2007年12月03日
3度目の訪朝を終えて
北朝鮮から帰って来たら
おりしも夕方のニュースで前回の映像が流されていたと聞いた。
さすが夕方の番組は反響が大きいのか、
いろんなメールが即座に飛び込んで来てたが、
「コメンテーターのおっさんには面白いぐらい伝わってなかったねぇ」
と言うのが多く、
誰がどんなコメントをしたのかが非常にムルンピョ(疑問符)である。
アメリカでのミックスダウンの映像も流れたと言うが、
確かそこでのインタビューで、
「第一章は完結した!そして第二章は既にもう始まっている」
とコメントした記憶があるが、
その通り、人知れず第二章はすでに始まっており、
実はここに既に大きく実を結んで帰って来ているのである。
本来なら出発前にも、
そして今頃は得意顔でそれをUPしてそうなものだが、
今回の訪朝は敢えてそれをしなかったのにはわけがある。
結果的に言うと、前回の放映は
想像以上に世の中に大きなインパクトを与えたのである。
その証拠に敏感な業界人はしきりにコンタクトを取って来るし、
現実、今回訪朝する時にも北京空港で、
要人が降り立つのを出待ちする全然顔見知りでもない報道陣から、
「ファンキーさん、今回は北朝鮮ですか?」
と声をかけられた。
お笑いである。
こんなアホなドラマーの一挙一投足が今や世界中で注目されているのである。
世界中と言ったのは、
このプロジェクトに巻き込んだアメリカ人エンジニア、Wyn Davisが、
「一応アメリカも馬鹿じゃないから
CIAは一応チェックぐらいはしていると思っててよい」
と言ってたと言うこともあるが、
何より北朝鮮当局こそがこのことにピリピリしているのである。
ゆえに今回のビザはなかなか下りなかった。
前回のように自由に彼女たちと交流出来ない恐れもあった。
彼女たちの心にも大きな壁が出来ている可能性もあった。
実際現地では、前回の放送のことは関係者全員が知っていた。
でも学校に着いてみると、
彼女たちは何も変わらぬ笑顔で俺を迎えてくれた。
何の曇りもなかった。
彼女たちの笑顔こそが「ロック」なのである。
卒業したアネゴやカレンちゃんを足して2で割ったような美女や、
「お前、絶対関西人やろ!」と言うキャラもいたし、
当日入部したばかりの戸惑いの隠せない超美少女もいたが、
それらの写真は今回はUPしない。
彼女たちとどんな音楽を作り上げたかもレポートしない。
ただ、奇跡はまだ続いているのである。
例え国と国との関係がどのようになろうが、
それは永遠に続くのだと俺は信じている。
今回、最後に彼女たちにこう言う言葉を残した。
「あなた達が大人になったらわかる時が来る。
私とあなた達がやったことと言うのは、
実は世界中の誰にも出来ないことだったんだって」
でもいつの日かそんなことが「誰にでも出来ること」となる時代が来る。
どんな時代だっていつかは変わるのである。
そしてそれはそんなに遠い日のことではない!
と今回の旅で実感した。
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2007年07月02日
北朝鮮プロジェクト第一章無事終了!

