ファンキー末吉プロフィール

香川県出身。
81年に「爆風スランプ」を結成し、98年の活動停止までドラマー、コンポーザーとして活躍。99年にXYZ→Aを結成。
90年頃から中国へ進出し、プレイヤー、プロデューサー、バーの経営等、現在に至るまで多方面で活躍中。

最新のひとりごと
新全中国ドラムクリニックツアー湖北省武漢
やっと武漢に着いた・・・
今度は搭乗券とパスポート無くした・・・
飛行機乗り遅れたぁ!!!
新全中国ドラムクリニックツアー河南省洛陽
新全中国ドラムクリニックツアーその1、東北地方吉林省吉林
全中国ドラムクリニックツアーその16、四川省成都
全中国ドラムクリニックツアーその15、広東省広州
全中国ドラムクリニックのラジオ生放送音源
全中国ドラムクリニックツアーその14、山西省楡次
カテゴリー
JASRACとの戦い
Live Bar X.Y.Z.→A
Pさんの話
おもろい話(中国のその他の地方)
おもろい話(北京)
おもろい話(日本)
おもろい話(最優秀作品)
おもろい話(香港とその他の外国)
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全中国Pairのツアー
全中国ドラムクリニックツアー
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2009年12月21日

新全中国ドラムクリニックツアー湖北省武漢

去年で終わるはずだったこのクリニックツアー、
今年になって追加都市が増えたがその理由はふたつ。

ひとつは
「一度来てもらったが非常によかったのでもう一度来てもらいたい」
もうひとつは
「よかったと聞いてうちもやってみたい」

ここ武漢の状況は後者であった。
つまり彼らにとって初めてのこと、つまり・・・

仕切りが悪い・・・

5時半からだというのに
会場である武漢音楽学院の大教室はまだ前の人が使っているのである。

仕方がないので会場の入り口でチューニング・・・

VisionWuHanSetting.JPG

いやー凄いです!!
写真はばしばし撮られるわ、
中に入れない子供は暴れてじゃまするわ・・・

5時半から始まる予定が、会場が空いたのが5時半、
急いでステージに運び込んでセッティング。
何と前代未聞!!ミキサー卓がドラムの後ろにある!!

VisionWuHanMixer.JPG

地元のミキサーがタムとか全部にマイクを立てようとするのを制止、
「バスドラとオーバーヘッドだけでええねん!!」
マイク立てたってドラムの後ろで調節も出来へんやん!!
だいたいこのぐらいの広さやったらもともと生音で十分やし・・・

全観客の見守る中、1時間でセッティングを終え、イベント開始!!

VisionWuHanKids.JPG

オープニングナンバーは10人の子供によるメタルナンバー、
それにしても全国各地で課題曲にメタルがあるのは
きっと先生方がみんなロック世代であるからであろう。

いいことである。

VisionWuHanBeer.JPG

なんじゃかんじゃで何とかイベントを終え、
お決まりの地ビールと地元の名産で打ち上げ。

「手数王が6月に来たよ」
と地元の人が言うので菅沼孝三にメールしたら、
「あ?あの小龍包のおいしいところね」
と返事が来た。

小龍包は上海の名物やのになあ・・・
と思ってたら地元の人が、
「もともとこの砂鍋料理も広東省の名物ですが、
武漢は中国のちょうど真ん中に位置するので
東西南北全ての料理がここでは食べられるのです」
と説明してくれた。

コーゾーくんは一日観光する時間があったそうだが、
ワシはもう次の日には日本に帰らねばならない。
「また来て下さい」
という地元のみなさんに
「夏は暑いから春か秋にしてね」
と言うと、
「ここは夏と冬しかありません。
食べ物がおいしいので今度は是非夏に!」
と笑顔で言われた。

50度を超えることもあるという中国最暑の夏を覚悟しておこう・・・

ところでこの新全中国ドラムクリニックツアーも今年はこれで最後だが、
来年からもまだまだ続くらしい。
湖南省や青海省、新彊ウィグル地区などまだ行ったことのないところをブッキング中だと言う。

今日、担当の沙永江が酔っぱらってこんなことを言っていた。

「みなさん、聞いてよ。
俺はな、めったに人を尊敬(中国語で崇拝と言う)したことないよ、
でもね、ふたりだけ俺が尊敬する人物がいる。
ひとりは崔健(中国ロックの創始者)、
そしてもうひとりはこのファンキーなんだ。
この数年一緒にいろんなところを廻って俺は尊敬してやまない。
だって50だぜ!!
俺なんか50になったら何やってるかわからないじゃないか」

アホはウソつかない。
ウソは頭のいいヤツだけがつくもんである。
とびっきりのアホにこう言われるとさすがに
「やってよかったなあ」
と思う。

ワシらの旅も来年、さ来年・・・
ワシがドラムを叩ける限り続くだろうと思った。

Posted by ファンキー末吉 at:07:23

2009年12月20日

やっと武漢に着いた・・・

中国で一番暑い街は、冬は逆にむっちゃ寒いらしい。
京都や熊谷がそうであるように・・・

ところが着いてみると意外と(北京に比べれば)暖かい。
聞くと「今日は珍しく太陽が出てるからさ」と地元の人は言う。

長江に面しているこの街では霧が発生し、
冬にこうやって太陽が出ていることは珍しいらしい。
北京のようにからからに乾燥した零下と違い、
ここの湿気の多いここの冬は零下2、3度でも体感温度は零下10度より寒いらしい。

「太陽もファンキーさんを歓迎してるんですよ」
と地元の人は言うが、
「太陽ぐらい歓迎してくれよ」
と言いたいほどのふんだりけったりであった。

ホテルで一休みして4時からセッティング、5時半から本番!!

Posted by ファンキー末吉 at:15:14

今度は搭乗券とパスポート無くした・・・

空港で物思う・・・ワシはなんでこんななんやろ・・・

四国を関西と呼ぶかは別にして、
関西圏の文化である「笑うて!笑うて!」という気質が備わってなければいいかげん生きてることさえいやになってしまう・・・

確か手荷物検査の時には搭乗券をパスポートに挟んで口にくわえてジャケットを羽織った。
それからトイレに行ってウンコした。
空港のトイレは院子のように凍えてしまうこともなければ洋式でちゃんと紙もあるので快適なのじゃ・・・

そして搭乗口でちゃんと武漢行きかをチェックし、
前回のように違う便だと困るので便名をチェックしようと搭乗券を探すが・・・

・・・見つからない・・・

どこで落とした?
トイレか?・・・

トイレまで探しに行く。
あいにくワシがウンコしたトイレは人が入っていたので出るまでずーっと待つ。
他のトイレは空いてるのにひたすらそのトイレを待つ。
人にいぶかしがられながらひたすら待つ。

トイレが空いた。
悲愴な顔で出て来た人に尋ねる。

「ワシの搭乗券とパスポート知りませんか?!!!」

トイレから出て来たらウンコもれそうな悲壮な顔でこんなこと聞かれるので
その人もびっくりして、
「いえ?見かけませんでしたけど・・・」
びびりながらかなり丁寧に答えてくれる。

トイレの清掃のおじさんに尋ねるが知らないと言う。
手荷物検査のところまで引き返して、
片っ端から尋ねてみるがどこにもない。
インフォメーションでも探してみるがどこにもない。

搭乗券はまだいい!!
いざとなれば武漢はぶっちすればよいが、
パスポートがなければとりあえず嫁の待つ日本に帰れないではないか!!

嫁にメールするとさすがに嫁も今度ばかりは慌ててる。

見つからなければもちろん武漢にも行けない。
いや、搭乗券を再発行してもらって行けるかも知れんが、
帰りに飛行機に乗る時にIDが必要なので逆に帰って来れなくなる。

大使館に届けてパスポートを再発行してもらって日本戻りの飛行機に間に合うのだろうか・・・
焦りながら手荷物検査から搭乗口のインフォメーションを全部尋ねてまわって、
最後に一番搭乗口に近いインフォメーションでこう言われた。
「29番搭乗口に届いてますよ」
ワシの乗る30番はまだ開いてないので隣の29番に届けてくれたのだ。

偉いぞ!中国人!!

中国人のことをワシはブログでいつも皮肉っているが、
ヤツら、根はみんないい人なのじゃ。
携帯は落としてもまず見つからないが、
パスポートや搭乗券は売り飛ばすことが出来ないのでちゃんと届けてくれるのだ・・・

ありがたや、ありがたや・・・

かくしてワシはまた先ほどと同じカフェの、
30番搭乗口が見える席でまたコーヒーを飲んでいる。
この一週間、リハとゲネプロと本番以外何もなかったが、
その代わりこの午前中でネタ満載である。

願わくば今日はこのぐらいにしてこのまま何もなく武漢までたどり着きたいものだ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:33

飛行機乗り遅れたぁ!!!

ちゃんと時間通りに空港着いて、
ちゃんと時間通りにチェックインして、
ちゃんと時間通りに武漢行きの搭乗口の前のカフェでコーヒー飲んでた。

搭乗案内がアナウンスされたので並んで搭乗しようとしたら、
ピンポンとバーコードが警報音を鳴らした。

「この便はお客様の搭乗する便ではございません」

ゲゲッ!!じゃあワシの便は?・・・
「お客様の便はもう出発してしまってます」

な、な、なんと!!!
いくら何でも同じ航空会社でこんなに近い時間に同じ武漢行きが飛んでるとは夢にも思いませんでしたがな・・・

嫁にメールしたら
「またそんなことしよるし・・・
もう帰って来なさい!!」

そうそう、あれは関空やったなあ・・・
昼過ぎの便。
空港で寿司食って日本酒飲んで、
中入ってVIPラウンジでビール飲んで、
またタダやから言うて命がけで飲んでたなあ・・・

ふと目が覚めたら誰もおらん。
時計を見たらもう夕方。

何で誰も起こさへんねん!!!

今考えても不思議である。
VIPラウンジでは入り口で搭乗券を確認して
乗り遅れないようにするのが仕事ではないのか?!!

嫁は
「パパは酔っ払ったらなかなか起きんから」
と言うが、普通は起きるぞ?!
椅子に座ってうたた寝やぞ?!
「きっと起こすにしても身体に触れてはいけないとか規則があるのよ」
と嫁。
そんなアホな?!!
VIPラウンジの人全員でワシの周りを取り囲んで耳元でずーっと囁いてたのか?!!

結局その日は北京には帰れず、
もう出国しているので出口で「出国取消」のハンコを押されてとぼとぼと大村亭に帰った。

今回は国内線なので出国もへったくれもないが、
どうも荷物はその飛行機には乗ってないので
一旦外に出て荷物を取ってチケットを買い直さねばならないらしい。

どうやって乗り遅れた人の荷物を選別して下ろすのかが新しい謎である。

Posted by ファンキー末吉 at:08:50

2009年09月07日

新全中国ドラムクリニックツアー河南省洛陽

録り終わったオーケストラの音を夜汽車で聞きながら
セルフ打ち上げをしたかったのじゃがあいにく間に合わず、
後はスタジオのエンジニアに任せて夜汽車に飛び乗った。
酒量は十分だったのですぐにバタンQ(死語)。

夜汽車に揺られること10時間、朝早くには洛陽の街に着いた。
洛陽・・・13の王朝が都を置いた歴史の深い街である。

すぐさま会場向かう。
いつものように自分のポスターに迎えられた。

VisionLuoYangGate.JPG

いつものようにドラムのチューニングをして昼飯。
「洛陽菜是都帯湯的(洛陽の料理はどれもスープがついてくる)」
と言ってたので、ひとつの料理にひとつのスープがついてくるのかと思ったら違った。
全てがスープ料理なのである。

海鮮料理は海鮮スープになるし、
肉料理は肉スープになる。
まあこれだけバラエティーに富んだスープ料理が作れるもんだというほど凄い。

中でも一番おいしかったのがこれ!

VisionLuoYangSoup.JPG

おこげを団子のようにしたものにその場でスープをかける。
ジュッと言ってスープが弾け、
中がまだカリカリのおこげをピリ辛のスープと一緒に食す。
これがまた絶品!!

