まで飛んでからではロスがあるだろう・・・
・・・ということで翌日の会場を借りてリハーサル!!
ツアー初日のライブハウスを借りてゲネプロ、いやニューアルバムの曲は初めて演奏するのでリハーサル〜(笑) 中国のライブハウスはシンバルを常備してないところが多いので持ち込むならクラッシュ2枚の軽装備、タムも1タムでやりまする!! - Spherical Image - RICOH THETA
これ、サウンドチェックにもなって助かるのよね〜
日本だとライブハウスに毎日ライブが入っていてそうもいかないけど、
中国ではバー営業が常で、この日は夜はライブが入ってないので機材もセッティングもそのままに出来るので助かります・・・
ところでこの辺の名物は「牛肉湯」!!
「湯」は「スープ」という意味なので、いわゆる「牛肉スープ」です。
昼メシは淮南名物の牛肉湯!! - Spherical Image - RICOH THETA
スープと言っても中に春雨や豆腐麺が入っていてこれだけで結構満腹になる。
聞くところによるとこの辺は世界で最初に「豆腐」というものが発明された場所でもあるらしく、夜は豆腐料理の店!!(肉料理もあるけど・・・)
まだツアーが始まってもないのにこの宴会!!(笑) 淮南は世界で初めて豆腐が発明された場所らしく、(肉料理もあるけど)豆腐料理!! 向こう側の料理はトンカツかと思ったら豆腐カツでした!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA
ちなみにぐるりと回して向こう側の料理はトンカツかと思ったら豆腐カツでした!(◎_◎;)
ツアー初日!!大盛り上がりのまま終わりました!!
日本では借金で首が回らないらしいがステージでは首が回りまくる日本人ギタリスト(笑)
この日のドラムソロ!!
さて次の日は安徽省の省都、合肥へ移動!!
ひと月ぶんのチケットの量がハンパないのよ・・・!(◎_◎;)
失くしたら終わるな・・・(笑)
さてと隣町の合肥まで移動〜総勢8名全員グリーン車!(◎_◎;) いや何よりひと月分渡された新幹線チケットの量がハンパない!!(◎_◎;)・・・失くしたら終わるな(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
合肥でのドラムソロ!!
ライブ終了後には同じ経営者が経営しているJazzクラブにて飛び入りセッション!!
いや〜片田舎だと思っていた安徽省でこんな店があって、
Jamセッションが出来るJazzミュージシャンがいるっつうことがびっくりやね・・・
安徽省は10数年前には中国で一番貧しい省だったのに、
ひょっとしたら今は開発が一番目覚ましいところかも知れんね・・・
その後ツアーはこの店の系列店ばっかりです!(◎_◎;)
次の街「安慶」では若者がダイブやモッシュや大変(>_<)
決してそんなタイプの音楽じゃないんやけどなぁ・・・(笑)
安慶でのドラムソロ!!
毎回ドラムソロをアップしてると「今日は違ったフレーズにしよう」と欲が働くのでだんだん辛くなって来る〜(笑)
ところで今回のツアースタッフは、チーフマネージャー、現場マネージャー、PAエンジニア、そしてよーしーずが他の現場に行く日に代わりにベースを弾くベーシスト兼荷物持ち楽器等何でもスタッフがこいつ!!
いや〜楽しいヤツで、小屋によって回線が余ってる時は客席からはちゃんと見えてる場所に影マイクを設置してこいつがコーラスを取る。
言ったらX.Y.Z.→Aでローディーのみーやんがステージでコーラスを取るみたいなもんで、日本だったら何やら不思議な感じだろうけど、何でもありの中国では全然OK!!
盛り上がったら現場マネージャーも出て来て一緒にコーラスを取る。
こういうところがまた中国らしくていいと思うな・・・
黄山ドラムソロ
はい、だんだんネタがなくなって来ました(笑)
翌日は移動日ということで、昼メシは元の時代から営業しているという老舗のレストラン!!
元の時代から営業しているという「南山巷3号」というレストランで地元料理をご馳走になります!! いや、ひとりで食うわけではないんですけどね・・・(笑) - Spherical Image - RICOH THETA
名物は「臭鳜鱼(ChouJueYu)」という、まあくさやの干物の新鮮なやつみたいな・・・臭い!!(>_<)
安徽省最終地は銅陵という街!!