LAにてムルンピョのトラックダウンを無事終えた。
前回のTVで少し流れた「Funky Edition」とは全然違う、
Wyn Davisの手による「Amerikan Edition」の完成を得て、
この北朝鮮プロジェクトの第一章は無事その幕を閉じることとなった。
その後は日本での少々のテレビ露出を経て、
次は第二章の始まりである。
請うご期待!
Posted by ファンキー末吉 at:14:16 | トラックバック (0)
2007年06月28日
チベットにて悟った「ロックとは何か」
ムルンピョを聞きながら考える。
「この歌声はこんなに澄んでいて、聞いてて心が洗われるのは何故なのか・・・」
答えは簡単である。彼女達の心が澄んでいるからである。
日本のテレビで放送したバージョンのミックスダウン
(ひとつひとつの音を最終的に整えて完成させる作業)
は、自分自身の手によって北京の自宅スタジオで行った。
しかしこれを世界発売するためには、
もっと音を磨いて世界レベルにまで持って行かねばならない。
そのためには世界のロックの頂点、ゴッドハンドとも言える
Wyn Davisにミックスダウンを任せたいと思っている。
そうすればこの楽曲はアメリカはもちろんのこと、
世界を震撼させるレベルの音にまで磨かれるに違いない。
ところがそこで考えた!
磨くのは「音」だけでいいのか!
もっと磨かねばならないものが他にあるのではないか!
「ロック」なんだから、楽器の音は歪んだ音をたくさん使う。
もともとは澄んだ音色であるギターにディストーションと言うエフェクターをかけ、
それをスタジオで更にはマーシャルと言うどでかいアンプに通し、
そのボリュームを限界まで上げることによってスピーカーが悲鳴をあげさせ、
もっと汚い音になるように作ったりする。
「ロック」はもともとそう言うもんなんだから仕方がない!
その「汚す」作業は私が責任を持って担当させて頂いた。
しかしそれをやる人間の「魂」が汚れてたとしたら
そんな作業に、いやこのプロジェクトをやってゆくこと自体に何の意味があるのか!!!
片や物質文明の最高峰の場所であるアメリカで「音」を磨く。
そしたら片や精神世界の最高峰の場所で「魂」を磨いてくるべきであろう・・・
「それだったらいいところがありますよ」
そう言われて連れて行かれたところが、
まさに世界の精神世界の頂点とも言うべき聖地「チベット」であった。
俺はチベットならラサに一度言ったことがある。
(その時の話)
五体投地と言う荒行をしている人を何人も見た。
大地にひれ伏して頭を地面にこすり付けて祈り、
そして身体を頭のところまで持って来て起き上がり・・・
そんな小さな一歩一歩を進みながらチベット仏教の総本山、ポタラ宮殿を目指す。
何百キロも何千キロもの道のりを、何年もかけて進んでゆく。
やっとポタラ宮殿までたどり着いたら、
彼らはそこに全財産を置いて、また同じように五体投地をしながら帰ってゆくのである。
彼らの表情に苦しみはない。
溢れんばかりの喜びがあるだけである。
あまりに感激して言葉が出てこなかった。
今から俺が行くところは、ラサのような観光化された大都市ではなく、
もっとディープなチベットだよと教えられていた。
北京から始発の飛行機で蘭州に飛び、そこから車をチャーターして延々と走る。
昔は3日間かかってたと言うその道のりを、
今回は整備された高速道路を走って1日で走り抜けた。
着いたらもう真夜中である。
「大丈夫ですか?頭は痛くありませんか?」
と俺達をここまで案内してくれたラマの高僧が優しく俺に尋ねる。
標高が3500メートルを超えていると聞いた途端に軽い頭痛に襲われた。
聞かなければ何ともなかったかも知れないが軽い高山病である。
数日間はここに身体を慣らさねばならない。
ゆっくりと山に上ったり村を探索したりして過ごす。
(写真:寺院とラマ僧が住む家)
(写真:草原での運動会)
(写真:村を散歩する豚の親子)
3日目になり、ようやく身体が楽になった。
さて「魂を磨く」と言うことはここで一体何をすると言うことなのだろうか・・・
それを見つけるのも修行のひとつである。
俺はとりあえずラマ高僧の許可を得て、若い修行僧の1日に密着してみることにした。
朝6時半起床。高原の朝は夏でも凍えるように寒い。
暖房はヤクと呼ばれる牛の糞を乾燥させてそれをストーブで燃やす。
寝床の傍らには小さなテーブルがあって、ここが彼らの寝床でもあり勉強の場でもある。
彼の名はデンパ君。
中国語をそんなに喋れないが、
ここで会った全てのラマ僧がそうであるのだが、
その笑顔が自分の心をふわっと包み込んでくれて、
それだけで魂が救われるような気になる。
デンパ君のその日の一日は部屋での読経から始まった。
俺はそのお経をとりあえず隣に座ってずーっと聞いていた。
読経が終わればお寺に行くのだが、
デンパ君はその前に俺にどうも朝ごはんを作ってくれるようだ。
お椀を出して来て、その中にバターを入れる。
炒った米のような粒を入れてお湯を入れるのでお粥のようなものなのかと思ったら違った。
それに小麦粉のようなものを入れて片手でこね始めるのである。
ツァンパと呼ばれるおだんごのようなチベット料理なのであるが、
これが味が全然なくてひたすら不味い・・・。
デンパ君は気を利かせて別のお椀にお湯を入れてくれて、
丁寧にそれに砂糖を入れてくれて飲めと言うのだが、
これも残念ながら飲めたものではなく断念。
お寺に向かう道すがら、いきなり彼が道端に座り込むので
何をしているのかと思ったらおしっこをしていた。
見ればラマ僧は全てこうやって用を足す。
ラマ僧の袈裟の下はパンツを穿いておらず、
そのまましゃがんだらすぐ用が足せるように出来ているのである。
寝る時は寝間着に着替えるでもなく、
ラマ僧達は一日中その袈裟を着て過ごしている。
デンパ君の家には着替えの袈裟があるわけでもなく、
洗濯も入浴もそう頻繁にする生活には見えないが、
高山で空気が薄く、非常に乾いていて汗もかかないのでそんなに気にならないのであろう。
ただ、うんこはどうやってするのかは今だにムルンピョ(疑問符)である。
さてお寺に着いたらラマ僧がたくさん集まって来て全員で読経する。
堂内は暖房もないのでとても寒く、
夏でこのぐらいなんだから冬は相当な苦行だろうと想像した。
昼前になると「問答」が始まる。
ラマ僧達が仕掛け手と受け手に分かれて、
仕掛け手が受け手に大仰に質問を出してぱんと手を叩く。
受け手はその質問に答えてゆくが、
仕掛け手は更にその答えの矛盾を引き出す質問をしてぱんと手を叩く。
こうして問答は延々と続くのだが、
それは結論の出ない仏教の奥儀にまで入ってゆき、
逆に言えばこうして修行僧は仏教の奥儀を学んでゆくとも言える。
(写真:問答を行う修行僧たち)
午後には授業がある。
デンパ君は俺なんかにかまってたために遅刻をしてしまった。
「もう始まってるよ」と道行く修行僧から教えられて、
走って教室に飛び込んで行った。
それを見て思った。
日本だったら「遅刻したら叱られる」と言う意識で走ってゆくのかも知れないが、
彼はきっと「遅刻してありがたい話を一言でも聞き逃したら惜しい」と言う意識で走って行ったのだ。
その後にも問答がある。
夕方の問答はお寺のふもとの林の中で行われた。
先生がその「勉学の林」とも言うべきところでひとりで読経を始めると、
村の中に木霊するその声を聞きつけて
全ての修行僧がそこに集まって来て一緒に読経を始め、
それが終わるとまた問答が始まるのである。
問答を見ていて思った。
修行僧達は非常に楽しみながらそれをやっている。
打ち負かされそうになって必死で相手を論破する奴、
「お前それは違うだろ」とぷっと笑ってたしなめる奴、
「よく出来ました」とばかりさっさと終りにする奴ら等等・・・。
最初のうちはロックで例えると
「飲み会でロック談義をしている感じ?」
みたいなことを思っていたのだが、
よくよく見てみると根本が全然違う。
どちらかと言うと「ジャムセッション」に近いのである。
相手がどう答えるかによってこのセッションは全然違う方向に進んでゆくし、
テクニックやネタが多いミュージシャンほどいろんなセッションに対応してゆけるのと同じように、
やはり仏教の奥儀に深い人の方が問答が深く面白いものになってゆくのである。
なるほど・・・
そして俺はこの問答の天才、今世紀不出の天才と言われ、
30代でこの寺のナンバー2にまで上り詰めたラマの高僧相手と、
後に問答をするハメとなる。
翌日は山に登り、川を見たり、いろんなことを考えながら1日を過ごした。
例えばこうである。
この村の命の源であるこの川は、
上流では地下(アンダーグラウンド)から湧いたとてつもなくきれいな湧水
であるにも関わらず、人里まで流れて来るとゴミを捨てられ汚くなってしまう。
これは音楽も同じではないのか。
汚れた水がまた地下に戻ればまたきれいな湧水となって湧いて出てくるように、
音楽もまた地下に潜ればきれいな湧水のようになることが出来るのか・・・
(写真:川の上流の更に上には、修行僧が修行した洞窟「虎穴」がある)
また例えばこうである。
この川の上流にはところどころに水車小屋がある。
しかしそれはその水車の力で穀物を挽いたり電気を起こしたり
そんなことをしているのではない。
1回まわせばお経を1回読んだことになると言われているマニ車と呼ばれる筒を、
水の力で延々と回し続けているのである。
もちろんそれは村人のため、
ひいては世界中の人が救われるように一生懸命それを建設したのである。
つまり何の生産的なことをしているわけでもない。
この寺の僧侶の人生もそう言う意味では同じである。
物を生まないのである。
究極には彼らは一生女性の身体に触れることもなければ子供も作らない。
物を生まないから心がきれいなのか、
心がきれいだから物を生まないのか・・・
(写真:水車小屋)
ちょっと前までは電気も通じてなかったこの村は、
今ではホテルもあればインターネットもある。
そう言う意味では俺が住んでいる貧民街よりは進んでいるかも知れない。
しかしそこに住んでいる俺は物質文明にどっぷりつかった生活を送っているのに、
ここで住む僧侶たちの生活はまるで違う。
・・・うーむ・・・
(写真:考える)
かくして問答の日はやって来た。
俺はまず自分がどんな人生を歩んで来たのかを説明した。
金も名声も一番あった頃の自分が実は幸せではなかったこと、
北京に来てから今までになかった幸せを深く感じていること、
北朝鮮の子供たちと出会ったこと、
そして自分自身も感激し、人も感激してくれたこと・・・
ラマの高僧は相変わらず全てを包み込んでくれるかのような笑顔で、
それをうなずきながら聞いていた。
テンションが上がって来たので立ち上がって続けざまに問答をふっかけた。
「人はみな平和を愛するのに世界にはなぜ平和が来ない!!」
「信仰が人を救えるとしたら音楽で人を救えるや否や!!」
しかし問答はこれ以上続かなかった。ラマがこう答えたからである。
「音楽は人を救えるよ」
その笑顔は優しく俺の全てを包み込んでくれてた。
俺はへなへなとまた座り込み、彼に質問した。
「どうして音楽は人を救えるの?」
彼はこう答えた。
「音楽はひとつの手段でしかないからさ。
大事なのは人間。君は音楽を使って人を救おうとしている。
だから人を救えるのさ」
そして彼はこう続けた。
「どうして戦争がなくならないか。それは仏教では縁起と言う。
もし私があなたを殺したとする。するとあなたの家族が私を殺す。
そうやってその縁起は延々と繰り返されてゆく。
戦争を起こす人もみな世界を平和にしようと思って戦争を起こす。
それは平和にするための方法論がそれぞれの人たちによって違うからなんだよ」
なるほど、そうである。
北朝鮮は朝鮮民族を日本人が侵略したことを絶対に許さないし、
日本は北朝鮮の日本人拉致事件を絶対に許さない。
だから俺達大人たちの時代に平和を成し遂げることは並大抵のことではない。
この代でだめなら、それをあの子たちと私たちの子供の世代にそれを託したい。
「Funkyさん、あなたは北朝鮮で会った子供たちの笑顔に涙したと言う。
それは何故か、
子供たちにはその固執しなければならない方法論がないからである。
あなたはこの村の川がどうして汚れてゆくのかと言った。
人間も同じである。
子供は生まれて来た時にはみんなきれいな心で生まれて来る。
人間はもともとはきれいなものなんだよ」
俺はここで出会ったいろんなラマ僧たちの笑顔を思い出した。
みんな素晴らしい笑顔であった。
「人を救える」と言うに相応しい何かがある。
「この村であなた達の生活を見ました。
私の生活は音楽半分と生活半分。
あなた達の生活は信仰がほとんどで生活はちょびっとだけ。
私も自分の音楽と言うのをあなた方の信仰の域まで高めたいと思っている。
でも私にはあなた方のような生活は出来ない。
何て言うか・・・あんた達・・・凄いよ・・・凄すぎる・・・」
俺はちょっと胸が熱くなっって言葉が詰まって来たが、かまわずに続けた。
「いろんな宗教はみんな自分を害する者を愛せよと教える。
そんなことが出来るわけない!
俺だって自分を害した奴は憎い。
とてもじゃないけどそんな域にまで達することなんて出来るわけない。
難しすぎるよ。世界平和?俺みたいなちっぽけな人間が何言ってんだ。
そんな大それたことなんかもともと俺に出来るわけないんだ・・・」
ついつい泣き声になってしまった。
ラマ僧は優しく俺に言った。
「出来ることを少しづつやればいいんだよ。
私たちの最終的な目標を知ってるかい?
それは仏になることなんだ。
そのために少しづつ頑張って生きてる私たちは、
毎日を本当に幸せだと感じている。
私たちの生活は北京や日本の人たちに比べたらそりゃ貧しいかも知れない。
でも私たちは人の物を盗ったことがない。
人を害したことがない。
私たちの生活なんて簡単なもんなんだよ」
この人達の口から
「人生なんて簡単なもんなんだ」
と言われたら
「なるほど」
と思わざるを得ない。
この人達はその生き様でそれを証明してるではないか。
「仏教で一番大切なことは何か教えてあげよう。
それはふたつある。
ひとつは菩薩心、そしてもうひとつは覚悟」
ラマは紙に中国語でそのふたつの言葉を書いた。
覚悟の覚は実は私の本名、両親が与えてくれた私の名前なのである。
心の中でずーっとぼやけてたものが、
この言葉を聞いてはっきり見えたような気がした。
私は宗教心と言うものを一切持ち合わせていない。
中国語で行われた上記の会話で、私はしばしば「信仰」と言うことばを使ったが、
それは日本語の「信仰」とは少しばかりニュアンスが違う。
そのニュアンスを適切に表す日本語がないかとずーっと探していたのだが
それがやっと見つかった。
それは「道」とかいて「どう」と読む。
つまりこう言うことである。
ロック道とは武士道と見つけたり。
技を磨き、己を死ぬまで磨き続ける。
だからロックを志すには覚悟が必要である。
覚悟さえあればその剣は揺れることなく、
人を切るにあらず、人を救うものとなる。
世界中のロックを志す者たちよ!
貧乏を恐れるな!胸を張れ!
くじけずやり続ける覚悟を持てばそれでいい!
胸を張ってこう言おう!
俺達の人生なんか簡単なもんだ。
人の物を盗らず、人を害することもなく、
ただ酒を飲んでロックをやる。
素敵な人生じゃないか!
翌日、ラマ僧達を集めてムルンピョを聞いてもらった。
作り手の魂に一点の曇りでもあれば、
世界一心のきれいなこの人達にはそれがわかるだろう。
それだったらもうこのプロジェクトは封印しよう・・・
チベットの山の中で聞く彼女たちの歌声は、
その空気と不思議に溶け合っていて心を打った。
聞き終ったラマ僧達の表情もそれを語っていた。
よし!決まった!!
俺は自信を持ってこれをアメリカに持ってゆく。
そして覚悟を持ってこのプロジェクトを続けてゆくぞ!!
Posted by ファンキー末吉 at:23:41
2007年06月11日
チベットに行ってくる!!
6月9日は、秦勇(QinYong)とライブをやって過ごした。
正しい「ロックの日」の過ごし方だと思う。
月末にはムルンピョのTDのためLAに行って来る。
録音した「音」を更に磨いて世界レベルにまで持ってゆくためである。
物質文明の最高峰のアメリカでそれを行うのは自然の流れであろう。
ところが徒然に考えてみる。
磨くのは果たして「音」だけでいいものなのであろうか・・・
ロックは常に「魂」の表現手段である。
その「魂」こそ実は一番磨くべき大切なものなのではないか・・・
と言うわけでその物質文明と対極をなす精神文明の頂点であるチベットに行ってくることにした。
ラマ僧たちと1週間ほど修業をして自分のロックの「魂」と真剣に向かい合ってみたい。
修行が終わったらそのラマ僧たちと改めてこのムルンピョを聞いてみよう。
作り手の心に一点の曇りでもあればそれは「音」となって聞こえて来るはずである。
彼女たちのこよなく純粋な歌声に対して、
自分自身がそこまで行けてないんだったとしたら
この曲はもう世に出るべきではない。
そうだそうだ!
汚れのない「魂」こそが世界を救うのじゃ!!
と言うわけでほな行ってきます!
Posted by ファンキー末吉 at:06:14
2007年04月26日
放送日決定!!
奇特なテレビ局もあるもんで、
俺の一連の北朝鮮ロック物語を報道特番として放送してくれると言うのである。
ついにあの楽曲の全貌が世界に先駆け、日本のメディアで発表されるのか!!
いやー、世界発売にはまだまだクリアせねばならぬ問題はたくさんあるのだが、
それにしてもこれを世界に先駆け、
報道番組で特集して放送しようと言うテレビ局もかなり「ロック」である。
この一連の映像はよくあるゲリラ撮影ではないので、
不思議なのはどうやってあの国の許諾を得たのかと言うことである。
何せ、真っ赤な横断幕に書かれた北朝鮮のスローガンだけがあるがらんとした校舎の中で、
美少女達が
「私はムルンピョ(疑問符)を愛する」
と歌っているのである。
こよなく「ロック」である。
詞はあの学校の国語の先生に書いてもらったものだが、
もともと
「よい子はいつもムルンピョ(疑問符)を愛して勉学に勤しみなさい」
と言う内容の詞が、
ちょちょいと順番を変えるだけでとんでもない「ロック」な詞に変貌した。
私はムルンピョ(疑問符)を愛する
知識の高いタワーを築けば築くほど
知恵の中で湧き出る私のムルンピョ(疑問符)
その秘密の門を開きなさい
成功のキーを与えてくれる
ムルンピョ(疑問符)私は好きなんだ
みんな一緒に昇ろうとささやいてくれる
ムルンピョ(疑問符)私は好きなんだ
いつも生まれる私のムルンピョ(疑問符)
こんなものを放送してええのか!!!!!!
おふくろさん騒動の森真一のように、
「勝手に俺の詞を変えよって」
と怒られるぶんにはまだよいが、
おりしも長崎市長がヒットマンに射殺され、
去年には自民党の加藤幹事長の自宅が放火され、
家族にまで危害が加えられたことがあると言うではないか!
まっ先に考えたことが、
「うちの子供たちは大丈夫だろうか・・・」
と言うことである。
俺のような男でも子供は大切なのだから、
ましてやあの国に子供を拉致された家族の人の気持ちたるやどんな思いなのだろう・・・
その人たちはこの映像をどんな思いで見て、俺のことをどのように思うのだろう・・・
いろんなことを考えれば考えるほどまたムルンピョ(疑問符)が生まれてくる。
そしてあの曲のメロディーを思い出し、
彼女たちのプレイを思い出し、
そして彼女たちの笑顔を思い出す。
何と言われても俺はやっぱり彼女たちのことが可愛い。
時々ちょっと不憫に思うこともあるが、でもそれは決して同情ではない。
単なる国家体制の悲しさである。
でももし俺の子供が北朝鮮に拉致されたとしたら、
俺は彼女たちのことを同じように愛おしく思えるだろうか。
ひょっとしたら憎たらしくて引っ叩いてやるかも知れない。
でも彼女たちにも親がいて、
俺達が自分の子供に対する思いと同じように愛してやまない。
俺が彼女たちを引っ叩いたら、彼女たちの親は俺を半殺しにするだろう。
だから戦争はいつまでも世界からなくならない。
世の中ムルンピョ(疑問符)だらけである。
俺は今北京に住んでいる。
戦争加害国と言われてる国の人間が戦争被害国と言われてる国に住んでいるんだから、
まあ俺のような特殊な生活環境の中でもいろいろある。
だが、俺の周りの中国人は俺に戦争問題を持ちかけたことは一度もない。
ひとりだけ
「私の両親は私の目の前で日本軍に殺された」
と言う人と会ったことがあるが、
その人でさえ俺に戦争問題を持ちかけたりしなかったのと同じように
俺は、彼女たちに拉致問題を持ちかけることはなかった。
今だに
「天皇陛下は神様だ」
と思っているうちのおふくろに
「あれは人間なんだよ」
と言えなかったのと同じように、
俺は、彼女たちの「父なる将軍様」がやっていることを彼女達に伝える勇気はなかった。
「それでもお前は日本国民か?!」
と糾弾されても仕方がない。
結局俺は向こうに行って何もやって来てはいないのだ。
ただ彼女たちと「ロック」をやって来た、それだけなのである。
俺は「ロック」の専門家であって、決して「朝鮮問題」の専門家ではない。
そんな生半可な立場でテレビと言う大きなメディアでそんなものが流されたりしようもんなら、
それこそどこからどんな攻撃をされたりしてもそれをシュミレーションすることも出来なければ防ぐことも出来ない。
まあ行く前も同じことで悩んだりはしたのであるが、
嫁に
「世界中であんたしかやれないことなんやからやるしかないんちゃうん」
と言われて、もう既にその時に覚悟は決めているが、
しかしどうしてそれが俺じゃなくてはならないのかが一番ムルンピョ(疑問符)である。
「あそこに行く」ことは確かに「ロック」なことであるかも知れないが、
別にそれだけなら「冒険家」が行けばいいことである。
「ロック」と言うなら内田裕也さんに行って頂いても全然かまわない。
「日朝友好」ならば政治家が行けばいいことである。
東国原宮崎県知事が行って頂いても一向に構わない。
でもロックの神様は何故か俺を選んだ。
きっと、「俺が」とかそう言うニュアンスではなく、
「この曲が」生まれるべくして生まれるために俺を使ったと言うか、
まあわかりやすく言うと処女懐妊したマリア様がキリストを生んだような・・・
(全然ちゃう?・・・えらいブサイクなマリア様やと?・・・)
まあ考えるに、
この奇異な運命を持ついちドラマーがするりと滑り込んだのは、
実のところ何か時代の裂け目と言うか、
いわゆる世界情勢のどさくさだったと言うことである。
そこでそれは生まれるべくして生まれて、
そして世に出るべくして出ようといる。
まあきっとただそれだけのことなのであろう・・・
よかったら番組見て、
世界一ロックが不毛なところで生まれた世界一「ロック」な音楽でも聞きながら、
このおアホなドラマーのおアホな人生を肴に酒でも飲んで下さいな。
4月30日(月)、5月1日(火)二夜連続
日本テレビ深夜のニュース番組「ZERO」にて放送予定
(ニュース番組なので大きなニュースが飛び込んで来ると変更になります)
きっととびっきり美味い酒が飲めること間違いなし!
ファンキー末吉
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2007年04月01日
北朝鮮にロックが響く(後編)
前号までの話:
半年前ひょんなことから北朝鮮に行ったファンキー末吉は、
あろうことかそこで出会った北朝鮮の女の子バンドにロックを教えることとなる。
そして今回、彼女たちと北朝鮮初のロックナンバーを録音するべく
山ほどの録音機材を抱えて再び渡航した。
初日に自らドラムをぶっ叩き軍部から中止命令が来るものの、
2日遅れのスケジュールで何とかレコーディングは続いている。
その結末やいかに・・・
2007年3月3日 土曜日(5日目)
学校側が
「この子が一番音楽的才能が高い」
と言うのでメンバーに抜擢し、
ロックの要であるディストーションギターを担当させたおでこちゃんは、
蓋を開けてみたら実は半年前にギターを始めたばかりのずぶの素人だった。
もうひとりのギタリスト末っ子ちゃんは、
前回来た時は弦が3本しかなかったのでその腕のほどは未知数である。
もし彼女がまるで弾けなかったらこのプロジェクトは失敗に終わることとなる。
「じゃあちょっとオケに合わせて一緒に弾いてみようか」
「ファンキー節」のアレンジではアルペジオの部分でいつもギタリストが根を上げる。
そんなに難しいアレンジをしているつもりはないのだが、
俺自身がギタリストではないので、
どうもギタリストの手くせと全然違う弾き方を考えてしまうのが理由らしい。
今回はMIDIで作ったガイドアルペジオも一緒に流して、
それを聞きながら録音する。
その方が弾いてて気持ちがいいし、
このキモであるアルペジオがリズムがよれたりすると都合が悪いので、
彼女が実際に弾いているアルペジオの音が、
ちゃんとその機械のアルペジオと完璧に合ってるかどうか
録音しながら俺がチェックし易いようにするためでもある。
「おかしいなぁ・・・」
何度か合せて弾いてもらってるのだが、
どうも彼女が弾いている音がよく聞こえない。
「もう一度弾いてみて」
今度はMIDIの音を少し下げて聞いてみる。
「あ!これは!!・・・」
恐るべきことに、
これは彼女の音がよく聞こえなかったのではなく、
彼女が弾いているギターがあまりにも正確で、
機械のアルペジオとまったく同じであったために、
音がぴったり重なって判別しづらかったのである。
「凄い・・・」
最初から最後までほぼ間違うことなくほぼ一発録りで終了!
奇跡である・・・
「ソロだ!ソロも君が弾いてくれ!」
ギターを始めて半年のおでこちゃんになまじソロまでは無理である。
彼女だったらちゃんとソロを弾けて、しかも今日中に録り終わるかもしれない。
写真:初めてのディストーション