今回の会場は音楽学校の教室である。

VisionLuoYangHall.JPG

まあまた日本から来たわけのわからんドラマーがドラム叩くだけで何故にこんなに人が集まる?・・・
地元の偉い人が言うことにゃぁ、

「今日は地元メディアが全部来てるぞ。
テレビだろ、ラジオだろ、新聞だろ、
洛陽でこれだけ大きなイベントは初めてだ。
お前はここではもう有名人だ、は、は、は・・・」

早い話、それをやってやったのは俺の力だぞ!と言いたいのだ。
毎回ながら地元の偉い人とは付き合い辛い。

VisionLuoYangBrassBand.JPG

洛陽では管楽器が盛んらしく、
地元のブラスJazzバンドがオープニングをつとめてくれた。
ビッグバンドの譜面はいくつか書いたことがあるのでプレゼントしようと思ったが、
そんな時に限って譜面ソフトFinaleが使えなくなる。
ひとつのパソコンでしか使ってないのに認証確認がどうのこうのと、
これだから正規版はダメなんだと中国人が言う気持ちがよくわかる。
日本に帰ったらまた思いっきりクレームを入れてやろう。

VisionLuoYangGirl.JPG

各地の天才子供達を数多く見て来たが、
その中でもワシはこの娘に一番心惹かれた。
レギュラーグリップとマッチドグリップを持ち替えながら
デイブウェッケルばりの凄腕プレイもさることながら、
シンバル等を叩く時に「ちくしょうめ」という表情が愛らしい。

彼女は何に怒っているのでろう・・・
心の内を覗いてみたくなるような魅力的なパフォーマンスであった。

うちの娘より1歳下の12歳というが、
この娘が大人になって、世の中のいろんな矛盾に直面し、
それを全部スティックに込めて叩き出したら凄いことになるかも知れない。
問題はそれまでドラムを叩き続けているか、
そして「ドラム」だけではなく「音楽」というレベルにまで到達出来るかどうかである。

名前は聞かなかったけど、
もしまだずーっとドラムを叩き続けているならいつか北京においで。
その気があるなら日本においで。
次の中国の音楽を作り上げるのは君たちなんだから・・・

そんな暖かいものを抱きながら全てのプログラムは終了し、
慌ただしく打ち上げ。

ちなみに列車は1時間半後には出てしまうのでワシには1時間しか時間がない。
何と往復20時間の旅で滞在時間たったの10時間なのである。

偉い人がまたとやかく講釈を足れているので、
「とにかくビールを飲ませろ』
と催促する。

VisionLuoYangBeer.JPG

洛陽ビールで喉を潤す。
偉い人は白酒である。
瓶の中に帆船が彫られている高級酒。

VisionLuoYangBaiJiu.JPG

地元の習わしで、3杯ついでもらってイッキするというのにも付き合った。
何せワシはあとは夜汽車でぶっ倒れて寝るだけなのである。
隣では地元の若い衆が酒も飲まずに待機している。
彼がワシを無事に駅まで送り届けて、
入場券を買ってちゃんとワシを寝台車まで連れてゆくのである。

嫁に言わせると「あんたはホント若い衆使うのが上手いなあ」と言うが、
「地元の有名人」なんだろ?それぐらいしてくれよ・・・
ついつい偉い人へのあてつけでそう思ってしまう。

3杯のイッキは偉い人だけでなく、それぞれの人とやらねばならないので、
まあ1時間あればぶっ倒れるのには十分である。
若い衆に引きずられるように寝台車まで運ばれ、
そのままベッドに寝かされてお別れした。

見れば3段ベッドの2等寝台である。
「地元の有名人」を2等寝台に乗せる中国人の考え方がようわからんが、
酔い潰れればどこでも一緒である。
寝返りも出来ない狭い寝台で眠りについた。

Posted by ファンキー末吉 at:10:34

2009年06月29日

新全中国ドラムクリニックツアーその1、東北地方吉林省吉林

全中国ドラムクリニックツアーが再開した。

去年だけの企画だと言ってたのに再開するということは、
きっと評判がよかったということだろう。
嬉しい話である。

しょっぱなは、去年もしょっぱなに行った東北地方、
その中でも一番酒を飲んだと言ってもよい吉林である。

ワシはLive Bar X.Y.Z.→AでのJazzライブを終え、
目黒ライブステイションでのXYZのライブを終え、
そのままにゆーぞーさんのライブを見に行ったのがいけなかった。
結局朝まで飲みに行って、ほぼ朝そのまま飛行機に乗る羽目になってしまった。

吉林に一番違い飛行場は「長春」。
運良く毎週日曜日には成田から直行便が飛んでいるということで
この無茶なスケジュールが実現してしまったというわけである。

午後3時には空港に着いたのだが、
新型インフルエンザの検査が思いのほか厳重で、
結局入国出来たのは午後4時だった。

迎えの車に飛び乗って聞いてみた。
「今日は何時開演なの?」
「6時からだよ」
「ふーん、じゃあ空港からはどのぐらいで着く?」
「そうだなあ・・・だいたい2時間ぐらいかなあ・・・」

間に合わんやん!!!

着いてみたらそこはどでかいコンサート会場であった。

VisionJiLin2Hall.JPG

垂れ幕にはご丁寧に
「日本のドラム大先生、Funky末吉のVision演奏会」
と書かれている。

もう既に「クリニック」のレベルではないんですけど・・・

一昨日は八王子のLive Barで10数人、
昨日は目黒のライブハウスで百数十人を集めてドラムを叩いてた人間が、
次の日にはドラムひとりで千人クラスの会場を満杯にしてるのだからよくわからない。

終わったらまたサイン会。
この人数が全員ステージにあがって写真を撮ったりサインをしたりするんだから大変である。

VisionJiLin2Sign.JPG

この日はさすがにへとへとで、酒もあんまし飲まずにバタンQ(死語)。
次の日は地元のみんなが手ぐすね引いて待っている。
前回も行った、あの美しい湖の畔で酒を飲むのだ。

そのために「スケジュールは絶対に二日間空けておいてくれ」と頼まれている。
ドラム一日、酒一日というわけである。

ほどほどに飲んで、次の日は北京でレコーディングである。

Posted by ファンキー末吉 at:10:00

2008年12月17日

全中国ドラムクリニックツアーその16、四川省成都

一応この全中国ドラムクリニックツアーの最終日である。
(来年も続くという噂もあるが・・・)

成都を最終日にしたのは四川省大地震によるものも大きい。
お国変われば募金も変わるで、
中国ではコンサートやクリニックなどで募金を集めることが禁止されている。
「ドラムセットをかついで慰問に行くぞ!」と息巻いていたが、
受け入れ先の教育機関も見つからず、
結局成都に新しくパール倶楽部を設立し、
そこから何らかの援助をやっていければという考えである。

今回のクリニックはライブハウスを借り切って行われた。
客はロック好き、音楽好きの若者ばかりである。

だからというわけではないが、今回はちと頑張った。
・・・というのも、実は前日の広州ではブランクが長すぎてあんまし叩けなかったのじゃ。

だいたい練習というものをしないワシは、
だからなるだけライブを入れてドラムを叩くようにしている。
いろんなジャンルを叩けるのもこのためである。

1週間ならまだその日のウォーミングアップである程度回復出来るが、
今回のように2週間以上ダラダラしてたら無理である。
ウォーミングアップはしょせんはウォーミングアップでしかなく、
アドレナリンが出まくったステージ上でのプレイでは、
その状態での身体の持って行き方のみが全てである。

高速プレイが叩けるかどうかをステージで瞬時に判断して、
その日のフレーズをAランクかBランクに割り振り、
まあ往々にしてBランクの方が抑えが利いたいいプレイとなったりするのじゃが、
この日はCランクにまで落とさねばならない事態となっていた。

そして1日たって回復したので少なくともBランクで叩けるだろうと思いつつ、
あとはテンションで持ってゆくしかない。

今までのクリニックだとオープニングや途中に子供の演奏が入るが、
今回は地元のバンドである。
そのうちひとつはアメリカ人によるJazzのバンドであった。

VisionChengDuJazz.JPG

迷わず乱入!!

特Aランクの調子の時にはシンバルレガートをするとシンバルがスティックに吸いつくような感じなのだが、
まあこの日はBランクの上という感じか・・・
Jazzも久しくやってなかったので新鮮なのと大変なのとでかなりテンションが上がった。

ドラムクリニックのいつものメニューも最後にふさわしい内容になったと思う。
もうクリニックというよりはコンサートである。
もう慣れた。

VisionChengDuFood.JPG

四川料理で乾杯!!

盆菜(ペン・ツァイ)という、熱した皿に料理を乗せる料理なのじゃた、
これがまた辛くて旨い!!

同じ辛いのでも四川料理は「麻(マー)」と言って、
山椒の辛さが脳天を直撃する。

演奏後のアドレナリンと相成ってトリップした夜なのであった。

VisionChengDuTrip.JPG

Posted by ファンキー末吉 at:08:11

全中国ドラムクリニックツアーその15、広東省広州

八王子でダラダラしてたらあっと言う間に2週間たってしまった。
ツアーに旅立つためにまず北京に帰る。

八王子がいくら都内より寒いと言っても、
iPhoneのお天気アプリによると
「最高気温マイナス1度、最低気温マイナス11度」
と、こりゃ水分は一日中凍っている温度である。

滞在時間半日にてすぐに広州に出発!!

空港に迎えに来た人はなんと半袖であった・・・
温度差あり過ぎ!!!

VisionGuangZhouYamCha.JPG

食は広州にあり!というが、やはり広東料理と言えば飲茶(ヤムチャ)
VisionGuangZhouYamCha.JPG

しかしまあ広東料理は香港でもよく食べるのでここでは触れないでおこう。

特筆すべきは、ここのパール倶楽部の生徒には何と日本人がいた!!

VisionGuangZhouRyuuichi.JPG

浜川龍一くん、11歳。
お父さんの仕事の関係で7歳の時から広州にいると言う。
中国人の子供にまじって中国語でドラムを習うという
うちの子供と同じ龍の字を持つ日本人の子供と出会うというのは何か不思議な感覚である。

もちろんこのツアーを廻っていて日本人と出会ったのは初めてである。

そしてここのパール倶楽部には何と3歳の子供がいた!!

VisionGuangZhouDrumKid.JPG

足がほとんど届いていないが、
それでもちゃんとドラムを叩いていた。

こういう子どもが後に・・・「ボク10歳、ドラム歴7年」とか言うんやろうなあ・・・


地ビール飲んで四川省成都へ・・・

VisionGuangZhouBeer.JPG

Posted by ファンキー末吉 at:07:45

2008年12月07日

全中国ドラムクリニックのラジオ生放送音源

先日の楡次でのドラムクリニックの全貌を生放送したラジオ番組の録音を入手した!!