こいつが現場マネージャー!!
ある時はPAエンジニアの助手をしたり、もちろんメインマネージャーの助手もしたり、
何よりライブが始まる前は「前説」までして客を煽る(笑)
こんなん(笑)
昨日はこいつライブ終了後に物販売り場まで来て
「FunkyさんのTシャツなんかどうですか?あなただったらLぐらいで」
とか物販売りまで手伝ってくれた(笑)
思うに中国は日本ほど「役割分担」っつうのが厳密ではなく、
「出来ることを何でもやろう」、
まあ悪く言うと「仕事」よりは「遊び」、
いや、これはこれでいいと思うぞ・・・楽しい(笑)
銅陵でのドラムソロ!!
毎日アップしてるので今日は違うことをやろうとタム回しから入ってみたが、
やはりバスドラがないと客がよくわからないらしく、
急遽いつものバスドラ4分→8分→16分→右手と6連に戻す(笑)
右手だけ奏法で拍手を取ってからキメぐらいは別のフレーズにして納めてみた・・・
でもまあ客が盛り上がることが大事なんだから、
やっぱ欲かかずに今日からは定番フレーズでまとめよう・・・
南京へ移動して今日から江蘇省ツアー!!
Posted by ファンキー末吉 at:07:18 | 固定リンク
2018年4月 3日
布衣(BuYi)の内乱
もう10年以上北京での生活を共にする布衣(BuYi)の全中国ツアーに参加している。
知り合った頃は10人も客がいなかったバンドが、
今ではどの地方に行っても100人以上は動員するバンドとなったのは驚きである・・・
今回のツアーメンバーはドラムが私ファンキー末吉、
ベースがよーしーずこと渋谷有希子、
そしてギターは小畑秀光というラインナップで、
「寧夏のバンドだった布衣が今は日本のバンドじゃねぇか!!
いっそのこともうボーカルも日本人に変えちまえ!!(笑)」
と冗談を飛ばす・・・
実はこのメンバーは、私がプロデュースした新しいアルバムのレコーディングメンバーで、まだアルバムは発売前ではあるが、今回のツアーはその新しいアルバムの曲を中心に演奏されるツアーである。
・・・と、このように書くとバンドも順風満帆にと思われることだろうが、実は数ヶ月前にとても大きな事件が勃発していたのである・・・
事件の発端はある日のこと、
「エンジニアの方言(FangYan)がツアー先で酔っ払って足の骨を折ってねぇ・・・」
寧夏から車チャーターして北京の病院に運び込んだんだよ・・・と、共に暮らす北京の院子でLaoWuがそう言った。
「あいつも飲むと酒癖が悪いからなぁ・・・」
その時にはそれぐらいにしか思ってなかったのだが、それが後に大きな問題となって取りだたされるなるとはその頃には夢にも思っていない・・・
前回のツアーの最終地、内モンゴルの赤峰というところに呼ばれた。
その時のブログにも書かれているように、
もともと私は「大太鼓を叩く」ということで呼ばれている。
つまりは「いてもいなくてもライブは出来るのだが、よかったら来て大太鼓でも叩いてよ」という立場である。
ところがその日は結局ドラマーも来なかったので私がドラムを叩いた。
その時には「何か用事があって来れなくなったのね」ぐらいにしか思ってなかった。
何せこのバンドは昔から「メンバーが急に来れなくなったから」と言って代わりのメンバーとして私や他いろんなミュージシャンが駆り出されることはよくあったからである。
まあ当時は全くと言っていいほど金にならないバンドだったので、
何か金になるオイシイ仕事があったらそちらを優先することは「しゃーないなぁ・・・」という状況だったのだから仕方がない。
ところがここ数年は布衣の方が見入りがいいのか、当時は「Funkyが忙しくて来れないから」と言って駆り出されていた芳芳(FangFang)が正式メンバーとして居座って(笑)いるので全く呼ばれなくなったなぁ・・・と思っていたのだ。
その時に言われたメンバーチェンジの話も、今から思えば私にとってはちょっと引っ掛かる話だった・・・
何せこのLaoWuという男、自分から「バンドをやめてくれ」と言うことが出来ない男なのだ。
最初のドラマーをクビにする時にも一年言い出せずに待っていたと言うし、
ベースのLinNaが妊娠した時も「バンドは新しいベースを探す」とは言えずに「じゃあその間休んでいてくれ」ということにしていたことも私は知っている。
ある時、日本にLaoWuを呼んでどっかのバーで一緒に飲んでた時にこんなことを言ったことがあった。
「実はギターのZhangWeiがバンドをやめちゃうんだ」
LaoWuのとても悲しそうな表情が印象的だった・・・
私は逆にとても明るくこのように言い返した。
「そりゃよかったなぁ!!これでバンドはもうお前ひとりのもんだ!!