(初めてのディストーション)
ディストーションの音色はロックでは欠かせないものだが、
初めて聞く彼女にはどうもただウルサイだけのようで、
少し顔をしかめてた。
「とりあえず今日はこんな音色で。後で音色変えてもっといい音にしてあげるから」
ギターから直のラインの音もレコーディングしておいて、
北京に帰ってからそれをマーシャルにつないでアンプの音を録音し直すのである。
写真:初めてのチョーキング

(初めてのチョーキング)
「ロックギターと言えばチョーキングである!」
と言いたいのだが、
ロックと言う言葉が先日の軍部の中止命令の余波で禁句になっているので
「とりあえずこう弾いて!」
と言うしかない。
本人は指が痛いので嫌がっているのか、
前回はいつも笑ってた彼女が心なしか今回はあんまし笑わないように感じる。
そしてソロのクライマックスは高崎晃ばりの高速タッピングとまではいかないが、
やはりライトハンドでかっこよく決めてもらいたい。
写真:初めてのタッピング

(初めてのタッピング)
「どうして普通に弾けるフレーズをわざわざ右手で弾かなきゃなんないの?」
とでも言いたそうな彼女に向って心の中でこうつぶやいた。
「末っ子ちゃん、それがロックなんだよ!」
かくして末っ子ちゃんのパートは想像以上に順調に無事終了!
「あんたは上手い!!」
と手放しで褒める俺に彼女は満面の笑みを返してくれて初めて気づいた。
彼女は現在歯の矯正中。
笑うと歯をがちがちに止めている針金が見えるので恥ずかしくて笑えなかったのである。
それでも彼女の笑顔は世界最高級である。
さて残り時間は1時間。
一番の誤算と言うか、唯一残っている問題がおでこちゃんのギターである。
少々下手でも録り終えることが出来るように
最初から正統派メタルではなく、
ニューメタルと言うかグランジと言うか、
ディストーションギターのニルバーナカッティングでアレンジしているので大丈夫とふんでいたが、
相手がギターを始めて半年のど素人レベルだとしたら話は別である。
残り時間は1時間。
彼女は全部弾き切ることが出来るのか・・・
写真:おでこちゃんレコーディング