これである。

相手が中国なんで著作権なんか無視してUPしてもよかろう。
サーバーがパンクするまでここにファイルを残しておこうと思う。

いやー、よくこんなもんを生放送で流すよねぇ・・・。
ゲストに呼ばれた夜の生放送では「ラジオを聞いた」という生電話が何本も入ったし・・・。

せっかくだからインデックスを紹介しておこう。

まず冒頭のドラムソロは私のではなく、
ここのパール倶楽部の先生。
6分頃から司会者が出て来て私を紹介する。

そして9分頃からドラムソロに続いてXYZの「Incubation」。
この曲はいつも最初にやると決めている。

ヘタな中国語による次の曲の解説をはさんで、
17分頃から「7th Door to Heaven」。
日本では五星旗のナンバーとして認識されているが、
中国では今や「ロックのバイブル」となっている私のソロアルバム、
「亜州鼓魂(Asian Drum Spirits)」の中の1曲として紹介した方がわかりやすい。

速いパッセージのシンバルレガートのやり方とかを説明しつつ、
28分頃から「Canal Street Samba」。
ラジオなので途中のソロの途中に時報が入るのが笑える。

そしてお決まりのシンバルやドラムの宣伝。
これをやらねば主催者も私を呼ぶ意味がない。
「いい楽器、いい音はあなたの技術も進歩させるよ」
で〆て、次の曲がXYZの「Wingsメドレー」。
10分を超える大曲なのじゃが非常に一生懸命に聞いてくれた。
XYZでは前半は何も叩いてないのだが、
ステージ上には私しかいないのに、
二井原と橘高の音だけ流して何もしないのもなんなので、
まあちょっとお茶を濁すように何かを叩いている。

そして前半部分最後の曲はラテンなので、
Songoの叩き方を少々説明して、
54分頃から「炎の靴」。

司会者が出て来て子供を呼びこみ、
1時間01分頃から子供のドラムソロ。
そしてそれに対する批評。
この時は「ドラムは音量だよ」と言っている。

1時間06分頃からはふたりめの子供の演奏。
ヘビーメタルを叩いているが、
実はみんな小学生なのじゃよ!!
ちなみにこの子は10歳。

その後の批評では「お前なんでRockなんか選んだの?」と聞いている。
小学生のぶんざいで「とっても好きなんです」などと答えるので、
「Rockとは何か」をえんえん語ろうと思ったが、
さすがにこれは場がどんどん危険な方に行ってしまうので、
「Rockやるなら頭振らなきゃぁ」
とヘッドバンキング講座に話を変えた。
それでも司会者は相当困ったらしく、
「彼は生活がRockじゃないんですがどうしたらいいんでしょう」
などとアホなことを聞く。
「生活から変えなさい!!」
と言いたかったが、やはり
「生活はそのままで、頭だけ振りなさい」
とまとめた。
10歳の子供の人生をこんなことで狂わすわけにはいかんからね。

そして1時間23分頃から最後の曲、「Vision Rocks」。
しかし1時間27分にならないうちにCMが入って番組は終わる。

それにしてもよくこんな生放送を放送した!!
よくやった晋中放送局!!

一生の記念にしておこう。

Posted by ファンキー末吉 at:17:44

2008年11月26日

全中国ドラムクリニックツアーその14、山西省楡次

太原から楡次までは車で1時間ぐらい、
まあ言うならば東京と八王子ぐらいであろうか。
当然ながら旨いものも同じなのでここでまとめて紹介したい。

まずここの名物は麺。
「刀稍面」という、包丁で麺生地を削ってお湯の中に飛ばす麺を代表として
中国でも一番麺の種類が多いと言う。

レストランでは毎食小さなお椀に入れてたくさんの種類の麺を食べさせてもらった。

YuCiMian.JPG

そして酒じゃが、
今回はビールではなくこれにハマってしまったのでえらいことになった。

YuCiZhuYeQingJiu.jpg

白酒と同じ蒸留酒なのじゃが、緑色をしてるので白酒とは言わんじゃろう。
「竹葉青酒」と言う。
この地方独特の酒なのじゃが、

これがまた旨い!!

度数も38度とまだ白酒より飲みやすく、
ぐいぐい飲むと当然ながらぶっ倒れてしまう。
前日からこれだったんで写真あんまし撮れてないのよね・・・

そして忘れていけない名物が「酢」。
黒酢の発祥地とも言われているが、
レストランで席に着いたらまず酢を注がれるだけではない。
場所によっては薬の瓶みたいのに入った酢を飲んでから食事する。

YuCiVineger.JPG

これがことのほか美味しかったので二井原家に1ケースおみやげに買ったほどである。

さて酒飲んでうまいもん食ってばかりではない。
ドラムもちゃんと叩いた。
と言うより前の日に2ステージもやってるせいか、
この日は心なしか神様が降りて来た気がした。

YuCiDruming.jpg

XYZの10分を超す大曲、Wings~Fire Birdのメドレーをやったのじゃが、
最初のうちは水を打ったように静まりかえっていた観客が、
曲が終わると共に割れんばかりの拍手。
歴代ドラムクリニックでこの曲が一番ウケた街となった。

小さな街というのはいいものである。
実はこの日のドラムクリニックの模様はラジオで生中継しており、
(恐ろしいことするなあ・・・)
そのまま夜の生放送ではワシをゲストに呼ぶという暴挙である。

中国の生放送に出演するのは寧夏の時に続いて2回目なのじゃが、
前回はまだ布衣がメインだったのでいいが、
今回はなんとワシ自身がメインである。

番組のジングルには中国でワシが手がけたヒット曲をつないで作っているし、
(まあ大部分はドラムなのにプロデューサーと紹介されていたが)
中には李慧珍とか懐かしい歌手の曲も流れたりして、
なんか自分の中国での歴史を全部思い出すような番組で嬉しかった。
生電話なんかもかかって来て、
さすがドラムクリニックの生中継もたくさんの人が聞いてたんやなと感激した。

でもええのん?・・・

番組ん中でも「あの頃の中国と今とはどこが一番違いますか」と聞かれたので、
「あの頃ワシみたいな外国人を生放送で出演させてたらあんた達はもうここにはいなかったで」
と答えた。

中国は本当に変わったのである。

Posted by ファンキー末吉 at:21:29

全中国ドラムクリニックツアーその13、山西省太原

山西省太原は一度、
テレビ局のカラオケコンテストの審査員として行ったことがある。
(いろんなことやっとるなあ・・・)

北京から寝台車に乗って、
酔っ払って寝て、着いたら朝だったので楽だったのじゃが、
(素人さんのヘタな歌を一日聞くのは苦痛だったが)
今回は悪い予感が当たってバス移動である。

TaiYuanBus.JPG

寝台ではなく椅子席。
しかも何やらすーすー風が入って来てえらい寒い!!
買ったばかりのiPhoneにコピーした映画を見ながら、
2本ほど見てちょうど電池が切れた頃着いた。
だいたい6時間ぐらいの旅だっただろうか、かなり疲れた。

このツアー・・・移動と酒が疲れるのよ・・・

まあお決まりの酒と料理の話は次の街でまとめてするとして、
今回は何と2ステージ、ジャニーズのように2回まわしである。

これはワシの人気がどうのこうのではなく、
単にこのパール倶楽部の生徒の人数が全国で一番多いからである。
ほとんどが子供で600人を超えている。
するとその父兄も合わせて1000人以上のオーディエンスが来るというのだから数百人クラスの小屋では足りないというわけである。

その日の夜セッティングとチューニングをやって、
翌日は朝9時と昼3時の2回ステージである。
ちなみに中国の会場の席番号というのは連番で買うと隣にならないのをご存じか。

TaiYuanSeatNumber.jpg

舞台下手側は奇数ナンバー、上手側は偶数ナンバーである。
なんでじゃろ・・・

ともあれ2回まわしだと当然テンションが上がる。
いや、テンション上げないと乗り切れないと言えよう。
まだ午前中だというのに汗だく、
そしてここのパール倶楽部のシュエ先生とドラムバトルまでやって、
中国式お決まりの花束贈呈で幕を閉じる。

TaiYuanXueLaoShi.jpg
(共同通信京極さん提供写真)

ちなみにこの時点でまだ午前である。
先はまだ長い・・・
ホテルに帰って小休止して更にもう1ステージ。
ここでシュエ先生からリクエストが来た。

「午前中にやったヘビーメタルの速い曲を最後にやってくれ」

XYZの新曲、「Spreading of Fire」のことである。
XYZの曲ってウケるんか?・・・
まあ生徒たちはみんな課題曲にヘビーメタルやっとるしなあ・・・

遠慮なくフルパワーでぶっ叩く。
隣でシュエ先生がマイクを持って客を煽る。
先生・・・これやりたかったのね・・・

そして客(子供たちじゃが)は興奮のるつぼ・・・

TaiYuanAudience.jpg
(共同通信京極さん提供写真)

ええんかなあ・・・
ワシが初めて中国に来た頃にはコンサートで立ち上がっただけで逮捕されていたが・・・

Posted by ファンキー末吉 at:19:09

2008年10月29日

ドラマーズチャンピオンシップ中国決勝大会

重慶から帰って来たら風邪をひいていた。
そうかぁ・・・昨日の頭痛は風邪だったのか・・・

明日はドラマーズチャンピオンシップ中国決勝大会。
去年は呼ばれて見に行ったが、
今年は審査員、兼ドラムも叩いてくれと言うのでそのままセッティングに行く。

5時入りだと聞いていたが例によって誰も来ていない。
夜は零点の歌入れなので急いで院子に帰る。

それにしても寒い。
ネットで温度を調べると7度。
日本は最高気温21度、最低気温14度なのに、
北京は最高でも14度ないんだからやっぱ寒い。

暖房はというと石炭を燃やすのじゃが、
時期がまだ早いというので石炭をまだ売っていない。


仕方がないので温泉の素ぶっこんだ風呂に入る。
日本人は寒いと温泉でしょう・・・
蛇口をひねればお湯が出る。
巨大な電気湯沸かし器が残りの湯を沸かすために働き出した時、
突然全院子が全部停電した。

聞く話によるとあまりの寒さにみんなが電気ストーブを炊いたので、
総電源盤がヒートして燃えたのである。
停電したらレコーディングも出来ないので別のスタジオでレコーディング。

帰って来たら夜中の2時。
気温は3度。
これで暖房ナシなんだからそりゃ風邪もひく。
7時起きで鼻水垂らしながら会場へ。

DrumersChampionshipHall.jpg

決勝大会は2日に渡って行われ、
初日は朝9時から子供の部(13歳以下)。
昼2時から少年の部(中学生)。
そしてその後にワシのゲスト演奏。

翌日は朝9時から一般の部、
そしてメガデスのドラマー、Jimmy何たらのゲスト演奏である。
だからステージの垂れ幕はワシのではなくJimmy何たらである。

子供の部、少年の部と審査員をしたら風邪のためかなり身体はしんどいが、
そのままステージに上がってセッティングをし、
そしてそのままデモ演奏。

まあ全国各地でやって来たことをやればいいのだから慣れたもんじゃが、
今回からメニューにXYZの新曲「Spreading Your Fire」を加えたもんだから風邪ひきさんの身体にはたまらない。
演奏終了後にはぶっ倒れてJimmy何たらとの食事会はパスしてしまった。

会場には全国のパール倶楽部から先生達が集まっている。
DrumersChampionshipLaoshi.jpg

写真はその中から最優秀ドラム教師に選ばれた人たちであるが、
既にほとんどの人間が現地で一緒に飲んだ人たちである。
そのまた全員がワシと北京で酒を飲もうと手ぐすねを引いているんだらたまらない。
ひっきりなしの電話をぶっちして院子に帰った。

院子ではデブのキーボードが待ち構えていて、
重慶の音楽にドラムを入れる。
そしてワシはその後に膨大なトラック数となったデータの整理。

次の日も7時起きで会場へ。

DrumersChampionshipJimmySetteing.jpg
(Jimmy何たらのセッティング。メタルドラマーにしては少しシンプル?)