今までみたいにZhangWeiに譲歩しながらやってゆく必要はない。
もうこれからはお前の思うようにバンドをやっていけばいいんだよ。
おめでとう!!(笑)」
LaoWuはとてもびっくりしたような顔で私を見て、
そして何か吹っ切れたようにちょっと笑って私と乾杯した。
布衣というバンドは元々ZhangWeiのバンドで、
そこにLaoWuは後から加入して来た。
当時寧夏の田舎街でいち早くロックをやってたZhangWeiは、
当時LaoWuを含め、田舎の若者たちの憧れの存在だったのだ。
だからLaoWuはいつもこう言ってた。
「俺はバンドで歌わせてもらってるんだから・・・」
どこかで聞いたことがあると思ったら二井原が私にこう言ったことがある。
「俺はな、こんな素晴らしいミュージシャン達と一緒に音を出して、そこで歌わせてもらってることを本当に幸せに思うんだ」
歌手(Singer)とボーカリスト(Vocalist)の違いというブログでも書いたが、
私にとって本当に「こいつってバンドのボーカリストなんだな」と思うのは二井原とこのLaoWuだけである。
二井原がバンドのレコーディングリハの時に他の誰よりも早くスタジオに来て、
いそいそとマイクをセッティングしてリハを録音し、
それに自分のアイデアを家でダビングしていそいそとバンドみんなにメールしている姿と、
朝早くからZhangWeiの機材を積み込んで会場入りして、
ZhangWeiが来るまでにその機材をセッティングしてあげてるLaoWuの姿はいつもダブって見えてたのだ。
バンドのリハーサルでいつもLaoWuとZhangWeiが喧嘩してたのは見てたし、
そんなZhangWeiがバンドをやめるとなったらむしろホッとするんじゃないの?
それでもLaoWuは悲しいのか・・・いいヤツだな(笑)などとその時は思っていたのだ。
だからバンドのメンバーがまとめて3人も脱退するなんて私にはちょっと信じられない事実であったが、
「まあバンドには他の人が知らないいろんなことがあるからな」
とその時はそれぐらいに思っていた・・・
脱退した後に、実は私はギターのMiaoJiaとLaoWuとを同じイベントにブッキングしていた。
「もう一緒にステージには立てないから」
とLaoWuが言うので
「こいつみたいなヤツでもここまで人と揉めるんだなぁ」
とびっくりした。
布衣としてはギターに小畑秀光を呼ぶのでそれでよいが、
爽子のバックバンドとしてもMiaoJiaをブッキングしているので外すわけにはいかない。
まあ呼び出したんだから私としてはMiaoJiaと酒でも飲む。
「バンド脱退したんだってねぇ・・・」
そう聞く私に彼は
「いや〜ギャラが安くてやってらんね〜よ」
と笑いながらそう言った。
「子供も生まれて今俺は最低でも月に2万元の稼ぎが必要なんだ。
とてもじゃないけどやってらんね〜」
多い時にはバンドを9つ掛け持ちしていたこいつだが、
最近は布衣ひとつになったので生活してゆけなくなったのかな・・・
その時はそのぐらいに思っていた・・・
しばらくして、親しくしている業界人LaoLuanから電話が来てこんなことを言う・・・
「おい、知ってるか?LaoWuとFangYanのこと・・・
実はあれはツアー先で二人が酔っ払って喧嘩して、LaoWuがFangYanの足をへし折ったってよ・・・」
!(◎_◎;)
「このことはFangYanは何も言わないんだけど業界の噂でね」
と言い足してから電話は切られたが、私にはちょっと信じられないような話である。
10年以上一緒に暮らしていて、LaoWuは人と喧嘩をするようなそんな人間ではないのである・・・ましてや人の足を折るほどの暴力を振るうなんて・・・
私はすぐにLaoWuを呼び出して詰問した。
「お前と俺は家族だ。
最終的には人が何を言ったって、最終的には俺はお前の言うことを信じる。
俺にだけは本当のことを言え。それがどんな事実だったとしても俺は家族としてお前を守る」