「ちょっと合わせて弾いてみて」
とりあえずオケに合わせて弾いてみる。
あねごが卒業した後には次期部長となるアイデンティティーと尊厳をかけて、
緊張しながらも威厳を持って一生懸命弾く。
先ほど手ほどきした
オルタネードピッキングからは程遠いむちゃくちゃな弾き方ではあるが、
うん、まあまあ。後にエディットすれば使えないことはない。
よし!
とばかりとりあえず1コーラス、パワーコードによるリズムだけを録音、
そしてそれを後にLRに振り分けてステレオにするためにダブリングした。
こうしとけば後にエディットする時に
いい部分がたくさん残るので便利であることを俺は経験上いやと言うほど知っている。
(こんなことをいやと言うほど経験する俺って・・・)
残り時間はあと10分!
時間どおり彼女たちを家に帰さないと、
今度は彼女たちの親からクレームが来てこのプロジェクトは中止せざるを得ない。
楽曲にいやと言うほど散りばめているキメを録音する時間はもうない!
最後の手段である。
「曲に合わせなくていいから、クリックに合わせてこのフレーズを弾いて!」
裏打ちから始まる難しいキメも全て簡単に表から弾いていいから、
クリックに合わせて素で弾いてもらい、それだけを単独録音する。
つまりとりあえずギターの音をサンプリングして、
後でそれをエディットでつなぎ合わせるのである。
ちょっとずるしたが、とりあえずオケの録音は全て終了。
冷汗もんのスケジュールであった。
2007年3月4日 日曜日(6日目)
大切な国民の休日だと言うのに彼女たちは学校に来てくれた。
早く歌入れを終わらせて、
今日ばかりは早くおうちに帰ってもらってゆっくり国民の休日を楽しんでもらいたい。
今日の歌入れのために俺は夕べ夜中遅くまでホテルでオケをエディットした。
寝不足とプレッシャーでヘトヘトになっていた俺の頭をノックアウトしたのは、
彼女たちそれぞれのプレイ、特に末っ子ちゃんのギターソロであった。
彼女はまだ14歳。
日本の流しの演歌ギターのように伴奏にちょっとメロディーを入れて
革命の歌を伴奏することしかしたことのない普通の女の子なのである。
凄すぎる・・・
ホテルに持ち込んだ設備では完璧にエディットすることは出来ないが、
全てのパートをとりあえずだいたいの形になるようにして持って来た。
それが大事な国民の休日まで返上してこんなわけのわからんことに付き合わされている
彼女達に対する俺のせめてもの気持ちである。
一番喜んだのが実はギターがど素人だったおでこちゃん。
1コーラスしか弾いてないのに
一晩経ったら最後まで全部ちゃんと弾けてるかのように仕上がっているので上機嫌である。
これで彼女の次期部長としてのメンツは保てたに違いない。
さて最後は歌入れである。
とりあえずメンバー全員で別々に1トラックづつ歌ってもらって録音する。
全員使えればそのままユニゾンで歌えばよいし、
いい部分だけを出し入れして部分部分でリードボーカルが代わるようにしてもよい。
今までメンバーの歌を聞いたことがないので、
とりあえず歌ってもらって録音してみないと何とも言えないのである。
まずしょっぱなは来年のこのクラブを背負う次期部長、おでこちゃんから。
写真:おでこちゃんの歌レコーディング

うん、初めてのレコーディングで緊張しているものの、
歌はなかなかのもんである。
思えばこのクラブは普通の学校の音楽クラブで、
プロ養成の音楽専門学校ではない。
歌の好きな子供たちが集まって、
そのついでに楽器を練習して外国のお客さんに披露しているコーラスクラブみたいなもんなのである。
リズムと音程に細心の注意を払いながら録音し、
その後はその彼女のボーカルにぴったり合わせて
全てのメンバーのボーカルをそれぞれ録音する。
ただ末っ子ちゃんだけは「私、歌はイヤ」と言って辞退した。
きっと歌を歌うと歯の矯正が見られてしまうからイヤなのだろうと想像した。
みんなだいたいするっとレコーディングが終了したが、
最後のボンボンちゃんだけは、完璧主義者よろしく
自分自身で何度もダメ出しをしながらとことんやり直した。
キーボードのレコーディングの時は時間がなかったのである程度でOKを出したが、
今回は俺もとことん付き合った。
写真:ボンボンちゃんの歌レコーディング

面白いことに、
彼女がやり直せばやり直すほど歌い方がロックと程遠くなり、
彼女自身がOKを出した時には、
まるで彼女たちがいつも歌っているこの国の革命の歌そのものの歌い方になってしまっているのである。
そうやって聞いてみるとみんなどこかしらこぶしが回っていて、
オケだけ聞くと超ヘビーなロックなのだが
その上に朗々と歌う革命の歌が乗っかってるような感じである。
最近ゴシック・メタルとか言う、
オペラの歌唱法をするヘビーメタルのジャンルが流行っていると聞くが、
さしずめじゃあこの曲は「レボリューショナル・メタル」とでも言うべきか・・・
とにかく俺と彼女たちが作り上げた世界で最初のジャンルの音楽であることだけは間違いない。
兎にも角にも世界初の北朝鮮ロック、
「レボリューショナル・メタル」はついにここに完成したのである!!
さて今日は国民の休日なのでみんなには早くおうちに帰ってもらって、
明日学校側が許せばMTV撮影と追いコンを兼ねた「小文化祭」をやって全てが終了である。
しかしそのためには多重録音で録音したレコーディングバージョンではなく、
ライブで演奏出来るようにパートを振り分けたライブバージョンを作らなければならない。
その振り分けだけは今日伝授しておかねばならないので、
あと少しだけ彼女たちに付き合ってもらった。
キーボードは完璧主義者のボンボンちゃんが既に自分で譜面を写して、
ちゃんと自分とおでぶちゃんに演奏を振り分けていたが、
問題はギターである。
なにせレコーディングでは結局主なパートは全て末っ子ちゃんが弾き、
おでこちゃんはパワーコードのニルバーナディストーションバッキングを1コーラス弾いただけ
と言う状態なので、
ツインリードのハモの部分はおでこちゃん自身どう弾くかなんて全然知らないのである。
末っ子ちゃんが録音したフレーズなので、
末っ子ちゃんがおでこちゃんに直で教えるのが一番早い
と思ってそのように指示したら、ここで問題が勃発!
このふたりがいきなり喧嘩を始めたのである。
言葉がわからないので定かではないが、
どうも次のようなやりとりであると思われる。
ファンキー先生「じゃあ末っ子ちゃん、おでこちゃんにどう弾くか教えてあげてね」
おでこちゃん(末っ子ちゃんに向かってつっけんどんに)「どう弾くのよ?」
末っ子ちゃん「こう弾くのよ(チョーキングを使って弾いてみせる)」
おでこちゃん「こうね(チョーキングを入れずにノーマルに弾く)」
末っ子ちゃん「いや、こうよ(もう一度チョーキングを使って弾く)」
おでこちゃん「だからこれでしょ(チョーキングを使わずに収めようとする)」
ファンキー先生「おでこちゃん、弾き方を全く同じにしないとハモらないからね。ちゃんと末っ子ちゃんみたいに弦を持ち上げてチョーキングしてね」
末っ子ちゃん「こう弾くのよ(チョーキングを一生懸命伝授しようとする)」
おでこちゃん「指が痛いのよぉ!どうしてこれじゃだめなの!同じじゃない!」
末っ子ちゃん「私だって知らないわよ!先生がこうやれって言ってんだから!」
雰囲気がどんどん険悪になり、最後には口もきかない。
ギタリストふたりが息を合わせてツインリードを弾くと言う俺のはかない夢は一気に砕け散った。
写真:険悪になったおでこちゃんと末っ子ちゃん