午前の部が終わり、彼のデモ演奏の頃には審査員もお疲れ。
ひとり、ふたりと気持ちの良い眠りに誘われてゆく・・・

DrumersChampionshipSleeping.jpg

お疲れなのよ・・・みんな・・・
ワシも・・・

というわけで、この日もワシはそそくさと退散させて頂いた。
院子に帰って重慶のミックスをし、そのまま日本に帰る。

もう移動はこりごりである。
11月3日から始まるWingのシンガポールツアーまでは八王子でのんびりしたい。

Posted by ファンキー末吉 at:00:41

2008年10月19日

全中国ドラムクリニックツアーその12、山東省青島

また朝から列車に乗って青島に着いた。

青島に来るのは十数年ぶりである。
前の嫁と知り合ったばかりの頃、
その他の友達と一緒に泳ぎに来た。

そう、海沿いの街、青島は夏は海水浴客で賑わう。

VisionQingDaoGal.jpg

ちなみにこの写真は知らない人のブログから拾って来ました。
(中国だからええじゃろ・・・)
今は秋なので水着Galはいません。

それにしても気候がいい。
ドイツの疎開地だったので、建物も異国情緒があり、
避暑地、別荘地としても有名である。

会場に着いた。
地元の歌舞団の劇場である。

VisionQingDaoAudience.jpg

いつも思うのじゃが、
ドラムクリニックにこんな大きな会場を用意するのは何か違うと思う。
これではクリニックではなく、コンサートである。

毎回そうじゃが、
「亜州鼓王が我が街に来たる!」
みたいな告知からして、もうクリニックではなくコンサートである。

コンサートで言うとオープニングアクトは、
子供のバンドと共に地元のアマチュアバンド。

VisionQingDaoBand.jpg

ひょんなことからこのバンドのドラマーが弟子入りすることになり、
この日は青島生ビールを飲みながら夜通し説教をすることになる。

それは置いといて、
この日のステージではワシは青島生ビールしか頭になかった。
何せ着いて昼飯の時に出て来たのにワシは飲めない。
若い頃はべろべろに酔っ払ってでもドラムを叩いていたが、
最近は体力が落ちて叩けないという理由と共に、
飲めば神様が降りて来ないというジンクスもあり、
ドラムを叩く前は酒は飲まない。

どれだけ辛いことよ・・・

VisionQingDaoDraftBeer.JPG

ワシは我慢したよ。
隣で相棒の沙泳江がイスラム教のくせにグビグビ飲んでるのを見ながら我慢したよ。

だからステージではもう頭の中は青島生ビールのことばっか!!
十数年前の記憶じゃが、これがとてつもなく旨かったのじゃ!!

ステージが終わって沙泳江が言った。
「ファンキー、今日のドラムは何か神がかってたなあ」

お前のせいじゃ!!

というわけで食事に向かう。
街かどではどんな小さなレストランの外にも生ビールの樽が置かれてある。
つまり青島ではどこに行っても青島ビールが生で飲めるのじゃ!!

ワシは出番前にも我慢したし、
ステージ上でも水も飲まんかったよ。
ひたすらこの青島生ビールにかけていたのよ。

最初の一杯。
もちろんイッキである。
ウェイトレスさんがいちいちピッチャーで注いでくれるが、
もうめんどくさいのでピッチャーを右手、グラスを左手で数杯イッキ!!

旨い!!!!!!!

瓶や缶の青島と違って水のように淡泊で、
喉越しは冷たいお茶のようにぐいぐい入る。
いくらでも飲めるので当然酔っぱらう。

至極の瞬間である。

また料理が旨い!!
海鮮料理は日本人にとっては馴染みが深いだけに、
ついつい味に対してはシビアになってしまいがちだが、
ここの料理はもういちいち旨い!!

VisionQingDaoSeaFood.JPG

魚料理も他の土地と違って河魚や沼魚でなく新鮮な海の魚だし、
貝料理に至ってはもう言うことなし!
その上スープと来たら海鮮のダシが染みててもう芸術品!!

もうこのツアーも終盤戦を迎え、
「どこの地ビールが旨かったかなあ・・・どこの料理が旨かったかなあ・・・」
と言い出す時期なのじゃが、
もう文句なく青島が一番!!

金賞を与えて二日酔いで青島を後にする。

Posted by ファンキー末吉 at:11:13

全中国ドラムクリニックツアーその11、山東省淄博

「淄博」なんて街があることすら知らなかったどころか、
どう読むのかすら知らない。
どうやら「Zi(1)Bo(2)ズーボー」と読むらしい。

聞けば北京と青島との間に位置する山東省第三の街。
「田舎だよ」と言うけど、日本で言うと名古屋クラスである。
中国のひとつの省が日本ぐらいだと考えると、
「田舎だよ」と言われる名古屋クラスの都市が中国にはうじゃうじゃあるということである。

夜行で行くには近すぎるためか、
今回は朝の列車に乗って行くこととなった。

十数年前に青島に行った時は、
日本のローカル線のようなボックス席の列車にすし詰めだったが、
時代は変わるもので新幹線のような特急列車が出来ていた。

VisionZiBoTrain.jpg
(とにかく朝が早いので眠いのじゃ・・・)

迎えに来たのがサングラスをかけたチンピラのような人だったので一瞬びびってしまったが、
紹介されてみると彼がここのパール倶楽部の校長先生。
非常に熱心に子供たちを指導していて、
人を見かけで判断してはいかんと反省した。

VisionZiBoShenLaoShi.jpg

生徒も多い!!

VisionZiBoStudent.jpg

クリニック終了後、
この人数が並ばすに一斉にサインを求めに来るんだからたまらない。
田舎の子は元気がいいと言うが、元気ありすぎ!!
サインをもらうポスターはもみくちゃで敗れてしまい、
その切れ端にサインをする始末。

思えばワシはこれまでどれだけの数のサインをしたことだろう・・・
各パール倶楽部には100枚ほどポスターを送りつけているらしいが、
サインをするのはポスターだけではないので、
各地でゆうに数百枚はサインをしている。

1000人を超えるホールでやった時って、
ワシ・・・一体何人にサインしたのだろう・・・
既に忘却の彼方である。

10本以上廻っているとよく
「どこが一番印象に残ってますか」
と聞かれるが、
やっぱ印象に残っている街と全然残ってない街がある。
ちょっとしか滞在してないと特にそうなのだが、
この街はどちらかと言うとそれに近い。

青島に近いということで食卓には青島ビールが出て来る。

VisionZiBoQingDaoBeer.jpg

違うのじゃ!
このツアーの目的は、全国の子供にロックを教えることでもなく、
パールとSABIANの製品を宣伝することでもなく、
全国各地の地ビールを飲む」ということなのである!!

音楽よりも大事なことなんだから仕方がない。
無理を言って探してもらったら見つかった。

VisionZiBoBeer.jpg

それにしても本当に各地に地ビールがあるんだから中国は凄い。
地ビールで舌鼓を打ちながら気持はもう既に次の青島である。

何せ他ではまず飲めない「青島生ビール」があるのじゃ!!
この日はそこそこで退散させて頂いた。

Posted by ファンキー末吉 at:10:21

2008年09月27日

全中国ドラムクリニックツアーその10、河南省濮陽

おもしろおかしかった平頂山を後にして、
一同また車に乗って次の街へ向かう。

一同と言ったのは、車は平頂山パール倶楽部の王先生が用意して、
彼も一緒に次の街まで我々を送りに来たのである。

濮陽・・・どこにあるのかわからんばかりか・・・読めん・・・

どうやらPuYangと読むらしい。
車を走らせること3時間。やっとその街に着いた。

・・・更に田舎である・・・

出迎えたのは政府高官達。
今までと全然勝手が違う。

どうもここのパール倶楽部は、
今までのようにミュージシャン崩れが運営しているのではなく、
地元の歌舞団に属する政府の組織が運営しているらしい。

早く会場でドラムのチューニングをしたいと言うワシの願いは却下され、
そのまま政府高官達と昼食に行くこととなる。

VisionPuYangBeer.jpg

黄河のなまず料理。
「頭を食べる時はこう食べてそれにはこんな意味があって、
腹を食べる時はこう食べてそれにはこんな意味があって・・・」
延々と説明を聞かされるので食った気がしない。

また話題が全然合わない。
部屋を借りたらいきなりその大家が帰って来た話や、
嫁が貧民街に嫁いで来た話や、
ましてや香港でウンコもらした話なんぞは政府高官の前ではご法度である。

またこの人たちは日本からのお客さんだから一生懸命日本の話をしたがる。
政治のこと、経済のこと・・・
どれもワシの苦手なことばっかである。

困った歌舞団の団長は日本の文化に話を振る。
「日本の舞踏を一度テレビで見ましたが、こうやって踊るんですか?」

知らん!

ワシらの世代の日本人は、
アメリカの服を着て、アメリカの音楽を聞き、
生活をアメリカのようにすることしか考えてなかった。

日本の若者は日本の伝統文化に興味がない。
邦楽をダサいと思い、
日本舞踏たるやワシ同様全然知識がない。

この話題もダメかと思った政府高官はオリンピックに話を振る。
「オリンピックの開幕式はどちらで見られましたか」

もちろん
「いやー日本で見たけど、
あんな金あるんだったらもっと四川省復旧に使えよな。
交通は規制して住みにくくなるし、
ミュージシャンは仕事なくなって干上がってるし、
あんなのクソッタレだよ」
なんてことは口が裂けても言えない。

「いやー素晴らしかったです。中国の発展を心からお祈りいたします」

いやーほんと疲れる。
一言で言い表すと、「ワシはあんた達と住んでる世界が違う」ということである。


そんな政府主催のドラムクリニック(これ自体がもうどっかおかしい)、
国の機関のひとつである「中原文化宮」で行われた。

VisionPuYangWenHuaGong.jpg

ここは地元の共産党の会議などを行うところである。

VisionPuYangGongChanDang.jpg

アカンじゃろ・・・

まあでもどんなところであれやることは同じである。
ドラムを叩く。
それだけである。

また田舎なのでクソガキ、いやお子さんたちが元気がいい。

観客も
「このチャンスを逃したら次にこの人がここに来ることはない」
と思っているので「もう一曲!もう一曲!」と非常に熱烈である。

久し振りにXYZのWingsもやった。
10分を超すこの曲を客は非常に熱心に聞く。
そして後半のツーバスになった時に客は拍手を送る。

・・・まるでカラオケで1番を歌い終わった時に送るような拍手を・・・

まあいい。
ロックをどのように聞こうがそれは聞き手の自由である。
ツーバスで頭を振ろうが、
50過ぎのオッサンがしんどそうに叩いているのに感心して拍手をしようが、
それは全て聞き手の自由なのである。

大事なのはワシ自身が常にロックの気持ちを持ち続けているかどうかである。


演目が全て終わり、
政府高官はまたワシをもてなすべく宴を用意する。

もう勘弁してくれー・・・

しかし主役が参加しないわけにはいかない。
こんな時ってワシ・・・酒がまずくて喉を通らないのよね・・・

そんな中、ドラムの片づけを終えた若い衆が帰って来た。
連れの彼女はかなりのべっぴんさん(死語)である。

VisionPuYangBijo.jpg

「こいつは無口だからなあ・・・」
政府高官はそう言って彼を紹介するが、
話がロックや音楽生活に及ぶと喋る喋る・・・
最後には彼のドラム演奏を携帯で撮影したものまで見せてくるから恐れ入る。

彼女も一生懸命彼に喋らそうとするし、
何かワシから話が聞けて彼のためになればと一生懸命である。

・・・いいカップルじゃないの・・・

普通なら美女を連れた若いミュージシャンは徹底的に苛めてやるのに、
今日はこのふたりのことを非常に好きになった。

聞けば彼も同様に北京に出て行って頑張ったけど、
帰って来て今は歌舞団でドラムの仕事をしているらしい。

「ロックとは縁遠いと思っても心がロックだったらそれでいいんだよ」

ワシは一生懸命彼を、そして彼を応援している彼女をも激励した。
こんな田舎でいたって幸せはきっとある。

幸福在哪里?(幸せはどこにある?)
幸福在这里!(幸せはここにある)

なのである。
彼ならきっと今日ワシが演奏したWingsの歌の内容を理解出来たと思う。

友達が出来た。
こんなところにでも友達がいる。
ワシはなんて幸せな人間なんだろう・・・

平頂山の王さんも
「君と別れるのは辛いよう、もっと一緒にいたいよう」
と言いながら帰って行った。

移動はとてつもなくしんどかったけど、
今回はいっぱい友達が出来て幸せな旅立った。


翌日の帰りは長距離バスである。

VisionPuYangBus.jpg

平頂山の友人たちの言うには、
平頂山から北京まではバスで8時間なので、
まあ5時間もあれば着くんではないか、と。

政府高官達はこの日も宴を用意していて、
夜のバスで帰ればよいと言うのを、
ワシはありがたく固辞して「朝一番で帰る」と言い張った。

実はその後に行く予定だった淄博(何と読むのかわからん)と青島は、
会場の都合で日程が来月に変更となり、
やっと今日帰れるのである。
もう一日などワシの肝臓がもう持たん・・・