LaoWuの反応は、私から突然そんなことを言われてびっくりしたのと共に、
今から思えば「状況はそこまで来たか・・・」という表情もあったようにも思える。
「そんなことはあり得ないよ!!その現場は寧夏の友達がみんな見てたし」
真っ正面から否定するLaoWuの表情にウソはないように思える。
いや、そもそもそんなウソをついたり出来るような男ではないのだ・・・
「じゃあ誰がそんな噂を流した?FangYanは自分からはそんなことは言ってないと言ってるぞ」
答えを聞くまでもない。
その場にいたのは当事者であるLaoWuとFangYanと寧夏の友人たち、
そして「バンドのメンバー」だけである・・・
「MiaoJiaか?」
私はとっさにギタリストの名前を口に出した。
他の二人のやめたメンバーは性格的に攻撃的な人間ではないので、
そんな悪意を持った中傷を流すならこいつかな、と私は思ったのだ。
「ちょっと彼と膝付き合わせて話に行くよ・・・」
とLaoWuが言ってそれでこの話は終わっていた・・・
しかしそれから後に、想像もしなかった大きな問題が起こるのであった。
今年に入って私は70本近くの日本ツアーを行っていた。
そのツアー先で、とある業界人がこんな文章が出回ってると送って来てくれた。
声明:布衣楽隊は正式にボーカルのLaoWuをクビにします!!
!(◎_◎;)
全くもって理解に苦しむ声明である・・・
私の見解では、布衣はZhangWeiが脱退した後にはもう「LaoWuのバンド」なのである。
誰がこんな声明出したの?・・・
この声明には、LaoWuがどれだけ酷い人間か、
マネージャーと結託してバンドの収入を独り占めしてるとか、
暴力的な人間でエンジニアのFangYanの足を叩き折ったとか、
まあ目を覆うようなことが書かれていて、
最後には脱退したメンバー3人の名前が連盟で書かれている・・・
私はツアー先からすぐにLaoWuに電話をした。
「何なの?これ・・・」
正直全く意味がわからなかったのだ。
こんなことして誰が得をすんの?・・・
私は真っ先にそれを思った。
何せ布衣の詞曲のほとんどを作っているのはLaoWuで、
その3人がLaoWuをクビにして布衣を名乗ったところで、
別のボーカルがそれらを歌って今よりも歓迎されるはずがない。
つまり今まで2万元も稼げなかったんだとしたら、
これを断行したところでもっと稼げるようになるわけがないのだ!!
明らかにこれは「嫌がらせ」・・・
誰も得をしないんだったら憎っくきLaoWuに損をさせる目的以外の何ものでもない。
布衣側としては正式に声明を出して、当然の如くこれを否定した。
その後、何事もなかったかのようにツアーが始まっている。
ツアー前の取材で
「今回のツアーは大幅にメンバーが変わってその影響などはありませんか?」
という質問に対してLaoWuはこう答えている。
「何言ってんですか、今回のドラムはアジアドラムキングのFunkyですよ。
布衣の1枚目のプロデューサーでもあります。
レベルが上がることはあっても下がることは決してない!!」
つまり「Funky」という名前を「品質保証」に使ったわけだ(笑)
よいよい、いくらでも使うがよい!!
私の仕事はその期待を裏切らないプレイをすることである。
ずーっとそれをやって来たから今がある・・・
やめた3人のメンバーにも言いたい。
お前たちが戦うのはそんなところではない、「音」で戦うべきなのである。
今回のツアーで
「やっぱ昔のメンバーの方がよかったよね」
と言わせられればお前らの勝ち、
「今回の布衣は前の布衣より数段よかったよね」
などと言われたとしたらお前らの惨敗である。
まあ悪いけど惨敗で終わるじゃろうな・・・(笑)
そんな人を陥れるような文章を考えるヒマがあったら、
どうして「他のプレイヤーには絶対に出来ない音」
(テクニック的にという意味だけでなく、独自のスタイル、サウンドという意味で)
ををもっと頑張って作り上げとかない!!