(目も合わさないし口もきかない)
その後、うちの嫁が
(このストーリーに嫁が初登場!実は前回からずーっと一緒に行っているのじゃ)
暗い部室の片隅で隠れるようにひとりでたたずんでいるおでこちゃんを目撃した。
泣いていたのか?・・・
「パパ(嫁は俺をパパと呼ぶ)、あれはいかんわ。あれじゃおでこちゃん可哀想やわ」
「何があかんねん」
「まずねぇ、パパは末っ子ちゃんを褒めすぎ!
同じギタリストとしてあれじゃおでこちゃん、メンツずたずたやわ」
「ギタリストって、カレンちゃんがもうすぐ卒業したらおでこちゃんがドラマーになるんちゃうん?
末っ子ちゃんはもともとギタリストやからそれに張り合ったってしゃーないでしょうよ」
「パパってほんまに分かってないねぇ。なんぼギターが上手くても末っ子ちゃんは年下で、
おでこちゃんは次期部長よ!それをみんなの前で格下に扱われたのよ」
嫁のその言葉に改めて衝撃を受けた。
この国は儒教の教えが非常に徹底しているとか、
序列が非常に大切にされているのもあるが、
何よりもこの俺は最も大切な原則を認識してなかったのだ。
子供だけど彼女たちは「女」なのである。
これをこの日はいやと言うほど思い知らされた。
2007年3月5日 月曜日(最終日)
夕べはよく眠れなかった。
確かに録音は全部終わった。
彼女たちに聞かせるべく
彼女たちの歌での仮ミックスを作ってて眠れなかったのもあるが、
何よりもおでこちゃんと末っ子ちゃんのことが気がかりで仕方なかったのである。
俺はこんなところまで来て何をやってんだろう・・・
確かに物凄いロックは録れた。
世界を震撼させるものになったと自負している。
しかしそのために彼女たちがいやな思い出を残したとしたら、
そんなことにいったい何の意味があるのか?
どう言う運命のいたずらか、
世界でただこの俺だけが今、
この国のこの学校にだけ自由に入れて自由に彼女たちと音楽を作ることが出来る。
わけのわからないロックとか言う変なものを、
彼女たちは持前の素直さと、
先生の言うことは絶対だと言う儒教の教えにより、
それこそ国民の休日を返上してまで一生懸命一緒にやってくれた。
俺は楽しかった。
でも彼女たちは辛かったんだとしたら、
たとえこのプロジェクトが世界的に評価されたとしても何の意味もない!
俺はそんなことを考えながら一日中落ち込んでいたが、
午後には意外なチャンスが訪れた。
学校側が引き続き彼女たちのスケジュールを俺に預けてくれて、
朝からMTV撮りと発表会を兼ねたファンキー末吉主催「小文化祭」の準備をしてた彼女たちなのだが、
実は今日外国のお客さんが来ると言うので、
いつものように彼女たちが歌と演奏をお客さんに披露しなけれならないので
その間俺たちには待ってて欲しいと言うのである。
「パパ!チャンスよ!
この待ち時間に次期ドラマーのおでこちゃんにドラムを教えるの!
そして最後に君は筋がいいとか言ってみんなの前で誉めるのよ!」
「おう!それは確かにそれはベストなチャンス!
でもだいたい外国のお客さんは
今俺達が彼女たちと一緒にいるこの部室代わりの大教室に通されるから、
むしろここを出ねばならないのは俺達で、
しかもメインどころのおでこちゃんは当然ながらその演奏に駆り出されるじゃろう・・・」
「そうねぇ・・・」
この話はここで終ったが、
ところがその予定の時間が近づいて来ても彼女たちは全然その備を始める気配がない。
そしてその時間になるとボンボンちゃんがアコーディオンを担いで部室を出て行った。
「なんで?」
俺の疑問に先生が丁重に説明してくれる。
「今はこの場所はファンキーさんに専属です。
お客さんには悪いですが今回は校長室で少人数バージョンのショーで楽しんでもらいます」
しかもラッキーなことにメインどころのおでこちゃんは呼ばれずに残っている。
チャンス到来!!!
しかしここでおでこちゃんだけを贔屓したら
今度はまた年上のカレンちゃんがいやな思いをするだろうからふたり一緒にレッスンをする。
子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!・・・
しかし楽器がドラムでよかった。
ちょっと難しいパターンなどを紙に書いて叩かせると、
ほかの楽器と違ってドラムと言うのは叩けないと必ず笑いが出るのである。
下級生たちがそれを見ながら、
「いいなぁー私も教わりたいなぁ」
と言っているのを聞いて、
俺は拳をぎゅっと握ってほくそえんだ。
大成功!
一番年上のカレンちゃんと次期部長のおでこちゃんだけがこれが出来るのである。
おでこちゃんのメンツもこれで挽回されたと言うものである。
「ぎゃははは!!!」
俺がドラムを教えている間、
嫁は下級生達とお菓子を食べながらだべったり、
彼女たちにステージ装飾のためのぼんぼりや千羽鶴の折り方などを教えたりしてたのだが、
俺は時折聞こえる彼女たちの大笑いが気になって仕方がない。
見ると嫁はいつのまにかパソコンを開いて、
彼女たちはその画面を覗き込んで大笑いをしている。
「何やっとんじゃい!」
ドラムのところから降りて来て彼女たちを押しのけてパソコンの画面を覗いてみると、
何と彼女たちの大爆笑のネタは俺達の結婚式の写真だったのだ。
特に俺が神妙な顔をして嫁にキスをしているシーンはみんなお腹がよじれるほど笑っている。
最後にはおでこちゃんもカレンちゃんもドラム台から降りて来てみんなと一緒にだべりだした。
ドラム教室は自然消滅である。
もうファンキー先生の威厳もへったくれもない。
俺も一緒にお菓子の席に加わる。
嫁が自慢そうに
「私、もう朝鮮語ふたつ覚えたで!完璧やで!」
と言う。
「何や、言うてみぃ!」
彼女たちが興味津津に嫁を見る。
「カバン、オボン」
彼女たち大爆笑!
鞄とお盆はどうも発音が同じらしい。
「まだあるでぇ!三角関係!」
これは発音が微妙に違うのか彼女たちには通じない。
通訳兼ガイド兼監視員の女性が正しい発音で発音してくれる。
「サムガッククアンゲ、意味も日本語と同じです」
と言うのを聞いてすかさず俺、
「じゃあみんなに質問!この中でその経験ある人!」
通訳がそれを訳すより早く嫁が俺の頭を張り飛ばす。
「子供になんてこと聞くのよ!」
まあ日本語が分かる人は大爆笑していたが、
儒教の教えで育った彼女たちにはきっとかなりインパクトがあったに違いない。
なにせ女が男に手を上げるだけでも信じられないのに、
殴られた男が殴られて笑っているのである。
この国ではまずありえないことなのではないか・・・
思えばこの瞬間に俺の先生としての地位は完全に地に落ちた。
このチームで一番偉いのは嫁であることを全ての人間が認識したのである。
さてアホな時間はあっと言う間に過ぎ去って、
外国人相手に校長室にショーを披露しに行ったボンボンちゃんが帰って来たので
いよいよ「小文化祭」の始まりである。
まずMTV撮影の素材撮りも兼ねて、ひとりひとり別々にオケに合わせてプレイしてもらう。
みんながそれぞれ個人パートがちゃんと出来れば、
最後にはみんなが生でそれを演奏してもらってフィナーレと言う企画である。
既にファンキー先生の地位は地に落ちてしまってるので今日はもう誰も個人練習などしていない。
ちゃんと出来るのかなぁと思っていたら、
難度のそんなに高くないキーボードのふたりがちゃんと弾けたのはともかく、
驚いたのがあれだけ高難度のプレイでありながら
今日にはそれをを生で弾けるようになっていた末っ子ちゃんである。
「こいつは天才か!」
言葉に出して言おうかとおもったが、
おでこちゃんのことを気遣って飲み込んだ。
子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!子供でも女なんだ!・・・
さてファンキー末吉主催「小文化祭」、
次の出し物は「統一アリランロックバージョン」
前回アレンジした統一アリランロックバージョンに、
今回俺がドラマーとして加わって彼女たちと一緒に演奏しようと言うものである。
写真:統一アリランWithファンキー

そのアレンジには8小節のドラムソロがあるのだが、
渾身の力でソロをぶっ叩くと、
さすがにドラムのカレンちゃんのみならず通訳兼ガイド兼監視員もぶったまげた。
ふと見ると先生だけが窓際でじーっと注意深く外を見ている。
忘れていた!
初日には俺がドラムを叩いて
この窓の向こうにある軍部から中止命令が来たのである。
見ればそちら側の窓は、
あらかじめ先生の手により全て防音のたしになるように毛布とか板とかでふさがれている。
思えばこの先生はいつもニコニコしながら生徒たちを見てた。
そして外国から来たこの変なおっさんがやることを
ひとつたりとも妨害せずに見守っていた。
再び軍部からクレームが来たら自分の立場が、
人生がどうなるかわからないのに、
俺や、彼女たちをこうまで自由にさせてくれた。
先生は彼女たちのことを本当に愛しているのだ。
少しでも彼女たちのためになれば、
そして彼女たちが幸せならばと言う気持ちで
自分の身の危険を顧みずにこの変なおっさんに全てを任せたのである。
こんな先生が今の日本にいるだろうか・・・
フィナーレの前にもうひとつ大きなイベントがある。
もうすぐ卒業してしまうカレンちゃんとあねごの追いコンである。
目くばせしたら先生が彼女たちふたりを別室に連れてゆく。
その間に下級生はこの数日考えに考えてふたりに気付かれないように作った
垂れ幕のメッセージを準備し、それを見せてびっくりさせようと言うのだ。
ふたりが別室から出て来た。
ステージいっぱいに広げられた垂れ幕には
「卒業おめでとう!」
とふたりの名前が大きく書かれ、
そしてその横にはハングル文字でびっしりと彼女たちへのメッセージが書かれている。
それを見てびっくりしているふたりに俺はすかさず用意したプレゼントを手渡した。
電池で動いてヘッドバッキングする人形である。
大受け・・・
当初は彼女たちにヘッドバッキングをさせるつもりで、
そのヘッドバッキングの先生として購入した人形なのだが、
今やそんな考えはもうすっかり消し飛んでいる。
彼女たちはもう十分やってくれた。
これだけ文化も風習も国家事情も違うのに、
確かに俺も半歩あちらに踏み出したかも知れないが、
彼女たちはもう既に一歩以上こちらに踏み出してくれたんではないのか?
椅子に座ったまま微動だにせずに演奏するロックがあってもいい!
無表情でただ黙々と演奏するロックがあってもいい!
北朝鮮のロックは今ここに始まったばかりなのである。
彼女たちなりの新しい北朝鮮のロックを作ってくれればそれでいい。
人形を手渡しながらふたりに贈る言葉を述べた。
「この人形を見るたびに私のことを思い出して下さい。
そして卒業したらまたそれぞれの道で頑張って下さい。
この国の未来はあなたたちの肩にかかってます。
一生懸命練習して、一生懸命勉強して・・・頑張って・・・
(拉致なんかなくなるような・・・と言いかけて思わず言葉を飲み込んだ)
・・・いい国を作って下さい!」
奇しくも下級生達がふたりに宛てた垂れ幕の文章は
次のようなものであったと後に聞かされた。
「卒業しても私たちのこと、そしてこの学校のことを忘れないで下さい。
一生懸命頑張っていい国を作っていって下さい」
こんな国なんか崩壊してしまえと連日報道している国の人間と、
そのこんな国で純粋培養されて育った子供たちの気持ちは
偶然にも全く同じであったのだ。
そろそろフィナーレの時間である。
俺達が一緒に作り上げたこの曲を最後に彼女たちに生で演奏してもらおう。
相変わらず窓から軍部の様子を伺ってる先生の顔をちらっと見た。
「いいわよ、私がついてるから思いっきりやりなさい!」
そう言ってるように見えた。
写真:フィナーレ