政府高官を振り切ってやっとバスに乗り込む。

VisionPuYangBusBed.jpg

幸いなことに寝台バスである。
自由席なので一番乗りして一番前の上段を陣取る。
このまま寝て5時間なら悪い旅ではない。

「悪い知らせがあるんだ・・・」
酒飲みイスラム族がワシに小声でそう言う。
「どうしたの?」

「このバス・・・北京まで9時間かかるんだって・・・」

寝返りも打てない狭いベッドに缶詰めになって、
結局9時間半かかってやっと北京に着いた。

しんどいよう・・・

明日は香港に行ってWingのコンサートリハである。

Posted by ファンキー末吉 at:16:24 | トラックバック (0)

全中国ドラムクリニックツアーその9、河南省平頂山

移動日なく3日間連続のドラムクリニック(パール工場でのプレイも含む)であったが、
今日はさすがに移動日。
浙江省から河南省までの移動はさすがに飛行機。
飛行機で2時間かけて移動したら日本では端から端まで行けるが、
中国では地図上のほんの一部分の移動でしかない。

浙江省の省都杭州から、まず河南省の省都鄭州まで飛ぶ。
そして目指す平頂山はここから更に車で2時間以上走る。

「中原」
古代の人はこの辺りをこう呼んだ。
戦国時代には「中原を制する者が中国を制する」と言われてたほどの拠点。
洛陽の街を西に望み、中原の中心地に属するこの平頂山と言う街。

・・・はっきり言って田舎である・・・

田舎だからやはり人間が素朴でよい。

(平頂山パール倶楽部の面々)
VisionPingDingShanPearlClub.jpg

両脇のスタッフのお姉ちゃんはおいといて、
ワシの右手にいるのがオーナーの王先生、
そして酒飲みイスラム族の左にいるのが貴州から来た先生。

飲みながら貴州での思い出なんかを話す。
無性に懐かしい。
ワシ・・・全国各地に友達がいるような気分である。

またここは北京を含む「北方(BeiFang)」に属するので、
ワシにとっては非常に馴染みやすい。
北京の若い衆と飲むのとほぼ同じような感覚で飲める。

まずお決まりの地ビール。

VisionPingDingShanBeer.jpg

そして黄河の魚料理。

VisionPingDingShanYu.jpg

楽しい仲間とおいしい料理と酒。
これで話が弾まないわけはない。
いつものアホな話で大盛り上がりのワシら。
しかし実はその中にひとり新聞記者がいた。

そして翌々日の新聞にはその日のアホ話が記事となるのである。


さてその話はおいといて、翌日。
朝も早うから叩き起こされる。
ここの名物である「胡辣湯(フーラータン)」を食べに行こうと言うのだ。

酒飲みイスラム族曰く、
ここの「胡辣湯(フーラータン)」はとにかく酔っ払って食べるのが旨い!
べろんべろんに酔っ払って最後にこれを食うと言うのである。

しかし「胡辣湯(フーラータン)」はもともと朝食のメニューで、
それをするためにはどうしても朝までべろんべろんに飲んで、
朝6時に開いた朝食の店で食うしかない。

挑戦しようとしたが、やはり旅から旅で疲れている。
じゃあ今日は寝なさい、明日朝食べに行きましょうと相成ったのである。

VisionPingDingShanHuLaTangDian.jpg

小汚い店には朝からもう行列が出来ている。
高級な店ほど不味く、こんな店の料理ほど旨いというのが中国である。

VisionPingDingShanHuLaTang.jpg

そしてこれが名物「胡辣湯(フーラータン)」。
言わば日本でも流行った「酸辣湯(スワンーラータン)」のようなものである。
別売りの揚げ餅と一緒に食うが、
これが非常に腹もちがよく、一日じゅう満腹状態だった。
そしてこの日は一日中身体がこの「胡辣湯(フーラータン)」の匂いだった。


食ってばかりもいられない。
ドラムクリニックの始まりである。
オープニングアクトは地元の子供バンド。

VisionPingDingShanKodomoBand.jpg

ご立派に客を煽ったりする。
頑張れ子供たち、日本の「子供バンド(もう誰も知らん?)」を超えるのじゃ!!

そして途中では地元のバンドとセッション。

彼らが選んだ曲は何と布衣(BuYi)の曲。
寧夏の田舎から出て来たアンダーグランドバンドが、
今ではいっちょまえにコピーされる側になってるのか・・・

VisionPingDingShanOtonaBand.jpg

なんやかんやでクリニックも終わり、
その後バーに行って更にドラムを叩いたり、
楽しい一日はあっと言う間に過ぎた。


次の日はまた移動日で次の街に行く予定だったのじゃが、
みんなが「是非もう一日残ってくれ」と言うので、
さすがの酒飲みイスラム族も根負けして翌々日の当日移動ということに変更した。

そしてその日はどうしたのかと言うと、
また延々1時間以上車に乗せられて着いたところが温泉地。

見よ!この巨大な露天風呂!!

VisionPingDingShanSPA.jpg

プールじゃないのよ、これ全部温泉なのよ。
こんなでかい露天風呂初めて見た。
しばしの骨休めであったのじゃ。

そしてここで新聞に載っていた自分の記事を発見。

VisionPingDingShanNewspaper.jpg

ここにはワシの略歴と共に、
あの日に話したアホ話が包み隠さず書かれている。
まず、

「Funky末吉、背はあまり高くなく、デブである」

きー!!
お前らがよってたかってワシに旨いもん食わせてデブにしたんじゃろー!!!

そして記事は続く。

部屋を借りたらいきなりその大家が帰って来た話
嫁が貧民街に嫁いで来た話
せめてもの救いは香港でウンコもらした話をこの時しなかったことである。

これらの話は酒飲み話であって新聞で紹介する話ではなかろう!!

平頂山でのワシの伝説はこうして語り継がれてゆくのである・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:14 | トラックバック (0)

全中国ドラムクリニックツアーその8、浙江省杭州

そのまま朝いちのバスに乗って寧波を後にして杭州まで帰って来た。

杭州パール倶楽部の黄先生は少年のような人である。
先々日のパール工場でのワシのドラミングを少年のような瞳で見ていた。

そんな人がやっているドラム教室なんだから内容もハンパじゃない。

VisionHangZhouDrumGirl.jpg


この娘が演奏している曲はGuns'n Rosesの曲。
しかもそれをニコニコ笑いながら叩いているのである。

ワシが初めて中国に来た時、
今ではビッグになってしまった中国ロッカー達は命がけでロックをやっていた。
常に何か大きなものを背負ってロックをやっていた。
当然ながら笑いながらドラムを叩くヤツなどいない。

ガンズの曲なんてもちろんご法度である。
それこそ政府の指定する精神汚染音楽のド真ん中である。
これをやるならドラマーはそれこそ命を捨てる覚悟で叩いてた。

それが今ではそれを少女がニコニコ笑いながら演奏している。

時代は変わったのである!!
今では少女が笑いながらロックを叩ける時代になったのである!!

そして本番ではこんなちっちゃな女の子がドリームシアターをぶっ叩く。

VisionHangZhouDreamTheater.jpg

どうも課題曲がドリームシアターであるらしい・・・

時代は変わった。
いや時代は必ず変わる。
そんなもんである。

だから北朝鮮にもきっとこんな日が来る。
そんなもんなのである。


ビールが旨い!!

VisionHangZhouBeer.jpg

地ビールだけではない。
ここは紹興酒の原産地である紹興のすぐ近くである。
紹興酒に代表される老酒も有名である。

VisionHangZhouLaoJiu.jpg

酔いつぶれてこの地を後にする。

Posted by ファンキー末吉 at:14:48 | トラックバック (0)

全中国ドラムクリニックツアーその7、浙江省寧波

パール工場のある杭州から朝一番のバスに乗り、
我々は寧波に向かった。

VisionNingBoBus.jpg

バスの中はすし詰め。
真後ろの席は香港からわざわざやって来たSabianアジア地区総責任者のジョナサン。

彼はいい!
隣が美女である。
ワシは相変わらずの酒飲みイスラム族のオッサンと肩を並べて数時間バスに揺られる。

着いた。
暑い!!!

海沿いの町なので湿気も多いし、むっとする暑さである。
クリニックは夜からなので、昼飯時にお決まりの地ビールを頂く。
世界広しと言えど、ワシほど中国の地ビールに詳しいミュージシャンはいない(断言!!)

VisionNingBoBeer.jpg

ここでいつものように地元のパール倶楽部の人と交流。
ほとんどの人はミュージシャン目指して北京に来て、
そして夢破れて田舎に帰り、
パール倶楽部というドラム教室をやっている。

ここの馬先生もそうなのじゃが、
その人の言った何気ない一言にワシはカチンと来た。

「だってドラム叩いたっていくらも金にならないでしょ」

ビールがいきなりまずくなってムッとするワシに更に続けてこう言う。

「要はファンキーさんがいくら稼いでますかって話ですよ」

またワシのその日の服装がよくない。
墨田区のサウナの景品でもらったアサヒビールのTシャツ。

VisionNingBoAsahi.jpg

またこれが自慢じゃないが安っぽい。
それをちらっと一瞥するように見てから言うもんだからよけいに頭にきた。
すんでのところで
「こんな格好しててもなぁ!ワシはなぁ!・・・」
と言いそうになって、
その言葉をビールと共に飲み込む。

一事が万事で、
イヤだと思うと坊主の袈裟まで憎くなって来る。
クリニックの流れ、最後のサイン会の段取り等を話している時も、
酒飲みイスラム族が
「100枚ポスター送ってあるだろ、並んでそれにサインするんだ」
と言うと、
「ポスター?売るか?」
と来る。

ワシはブチ切れそうになったがビールと共にそれを飲み込む。
貴州省貴陽に行った時
地元のライブハウスの人は
「あいつなんか子供騙して商売してんじゃないか!」
とパール倶楽部のことを悪く言った。
でも実際に行ってみると
そこには音楽好きの、ドラム好きの素朴なおっさんがいた。
彼が子供を騙して商売にしてるなら、
そのライブハウスのおっさんは酔いどれ騙して商売にしている。
同じようなもんなんじゃないの?

しかしここ寧波の馬先生に面と向かってそう言われると、
まるでワシは本当に子供を騙して商売している片棒を担いでいるようで悲しくなってしまう。


ホテルでしばし休んで会場入り。
腹が立っているので写真は撮ってない。
暑いのでいらいらも増す。

大学生のJazzバンドとセッションと言うので楽しみにしてたら、
JazzのJの字も知らない連中でよけいイライラする。

オープニングアクトに地元のフィリピンバンドが演奏すると言うのが
意味がわからなくてイライラする。

気づいたらそのフィリピン人ドラマーがワシのスティックを勝手に使っているのを見てイライラする。

「Jazzバンドはフィリピン人の機材を使うので、
フィリピン人が終わったら機材をすぐ持って帰ると言うので
セッションは一番最初にしましょう」

ずっとワシらの世話をしてくれてる若い衆がそう言うのにまた切れて、
「あのなあ、何がセッションじゃ!
そのレベルにも至ってないじゃないの!
そんなのを一番最初にやって客を失望させてどうすんの!
最初はちゃんとしたワシのプログラムやって、
途中でそれを入れるしかないでしょ!!
フィリピン人には2曲だけ待ってもらえ!!」

こうしてドタバタの中でワシのステージが始まったのじゃが、
考えてみたらワシも非常に大人げない。
何か悲しくなって音楽に没頭した。

持って来た伴奏はイヤホンで聞いているので、
馬先生だの観客だの関係ない。
完全に音楽に入り込んでしまうと、
神様が降りて来てワシにこう問う。

「そんなこと考えてておまえは幸せか?
馬先生がお前に何か迷惑をかけたか?
セッションバンドのレベルが低いののどこが悪い?
フィリピンバンドがスティック使って何が悪い?
それが今日一日を棒に振るほど大事なことかい?