少なくとも日本人のギタリストにコピーされて「そっちの方がよかった」などと言われたとしたら、ボーカルをクビにする文章を送りつける前に、お前はバンドで何をやっていた?
悪いが私は今回のツアー終わって次に別のドラマーが代わって叩いたとしても
「やっぱFunkyさんの方が凄かったな」
と言われるようなプレイをしてる自身はあるぞ!!
まあ今から言ってももう遅いだろう。
お前も次の自分のバンドで頑張ってそれを成し遂げろ!!
何か助けが必要なら遠慮なく言え!!いつでも助けに行ってやるぞ、説教付きでな(笑)
今回の事件で私が真っ先に考えたのは、私がこの争いに「巻き込まれ」たりしないかということだったが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
昔もっと大きな事件零点(LingDian)のボーカルとのメンバーとの訴訟劇があった時も、私は「中立」の立場を貫いた。
ボーカル小鸥(XiaoOu)のバックもやるし、零点のアレンジもやる!!
そもそもスタジオミュージシャンなんて究極にはゴルゴ13みたいなもんなんだから(笑)、請け負った仕事は思想、宗教などに関係なく完璧にミッションを遂行すればそれでよい。
この敵ばかりを作りたがる中国人社会の中で、
長年に渡って誰からも敵視されない希有な立場にいられるのもこのポリシーがあってのことである。
大事なのは仕事、音楽!!・・・そして「人間性」である・・・
LaoWuが酔っ払ってケンカしてFangYanの足を叩き折ったなんて誰がそんな話信用するだろう・・・
もし信用したとしたらそれはLaoWuの「日頃の行い」である。
かく言う私も日本でとある大きなプロジェクトのミーティングでこんなことを言われたことがある。
「問題なのはお前の性格だ!!お前はキレやすい!!」
私は悩んで色んな人に相談したが、みんな笑って取り合わない。
「末吉は仲間うちの中では相当温厚な方やと思うよ」と和佐田。
「もし末吉さんがキレたとしたら、それはその人はきっとよっぽど酷いことをしたんでしょうね」と沼澤。
だから人と争ったりしてはダメなのだ。
(JASRACとの戦いは別にして・・・(笑))
LaoWuにもこう言って説教をした。
「お前ももう昔みたいな無名のアンダーグラウンドミュージシャンじゃない。
人はな、有名人のいいところなんて見やしない。
悪いところを見つけてはそればっかり吹聴するんだよ。
だからもうお前も人と争うな」
これは自分にとっても大きな戒めとなる。
いい歳こいて人と争って人生何が楽しい?・・・
余談として、長年LaoWuやFangYanと暮らした院子が取り壊しのため出て行けと言われている。
LaoWuは今まで通りみんなで一緒に暮らそうと思っているようだが、
FangYanの方はもうLaoWuと一緒には暮らしたくないようだ。
きっとべろんべろんで何も覚えていない状態で、人から
「LaoWuがお前の足を叩き折ったんだよ」
などと言われて
「そうかも知れない」
などと思っているのかも知れない(笑)
まあ「人の感情」ばかりはいくら兄貴分の私としても立ち入ってコントロール出来たりするもんではない。
問題はどちらもが「Funkyは自分と一緒に住むだろう」と思っていることである。
私は迷わずFangYanを選んでLaoWuにそう通達した。
「お前の周りにはもう色んな人がいて、俺がいなくたって十分楽しく暮らしていけるだろ?
FangYanは俺がお前んとこ行ったとしたらきっと寂しく思うだろうからな」
ロックとは「強い」音楽である。
だからロックを志す者は常に弱い者の味方でなくてはならないと思っている。
足を折って数ヶ月働くことが出来なかった「家族」のひとりを、
今度は私が助けてやらなきゃなんないんじゃないかな・・・
性格的にはめんどくさいヤツなんやけどな・・・しゃーないなぁ・・・(笑)