(フィナーレ:北朝鮮初のロックナンバーがついに生演奏される)
この曲は俺と彼女達だけの力では決して出来上がることはなかった。
彼女たちを愛してやまないあの先生や、
校長先生を含むその他この学校の関係者の人たち、
そして北京に住んでいるあの幹部の人や、
会ったこともないもっと上層部のいろんな人たちがいたからこそ出来上がったのである。
演奏が終わった。
「小文化祭」はこれで終わりである。
そして俺の今回の旅もこれで終わりである。
「じゃあね、帰るからね!」
とみんなに握手をして機材の片付けをしてたら、
突然彼女たちの方から
「先生を送る歌を最後に歌いたい」
と言ってきた。
末っ子ちゃんのギター、あねごのベースだけの演奏で、
後は下級生もみんなで一緒に合唱する。
「これはわが国では、ちょうど今みたいに先生を送る時に歌う曲なんです」
通訳兼ガイド兼監視員・・・最後には通訳以外は何もやってなかったが・・・がそう俺に耳打ちする。
見ればみんな泣きながら歌っている。
ボンボンちゃんなんか号泣している。
そして弾き終ってベースを置いたあのあねごまでが涙ぐんでいた。
先生が俺に長い握手をしながら「本当にありがとう」と言った。
俺は果たして彼女たちに何か出来たのだろうか?
わからない。
でも俺はまた何度もここに来なければならない。
来年の卒業生から
「去年はファンキー先生プレゼント持って来てくれたのに
どうして今年は来てくれないの」
と言われるわけにはいかないからである。
ただ、今年はふたりだからまだいいが、来年は11人である。
今から覚悟しておこう。
彼女たちに見送られながら学校を後にした。
「6月9日高等中学校」
偉大なる首領様が、
こともあろうか6月9日ロックの日に
「ここに学校を建てなさい」
と指示して作られたと言うこの学校で、
今ここに北朝鮮のロックの歴史がついにその一歩を踏み出したのである。
レボリューショナル・メタルとも言うべきそのサウンドは、
今はまだ俺の限られた友人しか聞かせてない。
今の段階ではまだこれを公表するわけにはいかないからである。
そのことによって彼女たちやいろんな人に迷惑をかけたりしたら死んでも死にきれない。
でもいつかその時は来る。
中国だって今こんな風に自由にロックが出来る日が来るなんて
あの時誰も思わなかっただろ?!
時代は変わるのである。
そしてまた、変えなければならないもんでもある。
この曲はその時が来るまで俺がゆっくりエディットする。
そしてその度にいつも俺はまた彼女たちのことを思い出すだろう。
また会おう。
そしてもっといつでも自由に会えるような、そんな世の中を早く作ろうよ。
To Be Continued
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2007年03月23日
北朝鮮にロックが響く(前編)
再び北朝鮮に渡航した。
今行かなくてもいいんじゃないか?
そんな自問自答も繰り返したが、
最終的には数年前に死んだ友人のソウルシンガー、KOUTAROが背中を押した。
癌と闘いながら
「今日のライブがこれで最後なんだ」
と言い聞かせてステージに立っていた彼の歌は、
死ぬ間際にはとんでもない高みに上り詰めていて鳥肌が立った。
それ以来俺も「今日が最後だ」と言い聞かせてドラムを叩いている。
まあドラムは死ぬまでそうやって叩いてればそれでいいのだが、楽曲はどうなる?
彼女たちに歌ってもらおうと思って作ったこのごりごりのロックナンバーは、
俺があちらに行かなければ永久に形になることはない。
もし明日俺が死んだら・・・みたいなことは現実的ではないにしても、
あの国で彼女たちが明日も無事に音楽をやっている保証はどこにもない。
明日どっかのアホがミサイルのボタンを押したら
それこそもう彼女たちこそ生きてはいられないのだ。
俺が生きていて、彼女たちも生きていて、
そして何故か今だけ、世界中で俺だけが自由に彼女たちに会いに行ける。
何故だかわからんが、何の因果か今、俺だけが自由にあそこに行けるのである。
だから俺は「ないかもわからない明日」よりも、「今しか出来ないロック」を選んだ。
外務省さん、ごめんなさい。
出発前
さて今回は荷造りが大変である。
山ほどの録音機材を持ち込まねばならないし、やはり問題なのは楽器である。
弦が3本ではレコーディングはやはり無理なので、
せめてベースとギターぐらいは持って行ってやりたいが、
どう言うわけか経済制裁の禁制品の項目に「楽器」と言う項目が入っている。
金正日が音楽好きなので、
金正日が喜ぶものを全部禁制品にしたら楽器も入ってしまったと言うおアホな理由らしい。
政治とはいつの世もそんなもんである。
「彼女たちには関係なかろう!」
と言おうがどうしようが、たかがいちドラマーの意見に耳を傾けてくれるほど政府も甘くはない。
「上に政策あれば下に対策あり」と言う言葉が中国にあるが、そこで俺はない頭で一生懸命考えた。
1、金正日を喜ばしてはダメとしても、なぜ彼女たちを喜ばしてはダメなのか?
2、彼女たちが喜ぶと果たして金正日は喜ぶとでも言うのか?
3、そもそも彼女たちに楽器をプレゼントすることは果たして日本の国益に反することなのか?
4、彼女たちがもし北朝鮮ではなく日本、もしくは北京に住んでいたとしても、北朝鮮人だったらやはり楽器を渡してはいけないのか?
5、それじゃあ国外で住んでいるあらゆる北朝鮮人に楽器をプレゼントしてはいけないのか?
えんえん考えてみても俺の頭では永久に答えは出ないので、
とりあえず北京に住む北朝鮮の友人(実はそれが何故か国家の幹部なんじゃが・・・)
に楽器を託した。
それでもお咎めが来ると言うのならもうそれは仕方がない。
出発当日
山ほどの機材である。
通常、持ち出し品の中に再び再入国する時に税金がかかるものがある場合、
あらかじめ税関にてそれらがこの国から持ち出した物であることを証明する書類を作成して、
再入国の際にそれを提出する。
録音機材などは高価なものなので、
北京に持って帰る時にまたそれが海外で購入したものとして高い税金を取られたらたまったもんじゃない。
ところがここ北京空港では税関でその届け出をしようとすると係員が
「そんなものはない!」
と突っぱねる。
「そんなぁ・・・ほな持ち帰る時どないすればいいんですかぁ」
と言うと、
「それは持ち帰る時の問題で持ち出す時の問題ではない!」
と突っぱねる。
「嘘言え!昔俺はその書類をここで作成したことがあるぞ!」
と言うと、
「昔はあったかも知れないが今はない!」
と突っぱねる。
何を言っても突っぱねるのでもうあきらめた。
北京オリンピックも近いと言うのに、この国の空の玄関はいったい何をやってるのだろう・・・
仕方ないので、とりあえず持ち帰る時に荷物を詳しく調べられないように、
高価な機材は全て穿き古した臭っさいパンツ等で梱包するしかない。
北朝鮮ではもうパンツは穿き換えないと心に誓う。
2007年2月27日 火曜日(初日)
懐かしい平壌空港に降り立った。
前回は運良く荷物が一番最初に出て来たのでスムーズに入国出来て、
それだからこそ初日にそのまま彼女たちの学校に行くことが出来て今の縁がある。
ところが今回は残念ながら一番最後である。
山ほどの荷物をこれでもかこれでもかと細かく調べてゆくので、
空港を出た時にはもう夕方になっていた。
彼女たちとの再会は残念ながら翌日である。
飯食って早々と寝る。
2007年2月28日 水曜日(2日目)
翌朝早く学校に向かった。
彼女たちはもう外で待っていて、
いつものようにふたりで両方から腕を組んで部室まで案内してくれる。
この北朝鮮式歓待にはいつまでたっても慣れることがない。
こっ恥ずかしくて仕方がないが、これはお約束と言うか、
彼女たちが外国人を迎える時には絶対にせねばならないことらしいのでされるがままにそうする。
部室に入るとレギュラーメンバーが「統一アリランロックバージョン」を演奏して俺達を迎えてくれる。
半年たっているので演奏も練られていてうまくなっている。
「毎回お客さんが来る度にこの曲を演奏しているんですか?」
と尋ねると、
「いやこの曲は演奏する前の肩慣らしとして使わせて頂いてます」
と先生が答えてくれた。
そりゃそうだ、国を代表として演奏する革命の歌を
わけのわからんロックアレンジで外国人に聞かせるわけにはいくまい。
俺は今回作って来た曲がもっとごりごりのヘビーロックなので、
先行きがちょっと不安になってきた。
まずレギュラーメンバーに譜面とMP3プレイヤーを配る。
期限は1週間、
実質6日間で全てレコーディングし終えなければならないので、
それぞれのパートを全てパート譜にした上に、
そのそれぞれの音だけを大きくMixしたDEMOをそれぞれのMP3プレイヤーに録音してあるのだ。
写真:初めてのMP3プレイヤー

(右から新メンバーのおでぶちゃん、ギターの末っ子ちゃん、そして今回ニックネームが決定!ドラムのカレンちゃん。可憐な美女であると言うのと、ドラムを叩きながら歌を歌うカレン・カーペンターからとって命名)
ギターやシンセにはダビングもあるし、
ベースソロ、シンセソロ、ギターソロもあるのでMP3プレイヤーの数は10個を超えた。
下級生もそのMP3プレイヤーを回し聞きして、もう覚えて口ずさんでいる。
メロディー自体はウケがよさそうなのでちょっと安心。
さて、まずはドラムセットのメンテナンスである。
前回このドラムを叩いてみたがとてもレコーディング出来るレベルではない。
とりあえずヘッドを張り替えてチューニングする。
バスドラのフロントヘッドは数枚余分に送っていたので、
今回レコーディングに参加しない下級生に自分たちでこのバンドのロゴを考えてもらい、
それを自分たちでフロントヘッドにペインティングするよう指示する。
みんなの音楽クラブなんだからみんなで少しづつよくしてゆこう。
写真:ロゴのデザイン

(個性豊かなデザインがたくさん出て非常に面白かった)
さてドラムのメンテであるが、これが思いの外難航した。
既に修復不可能な部分も多く、タムは裏側のリムがなくなってしまっているので
結局ボトムヘッドを張ることは出来なかった。
俺の耳からすればペコペコの音なのだが、
ドラムのカレンちゃんは「とてもいい音」だと喜んでくれた。
写真:カレンちゃんの笑顔

(可憐だぁ・・・)
しかし、そりゃ今までは
破れたヘッドをセロテープで張って叩いてたんだからそれよりはいい音かも知れないが、
レコーディングのことを考えるとちょっと先行き不安・・・
レコーディングシステムの準備や個別の演奏指導もしてたら
もう1日が終わってしまった。
とりあえずはレコーディングは明日から始めるとして、
今日はドラムのマイナスワンを使ってデモ演奏を聞かせることにする。
作ったDEMOの音源からドラムをミュートし、
ドラム以外の音をアンプで出して、クリックを聞きながら俺がドラムをぶっ叩く。
「ロックとはこれだ!」と言うのをドラムを叩いて彼女たちに伝えるのである。
渾身の思いを込めてドラムを叩いた。
みんな度肝を抜かれてた。
しかし度肝を抜かれたのは彼女たちだけではなかったのである。
このドラム演奏が次の日に大問題を引き起こそうとはこの時点では夢にも思っていない。
2007年3月1日 木曜日(3日目)
軍部から中止命令が来た。
俺のロック魂は彼女たちの心を揺さぶる前に、
学校の隣にある軍部施設を揺さぶってしまったのである。
「大音量で、明らかに朝鮮の音楽ではない外国の音楽を学校でやっているとは何事か!」
と言うことで軍部から調査が入った。
あらゆる関係者に調査の手が及ぶ。
学校側、外国人の受け入れ先である旅行社、通訳兼ガイド兼監視員、等々・・・
俺達はその間ホテルで待機である。
・・・終わった・・・
でもいい。
ここで中止になるとしたら、
それは所詮ロックの神様が俺にここまでしかやらせたくなかったと言うことである。
もう思い残すことはない。
まさか拉致されることはありえないので、
よくって残りの1週間は監視付きで無難な観光旅行か、
悪くても北京に強制送還であろう。
ホテルで俺はひたすら寝た。
思えばこの1週間ろくに寝ていない。
彼女たちに聞かせるデータや譜面などを準備してたのもあるが、
寝ようと思っても外務省にいじめられる夢や、
朝まで生テレビで出演者に総突き上げくらう夢や、
ひいては幼馴染にいじめられる夢や
初恋の人に振られる夢までみてうなされていたのである。
まあ顔は大きいが気は小さいんだから仕方がない・・・
昼過ぎになって起こされた。
紆余曲折あったが、
結果から言うとプロジェクトは続行だと言うことである。
その代り条件がついた。
1、 大きな音は出さない
2、 もし次に軍部から何らかのクレームが来た場合は即刻中止
3、 そして今後「ロック」と言う言葉は使ってはならない
大きな音を出せないとロックは出来ないが、
でも考えてみれば非常にゆるいお達しではないか・・・
どうも俺が寝ている間に上層部でいろんな戦いがあったらしい。
後に文部省から俺宛てに感謝状が届くが、
これはきっと軍部を納得させるために上層部が文部省を動かして、
とりあえず今回俺に何らかの特権を与えてつじつまを合わせるためだったのではないか
と想像するが、真実のほどはよくわからない。
午後に学校に着いた。
運悪く停電なので録音は出来ない。
でもまあ停電はうちの貧民街では日常茶飯事なので全然気にしない。
ドラム指導をする。
アンサンブル演奏で全体像が聞こえたりさえしなければ、
軍部も何か基礎練習をやっているのだろうと思うので問題はないそうである。
残り時間1時間で電源が来たのでドラムをレコーディングしてみたが、
案の定そう簡単に叩けるものではない。
翌日に持ち越して今日は終了!
2007年3月2日 金曜日(4日目)
「音」ではなく「空気」を録音するドラムのレコーディングは、
機械の力でエディットがしにくいので一番大変である。
とりあえず各メンバーのモチュベイションを考えて、
最初は一番簡単なキーボードのレコーディングから行うことにした。
シンセサイザーは、そう言う意味では
電気的な音を鍵盤と言うスイッチで発音しているだけなので、
MIDIデータと言うそのスイッチがどのようにOn Offされたかと言う情報をレコーディングしておけば、
後でリズムやミストーンを修正したり、
音色を入れ替えたりを自由自在に出来るので非常に楽である。
まずは新メンバーの「おでぶちゃん」。
全然デブではないが、ニックネームの由来は
そんな「おでぶちゃんにいつかなりたい」と言う意味らしい。
俺の腹の肉でよかったら分けてやるぞ・・・
写真:おでぶちゃん

(ルックスは一番子供っぽいが、なかなかどうして気丈な性格の持ち主である)
なんなく終了。
本当はオルガンのグリッサンドは全身で体ごと持って行って欲しいのだが、
そこまで要求する時間は今回なさそうなのであきらめた。
そして次はボンボンちゃん。

(彼女は前回も完璧主義なところを見せてくれた)
今回も録音した自分のプレイに満足していないようなのだが、
悪いとは思いつつ時間がないのである程度でOKにさせて頂いた。
MIDI情報をレコーディングしているので後でどのようにでもEdit出来るからである。
すまん!
そして一番大切なドラムのレコーディング。
ドラムが録り終わらなければ他のものは録ることは出来ない。
バンドレコーディングの要である。
昨日あまりに叩けなくて彼女自身少し落ち込んでいたが、
日本で言うと高校1年生の女の子が初めてレコーディングするのである。
叩けなくて当然である。
自分の暴露話をすると、
俺だって最初のレコーディングの時はどうしてこんなに叩けないのか悔しくって、
トイレに行って隠れて泣いた。
そんな経験が、次の時に大きなバネになって飛躍的に進歩するのである。
彼女は昨日きっとそんな思いをしたんだと思う。
その気持ちを一晩熟成させれば今日のプレイは絶対に違うはず!
写真:カレンちゃんレコーディング

(中国人もそうだったが、北朝鮮のミュージシャンは基本的に裏打ちのビートに慣れてないので手拍子を叩きながら教えてあげる)
「ドラム録音終了!」
その言葉を聞いた瞬間に、
メンバーの中で一番天然入ってる彼女は本当に飛び上がって喜んだ。
全くもって彼女の笑顔だけは国宝級である。
さて次はベースのあねごである。
写真:あねごベース指導

(まったくもって彼女のこの貫禄だけには圧倒されるわ・・・)
彼女は現在このクラブの部長。
絶対的リーダーとしてこの音楽クラブに君臨している。
最初にみんなにDEMOを聞かせて、
「どうですかみなさん?かなり難しいと思いますが大丈夫ですか?」
と聞いた時に、間髪入れずに
「大丈夫です!」
と答えたのが彼女である。
リーダーの威信にかけてもこれはするっと録り終えたいところだが、
実はこれが予想に反して非常に手こずった。
北朝鮮の音楽はベースがほとんどルート弾きなので、
彼女にしてみてもまさか自分がこれほどベースラインが弾けないんだ
とは夢にも思わなかったのである。
レコーディングは翌日に持ち越し。
あねごらしく
「先生の高い要求に応えられない自分をはがゆく思います」
と詫びを入れて部屋を出て行った。
かっこいい・・・
2007年3月3日 土曜日(5日目)
あねごは今日も毅然としていた。
しかし16歳でこの貫禄は物凄い。
レコーディング前にスケジュールをざっと計算してみる。
当初の予定としては昨日オケを全部録音し終わって、
今日は歌録りの予定であった。
いろんなトラブルでもう2日間遅れてしまっている。
明日は国民の休日。
「学校なんか来なくて家族と一緒に国民の休日を過ごしたい」
いくらいつもニコニコ笑ってる彼女達でも、
きっとそれが心の中の本音であることは明らかであろう。
今日何としてもベースを録り終え、
出来れば残りの時間でギター2本を録り終えれば、
明日何とか彼女たちにお願いして学校に来てもらって歌入れをするか、
もしくは後は最終日の月曜日しか残っていない。
最終日は実はMTV撮りと
もうすぐ卒業するあねごとカレンちゃんの追いコンも兼ねた、
ファンキー主催の「小文化祭」の予定である。
しかし学校側から
「彼女たちのスケジュールを一週間渡すとは言っても出来れば週は跨がないでくれ」
と言われているので、土壇場になってそれはキャンセルになる可能性も高い。
出来れば今日オケは全部、そして残りは歌だけと言うことにして運を天に任せたい。
そう考えるともう本当に時間がない。
仕方がないのであねごのベースはソロも含めて、
最終兵器「一拍づつのパンチイン」で午後まで何とかかかってやっと録り終えた。
後にエディットで地獄を見ることになるがそれもいた仕方あるまい。
「先生の高い要求に答えることが出来なくてすみませんでした」
とあねごらしく毅然と出てゆく姿を見て、
「俺はこいつのためならエディットで何日徹夜してもいい!」
と心の誓った。
残るはギターで録音終了である。
果たして残り時間でギターを全部録り終えることが出来るのか・・・
今回新メンバーのおでこちゃんを加えて、ギターは2人いる。
ギターのパートも、
今回のアレンジのキモとなるアルペジオと、
ロックの要であるディストーションギターとふたつ作ってある。
2人のどちらにどのように振り分けようと言うこともあらかじめ考えて来た。
元々のメンバーである末っ子ちゃんは、
前回ギターの絃が3本しかなかったので腕のほどは未知数。
新メンバーのおでこちゃんは、
学校側は
「この子が一番音楽的才能が豊かなので是非メンバーに!」
と推薦して来たので腕の方は期待できる。
何でもアコーディオンを筆頭にあらゆる楽器が弾けるらしい。
音楽とは不思議なもので、プレイにその人の性格が如実に表れる。
前回俺が会った時の印象では、
末っ子ちゃんの性格はおとなしく、よく笑う可愛いキャラクター。
おでこちゃんは自己顕示欲が強く、自分が前に出てゆくタイプ。
こりゃ当然アルペジオは末っ子ちゃん、
要のディストーションギターはおでこちゃんでしょう!
どちらがレコーディングに時間がかかるか・・・
中国では「ファンキー節」として定着している
この曲のようなアレンジのレコーディングでは、
過去の経験上アルペジオの方がてこずった。
ディストーションギターのバッキングは、
パワーコードと言ってルートと5度の2つの音しか弾かないので
どちらかと言うとそちらの方が簡単である。
よし!先にディストーションギターを録音しよう。
「おでこちゃん呼んで来て」

緊張の面持ちでおでこちゃんがやってきた。
「緊張しなくてもいいよ。ギターはどのぐらいやってるの?」
毎回のように緊張をほぐすために世間話から入る。
通訳兼ガイド兼監視員が訳してくれる。
「前回ファンキー先生が来られた時から始めました」
ど素人やん!!
あかん・・・こりゃ時間切れで今日オケは完成せん・・・
子供たちを時間どおり家に帰してあげないと、
今度は親からクレームなんか来た日にゃあ
もっと大問題になってしまうので時間延長も出来ない。
もし明日の国民の休日に彼女たちが来れなくて、
さらに最終日に学校側が彼女たちのスケジュールをくれなければ
それでもうこのプロジェクトはおしまい!
はいそれまで・・・である。
いや、まだ半日ある。やるだけやってみるしかない!
ここでディストーションギターをてこずって明日に持ち越すか、
もしくは腕の方は未知数だが末っ子ちゃんに賭けてみるか・・・
「やっぱ末っ子ちゃんから録ろう!末っ子ちゃん呼んで来て!」
彼女は本当にちゃんと弾けるのか?
ソロもあるぞ?どちらが弾くんだ?
そしてオケが録り終わったとして、果たして歌を録る時間はあるのか?
ほんまに仕上がるんか?この曲・・・
次号に続く。
(すまん!ほんま中身が濃いんで書くのに非常にパワーが要るんです。体力蓄えてまた続き書きますぅ)
ちょびっとだけ予告編:その後また想像もしなかったトラブルが勃発!
そして笑いと涙の大団円!
乞うご期待!
Posted by ファンキー末吉 at:13:43 | トラックバック (0)
2007年03月06日
無事帰国!!
本当に彼女たちのレコーディングをして来た。
ごりごりのRockである。
一度軍部から中止命令が来たが、最終的には国家から感謝状が贈られた。
・・・なんで?・・・
詳しくは後々またHPにUPしたいと思う。
今から日本に帰る。
Posted by ファンキー末吉 at:13:33 | トラックバック (0)
2007年02月27日
北京空港にて
いやー・・・山ほどの録音機材で大変!
そのまま北朝鮮に置いてくる機材はええけど、1本40万のマイクや、Digi002等レコーディング機材は次に北京に帰って来た時に持ち込み禁止にされると涙なので、今回はちゃんとカルネ(やっけ?)を書いて提出しようとしたら、
「そんなもんは今はやってない。戻って来た時にやれ!」
と言われた。
そんなアホな!!!
戻って来て持ち込み禁止で没収されたらどうしよう・・・
また裏から手を回して裏口から出すしかないのか・・・
中国っていつまでたってもこうなのよね・・・
ほなもう数日ネットにはつなげまへん!
無事帰れたら(それは全然心配してないが)10日からのツアーで会おう!!
Posted by ファンキー末吉 at:11:20 | トラックバック (0)
北朝鮮いってきます
最高のROCK録ってきます!!
http://www.funkycorp.jp/funky/Korea/69GirlsRockBand/
Posted by ファンキー末吉 at:09:16 | トラックバック (0)
2006年07月29日
北朝鮮美女軍団ロックバンド
北朝鮮から無事帰還!
いやー4日間メールを見れないと300本以上メールが溜まりますなぁ・・・
まあそのほとんどが迷惑メールですが・・・
北京空港に降り立ち、白タクの運ちゃんにまとわりつかれながら、
タクシーに乗って我が貧民街に降り立つと、ほんと平壌の街の清潔さを思い知る。
「ゴミひとつ落ちてない街」と言うのはまさにこのことである。
ご存知の通り平壌では観光客が自由に行動することは禁止されているが、
そこはそこ、ThatはThat、ThisはThisである。(ようわからん・・・)
案内人兼監視役のガイドのみならず、その上司である国家機関にまでコネを持つ
(北朝鮮オタク略して)北タクに不可能はない。
主体思想塔前広場でドラムは叩くわ、

遊園地に行って地元の子供と一緒に遊ぶわ、

しまいには現地の人のピクニックに乱入して一緒に大酒飲む始末・・・

それにしても日朝関係がテポドンにより非常に緊迫している中、
おりしも偉大なる首領様が、アメリカ帝国主義を打ち破った記念すべき祝日に、
道行くこんな日本人を宴に招き入れ、
あろうことか一緒に日本の歌などを歌うなどして許されるのか!
出発前にアメリカのウェイン・デイヴィスから
Please be careful in North Korea.
The Government is crazy over there.
I don't think North Korean government like Rock 'n Roll.
Just play drums, don't drink beer or go to parties.
と言うメールをもらっていながら、ワシはそれを全部破ってしまったのである。
まあ並のアホならこのぐらいで満足して帰国するのであろうが、
残念ながらワシのアホは国際級である。
ことあろうかワシは更に人民に「ロックを教える」と言う暴挙に出るのである。
まずこの美女軍団を見て欲しい。

偉大なる首領様がおりしも6月9日ロックの日に建てられた
と言う中学校の音楽クラブの美女達である。
(注:北朝鮮は小学校4年、中学校6年制である)
もともと「平壌に住むにはルックスのオーディションがあるのか!」
と言うぐらい見事に美人しかいない街じゃったが、
その中でも音楽を志す女の子にはルックスが不可欠である。
彼女達は毎日の授業を終えると、ここの練習場で歌や楽器を練習し、
そして外国人のお客さんにそれを披露する。

いやはやこれが可愛いのなんの・・・
そして彼女達の笑顔で送り出されて、
満面の笑みで帰ってゆくのが通常の観光客なのじゃが、
ワシはここで「よし!お前らにロックを教えてやろう!」と言い出した。


こんな暴挙を案内人兼監視役のガイドが許すのか?!!
学校側がこんなことを許すのか?!!
ところがこの国では誰も「ロックとは何ぞや?!」なんてこたぁ知らない。
噂にも聞いたことがないんだから通訳のしようもない。
学校の先生と来たら、
「そんなありがたいものをタダで教えて下さるなら・・・」
と言うことで、それから毎日ワシはこの学校で
この美女軍団予備軍相手にロックを教えることとなる。

まあとりあえず彼女達のレパートリーの中から1曲選んで
それをワシがアレンジして譜面にする。
後はそれを手取り足取り教えればいいのであるが、

それがまさに「言うは易しやるが難き」である。
ベースは弦が3本しかないし、ギターも弦が3本しかない。
エフェクターなんぞあるよしもなく、
アンプに至ってはベースにギターに2台のキーボードまで突っ込んでいるので
スピーカーはブーブーと悲鳴を上げてる始末・・・
しかしワシは声高に言う。
「ロックは楽器でやるもんじゃない!」

もともとこの国の体制で育った素直ないい子達である。
先生であるワシのありがたい言葉を首領様の言葉と同じように胸に刻み、
かくして北朝鮮音楽史始まって以来、「ロック版、統一アリランの歌」が完成した。

お聞かせできないのがまことに残念である。
彼女達はこのアレンジで
また今日も外国人観光客を笑顔で楽しませていることじゃろう。
あーいいことをした!
ビールも旨いっつうもんである。
持って行ったツインペダルとスティックはもちろん彼女達に寄贈し、
ついでにギタリストには橘高モデルのピックをプレゼント。
紐で作ってあげたストラップじゃ肩が痛いじゃろうから、
次に行く時にはストラップと、その他いろいろ楽器を持って行ってやろう。
あれ?・・・ワシ・・・どっかでこんなことしてたなぁ・・・
そうじゃ、ワシが初めて中国来た時もこんなことしてた・・・
彼女達へのファンレター、激励のお手紙はこちらまで。
但し、次に行く時まで渡せません。


ふたりは一番年上で中学6年生(日本で言うと高校1年生)
バンドのリーダー的存在。
ほのかな色気が漂う。

彼女は何があってもいつもニコニコ一番おとなしい子だった。

キーボードはふたりいたのに忘れていて、
彼女は初日に自分にだけ譜面が渡されないと嘆き悲しみ、
決心して直訴に来てワシは初めて知った。

もうひとりのキーボードの子は
ミストーンとかするといつも「何でこんなことが弾けないんだろう」と悔しがり、
「ごめんなさい、叱らないで」と言う顔でワシを見る。
「先生は首領様じゃないから怒らないよ。ロックは楽しくやろっ!」
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2006年07月23日
北朝鮮のVISA
生まれて初めて見た!
これが北朝鮮のVISAである!!!

なるほどVISAの申請にパスポートも要らず、パスポート番号と名前だけでよいわけである。
北朝鮮のVISAはパスポートにVISAのハンコを押すのではなく、別の小冊子(と言っても見開きの1ページだけのぺらぺらのもんじゃが)に専用のVISAを作ってくれるのである。
(日本での申請の時はどうなのかは知らんが)
聞いたところによると、パスポートに北朝鮮のハンコを押されると入国できない国(例えば韓国とか)があると言う話なので、別冊子にしてもらえるとそりゃ助かる。
さあ、そしてこの小冊子を開くとこうなる。

ハングルなのでようわからんが、まあ北朝鮮版パスポートみたいなもんである。
記念に一生持っていたいが、出国の時に没収されると言うので写真に撮って保存しておこう・・・
また、記念と言えば飛行機である。
チケットにはAir Koryoと書かれてあるが、日本語で言うと高麗航空と言うことらしい。
高麗航空の飛行機は赤い星のマークと鶴を描いるらしく、
“金正日党書記委員長の暖かい懐を形状化した赤い色で囲む中に、喜びと幸福の象徴である翼を広げて飛んで行く鶴の姿(韓半島の象徴)が、青い色で描かれている”
と言うことらしいが・・・これも出来たら写真に撮っておきたいもんじゃ・・・
乗ったことのある人の話だと
“椅子は折畳式の形態であった”とか
“機内食は洋食と韓食を混合した形態であった”とか言われるが、
これも乗ったことがある人の方が少ないんじゃから是非記念に写真でも撮っておきたいもんじゃ。
「一応落ちたことはないですから心配しなくていいですよ」
とチケットを取ってくれた(北朝鮮オタク略して)北タクは言うが、
言われなかったら全然気にしないのに言われたら何故か少し怖くなる・・・
今まで乗ったことのある飛行機、
イラン航空、パキスタン航空は機内食がイスラム食で非常に旨かったが、宗教上の理由なのかビールがおいてないのが残念であった。
大韓航空は機内食にビビンバが出て来て非常に旨かった。
中国国際航空はしょっちゅう乗るが、さすがに中国4千年の歴史と言うほどの機内食が出たことはない。
ちなみにワシは今から次の映画音楽の打ち合わせで上海に行って来る。
ちなみにそれは中国国際航空である。
明日朝いちで戻って来て次の日に北朝鮮に発つ。
高麗航空の機内食・・・楽しみである。
Posted by ファンキー末吉 at:13:59 | トラックバック (0)
2006年07月20日
北朝鮮に行ってくる(?!!)
ワシが音楽を担当した映画、「瘋狂的石頭(Crazy Stone)」は空前の大ヒットとなった。
公開して2週間足らずで興行収入は1000万元(1億5千万円)を超え、
ヒットすると必ず海賊版が発売されるので、その前にとばかりDVDが発売され、
「見たよ」と言ってはいろんな友人から電話をもらい、
音楽の評価が非常に高いので、ネットでは常にそれが話題となるのだが、
別にサントラが出ると言う話もなく(ほんま、権利関係ってどうなっとるんでしょ・・・)
サントラ盤がないんだから仕方なく
DVDから切り取った音をネットに上げてダウンロードさせる輩まで現れる始末。
音楽が評判になるとよくある話で
見も知らない他の映画会社から突然電話がかかって来たりする。
「もしもし・・・映画音楽家のFunkyさんの電話でしょうか・・・」
・・・(それはちと違う!!!)・・・
「映画関係者の友人から紹介されて電話したんですけど、
この秋クランクインするうちの映画の音楽を是非お願いしたいんですが・・・」
8月にはよさこい祭りで高知に帰るし、その後は子供達連れて戻って来るので、
9月ぐらいから製作開始だったらちょうどいいなあ・・・
一応やることにして音楽製作費を聞いておく。
○○元・・・
「お前ら!俺の値段まで映画関係者から聞きやがったか!!!」
と思わざるを得ないほどまた安い値段じゃが、まあ楽しそうだからいいか・・・
そんなこんなしているうちに
北京に住む北朝鮮オタク(略して北タク)の友人から電話が来た。
「ファンキーさん、この前言ってた北朝鮮のビザ取れましたよ、25日に出発します」
酒の勢いで、一緒に北朝鮮に行こうと盛り上がってたのじゃが忙しくて忘れていた・・・
こちらでは北朝鮮渡航のビザは比較的簡単に取れるそうなのである。
後ろめたい渡航はイヤなので、北朝鮮政府に
「ドラムによる音楽交流」
とかわけのわからない正式な申請をしてたら今になって認められたらしい。
話に聞くと日本(と言うか世界中)はテポドン発射で大騒ぎである。
よりによってこんな時期になんで北朝鮮側は
ワシのような人間をなんで正式に招聘するのかまことに不思議である。
北タクは何度も北朝鮮に行っているので顔パスで、
監視の目的も兼ねた案内人も既に仲の良い好朋友なので、
どこかの音楽学校でドラム合戦をするとか、
そこの歌舞団とアリランをロックアレンジで一緒に演奏するのも自由自在らしい。
それはそれで楽しいかも知れんが、問題はこの「時期」である。
嫁は「行かないで」と言ってワシの足にすがりつき、
母は「行くなら親子の縁は切るぞ」と言って泣き喚き、
子供達は「おみやげは金正日のバッジが欲しい」とだだをこね、
中国の友人達は「とりあえず先に墓を立てとくからな」と涙ぐみ・・・(全部ウソ!)
北タクの話によると、携帯電話はとりあえず入国の時に没収されるし、
インターネットは大使館街の決められた場所じゃないと出来ないらしいし、
それでもホテルは国際電話も通じるし、
正規な渡航なのでカメラもビデオも自由だと言うので、
まあ29日の帰国まではメールの返信も出来ないかも知れませんが、
せっかくなんでこの時期の北朝鮮の子供達と交流旅行して来ますわ。
まああのお国柄なんでまた土壇場で渡航禁止と言うこともありうるけどね。
まあ問題は25日までに全ての仕事を終わらせることである。
何かあったら25日までにメールちょうだいね。
ほな。