そうなのである。
そんな小さなことに捕らわれてて、
結局今日半日は面白くない日で終わっている。
それで今日の演奏までよくない演奏だったらもうどうしようもない。

もともとそうである。
ドラムを叩くということと、世間とは何も関係ないのである。
世間はいつだって世知辛いけど、
ドラムを叩くこととそれは関係ない。

今日はいいドラムが叩けた、それだけがワシにとって大事なことで、
その他のことで腹を立てたり悲しんだりする必要はワシにはないのである。

気を取り直してドラムに身を入れた。
何か今日は一番いいドラムが叩けた気がする。
すがすがしい気持ちで打ち上げに参加した。

セッションバンドのピアノの娘は
ワシらを世話してくれた若い衆の彼女だった。
面と向かって彼女の悪口を言われながら、
彼はそれでも一生懸命ワシらの世話をしてくれた。

あやまる気持ちをイッキで返させてもらった。


テーブルには名物が並ぶ。
一番すごかったのが寧波の名物で、
「寧波三臭」

みっつの臭い物という意味で、
ひとつは「臭豆腐」。
納豆が大豆を発酵させたものであるように、
臭豆腐は豆腐を発酵させたものである。

これは北京でも食べたことがある。
揚げたやつがポピュラーじゃが、
生の臭豆腐はそれはそれは臭い。
食卓に出て来た時にあまりの臭さに箸をつけられなかったが、
一緒にいた日本人留学生が勇気を出して食べてみた。

「どんな味なん?・・・」

興味津津のみんな・・・

「何かうんこ食べてるみたい・・・」

お前うんこ食うたことあるんかい!!!

と言うわけで食べなかったワシにはその味のほどは不明じゃが、
今回出て来た臭豆腐以外のふたつのものは、
そんなに想像してたよりも臭くない。

VisionNingBoSanChou.jpg

左側は冬瓜、右側がシナチクである。
匂ってみてもそんなに臭くないのでパクっと一気に食ってみたら・・・

あまりに臭くて涙が出た。
匂っても臭くないが食べたらとてつもなく臭いのである。

ギブアップ!!

一緒に臭い物食った仲である。
もう地元の人とも和気あいあい。
イヤなことは全部酒に流して忘れてもらおう。

これでみんなもう「臭い仲」
これでいいのだ。

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2008年09月22日

全中国ドラムクリニックツアー番外編:パール中国工場

「全中国を廻っているので、当然ながらこの辺にも来るだろう」
とパール工場の日本人スタッフは手ぐすね引いて待っていたと言う。

私としても
「是非とも工場で全工員の前でドラムをぶっ叩きたい」
とパール本社には申し出ていた。

まだパール本社に工場があった頃、
我々モニター達は「パール詣」と称してしょっちゅう工場に遊びに行き、
工場を見学し、新製品をテストしたりもらって帰ったりしていた。

千葉の町工場から出発したパール楽器は、
今では世界の大ブランドまでに成長し、
工場も台湾、そして最近ここ中国の杭州にも作り、
今では日本の工場はなくなってしまった。

工場の担当者はいつも自信たっぷりに自社製品を自慢していた。
パールとワシとのルーツはここにある。

だからワシは是非この中国工場でドラムを叩いて、
「お前らの作っているのはこのなんだ」
ということを声を大にして言いたい。

あれも言おう、これも言おうと考えながら夜汽車にゆられること13時間、
気持ちよく酔いつぶれているうちに杭州に着いた。

暑い・・・

もうてっきり涼しくなった北京とは全然違う。
これが「南方(NanFang)」と言うのだ・・・

外国企業を受け入れる工場地区に入ると、
そこはもう外国。
「パスポートが必要ですよ」
と日本人スタッフが冗談を飛ばす。

パール楽器杭州工場に着いてびっくりした。
広さが半端じゃないのである。
日本の工場のゆうに20倍はある。

女工さんが流れ作業で作業をしている。
「女工さん」というイメージとは程遠い、
そのまま制服を脱いでディスコに行ったらナンパしてしまいそうな
そんなかわいこちゃんばかりである。

VisionHangZhouPearlFactry.jpg

ひと通り工場を見学した後、
「そうだ!今日のステージ衣装はこれじゃ!!」
とばかり、ここの制服に着替えさせて頂いた。

VisionHangZhouPearlSeifuku.jpg

15時の休憩のベルが鳴る。
女工さん達が黄色い声を上げてドラムの周りに集まって来る。
もちろん男性の工員も多い。
みんなおしなべ非常に若い。

ドラムをぶっ叩く。

VisionHangZhouPearlDruming.jpg

君たちが作っているのはこの「音」なんだよ。

ベルトコンベアーに運ばれて来たどんな小さな部品も、
ひとつでもいい加減に作ってたらこの「音」は出ない。

この工場から1日100セット以上のドラムが世界中に輸出される。
そしてどれもが世界の「音楽」を作ってゆく。

このVisionシリーズはね。
初めてこの工場から中国国内に流通するドラムなんだ。
君たちの作った「音」が君たちの愛する中国の「音楽」を作るんだよ。

俺は中国の音楽を愛する全ての人に代わって、
あなたたちにお礼を言いたい。

いつも最高の仕事をありがとう!!


伝わったのか伝わってないのか、
女工さん達はドラムを聞き終わって、
またにこにこしながら持ち場に帰って行った。

そのうち誰かはきっと、
自分の好きな歌手の歌を聞きながら、
今まで注意してなかったドラムの音を聞くだろう。
そうなのか、僕が、私が毎日作っていたのはこれなんだ、
と思ったりするじゃろう。

これでいいのだ!
幸せはどこにある?
幸せはここにある!
のである。

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2008年07月29日

全中国ドラムクリニックツアーその5、江蘇省徐州

靖江から徐州までは車で5時間。
だいたい東京から名古屋ぐらいの距離ではないかと思う。
缶ビールを買って4本空けて酔いつぶれて寝てるうちに着いた。

XuZhouYangRouChuan.jpg

ここの名物は羊肉串。
まさにワシの大好物である。
地ビールは青島ビールが地元で作っている山水ビール。
青島ビールも好きなビールなのでご満悦で酔いつぶれさせて頂いた。

XuZhouYunLongHu.jpg

朝になってホテルの外を見てみたらそこは美しい湖だった。
中国で一番大きな人工湖、「雲龍湖」である。
しかし誰が何のためにこんな大きな湖を作ったのかは謎である。

XuZhouWelcome.jpg

会場に着いた。
ここはまたテレビ局のスタジオである。
いかしたキッズ達を発見!
彼らがドラムを叩くのか?
これは楽しみである。

XuZhouKids.jpg

会場に入ってみたら驚いた。
これはもうドラムクリニックではない。
番組の公開収録である。

XuZhouHall.jpg

司会者が出て来て前説をする。
拍手の映像を撮ったり、手拍子の映像を撮ったり、
応援団の垂れ幕の映像を撮ったりする。

XuZhouOUENDAN.jpg

あのー・・・これってもう・・・ドラムクリニックじゃありませんよねぇ・・・
その通り!
これは実はもう既にドラムクリニックではなかった。

XuZhouNewsPaper.jpg

地元で一番の発行部数を誇る新聞の一面である。
「アジアドラムキングが徐州にやって来て祝賀コンサートを行う」
という内容である。
何を祝賀するかと言うと、
ここのパール倶楽部の10周年を祝賀するのである。

つまりこれはもう「クリニック」ではなく「コンサート」なのである。
そのコンサートの主役はこのワシと共に彼ら。

XuZhouKids2.jpg

心なしかモヒカンが多い。
これは毎年毎年イベントをやっているうちにお互いに対抗意識が芽生え、
相手がどう来るなら俺はこう来る、という風にエスカレートしていったものであると言う。

演奏プログラムを見てびっくり!!
オープニング曲に「METALICA」とある。

METALICAってまさか・・・

XuZhouMetalica.jpg

物凄いものを見てしまった・・・
24人の子供が一斉にメタリカの曲を叩くのである。

しかもみんながみんな頭を振りながら叩く。
誰が教えたのか(もちろん先生じゃろうが)
ドラムとはヘッドバッキングしながら叩くものであると子供達は信じているのである。

長髪を振り乱しながらドラムを叩く少女

XuZhouGirl.jpg

と思ったら、後でお話しした時に
「さて問題です。僕は女の子でしょうか男の子でしょうか」
・・・って・・・君・・・男の子?・・・

こいつ・・・将来はヨシキになれる・・・

当年とって10歳。
しかしドラム歴は既に7年。

おそろしやおそろしや・・・
江蘇省徐州・・・おそるべしRockシティーであった。

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2008年07月28日

全中国ドラムクリニックツアーその5、江蘇省靖江

二井原実ソロライブのリハも終わり、
そのまま朝一番の中央線に乗って成田まで行き、
北京に着いて4時間のトランジットの後、
靖江の最寄りの空港である無錫に降り立った。

4時間も待ち時間があるのだから、
最初は院子に帰って一休みしようと思っていたが、
「ファンキーさん、北京空港の税関大変ですよ。荷物全部調べられますよ」
と言われていたので空港から出なかった。

別にヤバい物を持ち込んでいるわけではないが、
あの税関の職員の態度を思い出しただけで胸が悪くなる。

国内線へのトランジットでのチェックは比較的簡単であったが、
スティックケースを必ず調べられる。
「オリンピックなのにこいつはたくさん木の棒を持ち込んで何をやるつもりだ」
とでも言いたげである。

サービスにドラムを叩くマネをしてやったが全然受けなかった。

無錫から車で1時間、靖江とは無錫の隣町だったのだ。
さっそくこの町の偉い人と一緒に食事。
オリンピック間際に全国でイベントが中止にされているのに、
このクリニックが中止にされなかったのはこれら偉い人のおかげである。

我らが沙泳江先生、イスラム教でありながらここでも飲む飲む。
JingJiangDrink.jpg

ドラムクリニックより全国の地ビールを飲むというのが大きな目的であったが、
この町には残念ながら地ビールがないと言う。
仕方がないので白酒。
でも5分で空いてしまった・・・
jingJiangBaiJiu.jpg

ここの料理は上の写真のようなとうもろこしを中心とした田舎料理や、
ニラまんじゅう、
JingJiangJiuBing.jpg
イモの煮っ転がし、
JingJiangIMO.jpg
そして長江の魚、
JingJiangYu.jpg
などのさっぱりした料理であった。

飲んで食って、前の日寝てないので爆睡・・・

JingJiangDrumClinic.jpg

翌日の会場はテレビ局のスタジオであった。
どうも今回のクリニックは
市のイベントとしてテレビの収録も兼ねて行われるということで許可を取ったらしく、
テレビのインタビューも行われ、これが後に地元のテレビで放送されるらしい。

今回のツアーではワシはXYZのWings~Fire Birdの中国版を用意した。
10分を超えるロックメドレーである。

何故かと言うと、ワシはもっと子供たちに「ロック」というものをわかって欲しい、
今はわからなくてもその心の中に少しでも印象を刻んでおきたい、
大人になって何か困難なことにぶつかった時に思い出して欲しい。

各地方でたくさん天才子供たちを見て来た。
どの子もテクニックだけはある。
しかし魂というか歌心が全然ない。
当たり前だ、この子達にはまだ「歌うべき人生」がないのである。

Wings~Fire Birdの中国語歌詞にはこのような一節がある。

Lyrics4.jpg

この子たちがまだ「世界は思い描いていた天国ではない」などと思えるわけがない。
でもこの子たちが大きくなっていつかそんなことを思った時、
この子たちは今日ワシが叩いたドラムを思い出すに違いない。
「あのオジサンが言いたかったことはきっとこのことなんだな」
と思ってくれるかも知れない。

ワシは毎回クリニックで使ったドラムマイナスの音源を置いていく。
それらの曲を今後教室で使ってもらえるように。
そして今回からその中にこのWings~Fire Birdの中国版が加わった。

子供たちよ、頑張ってコピーするのじゃ。
ドラムの叩き方だけではない、
「ロックとは何か」をこの音源からコピーするのじゃぞ!!

クリニック終って速攻で車に乗り、次の町、徐州へと向かった。

Posted by ファンキー末吉 at:23:11 | トラックバック (0)

2008年07月25日

今から大移動

今八王子駅まで行くためのタクシー待ちである。

始発電車で新宿まで行って、
成田エキスプレスで成田空港行って、
午前の便で北京まで飛んで、
そのまま乗り換えて無錫まで飛ぶ。
そこに車で迎えが来てるらしいのでそれに乗って靖江(どこや?)まで行って、
明日そこでクリニックやってそのまま車で徐州まで移動。
徐州徐州と人馬も進み、
翌々日のクリニック後にすぐさま北京まで移動して、
そしてその翌日に日本に帰る。

無事に帰りつけましたらおなぐさみ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:04:22

2008年06月19日

全中国ドラムクリニックツアーその4、西南地方貴州省興義

かくして貴陽でのクリニックは盛況に終わり、
車に乗り込み、次の目的地、「興義」まで向かう。

「興義」なんて名前も聞いたことないが、
貴州省自体が山の中なので当然山の中である。
山道を延々揺られること5時間、
夜中に着いて、まずはお決まりの地ビール。

XingYiBeer.jpg

ちなみにつまみは蛙の炒め物なのだが、
別にその辺には今回は触れないでおこう。

万峰と言うのはこの辺の有名な名所で、
その名の通り万を超す山々が連なる絶景である。

XingYiWanFeng1.jpg

XingYiWanFeng2.jpg

大自然とは何と偉大なものかと思ってしまうが、
その中でちっぽけな人間が、
そのちっぽけな人生の中で、
この大自然の恵みとも言うべきビールを飲むわけである。

アホである。

ところでここ興義の万峰ビールには生ビールがある。

XingYiNamaBeer.jpg

これがまた旨い!
注文をすると工場からそのままこの容器に入れて配達してくれる。
まさに「搾りたて」である。
そしてこだわりとも言うべき、
このビールは1日たつと業者が返品に来るのである。
1日たてば味が変わるので初日の味しか飲ませないと言うものである。

これが旨くないわけがなかろう!!


さて飲んでばかりもいられない。
ワシはここにドラムを叩きに来たのじゃ。
と言うわけで会場に着くと、そこは大学の大講堂。
どうでもええけどキャパでかすぎとちゃうん!!

XingYiDrumClinic.jpg

椅子席でゆうに1200人は埋まり、
更には窓から立ち見で100人以上の人間が見ている。

これはもう既にドラムクリニックと言うよりはコンサートやで・・・

そしてお決まりのドラムの生徒の発表会に続いて、バンド演奏。
これはもう生徒と言うよりは、地元で活動するアマチュアロックバンドなのであるが、
ちょっとわかりにくいけど、観客の最前列下手、
ちょうどベースのネックに隠れている数人の小学生は、
なんとこの演奏に合わせて頭を振っているのである。

XingYiHeadBack.jpg

恐るべし中国!!(の田舎)
子供の頃からロックを聞き、
音楽教室でロックを習い、
そして大きくなったらこう言うのだろう。

「ロック?・・・子供の頃にやりつくしたなあ・・・」

恐ろしや恐ろしや・・・

XingYiDruming.jpg

さて大トリでワシの演奏なのじゃが、
地元のロックファンとか
先ほど演奏したバンドの連中とかが最前列で頭を振る。
こちらの頭の振り方っつうのは、
数人が並んで肩を組んで一斉に頭を振るのじゃが、
何せドラムクリニックのための曲なので変拍子が多く、これがうまく頭が振れない。

冒頭の7拍子で挫折してしばらく坐って様子を見、
次の5拍子でまた立ち上がるがまた挫折し、
こんなことだったらもっと頭振りやすい曲にすればよかったとちと後悔。

次にはXYZの曲も演奏に取り入れようと決意するのであった。

XingYiSign.jpg

そしてお決まりのサイン会。
前日は数百人で1時間以上サインをしてたが、
今回は1000人を超えている。
子供たちだけではない、
きっとこの大学の学生なのだろうが、女学生にはつい顔もゆるむが、
子供の母親とかにはつい
「おばはんはサインせんでもええんちゃうの・・・」
と思ってしまったが、
よくよく考えてみると小学生の子供がいるおばはんは少なくともワシと同年代か、
もしくはワシより年下である。

反省、反省・・・

XingYiPhoto.jpg

そして写真撮影・・・
どうでもええけど、垂れ幕・・・でかすぎ・・・
これって終わった後どうするんやろう・・・
持って帰ればよかったと少し後悔。


さてちょっと慌ただしかった今回の貴州省ツアー、
帰りは車ではなく貴陽まで飛行機であった。
(飛行距離30分)

それはここまで田舎だと列車とかの治安がよくないからだと言う理由だが、
来月に予定されている靖江と徐州のツアー、
何とワシはこの前後に日本で二井原実ソロライブのリハーサルが入っている。

つまりどこにあるかもわからないその土地に、
ワシは日本から自力で入らなければならないのじゃ。

数年前、河北省まで友人と車でスキーに行った時、
仕事が入ったので「ほなひとりで帰るわ」と言うと、
「どうやって帰る気やねん!命いらんのか!」
と言われた。

列車はまだいい。
そんなド田舎で外国人がひとりで長距離タクシーなんか乗ろうものなら、
どっか人気のないところに連れて行かれてよくてホールドアップ、
悪くて殺されでもしたらどうすると言うのである。

中国は広い。
人気の全然ない山奥で人が死んでても発見されることはない。
また、発見されたとしてもその犯人がこの広い中国のどこに逃亡しているのか、
捕まるわけがない・・・

聞けばこの靖江、
飛行場どころか列車もない街らしい。
もちろん地球の歩き方にも地図どころか名前すらも載っていない。

果たして日本からひとりで無事にたどり着けるのか・・・


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2008年06月17日

全中国ドラムクリニックツアーその3、西南地方貴州省貴陽

貴陽には先月布衣のツアーで行ったばかりである。
(その模様はこちら

第一回目の遼寧省沈陽吉林省吉林には北京から列車で行ったが、
さすがに1800km離れた貴州省までは飛行機に乗せてもらえた。
それでも北京から3時間。

日本に帰れるやないの!!!

VisionGuiYangHuanYing.jpg

空港に着いたら子供たちが迎えてくれた。
聞けばこの子たちもドラムの生徒だと言う。
ふたり仲良く手をつないでいるので姉弟かと思ったらそうではなく、
「仲良し」だと言う。
しょっぱなからちょっと甘酸っぱいスタートだった。

貴陽のパール倶楽部は市内のマンションの中にあり、
そこでは複雑なプログレッシブメタルに合わせてツーバスを踏む少女がいた。

VisionGuiYangMetalGirl.jpg

聞けばこのパール倶楽部の娘さんと言うことだが、
何でメタルなの?
何でツーバスなの?

そしてこのパール倶楽部でのベース教室。
幼稚園ぐらいの女の子が弾いているベースは何とこれ!!

VisionGuiYangMetalBass.jpg

これを売りつけた張本人がこの男、
パール楽器の中国代理店、
そしてアメリカのDEANの中国の代理店でもある中音のドラム部門責任者、
沙泳江(ShaYongJiang)先生である。(画面右)

VisionGuiYangShaYongJiang.jpg

この男、イスラム教でありながら浴びるほど酒を飲む。
そして今回気づいたが、
中国の習慣なのか、それに付き合うべく酒のめっぽう強い飲み要員が各地各地にいる。
画面左がそれである。

さんざん酔っ払ってその日は爆睡し、翌日の昼間がクリニックである。
会場は巨大なキャバレーのような店を営業時間前に使わせてもらい、
ネオンにはワシの名前まで打ち込んでくれている。

VisionGuiYangKaijo.jpg

これがまた客が入るのよ・・・
座席でざっと2、3百人、それが見事に満席になっていた。

まずは生徒たちの歌とドラム。

VisionGuiYangUta.jpg

VisionGuiYangDrum.jpg

そしてソロ演奏となってゆくわけだが、

VisionGuiYangSolo.jpg

ここで気がついた。
なぜ子供たちがみんなツーバスを踏み、メタルを叩くのか。

課題曲がメタルなのである!

ワシはワンバスから始めてツーバスになったので、
ワンバスの時の足癖でツーバスは左足から踏む。
ところが日本でもいきなりツーバスから始めたドラマーは右足から踏む。
この子たちはと言えば当然ながら右足から踏む。
初めてドラムを叩くのがツーバスで(ツインペダルだが)、
しかも課題曲がメタル。
ベースなど楽器も全てメタルである。
この子たちが大きくなった時、「ロック」と言うものをどう感じるのだろう。

「ロック?・・・そう言えば小さい頃やってたわねぇ・・・」

ロック後進国であるはずの中国だが、
実は末恐ろしいロック大国なのかも知れない。


Posted by ファンキー末吉 at:14:26 | トラックバック (0)

2008年06月03日

全中国ドラムクリニックツアーその2、東北地方吉林省

吉林省には一度行ったことがある。
90年の大晦日だったか、友人達と北京から列車に揺られて、
確か27時間かけて着いた街はマイナス25度の北朝鮮との国境の街だった。

看板はハングルが多く、
韓国とかではとっくになくなってしまった朝鮮族独自の文化が、
そのままで残っているようなそんな街だった。

だからワシは吉林に降り立った時、
真っ先にハングル文字を探したのだが見当たらない。
よくよく考えてみたら、
ワシがあの時行った街は吉林ではなく延吉朝鮮族自治区であった。


いやーでも楽しかったなぁ・・・
朝鮮族と朝鮮料理食って毎晩飲んで、
あげくの果てには凍った豆満江を徒歩で渡って北朝鮮領土と思われるところで記念撮影した。

朝鮮族クラブで酔っ払ってドラム叩いて、
ホテル帰ったら新年で、
東京の家にお袋が来てるから電話かけたらKちゃん
(参照:Kちゃんの物語その1その2
が電話に出たなぁ・・・

今考えてみたら恐ろしや恐ろしや・・・


さて吉林はそんな思い出深い延吉ではなかった。
吉林省の省都、松花江が流れる水の街。
朝鮮族自治区でもなく、ハングル文字の看板も少ない。
でも気持ちがそうなってしまってたので朝鮮料理をリクエストした。

お決まりの朝鮮冷麺

JiLinLengMian.jpg

北朝鮮式は酸っぱく、韓国式は甘辛いと言うが、
これはどちらかと言うと韓国式である。


そして朝鮮料理と言えば犬肉を忘れてはならない。
北京でも有名なここのご当地ビール、雪花と一緒に御馳走になる。

JiLinGouRou.jpg

犬好きの人、ごめんね。
まあお味はこれと言ったものでもないのじゃが・・・


さてこの日は翌日と同じ会場で
SABIAN主催のドラマーズチャンピオンシップが開催されていた。

JiLinDrumersChampionShip.jpg

ワシはSABIANの中国地区モニターでもある。
パールは日本地区のモニターでちょっと関係はややこしいが、
今回のツアーはSABIANのシンバルのプロモーションでもある。
翌日はこのコンテストの審査発表があって、
ワシの手から優勝者に賞状を手渡すと共に、
そのままクリニックが始まると言うよく出来た筋書きである。

コンテストが終わったらドラムをセッティングする。

JiLinDrumSetting.jpg

中国はでかい。
ひとつのドラムセットを移動するには限界があるので、
ふたつのドラムセットをそれぞれの現地に送っておく。

右隅に小さく写っている黒い服の少年が実はこのドラムセットを買いとった。
彼にとっては一生の宝物になるであろう。
敬意をこめて最高の音にチューニングさせて頂いた。

そしてその前に写っている白い服の少年は、
去年のこのコンテスト少年の部のグランプリである。

ここのレベルは前回の遼陽のレベルより数段高い。
ついでに彼にはマンツーマンでレッスンを施した。
夏休みにはビザが取れたらファンキースタジオに来ると言う。
歓迎歓迎!


さて、左下に写っている機材が、
今回のために八王子のHardOffで買った中古品のHDレコーダーである。

以前まではProtoolsシステムを持ち歩いていたが、
インターフェイスも含めるとこれがなかなか持ち歩くには重い。

菅沼孝三にはMDを勧められた。
「コンピュータはフリーズする、
CDは針飛びする、
一番安全なんがMDやで!」

と言うことでワシも今回はMDのLchにクリック、
Rchに音源と言うデータも用意した。
バックアップにそれをCDでも用意している。

でもそのシステムは簡単だし安全だが、
出力がどうしてもモノラルになってしまう。

データをMixdownしながら
「モノラルではやっぱもったいないなぁ・・・」
と思うことしきり。

中国ではもうネットでビデオもダウンロード出来る。
せっかくここまで作ったんだから、
やり手のマニアックなこだわりではあってもせめてステレオで出力したい。
と言うわけで購入したものである。


この曲もそうだが、
今回もパール倶楽部に置いてゆく今回クリニックで使う伴奏だが、
この少年たちは目を輝かせて、
大真面目にワシの手数を完全コピーするであろう。

・・・叩いた本人でさえ同じことはコピーしても叩けないのに・・・

光栄でもあるが、
ここ中国も北朝鮮と似ているところがあって少し恐ろしい。
この一連のツアーで彼のように天才少年と出会ったら、
このワシが責任持って正しくロックの道に導いてやりたいと思う。


さて本番も終わり、子供たちにサイン攻めにあう。

JiLinSign.jpg

このオッサン達は一体何枚ワシのポスターを印刷したと言うのだ!
次から次からポスターを持ってサインをねだる子供たちを見ながら思った。

「この子供たちが大きくなったら、
このポスターを、サインをみてどう思うのか?
私は、僕は、あのFunky末吉を生で見たんだよ」
と思うのか、もしくは
「あったなぁ・・・そんなこと・・・
誰やっけ・・・」
と思うのか。

もう50も手に届くワシの人生はそんなに長くない。
この子たちがいっぱしのロッカーに育っている頃に、
まだこうしてロックドラムを叩けていたとしたら、
それだけで十分幸せなのではないか・・・

そんなことを考えながら子供たちにサインをした。


そしてそんなポスターを山ほど刷ったオッサン達がこれである。

JiLinOssantachi.jpg

ここのパール倶楽部の人間もいれば、
吉林省打楽器協会のお偉いさんもいる。
その全てに共通しているのが、
「こいつらどれだけ飲むんや!!」
と言うことである。


いやー飲む飲む。
翌日は例によって夜汽車、
しかし昼飯は超素晴らしい所に連れて行ってくれると言う。

それがここ。
吉林の街を流れる松花江の上流、
日本軍が作ったダムで出来たと言う松花湖。

JiLinSongJiangHu.jpg

これが非常にきれいな水である。
吉林のビールも酒もこの水を使って出来ているから美味しいのだと言う。

その畔にもともと民家で友達を招待するために食事を出すと言うレストランがあると言う。
そこで午後2時から食事が始まった。

JiLinHuBianChiFan.jpg

特にこの大魚は何するもんぞ!
隣のこのこれだけ奇麗な湖で獲れた魚をそのまま料理する。
そのとてつもなく奇麗な水で作ったビールを飲む。
旨くないことがありえようはずはない!!

ワシはもともと2時から昼飯だったら夜9時40分の列車までどうすんのと思っていた。
心配ご無用!
ワシらは結局出発直前まで飲み、そして食っていたのであった。

吉林よいとこもいちどおいで。
この民家は秋には葡萄が生り、
それをちぎりながらハンモックで寝っ転がる。
今度は嫁子供を連れてそんな旅をしに来い、と。

アホなオッサン友達はそれを連呼するのであった。

全中国ドラムクリニックツアーはまだ続く!


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全中国ドラムクリニックツアーその1、東北地方遼寧省

遼寧省と言うところがある。
大連と言う街が比較的有名だが、省都は沈陽。
記念すべき全中国ドラムクリニックツアーはその沈陽の隣町、遼陽と言う街で行われた。

北京から夜汽車に揺られ、10時間かけて降り立った遼陽と言う街は美しかった。

LiaoYangTown.jpg

東北地方には何度か足を踏み入れたことがあるが、
いつも思うのは「日本人が郷愁を感じる街」だと言うことである。

郷愁を感じたからここに満州国を作ったのか、
満州国を作ったから郷愁を感じるのか、
その答えは今も出ないままである。


申し遅れた。
この旅には重要なパートナーがいる。
世界のブランドであるパールドラムの中国総代理店、
セントラルミュージック(中音)のドラム部門責任者、
沙泳江(Sha YongJiang)先生である。

ShaYongJiang.jpg

腕の入れ墨はダテではない。
その模様が示す通り(と言うが実はよくわかっていない)、
生まれきってのイスラム族(回族)。
豚肉は食わないが酒は飲むわ煙草は吸うわ。
アラーの神の天罰が落ちようとも
酒と煙草とロックなしでは生きていけないと言う神をも恐れぬオッサンである。
この写真は見事に二日酔いのショットだが、
どうせ毎日二日酔いなのでいつもこんな感じである。

・・・こんなんと二人で旅してまんねん・・・

昼ご飯は東北料理。
東北料理は餃子、きくらげ炒め等北京でもポピュラーであるが、
ここにもありました!ご当地ビール!!

その名も遼陽ビール!!

LiaoYangPiJiou.jpg

これときくらげ炒めの組み合わせはまた絶妙!
・・・と言いたいところだが、
飲んだらドラム叩けないので昼間は我慢。

LiaoYangDruming.jpg

ドラムを叩く

LiaoYangDrumTeaching.jpg

子供に教える
(何か北朝鮮と言い、こんなことばっかやっとるなぁ・・・)


LiaoYangDrinking.jpg

そして飲む!!

全国に50以上あると言うパール倶楽部と言う組織。
そこを中心にこのオッサンは全中国にパールドラムを売っていく。

ではその50のパール倶楽部の中から、
どうやって今回廻る18の倶楽部を選んだか。
その理由はここに着いてすぐわかった。

ここの人もとにかく飲むのである。
べろんべろんになってワシらを沈陽まで送ってゆく。

半日しか滞在しなかったが思い出深い一日だった。
こうやってパール倶楽部とワシらは固い絆で結ばれてゆくのである。

全中国ドラムクリニックツアーは続く・・・

Posted by ファンキー末吉 at:20:22 | トラックバック (0)

2008年05月20日

中国全土をドラムクリニックツアー

XYZの大阪、名古屋コンサートを終えて、
次の千葉、熊谷の間まで高知の実家に身を寄せている。

地震の影響で北京がどうなっているのかは定かではないが、
それでも普通にメールが入って来ているんだからまあ大丈夫であろう。


「あなたが先日音楽監督を勤めた歌手、YangKunから至急の連絡です。
23日の上海コンサートで先日のアレンジを使いたいので
至急その時のデータを送って下さい」

23日とは急やなぁ・・・
北京の若い衆に北京スタジオのデータを調べさせるか、
もしくは八王子スタジオを.MACでつないでこちらで操作して
(今のテクノロジーはすんごいことが出来るのよ)
そのデータを送信とかいろいろ考えてたところ、

「あ、そのコンサート、四川省の地震の影響で中止になったんでもういいです」

さすが中国。
そう言えば日本に帰る前にこの仕事の依頼が来てたが、
断ってなかったら今頃ドタキャンだったわけね・・・


地震の影響は北京にはないらしく、
お気楽な仕事メールががんがんに入る。

「例の全中国ドラムクリニックツアーの件ですが」

パールドラムとワシの付き合いはもう20年近くになる。
爆風がまだアマチュアだった頃、YAMAHAもTAMAも見向きもしないワシを
最初にモニターとして迎えてくれたのがパールである。
売れてから
「末吉くんもぼちぼちうちに来たら」
とYAMAHAの担当者から言われた時に思わず拳を握りしめたが、
大会社であるYAMAHAは担当者もころころ変わるのだから仕方が無い。

ワシは死ぬまでパールのモニターじゃい!!

と言うわけでさんざんお世話になったパールに中国にて恩返しをすべく、
パールの中国代理店である中音(セントラルミュージック)とのミーティングを重ね、
中国工場初生産のVISIONをプロモーションすべく全中国クリニックツアーが決定!!!

・・・のはずなのじゃが、
中国の仕事に慣れ親しんだワシは容易にそのようなことを鵜呑みで信用しない。
なにせ先日のミーティング、
しかも日本からパール本社の人を招いての正式なミーティングの席でも
そのワシへのギャランティーを誰が支払うかも明確に決まってなかった。
中国側の考えで言うと(ビジネスの席なので口には出しては言わんが)、

「全国50カ所への旅費とホテル代、
おまけに全国各地の旨いものと酒をうちが持とうと言うのに、
どうしてお前のギャラまでうちが持たねばならないのか」

と言うことなのであろう。
しかしこの「全国の旨いものと酒」と言うのは魅力である。
「まあギャラなんかええか」と思ってしまうワシを制して、
パール本社はメンツをかけてそれだけは死守してくれる。

まあ中国では何事も蓋を開けてみなければわからない。
ワシ相手にはそれでいいのじゃが
(ほんまはそれでは困るのじゃが)
国際ビジネスの席ではそうもいかない。
代理店も中国らしからぬちゃんとしたビジネス資料を提出する。

まずポスター。

VisionChinaTour.jpg

立派なもんが出来てるではありませんか!!
担当者は鼻高々でツアースケジュール表を提出する。

辽阳(どこや?)
吉林(北朝鮮との国境や)
石家庄(こりゃ北京から近い)
贵阳(どこや?)
兴义(知らん)
徐州(聞いたことはあるが・・・)
靖江(シルクロードか?)
天津(こりゃ北京から近い)
太原(一度行ったなぁ)
郑州(聞いたことはあるが・・・)
河南濮阳(かいもくわからん)
平顶山(聞いたこともない)
上海(ここはさすがに)
呼和浩特(シルクロードの果てやん!)
新疆(こりゃ遠い!!)
广州(こりゃまた南の)
江门(どこやここ?)
深圳(香港の隣)

などなど・・・

さすが中国は広い。
このワシですら行ったことすら、
いや聞いたことすらも無いような都市の名前が羅列されている。

「ファンキーが寒いところは苦手だと言うから、
春から始まって北の都市から、秋冬には南の都市に降りてゆくツアーだぞ」

と鼻高々なのじゃが、
その日程が実は問題である。
最初のツアーは5月24日開始。
つまりXYZの次の千葉と完璧にぶつかっていたのじゃ。

「あのー・・・あんたこのスケジュール決めるに当たって、
一度でも俺にスケジュールの打診をした?」

それは気づかんかったとばかり担当者。
「ほないつなら空いてるか?」
と5月30日からのスタートにその場で変更していたが、
ワシはもちろんこんなスケジュールは信用していない。

何故なら彼はその場でまた「大決定!!」とばかり
新しいスケジュール表を鼻高々に印字して会議を終了させたが、
彼は一度たりとも先方の会場にその新しいスケジュールを打診してないのだから・・・


だから中国の仕事は「決定」と言われてもワシはそんなに信用していない。
具体的な移動のスケジュール、
つまり「もう切符を押さえたぞ」と言われて初めて「決定」である。
切符さえ押さえておけば、
万が一現地でドタキャンを食ったところで、
ワシとしては「全国の旨いものと飯」だけは確保出来るので知ったこっちゃない。

そんな中、昨日担当者からメールが来た。

「移動行程です。
これでよければチケットを押さえます。

5月29日夜中23時出発
5月30日朝7時50分遼陽着
5月30日午後14時からクリニック
終了後24時19分出発
5月31日朝9時吉林着
6月1日午後14時からクリニック
6月2日21時42分出発
6月3日9時40分北京着」

つまり移動は全部列車である。
ワシは「関口なんたら中国列車の旅」か!!!

幸いなことに(無駄なことに)
各都市での滞在時間は非常に長い。
この余った時間は全て飲み食いと言うわけか・・・

過酷なツアーはもうすぐ始まる(と思う)
終了は全国廻り終わった年末辺りである(と思う)

ワシはドラマーとしてまた一回り大きくなって(身体が)帰って来ることになるじゃろう。

Posted by ファンキー末吉 at:09:45 | トラックバック (0)