
2008年9月27日
全中国ドラムクリニックツアーその9、河南省「平頂山」
移動日なく3日間連続のドラムクリニック(パール工場でのプレイも含む)であったが、
今日はさすがに移動日。
浙江省から河南省までの移動はさすがに飛行機。
飛行機で2時間かけて移動したら日本では端から端まで行けるが、
中国では地図上のほんの一部分の移動でしかない。
浙江省の省都杭州から、まず河南省の省都鄭州まで飛ぶ。
そして目指す平頂山はここから更に車で2時間以上走る。
「中原」
古代の人はこの辺りをこう呼んだ。
戦国時代には「中原を制する者が中国を制する」と言われてたほどの拠点。
洛陽の街を西に望み、中原の中心地に属するこの平頂山と言う街。
・・・はっきり言って田舎である・・・
田舎だからやはり人間が素朴でよい。
(平頂山パール倶楽部の面々)
両脇のスタッフのお姉ちゃんはおいといて、
ワシの右手にいるのがオーナーの王先生、
そして酒飲みイスラム族の左にいるのが貴州から来た先生。
飲みながら貴州での思い出なんかを話す。
無性に懐かしい。
ワシ・・・全国各地に友達がいるような気分である。
またここは北京を含む「北方(BeiFang)」に属するので、
ワシにとっては非常に馴染みやすい。
北京の若い衆と飲むのとほぼ同じような感覚で飲める。
まずお決まりの地ビール。
そして黄河の魚料理。
楽しい仲間とおいしい料理と酒。
これで話が弾まないわけはない。
いつものアホな話で大盛り上がりのワシら。
しかし実はその中にひとり新聞記者がいた。
そして翌々日の新聞にはその日のアホ話が記事となるのである。
さてその話はおいといて、翌日。
朝も早うから叩き起こされる。
ここの名物である「胡辣湯(フーラータン)」を食べに行こうと言うのだ。
酒飲みイスラム族曰く、
ここの「胡辣湯(フーラータン)」はとにかく酔っ払って食べるのが旨い!
べろんべろんに酔っ払って最後にこれを食うと言うのである。
しかし「胡辣湯(フーラータン)」はもともと朝食のメニューで、
それをするためにはどうしても朝までべろんべろんに飲んで、
朝6時に開いた朝食の店で食うしかない。
挑戦しようとしたが、やはり旅から旅で疲れている。
じゃあ今日は寝なさい、明日朝食べに行きましょうと相成ったのである。
小汚い店には朝からもう行列が出来ている。
高級な店ほど不味く、こんな店の料理ほど旨いというのが中国である。
そしてこれが名物「胡辣湯(フーラータン)」。
言わば日本でも流行った「酸辣湯(スワンーラータン)」のようなものである。
別売りの揚げ餅と一緒に食うが、
これが非常に腹もちがよく、一日じゅう満腹状態だった。
そしてこの日は一日中身体がこの「胡辣湯(フーラータン)」の匂いだった。
食ってばかりもいられない。
ドラムクリニックの始まりである。
オープニングアクトは地元の子供バンド。
ご立派に客を煽ったりする。
頑張れ子供たち、日本の「子供バンド(もう誰も知らん?)」を超えるのじゃ!!
そして途中では地元のバンドとセッション。
彼らが選んだ曲は何と布衣(BuYi)の曲。
寧夏の田舎から出て来たアンダーグランドバンドが、
今ではいっちょまえにコピーされる側になってるのか・・・
なんやかんやでクリニックも終わり、
その後バーに行って更にドラムを叩いたり、
楽しい一日はあっと言う間に過ぎた。
次の日はまた移動日で次の街に行く予定だったのじゃが、
みんなが「是非もう一日残ってくれ」と言うので、
さすがの酒飲みイスラム族も根負けして翌々日の当日移動ということに変更した。
そしてその日はどうしたのかと言うと、
また延々1時間以上車に乗せられて着いたところが温泉地。
見よ!この巨大な露天風呂!!
プールじゃないのよ、これ全部温泉なのよ。
こんなでかい露天風呂初めて見た。
しばしの骨休めであったのじゃ。
そしてここで新聞に載っていた自分の記事を発見。
ここにはワシの略歴と共に、
あの日に話したアホ話が包み隠さず書かれている。
まず、
「Funky末吉、背はあまり高くなく、デブである」
きー!!
お前らがよってたかってワシに旨いもん食わせてデブにしたんじゃろー!!!
そして記事は続く。
部屋を借りたらいきなりその大家が帰って来た話、
嫁が貧民街に嫁いで来た話、
せめてもの救いは香港でウンコもらした話をこの時しなかったことである。
これらの話は酒飲み話であって新聞で紹介する話ではなかろう!!
平頂山でのワシの伝説はこうして語り継がれてゆくのである・・・
ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら)