2010年03月06日
今日は午後からリハなのに・・・
明日から4日間「中国Week」と銘打って連続ライブをやるので
さすがに1度ぐらいはリハをやっとかないかん・・・
おまけに9日は昼間に二井原なんかと高校の芸術鑑賞会に呼ばれているので、
それもリハやっとかないかん・・・
いろいろスケジュールを摺り合わせたら今日しかないのよね・・・
その高校のために作った曲とかもやらないかんし、
そしたら同期モノの音源を作らないかん。
田川くんの曲も数曲同期モノがあると言うてたなあ・・・
朝早起きしてせっせこデータを整理する・・・
知らない曲は譜面を書いたりする・・・
しかしふとブースを見ればもっと問題があったのじゃ・・・
スタジオが子供の遊び場と化しているではないか・・・
まず片付けから始めねば・・・
Posted by ファンキー末吉 at:09:50
2010年03月05日
今度はスピーカー
店のモニタースピーカーが飛んでしまい。
ツイーターを交換せねばならなくなった。
部品を注文し、スピーカーキャビネットを開けて、
壊れたツイーターを取り出し、
新しいやつをはめ込んで・・・
ネジの位置が違うやないの!!!
よく見れば品番は同じだが
その後にNがついてるかついてないかの違いがある。
すぐに購入元に電話!!
しかし返答は
「この型はもう製造中止で古い在庫はもうないんです」
つまりほなこれは直らんっつうことか?!!
たかだかネジの位置の問題である。
別のところにネジを開けて無理矢理はめ込めば大丈夫なのではないか?!
「いや、無理矢理はめ込むと
ネジの位置がラッパのすぐそばになるのでナットが締まらなくなります」
と仮谷くん。
どうしたもんかのう・・・と悩んでいると老呉(LaoWu)がとことこ降りて来た。
貸してみろ!!
器用に電気ドリルで穴を開ける。
新しいツイーターにネジを差し込んで無理矢理ラッパに差し込む。
かなりキツいのでナットがなくても抜けないは抜けないが、
荷造り用の紐で更に固定する。
出来た!!
何でも直すなあ・・・
よく考えたら北京でもこっちでも毎日何かを直している。
こっちでは機材で、
あっちでは生活用品。
今日は彼を新宿に連れてゆく。
Posted by ファンキー末吉 at:10:41
2010年03月04日
電源アダプター
布衣楽隊のボーカリスト老呉(LaoWu)が山ほどの食材を持ってやって来た。
特筆すべきは重慶から送ってもらった本場の唐辛子である。
Wyn Davisもハマってしまった「重慶スパイシーチキン」という料理は、
当然のごとくこの唐辛子の味によって全てが決まる!!
はっきり言って北京で食っても「これぞ!」という味にぶつかることは少ないのは、
北京でもこの本場の唐辛子がなかなか手に入らないのである。
今回、重慶の知り合いに頼んで北京まで送ってもらい、
そしてそれを老呉(LaoWu)に持って来てもらったというわけだ。
作り方も聞いたので土曜日のリハが終わったら仮谷亭で試食会をやってみる。
うまく作れたら7日からの中国Weekの目玉料理にするぞ!!
・・・と食い物の事ばかり考えてたら大変な問題が勃発していた。
中国と日本の電圧の違いを忘れていて、
変圧器を用意するのを忘れていたのだ。
変圧器というのは海外に行く人が使うことが多いので、
例えば日本から海外に行く時は空港なのでその国の電圧に合わせた変圧器が売られている。
しかし旅行者が着いた国であらゆる国の電圧に合わせた変圧器を売っているとは限らない。
まあ日本製品となると世界中どこででも使われているので
日本製品を海外で使うための変圧器はけっこう入手しやすいが、
逆に日本で中国製品を使う人間などほとんどいないのだから全くもって入手困難である。
困り果ててはたと考えた。
よく見ると彼が使うエフェクターは
エフェクターから直で電源につなぐタイプではなく、
電源アダプターから電源をとるタイプである。
それならばその電源アダプターごと購入すればいいではないか!!
というわけで朝っぱらからHard Offに行って、
ジャンク品コーナーの中から同じボルトの同じ差し込み口の電源アダプターを探して来た。
ところが挿してみると電源アダプターの根元部分の接触が悪く、
電源が入ったり切れたりする。
これでは使えない。
しかしジャンク品なので返品も出来ない。
困っていると老呉(LaoWu)が爪楊枝を持って来て何やらやっている。
そうだ!!こいつは何でも直せるのだ!!
水道管を直したり、風呂の水漏れを直したり、
彼に直せないものはない!!
爪楊枝を使って添え木した。
理にかなっている!!
今日の岡崎トリオのライブでちょっと乱入して使ってみよう。
配信します。
http://www.blasty.jp/barxyz/index.htm
お楽しみに!!
Posted by ファンキー末吉 at:14:08
2010年02月25日
ドリスの思い出
飛行機に乗って海外に行く時、ワシはいつも寿司を食う。
日本を懐かしむのと、飛行機が落ちでもしたらもう二度と食べられないから、
と理由をつけてひとりで贅沢をしているのじゃが、
今では座れば板前さんに「毎度いらっしゃいませ」と言われるまでになっている。
昨日もいつもの席にひとりで座って飲んでたら、
隣に金髪の妙齢の美女が座った。
二井原と違って金髪美女には知り合いがいないのじゃが、
ふと頭の中に「彼女はドリスではあるまいか・・・」という考えがよぎった。
金髪美女というとドリスしか知り合いがいないのだから仕方がない。
しかしそんな知り合いが偶然隣に?・・・
そんなはずはないことがよく起こるのがワシの人生だから妄想は止まらない。
ドリスと会ったのは25年前。
爆風スランプがデビューし、
そこそこ人気はあったがどうしようもなく貧乏な時代だった。
東京駅で地図を見ながら途方に暮れているバックパッカーに声をかけた。
それがドリスである。
「May I help you?」
英語がさほど得意ではないのだが仕方がない。
聞けば彼女もドイツ人だったので英語はネイティブではなく、
「Can」を「キャン」ではなく「カン」と発音してたのを覚えている。
友人とはぐれて大使館を探しているということだったが、
その「Embassy」という単語が分からず、
結局うちの4畳半のアパートに連れて帰った。
近所は大騒ぎである。
今でこそ二井原や仮谷くんと「村」を作って暮らしているが、
当時もやはりそうだった。
村の住人はマーシー(シェイカーのマーシーではない)。
そして現在のその奥さんであるかおりちゃん。
いつものようにどんちゃん騒ぎが始まる。
ドリスはバックパックの中に玉ねぎを忍ばしていて、
それをいつも生でかじってた。
マーシーがそれをマネして辛くて吐き出したのを覚えている。
当然風呂なんかないので銭湯に連れてゆくが、
女の子はかおりちゃんしかいないのだから手取り足取り日本の銭湯の入り方を教えた。
出て来た時に男どもがこぞって聞いたのは
「下の毛も金髪なのか?」
だったのが今更ながらあきれる。
四畳半の部屋はベッドとこたつで既にいっぱいなので、
とりあえずベッドにドリスを寝かせ、
ワシと居候のかずまささんはこたつで寝た。
何故か手を出そうとは誰も考えなかった。
外国人に慣れてない当時のワシたちは、
「自分たちは日本を代表してドイツ人を助けてるんだ」
みたいな意識があったのだ。
渋谷エピキュラスで爆風のライブというか
番組の収録かなんかがあったのでドリスを連れて行った。
とても喜んで「ヨーイ!!ヨーイ!!」と歌ってたのを覚えている。
当時は爆風も人気が出て来た頃だったので、
あんな貧しい暮らしをしている若者が、
ステージに立つといきなりスターになることも面白かったに違いない。
好きなバンドやって、
金はないが、友達がいっぱいいて、
毎日酒飲んで大騒ぎして、
そんな若者の生活が、同じ若者としてドリスも楽しかったのだろう。
数日うちに泊まっただろうか、
大使館に行ってはぐれた友達とも会えたというので、
その友達も連れて来た。
ドリスはお人形さんのように可愛かった記憶があるが、
その友達はお世辞にも可愛いとは言い難かった。
だから名前も覚えていない(笑)。
四畳半のワシの部屋を見た時に
「アンタはこんなところで知らない男の人と何日も暮らしてたの?」
みたいな感じでドリスを咎めてたのを覚えている。
ドイツ語で話してたのでよくわからんが、
ひょっとしたら
「よくこんな汚いところで住めるわよね」
ぐらいのことだったのかも知れない。
結局その彼女も一泊していったが、
それを最後にふたりとも帰って行ってしまった。
その彼女と違ってドリスがとても名残惜しそうにしてたのを覚えている。
あれからドリスはどうしてるだろう・・・
この年になってもまだバックパッカーをしてたら素敵だな・・・
などと考えてるうちに隣の妙齢の金髪美女がお会計に立ち上がった。
声をかけようか・・・やっぱりやめとこう。
あれはきっとドリスだったんだと思っておこう。
きっと彼女もワシのことを
「きっとあの時の貧乏な若者なんだわ」
と思っとこうと思って声をかけなかったんだ。
妄想は素敵だ。
いい酒を飲めた。
おかげで北京初日は二日酔いである。
Posted by ファンキー末吉 at:10:55
2010年02月24日
ファンクラブ会報完成!!
いやー・・・
今どきペーパーの会報をこれだけせっせこ作っているファンクラブも珍しいじゃろうが、
古い人間と言われてもやっぱファンクラブはこれやと思うのね。
何か忘れた頃に郵便で届くなんてよくない?
でも実際、原稿に終われてメンバー、スタッフは大変みたい。
夕べやっと原稿が出揃って第一稿が届いた。
誤字脱字を修正して送り返したところなので、
これから印刷、郵送などを経て、会員の皆様のところに届くのはまだひとしきり時間がかかるが、
まあもうすぐと言って過言はないでしょう。
インターネットの時代に逆行しとると言われるが、
まあこればっかは会員の方には是非手作りのよさを満喫して頂きたい。
X.Y.Z.→Aファンクラブ「Z to A」
橘高に代わり現在の編集長より
入会したい方はこちら
Posted by ファンキー末吉 at:11:00
2010年02月23日
明日から北京なのに・・・
結局店の配信などを見ながら飲んでしまったので何もやっていない。
今回の北京行きは克爾曼(KAHRIMAN)のレコーディング。
あの時1曲アレンジしてあげてから、
「自分のソロアルバムは是非ファンキーに」
と決めていたらしい。
ところが中国の仕事は先に半金でももらわなきゃアブナくてやってられない。
中国人同士だと「半分先にくれ」などと言うと
「それでも友達か!!見損なったぞ!!」
と怒られてしまうが、
「ワタシ、外国人!!ニホンノ仕事ゼンブ前金制ネ」
などとウソを言って日和見に仕事をしてゆく。
いい時だけ中国人の振りをして都合が悪いとすぐ外国人になってしまうのさ!!
ところが旧正月のためまだ会社が開いてないということで
今回はフライングで先に仕事を始めてしまったというわけである。
本当は2曲やらねばならないのだが1曲しかやらないのはこのような理由である。
「あとはちゃんと前金もらってからね」
というわけである。
この辺はちょっと中国人的。
しかし今は他にも煩雑なことに悩まされている。
よく一緒に仕事をしているプロデューサーが、
「うちのアシスタントが日本に行きたいんでよろしく」
と言われて招聘資料を用意しているのだ。
本当はこんなめんどくさいことはやりたくないのだが、
そのアシスタントともよく仕事をしているので断るわけにはいかない。
持ちつ持たれつで暮らしてゆくのが中国的。
明日北京行くならやらねばならんじゃろ・・・
まあ今日一日と、明日は夕方の飛行機なので半日残っている。
何とかなるじゃろ・・・と思うのは中国的。
まあ出来なくたって困るのはワシじゃないし・・・と思うのはもっと中国的。
ワシ・・・このまま中国的続けてたらダメ人間になってしまうのでは・・・
ま、いいか・・・ダメ人間になってしまったらダメ人間集めて王国を作ってしまえ・・・
・・・と思うのは大槻的・・・
Posted by ファンキー末吉 at:12:20
2010年02月20日
爆風銃ミーティング
いやー飲んだ飲んだ・・・
通常ミーティングというと都心までは車で行ってさっさと帰るのじゃが、
「こりゃ飲みになるな」と思ったので電車で行った。
何のミーティングかと言うと、
「爆風銃トリビュートアルバムを作ろう」
というミーティングなのじゃが、
通常トリビュートというと御本家を崇拝する人達が集まって作るものじゃが、
ここでどうして御本家のメンバーが呼び出されて集まっているのかがよくわからない。
まあよくわからないのに集まってるんだからミーティングもへったくれもない。
「じゃあうちのスタジオで3月にでも」
とか
「お前と踊りたいはメンバー紹介が入るからなあ・・・ライブで録ろう!!
じゃあ4月9日、Live Bar X.Y.Z.→Aでライブレコーディング」
とかでもう話は終わってしまっている。
後は「飲み」である。
いやーミーティングの時から昔話しかしてないんだから
飲んだら長い長い。
マーシーがどうやって知り合ったんだっけ?
から始まって、
サンプラザ中野の命名は爆風銃の打ち上げの時だったとか、
30年近くたったら覚えてないことが多い!!
かんじさんに
「末吉がサラ金行くのに学生証貸した」
という不可解な記憶を辿ってゆくと、
「学生証貸した」のではなく、
「かんじさんが借りて来て俺に貸してね」
ということだったりした。
どっちにしてもあかんやん!!
ワシの記憶の中では
「ワシがサラ金地獄に陥った原因は、
かんじさんが学生ローンをワシに紹介したのがきっかけだった」
と思っていたが、
どうもこれはワシが「記憶をねつ造した」ということらしい。
そう、昔のことはよく覚えてない。
だからこうやって集まってバカやって騒げるのだ。
しかもどうもイヤなことから忘れていってしまうらしい。
だから人間は生きていけるのだ。
若さと才能がぶつかりあって、
誰にもマネ出来ない凄いサウンドとひきかえに、
仲違いをして解散して行ったメンバー達が、
30年もたてばもうぶつかり合う部分すら見つからない。
その後爆風スランプでスターダムの世界の中でもっとぶつかりあって、
復旧不可能だとばかり思っていたワシとほーじんが、
こうして膝を突き合わせて酒を飲んでいる(彼は下戸だが)のが不思議であって、
逆にまた全然不思議でないから不思議である。
結局ほーじんの車で送ってもらって仮谷亭で飲んでるんだから、
昔のワシらを知ってる人達からしたら信じられない話である。
結局半日を費やしてまだ概要しか決まってないが、
とりあえず3月ぐらいから爆風銃のトリビュートアルバムを作って、
4月9日(金)には今度はホッピー神山も呼んで店でライブやって、
あわよくばそこでもライブテイクを録ってしまおうということらしい。
それまでにまた何回熾烈な(?)ミーティングを行わねばならないのか・・・
10年振りにホッピーも加わったらまた大変なことになるじゃろう・・・
Posted by ファンキー末吉 at:17:21
2010年02月19日
頑張れ嫁!!
石川俊介のプロジャムが近づいて来たので嫁の練習にも気合いが入る。
ワシが店でライブをしていると
「他に聖飢魔IIのどんな曲があるの?」
とか
「他にドラムがエントリーされてない曲は?」
とかばんばん質問メールが入る。
さては今練習してる曲・・・挫折したな・・・
と思いつつ「付きっきりで教える」ことから逃げ隠れしている。
そ、そ、あんたがドラム練習してたら誰が子供の面倒みるの?
そやろ、パパがみといてあげるから存分にドラム練習しぃ!!
というわけで仕事のない時間は子守りである。
考えてみれば自宅にスタジオがあるのは便利である。
ちょっとした家事の合間に練習が出来るし、
子供が泣けば連れて行ってもあげられる。
ブログネタに写真を撮ろうとスタジオに入ったら嫁は一心不乱に練習をしている。
子供はパチパチと手を叩いて大喜びである。
奥さんよかったなあ。
ステージに立つ前にもうファンが出来たでぇ。
Posted by ファンキー末吉 at:15:07
まつ毛パーマ屋のお姉さんに言われたらしい
奥さん、まつ毛パーマはかけ過ぎるとまつ毛抜けちゃいますよ。
ぷぷっ(笑)
Posted by ファンキー末吉 at:12:48
2010年02月18日
嫁またもや本気やな・・・2
「パパがブログであんなこと書くからもう緊張してドラム叩けん!!」
と嫁。
なんでやねん!!
ワシは別に
「うちの奥さんむっちゃ上手いでぇ」
とか言うてるわけじゃない。
むしろ下手やと言うてるんや。
それにプロJamという企画はセッションリーダー以外はみんなアマチュアなんやから下手で当然!!
それを楽しむ会なんやから恥ずかしいもへったくれもないやないの!!
「かくなる上は・・・」
と嫁は言う。
「パパにつきっきりで教えてもらわないかんなあ」
げげっ!!!
嫁よ、いくらあんたがプロドラマーの奥さんやったとしてもそれはあまりにも職権乱用(?)とちゃうか!!
この一本のプロJamのおかげでワシの週末は消え去った・・・
と思いきや、
「さ、て、と・・・」
と嫁がお出かけするので運転して送りに行くと、
何と嫁が向かったのは「まつ毛パーマ」
あんたドラム練習すんとちゃうん?!!
「だってステージに立つんやからまつ毛パーマしとかな・・・」
ってあんた!!
ドラムとまつ毛と何の関係があるの?!
あんたの旦那はドラムさえ上手ければ衣装やルックスさえもどうでもええと言う人やのに、
その嫁はまず「まつ毛パーマ」。
しかもドラマーって客席からまつ毛まで見えるんですか?!!
かくしてワシはまつ毛パーマ屋の前で子守をしている。
プロJam当日も恐らく子守りじゃろう・・・
Posted by ファンキー末吉 at:10:28
2010年02月17日
嫁またもや本気やな・・・
高知から帰ったらスタジオにドラムセットがセッティングされていた。
ついでにその横に子供用のドラムセットが置いてあるのはわかるが、
じゃあ大人用のドラムは誰が叩くのじゃ?
「プロJamも近いからね、練習せんと・・・」
あんたギター弾くんとちゃうの?!!
前回あれだけギター練習しとったやん!!
聞けばコピバンというのは、
ある時期ギターで参加してたり、
ある時期ドラムで参加してたり、
嫁の場合ボンジョビをやるバンドはギターを弾いてる時期やったし、
聖飢魔IIをやるバンドの時はドラムを叩いてた時期らしい。
来たる2月21日のプロJamのセッションリーダーは石川俊介様ではないか!!
というわけで嫁はちゃんとドラムの欄に自分の名前を書いている。
同じ曲にエントリーしているドラマーもいるが、
嫁は蹴落とすか、もしくは自分が叩くまで何度でもその曲をやってもらうつもりらしい。
なにせ嫁はその曲しかドラムを叩けないのだから・・・
ま、いい。世界平和は家庭平和からである。
嫁元気で楽しければ、家族みんなが、
ひいては世界中が平和であるということじゃ。
しかしもう時間がない。
ドラムにだけ耳が厳しいわけではないが、
どう聞いてもちゃんとドラムが叩けているようには聞こえない。
「パパぁ!どうしよう!!間に合わんわ・・・」
嫁から泣きが入って言った一言が凄かった。
「パパぁ!譜面書いて!!」
おいおい!このファンキー末吉にドラムの譜面を書かすのか、嫁よ!!
まあいい、つきっきりで教えろと言われるより負担は軽い。
しかしワシがいつも書いてるような譜面で読めるのか?
「うん、私だったら読めると思う」
おいおい、夫婦だからこの走り書きのメモが読めるというもんではないぞよ。
試しにいつものようにちゃちゃっと書いて渡してやった。

ちなみに「ドバラドン」はスネア、タム、フロア、バスドラの連打のこと。
「タコタコ」はスネア頭打ちのリズムのこと。
わかるかなー・・・さっさと渡して逃げるように仕事に行くワシであった。
Posted by ファンキー末吉 at:17:42
2010年02月16日
親戚の寄り合い?
ワシは親戚とあんまし折り合いがよくなかったので
全然「親戚付き合い」というものをしたことがなかったが、
不思議と高知の山下家とは親しく付き合っていた。
そこの主である通称「お髭のおじさん」が何やら賞をもらったので、
何やらお祝いがあるんで来てくれというのでのこのこやって来た。
まあ高知でひとりでいるおふくろの顔も見たらんと親不孝じゃろう・・・
というわけで、おふくろの顔も見たので午後はヒマである。
昼間っから「ひろめ市場」に繰り出す。
高知というところはまっこと(高知弁で非常にという意味)不思議なところで、
昼間っからこうして酒を飲んでいても自然である。
一族にひとりぐらいはアル中がいて、
小さい頃から酒飲みの相手は慣れているので、
学校さぼった女子高生とかに酔っぱらいのおんちゃんが絡んで来ても、
東京とかの女子高生のように毛嫌いすることもなく、
「おんちゃん昼間から飲み過ぎなや!」
とたしなめたりする不思議な光景が見られる。
かく言うワシも実は羽田で軽く一杯やっているので、
さっそく高知流に昼間っからビールである。
つまみは鰹の塩タタキ!!
その他ウツボのタタキやウツボの唐揚げなどで満腹になり、
一度撃沈・・・
そして夕方に復帰して親戚の寄り合いに向かう。
行ってみると親戚の寄り合いどころか、
「山下哲郎 旭日雙光章受章記念祝賀会」
とか大々的にパーティーが行われているではないか!!
一応「正装で行け」という親の言うことを聞いて来てよかったが、
正装と言ってもジャージにジャケットを羽織っただけである。
ワシはどうも正装だけは出来んのよ。
樋口っつぁんの葬式にもひとりジャージで行ってしまったし(涙)。
完全に居場所がないが席だけはある。
結婚式の時のように名前の書かれている場所に座るのじゃが、
なんと「ファンキー末吉」と書かれている。
あんた親戚の「覚ちゃん」を呼んどいて、
親族席に座らせといて「ファンキー末吉」はないやろ・・・
面識はないが向こうは一方的に知っている親戚の中で小さくなる・・・
列席者の高知県知事や衆議院議員や、
そうそうたるメンバーの長々とした挨拶が終わり乾杯。
しかし高知の乾杯はビールではなくいきなり日本酒である。
かけつけ一杯はビールではなくいきなり日本酒なのじゃ!!
居場所がないので飲むしかなく、
そうこうするうちにいきなり「よさこい鳴子音頭」がかかり、
ドアから踊り子さんが飛び込んで来てよさこいを踊る。
思えばここは「よさこい祭り」の本場。
よさこいでグランプリを取ったグループは、
時々こんな目出たい席に呼ばれては花を添えるのじゃろう。
酒は進む。
そうこうするうちに「マグロの解体ショー」
いやーこれは凄い!!
高知県で養殖された、冷凍されてないマグロである。
旨くないはずがない!!
ただでさえ飲み助の高知である。
来客はがんがんに飲み、
気がつけばレスキュー隊が飛び込んで来て誰かを懐抱しておるが、
そんなこともおかまいなく飲む飲む。
急性アルコール中毒か知らんが、
ばたばたとレスキュー隊が病人を運んで行っても、
誰も気にすることもなく、何もなかったかのように飲む。
酒飲んで人が倒れることに慣れ過ぎてるぞ・・・
かくして狂乱の(?)宴は終わった。
そしてワシは結局この賞が何の賞なのか知らない。
いや、列席した全ての人が知らないじゃろう。
これでいいのだ!!
平和なのだ!!
何やらわからんが、おじちゃん、おめでとう!!
Posted by ファンキー末吉 at:11:11
2010年02月12日
日本はほんまに素晴らしい!!
中国から日本に帰って来た日本人が日本のことを嫌いになる部分、
それは日本の「マニュアル社会」である。
例えばとあるオムライスのチェーン店。
「オムライスは普通盛りでよろしいですか?」
とマニュアル笑顔でウェイトレスが言う。
「卵の大盛りをお願いしたいんですが」
とワシの中国人の友人。
「オムライスの大盛りですね?」
とウェイトレス。
「いや、ライスは普通でいい。卵を大盛りにして欲しいんだ」
と友人。
「かしこまりました。オムライスの大盛りですね」
とウェイトレス。
ちょっとキレたワシの友人。
「ファンキーさん、俺の日本語変?
オムライスの卵だけを大盛りにして欲しいんだけど・・・」
ワシが助け舟を出す。
「すみません、卵だけを大盛りでお願い致します」
ウェイトレスは満面の笑顔でこう言った。
「そのようなメニューは御座いません」
こらー!!料理長呼べ!!ワシが直に談判してやる!!
結局彼は大盛りオムライスを頼んでライスを残すこととなる。
そしてワシが一番腹がたったのは、
京都から関空へのリムジンに乗ろうとした時、
大きなトランクを引きずってやっと2Fの乗り場にたどり着いたのだが、
頼まれたお土産を買わねばならないのでトランクを預けたい。
でも手荷物預かりはなくコインロッカーだけ。
もちろん大きなトランクは入らない。
受付のお姉さんに
「これ、預かってもらうところはありませんかねえ」
と聞く。
「そちらにコインロッカーが御座います」
お前、これがそこに入ると思うのか!!と拳を握りながら笑顔で
「ちょっと大き過ぎて入らないので手荷物預かりとかあればと思うのですが」
と聞くのだが、
「手荷物預かりは御座いません。コインロッカーだけです」
まあないなら仕方がない。
ちょっと考えていい方法を思いついた。
何か紐かなんかがあれば、それをトランクに結びつけて、
その紐の端っこを団子にしてコインロッカーに入れてカギをすればよい。
「すみません、何か紐のようなものはありませんか?」
笑顔でそう聞いてみると、
「紐ですか?・・・紐はちょっと取り扱っておりません」
まあ取り扱ってはいないじゃろうが、
まあ貸してもらえればベストじゃが、じゃあ買いに行くしかない。
「すみません、紐買って来るんでちょっとだけこれ見といてもらえませんか?」
とお姉さんにお願いして買いに行こうと思ったが、
「そのような業務は執り行っておりません」
と笑顔で答えられてどきっとする。
「ここはデパートビルでしょ。すぐ戻って来ますからちょっとだけ・・・」
と言うのだが、
「そのような業務は執り行っておりません」
の一点張りである。
ここが中国だったら「友達」になればそれで解決なのであるが、
日本ではこの辺がどうも融通が利かない。
「ワシはね、別に仕事としてこれを頼んでるんじゃないのよ。
待合室に他の人がいればその人に頼むけど今誰もいないでしょ。
だから業務とかじゃなくちょっと見といてもらえればそれでいいの」
と言うのじゃが、
「お預かりしても責任が持てませんので」
と頑である。
またこの一連をずーっとマニュアル笑顔で言うもんだから
「お前はロボットか!!」
と言いたくなる。
「そうですか、それなら見なくていいです。
私は勝手にここに荷物を置いて行きます。
泥棒がそれを持って行こうとしてもあなたはそれを止める責任はありません。
黙って泥棒さんがこれを持ってゆくのを見てて下さい。
それでいいです!!」
まあ不審物が騒がれ出した今となっては気持ちはわからんではないが、
結局1分で紐を買って来て、それをトランクに結びつけて、
その端っこを縛ってコインロッカーに入れ、
まあ事なき(?)を得た。
前置きが長くなってしまった。
日本人は真面目でありすぎるがためにこのようなことも時々起こるが、
前回のANAの人の対応と言い、
「サービスとはこういうものなんだ!」
というようなインパクトのあることを時々やってくれるから日本のサービスは最高だと思わざるを得ない。
今回、その担当者が怒られたら困るのでメーカーとか写真とかは載せないが、
うちの子の2歳の誕生日に買ってもらったおもちゃのドラムセットのスティックをひとつなくしてしまった。
このスティックがちょっと特殊で、
長さや重さ、先がゴムになっててちゃちいドラムセットが痛まないようになってたりして他のものでは代用出来ない。
ワシはそれを買ったところに連絡をして、
別売りでスティックはないのかと尋ねたら「ない」と言う。
かくなる上はもう1セット買うしかないか・・・とあきらめかけた頃、
「すみません、上の者と相談して来ます」
と言って電話を待たせた後にその人は
「買った時の領収書はお持ちですか?」
と聞くので「探せばある」と答えたら、
「それでは不良品扱いにして1本出しますので領収書を持ってお越し下さい」
と言うではないか!!
後日ワシがその店に行ったら、
御丁寧に新品のそのおもちゃドラムを出して来て、
その中からスティックだけを取り出してワシにくれた。
もちろんお金を払うと言っても受け取らない。
いや、システム上受け取ることが出来ないのだ。
形の上ではワシの買ったドラムのおもちゃにスティックが入ってなかったので他のドラムセットから取ってお渡ししたということになっている。
マニュアルが絶対優先のこの国で、
これはひょっとしたら「悪いこと」かも知れない。
でも「サービス」としては最高である。
ワシは金輪際子供のおもちゃはここでしか買わん!!
ありがとう店員さん、
ありがとうその上司の方、
そして結果的に迷惑をかけることとなった工場の方。
マニュアルを生かすも殺すも所詮は「人」なのだ。
あなた達の「サービス精神」は忘れません!!
Posted by ファンキー末吉 at:18:02
2010年02月11日
雑巾かっ!!
今さらだが、ワシの髪の毛のもじゃもじゃは天パーである。
天パーということは当然遺伝する。
おかげでうちは嫁を除く一家全員天パーである。
中でも一番下の子の天パーはひどい。
白い点々は別にアクセサリーをつけているわけではない。
今朝の末吉家の朝食はドーナッツ。
砂糖でまぶしたドーナッツを食っては髪の毛で手を拭く。
ある時はプリンをぐちゃっと手で潰して髪の毛で拭く。
髪の毛もじゃもじゃの上にバリバリである。
親からもらったもじゃもじゃ髪の毛・・・
・・・雑巾かっ!!!
Posted by ファンキー末吉 at:09:22
2010年02月04日
譜面がぁ・・・間に合わん・・・
よく考えたら明後日はもう「二井原実R&Bナイト」ではないか!!
私生活は少々ずぼらな(?)二井原であるが、
ライブとなると結構あれこれ考える。
前回歌ったナンバーだけでなくあれも歌いたい、これも歌いたい・・・
また、そういう時だけ非常にマメに音源を送って来たりする。
普段は隣に住んでても会うことすらないのに・・・
ふと気づくとライブを明後日に控え、
新曲のスコアをまだ全然書いていないことに気づくワシ・・・
ひぇー!!!火鍋なんぞに労力を費やしてるヒマなんかないやないの!!!
おまけに今日は嫁を友人宅まで車で送って千葉の奥地(?)の方まで・・・
片道2時間半かかるのよ・・・
普段は嫁を降ろして近所の温泉で骨休めなんぞするのじゃが、
そんなことしてたら絶対に間に合わないので嫁の友人宅に上がり込んで譜面書き。
どうしてこんなことが出来るのか自分でもわからんが、
ワシは楽器なしでも譜面が書けるのよ。
だから基本的に譜面ソフトの入ったパソコンさえあれば、
いつでもどこでも仕事ができる。

またこのソフトが優秀なのよ。
移調楽器と言う、譜面に書く音と実際の音が違う楽器も、
まず実際の音で書いてから移調楽器として出力してくれる。
また、書いた譜面を音として出力してくれるので、
譜面の書き間違いがないかとかを自分で確認も出来る。
ただホーンの複雑な音の積みを考えたりすると、
どうしても楽器で音を確認したくなってしまうが、
そういう時はiPhoneに「Free Piano」というピアノみたいなアプリがあるのでそれで確認する。
何と便利な世の中になったもんじゃ!!
だがあとは「やる気」の問題である。
宿題するぞと机に座った!!
机の掃除もした!!
鉛筆も削った!!
消しゴムも並べた!!
ノートも開いた!!
いや、まず宿題の進み具合を予定表に書こう!
勉強に集中するためにまず日記を書いてしまっておこう!!
とかやっとるうちに時間がなくなってしまうやないの!!
もともとブログなんか書いてる場合じゃないの!!
Twitterでつぶやいてる場合じゃないの!!
1曲大体2〜3時間、
手間取る曲ならば5時間。
とりあえずこの人んちで1曲仕上げて、
そのまま火鍋に直行して酒飲んで、
明日午前中に残りを仕上げて・・・
大所帯10人のバンドだと1曲で譜面が10〜20枚になってしまうので
200枚近くの譜面を印字するのに半日置いておかねばならんので・・・
・・・てなこと考えてる間に譜面書けぇー!!!!
Posted by ファンキー末吉 at:11:53
2010年02月02日
唐辛子爆弾
試しに店で出してみた揚げた唐辛子のスナックが人気で、
「帰りに持てるだけ買って来てくれ」
というのでトランクに入るだけ買って持って来た。
トランクは当然預けるのでいいが、
リュックにもぱんぱんに入っているのは手荷物である。
何か言われるかなと思ったが、
「何じゃこりゃ?」
と検査官が言っているのをすかさず
「唐辛子です」
と言ってことなきを得た。
ところがその後、搭乗口に向かおうとすると、
「あなたはダメです」
と手荷物検査場から出してもらえない。
どうしてかと聞くと、
「税関のハンコがないからだ」
と言うのだ。
「税関がハンコ押し忘れたのと俺が何の関係がある!!
すぐに通せ!!飛行機に乗り遅れるじゃろ!!」
中国語を喋ると性格が中国人になってしまうのでついキツく言ってしまう。
責任を全部相手に押し付けるのが「コツ」である。
しかし今回は聞く耳を持ってくれない。
有無を言わさず別室に連れて行かれてしまった。
見ればワシのトランクが転がっている。
考えるに、チェックイン手続きをして、
すぐにレントゲン検査をして、
問題がある場合にはすぐに番号を登録、
その荷物は別室に運ばれ、
それに連動した人間のボーディングパスには税関のハンコが押されないのだ。
前回飛行機に乗り遅れた時に、
どうしてワシの荷物が取り出されたのかもこのシステムによるのだろう。
「荷物を開けろ!」
と言うので
「カギなんかかけてないがな!
チェックしたかったら勝手に開けてチェックしてそんなことでワシを呼ぶな!!」
と更に高圧的に出る。
中国人相手に弱気に出た者が「負け」なのだ。
荷物を開けた途端、そこにいる人は絶句!!
そうかぁ・・・こりゃレントゲンで見たら
「砲弾状のケースの中に金属ではないうにうにしたものがたくさん詰まっている」
としか見えないか・・・
さしずめプラスチック爆弾を満載したトランク・・・
雰囲気を察したワシはいきなり態度を変えて満面の笑顔で
「唐辛子でーす!!」
しかし検査官は全員「?」という顔で呆然としている。
どうしてこんなにたくさん唐辛子を持ち出す必要があるのか・・・
「唐辛子大好きなんですぅ!!じゃっ!!」
逃げるように飛行機に搭乗して日本に帰った。
日本の税関で調べられなかっただけラッキーである。
Posted by ファンキー末吉 at:11:24
2010年01月26日
佐々木美穂 with Funky Friends
Live Bar X.Y.Z.→Aでは常に出演バンドを募集している。
八王子は大学が多いので、軽音楽部のブログに書き込んだり、
地元の貸しスタジオに張り紙をしたりしているがいっこうに返事が来ない。
聞けば最近のライブハウスというのはアマチュアバンドのオムニバスが主流で、
5バンドぐらいでチケット20枚づつノルマで課せられて、
同じようなバンドの同じような友達が100人集まってライブをやるのが常だという。
若いバンドにとってはライブとは「お金を払って」やるもので、
うちのように「ノルマなし、チャージ100%バック」なんてのは「恐れ多い」ってなものなのだそうだ。
時代は変わったと言えばそれまでじゃが、
地元の出演者が増えてゆかないと地元に根ざしてゆくことが出来ないので、
「街行って出演者探して来い!!」
と若い衆にミッションを送っていたところ、
うちでバイトしている地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)が、
「僕がドラム教室やってる楽器屋さんのピアノの先生が出たいと言うんですけど」
と言ってきたので即OKでブッキングしたのがこの佐々木美穂さんであった。
このSくん、うちでは酒はもちろんのこと料理も作れるし、
今は6Fの工事もやってくれるほどで多忙を極めているのであるが、
何故かこの日はひょこっと店に飲みに来た。
それもそのはず、
Jazzピアニストと言うと気難しい怖いオネエサマを想像してしまうが、
彼女は年はワシの半分ぐらいだろうか、
笑顔も可愛いしピアノを弾いている姿も愛らしいのだぁ・・・
見れば地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)の目が見事にハートマークになっているではないか!!
しかしこの地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)、
黙ってたら暴走族にしか見えないそのルックスな上に、
シャイなのでいつも黙ってるのでまるでいつも暴走族である。
「お話ししろよ!!」
とオーラを送ったのを受け取ったのか、
酒に酔って饒舌になったのかいつになく口数が多いなと思ったら、
いきなり下ネタ!!
あかんやろ・・・
助け舟を出すべく、お近づきの印に記念撮影。
「もっと近くに寄ってや!!」
別に地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)のために言っているわけではない。
写真にうまく納めるためなのじゃが、
「ファンキーさんのおかげで身体がちょびっと触れることが出来て嬉しいです」
あかんやろ・・・
大方の予想を裏切ることなく、
佐々木美穂ちゃんは彼氏と仲良く帰ってしまい、
後は酔い潰れた地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)が残るのみである。
「うち来るか?もっと飲むか?」
Funkyスタジオで酔い潰れて寝る地元ドラマーS(30歳後半彼女募集中)を見ながら、
「こいつの春はまだまだ遠いな」
としみじみ思う夜であった。
Posted by ファンキー末吉 at:09:50
2010年01月24日
蟹鍋
仮谷くんの誕生日を祝うべく仮谷亭に集まった。
二井原家は呼んでない。
蟹が2匹しかないから・・・(スマン!!二井原)
1匹は仮谷くんがひとりで食べ、
もう1匹をみんなで鍋で食おうという話である。
仮谷くん、モノも言わずに一心不乱に蟹を食べる。
よっぽど好きなんやね・・・
酒は沖縄の親戚が持って来てくれた古酒。
なんとシリアルナンバー付きである。
仮谷くんご満悦である。
あーちゃんがハッピーバースデーを歌う。
おう!!誕生日みたいではないか・・・3日遅れやけど・・・
「誕生日祝ってもらえたのって結婚してから何回目?」
蟹を食いながら
「覚えてないっす・・・」
と仮谷くん。
「きっと初めてなのよ」
とその場の全員が無言で納得しながら蟹を食う。
「今日は土曜日だからわざわざあーちゃんは3日遅らせて今日パーティーにしたのよ」
と嫁が助け舟。
「そやそや!!もう誕生日1月20日とかやめて、
毎年1月の第三土曜日ということにしなはれ!!」
とワシ。
来年の今頃、また誕生日パーティーをやっているかどうかは定かでない。
(あーちゃん近影)
Posted by ファンキー末吉 at:11:24
2010年01月23日
仮谷家の誕生日
隣人である仮谷家のこの話を笑ってもらうためには、
奥さんである「あーちゃん」と一家の主である「仮谷くん」の性格をわかってもらわねばならない。
文章で短く説明するのは難しいが、とりあえず「あーちゃん」。
彼女と私はもともと武蔵小山で飲み友達であった。
というより、武蔵小山界隈の飲み屋で彼女を知らない人はいなかった。
いわゆる「酒豪」である。
沖縄生まれの日本人とは違う南国風のルックスに、
持ち前の明るい性格、
一緒に飲んで口説かない男性はいないと言う彼女と、
朝まで飲むとみんな口説く前に酔い潰れてしまう・・・
南国の人らしく細かいことは気にしない大らかな気質で、
もちろん誕生日だ結婚記念日だというちまちまことを覚えているわけもない。
そして仮谷くん。
長く付き合って来て怒ったのを見たことない温厚な人で、
それでも
「僕だって怒ることありますよ」
と言うので聞いてみたら過去3回だけ怒ったことがあるらしい。
世の中を悟ったようなところがある彼であるが、
ひとつだけ、たったひとつだけ
「誕生日は自分がこの世に生まれた記念日なんだから」
というこだわりを持っていたらしい。
(それも言わないもんだから昨日初めて知ったのだが)
去年の誕生日は子供と共に家族3人で過ごそうと家にいたらしい。
あーちゃんは夕方からパチンコに行ってしまい、
子供とふたりで家で待つ仮谷くん。
子供は幼稚園でもらった折り紙や千代紙を頭につけたり、
レイなどを首に巻いたりして遊んでいる。
食事時に電話がかかって来た。
「今フィーバーしちゃったからさあ、いつもの居酒屋でご飯食べといて」
仕方がないと息子を連れて居酒屋へ・・・
あーちゃんがパチンコ終えて居酒屋にやって来た。
パチンコの話で盛り上がって飲むあーちゃん。
無言の仮谷くん。
ふと息子の頭や首に巻いた装飾に気がつくあーちゃん。
「せいたくん、どうしたのそれ?まるで誰かの誕生日みたいねえ・・・」
無言の仮谷くん、
それに気づくあーちゃん。
「あっ!!!」
去年の誕生日は「おめでとう」ではなくって「あっ!!!」だけだったんです・・・
と語る仮谷くん、実は一昨日が誕生日だったと言う。
誰にもそれを言わないので、
私を含め、誰ひとりとして彼が誕生日であることなど知らない。
産休のためあーちゃんの代わりに店に出ているお母さんの送り迎えをする仮谷くん、
「今日は誕生日だからお酒でも飲みたいな・・・」
酒を飲むつもりだからメシのモードでもない。
「ご飯は?」
というあーちゃんに
「要らない」
と答えつつ、
「今日はお母さんに自分で運転して行ってもらおう」
と提案したところ、
「駐車場代がもったいないからダメ」
と無下に却下される。
そしてあーちゃんは今日が仮谷くんの誕生日だなんて夢にも思わず寝てしまった。
「お酒飲みたかったのにな・・・」
とひとりでこたつでパソコンで暇をつぶす仮谷くん。
いたたまれなくなったのかうちにやって来た。
そこで「今日、実は僕、誕生日なんです」とでも言えば、
宴会好きのワシのこと、大宴会になることは間違いないのじゃが、
「今日、田川くんとか大工のチー坊さんとか迎えに行くんで
末吉さんの大きい車借りてもいいですかねえ」
と一言。
ワシはその日は休肝日だったので、
「俺、今日飲んでないから俺が迎えに行こうか?
とりあえず時間になったら連絡取り合おう」
と答えた。
仮谷くんは内心大喜びで帰ったことなのだろう。
でも末吉さんが行けなくなったらやっぱり自分が行かなくちゃならないから酒も飲めない。
相変わらずずーっとこたつでパソコンと時間をつぶす。
パソコンにはJALやらマイレージやら、そんな業務メールだけが
「お誕生日おめでとう御座います」
とメールをよこして来る。
しばらくしてやっとワシがやって来た。
希望にちょっと胸躍らす仮谷くん。
「眠いからもう寝るわ、迎えは任せた」
と帰ってしまうワシ。
そのまま12時までパソコンで時間をつぶし、
誰にも誕生日を祝われることなく寝てしまった仮谷くん、
昨日店で飲んだ時に酔いに任せて喋る喋る・・・
「どうして誕生日であることを言わん?!!
そしたらみんなでお祝いしてあげたのに・・・」
とみんな。
「いや、誕生日って祝ってもらうもので自分で言うもんじゃないから・・・」
と仮谷くん。
あまりに可哀想なので、今日は知り合いから送って来た蟹を誕生日プレゼントに持って行った。
「誕生日おめでと!!」
大好物の蟹をもらって喜ぶ仮谷くん。
「あっ!!!」
といつものあーちゃん。
今宵は仮谷家で誕生日パーティーなのじゃ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:13:33
2010年01月22日
中学生の勉強
夕べは中学生の娘に
「パパ、数学教えて」
と言われてずーっと付き合ってた。
ドラムプレイや生き様に似合わずワシは理数科の人間で、
高校生の時に模試で数学の全国一を取った時もある。
しかし文系、特に社会科はいつも赤点だったので将来はこんなんなってしまった・・・
中学校の数学・・・ちょっと見は難しかったがまだ何とか大丈夫である。
しかし1時間もずーっと同じ問題集にかじりついている根気がない・・・
だから将来はこんなんなってしまう・・・
娘にこんな人間になってもらっては困るのじゃが、
根気がないものは根気がない。
我慢が出来ないからこんなんなってしまう・・・
やっと解放されたと思ったら今度は英語!!
英語は苦手やったけどなあ・・・
アメリカのXYZっつうバンドから
「お前ら、人の名前で商売しやがって!有り金全部よこせ!!」
と通達が来たが、
それも中学生英語のレベルで切り抜けたので何とかなった。
次は理科・・・もうかんべんしてくれー!!!
「パパはもう疲れたから寝る」
と言って逃げ出してしまった。
「じゃあ明日もよろしくね」
と娘・・・。
中学生って勉強大変なのね・・・
Posted by ファンキー末吉 at:14:45
2010年01月14日
泰山富士山日中友好ロックイベント
先日のミーティングはただの大酒飲み会で終わったので、
まさかこんな企画が本当に国を挙げて行われているとは夢にも思わず、
「もうすぐ春節なのでブッキング急いで下さい」
と言われて慌てふためいた。
中国のバンドは別に数ヶ月前でもどうってことないが、
日本のバンドは9月のイベントというともうぼちぼち動いてなくてはならない。
それにただでなくても中国、いや世界中の中華社会は、
来月になると旧正月で1ヶ月ぐらい全然動かなくなってしまうのだ。
バンド名は決まってから公表させて頂くとして、
ワシが決めていいなら中国ロックに多大な影響を与えたとある大先輩のバンド。
この名前を言うと「これがロック?」と頭をかしげる人もいるかも知れないが、
どうせ今流行の若いバンドなんかを呼んだところで中国人は誰も知らないのだ。
同じギャラを払うんだったら中国人が知っている、
もしくは意義があるバンドを選ぶべきじゃろう。
失礼にもHPからメールを送らせて頂いた。
3バンドの候補のうち、ひとつは連絡先がいくら調べてもわからなかった。
もうひとつは年明けからメールを送っているがなしのつぶてである。
そしてもうひとつだけはすぐに返事をくれた。
事務所の連絡先がわからなかったのでメンバーのHPからメンバーに直接送ったにも関わらず、
「中国でご活躍なことは90年頃から伺っておりました。
個人的に私もいろんなお話をお聞きしたいので当日は是非ご一緒させて頂きます」
と返事が来た。
中国側の代表はそれに合わせて昨日来日した。
今から新宿の待ち合わせ場所に向かう。
偉大なる大先輩を前にワシはいつものように暴虐武人なプレゼンが出来るのか?!!
緊張の色は隠せない・・・
Posted by ファンキー末吉 at:15:25
2010年01月13日
パスポートの更新
月末に予定されていたWingの南昌でのコンサートが
「会場が焼けてしまった」
とかいうわけのわからん理由で延期になったため、
去年のうちにパスポートを更新しておこうと思ったことをすっかり忘れてしまっていた。
月末にはまた北京に行かねばとなって、
ふと思い出して大騒ぎ。
パスポートが切れてしまっていたら新規発行と同じで書類等の準備が大変ではないか・・・
おそるおそるチェックしてみたら、
切れているのはビザで、パスポートはぎりぎり大丈夫!!
というわけで、連休空けを待って朝いちでパスポートセンターにやって来た。
いろいろと手続きをしていると、
どうも更新するとパスポート番号が変わるらしい。
なごり惜しいなあ・・・
もう何度も出入国カードに記入するので覚えてしまっているのだ・・・
じっと古いパスポートを見る。
もう表紙も擦り切れてしまって、
日本国という文字どころか菊の御紋すら見えない。
つまりこれはただの紺色の小冊子であって
開かなくてはパスポートであることすらわからない。
よくここまで使い込んだなあ・・・
中を開いてみると出入国のスタンプだらけで、
通常のページ数では足りなくなって追補といって新たにページを追加してある。
その2冊分のページがもうスタンプでいっぱい・・・
そりゃそうやわなあ、
一ヶ月に2度北京往復したとして1年で24個、5年で120個、
出入国でそれぞれ1個づつなので倍の240個。
更には中国側でも出入国で1個づつ押されるので480個。
更には香港やアメリカ、
北朝鮮はスタンプは押されないが中国から出入国するのでやっぱ押される。
10年用のパスポートに切り替えようかと思ったが、
5年でこれだけぼろぼろになるのだからと思ってやっぱまた5年にした。
はてさて今度はどれだけ使いまくることとなるのだろうか・・・
Posted by ファンキー末吉 at:10:18
2010年01月11日
和佐田逹彦という男
今日は和佐田の主催した渋谷クラブエイジアでのイベントである。
ワシは米川くんとマー坊さんとサンプラザ中野くんで叩くが、
和佐田はその上に竹内藍でもベースを弾き、
そして司会をこなしイベントのプロデューサーとして気を使う。
何か彼をここまでさせる?・・・
もともと彼はこれほどセッション好きではなかった。
爆風に彼が加入して来た当時はワシは狂ったようにセッションしていて、
和佐田を誘おうにも、
「セッション?そんなん興味ない!!」
と取り合ってくれなかった。
当時はSOMEDAYというJazzクラブによく出てたので彼を誘おうとすると、
「Jazz?俺は何が嫌い言うてJazzが一番嫌いやねん!!」
と言ってた男がである、
SOMEDAYに一度出て一流のミュージシャンとセッションしてからと言うもの、
その魅力の虜になって毎月レギュラーで出演するばかりでなく、
他の店を開拓し、若いミュージシャンを育て、
それはワシが中国に行ってからもずーっと続けているだけではなく、
いつの間にやらこのように自分でイベントを主催するまでになっている。
病気である・・・
今ステージが始まった。
初っぱなは彼がプロデュースした竹内藍。
彼もベースで参加する。
このドラムの彼は今ではドリカムのバックをやったり、
彼が育てたドラマーと言えよう。
また次のバンドのTablet Y2Kは、
ルックスはむっちゃガラが悪くて人がむっちゃくちゃよくって
個人的に非常にツボに入ってしまってファンになったし、
次のSteel Angelもうちでレコーディングするほどの関係である。
今回はSteel Angelの長谷川くんにツインペダル等を借りるのでスティックしか持って来なかった。
「悪いねえ・・・」
と言うと
「いやー・・・慣れました」
という仲である。
次の米川くんは、
彼に紹介されてその音楽に対する姿勢にいたく感激したし、
そしてマー坊さんや中野や、みんな気のいい連中が和佐田の元に集まって来ている。
これがやっぱ楽しいんやろうなあ・・・
頑張れ和佐田!!
日本のロックのために!!
世界の平和のために!!
Wa!Sa!Da! You are the MAN!!!!
Posted by ファンキー末吉 at:17:19
2010年01月10日
大家族の昼ご飯
嫁がまつげパーマに出かけて行った。
まつげにパーマをかけて何が面白いのかと思うのだが出かけて行った。
しかしそう言われずに出かけて行って
「ほら今日の私どっか違うでしょ」
と言われるのが一番困るので言って出かけて行ってくれたのはラッキーである。
全然どこが変わったのかわからないのに
「いやー見違えるようにきれいになったよ」
と言ってあげるのが今日の一番の大仕事である。
さてその大仕事が始まる前に子供の昼ご飯である。
見ればうちに二井原家のふたりの子供も遊びに来ている。
「うちでご飯食ってくか?」
と聞くと「うん」と言うので、
とりあえず二井原家に
「お宅のふたりの子供は預かった」
とメールをしておき、台所に行ってはたと考える。
台所にはインスタントラーメンがどどんと置いてあるが、
配膳や後片付けを考えるとやはり大鍋にいっぺんに作って
それを各自がどんぶりに取り分けて食うがよろしい。
塩ラーメンを5袋分大鍋に入れて、
冷蔵庫の野菜を切って小鍋に入れる。
5袋で足りなければチキンラーメンもあるので後で追加すればよい。
リビングに持って行ってどどんと鍋を置き、
「ほら食え!!」
ってなもんである。
後は空になった大鍋に食い終わったどんぶりを入れて台所に持って行けばよい。
といいつつこの大鍋のラーメンが食っても食っても減らない。
「5人前でしょ?
末吉家は3人+二井原家が2人、
うちの下の子もちょびっと食うとして5人前ではむしろ足りないぐらいじゃないの?・・・」
しかし忘れていた。
二井原家は末吉家に比べて圧倒的に食が細いのじゃ・・・
ふうふういいながら食い終わって、
今から洗い物して干した布団を取り込んで、
洗濯物畳んでリビングの掃除・・・
子供達!!みんなでワシの仕事を手伝うのじゃ!!
大家族は楽し。
Posted by ファンキー末吉 at:13:51
2010年01月08日
パソコンを自分で直せ、
プログラムまで自分で出来るパソコンお宅のワシじゃが、
MixiとかTwitterとかだけは今だにようわからん・・・
鳩山首相に出来てワシに出来ないわけはないと思っていても、
なんかこのテのものはとっかかりがなくて尻込みしていたのじゃ。
もともと店の配信システムを構築した時に、
その中に「Twitter」というのがあったので一応登録はしてあるのじゃが、
残念ながらどうやって使うのかがわからないのでそのままにしてあった。
ところが昨日の火鍋パーティーの時、
とある女の子が
「筋少の本城さんが今Webで見ながら飲んでるらしいですよ」
と言う。
「なんでそれがわかる?」
と聞くと、
「そうつぶやいた」
なんかようわからんがこれがTwitterというものらしい・・・
その彼女にいろいろ設定してもらい、
いろいろ声かけてもらって「フォロー」というものをしてもらう。
この「フォロー」という作業をしないと「つぶやき」も文字通り「ひとりでつぶやいている」こととなってしまうらしいのだ・・・
ようわからんぞ・・・
ようわからんが、とりあえず店のID(?)を公開したらみんなフォローしてくれるんか?・・・
livebarxyzと申しますがよろしくお願い致します。
(これだけでええんか?・・・ようわからん・・・)
Posted by ファンキー末吉 at:08:20
2010年01月07日
うちの子はやっぱり天才かっ?!!
昨日は仮谷家に集まって
上の子に高知から買って来させた塩たたきを食すパーティーじゃった。
二井原家、うちの下の子を見るなり、
「よっ!!天才!!」
仮谷家、
「いや子供だからパスワード4桁同じ数字だろうと推理する末吉さんが凄い」
朝にアップしたブログをもうチェックしている。
お前らお隣さんの動向をわざわざブログでチェックすなっ!!
仮谷家嫁のあーちゃんが意味深発言。
「いやこの子・・・わかってやってると思う・・・」
聞くところによると、仮谷家でWiiのリモコンで遊んでいたうちの子、
わざわざ設定画面に入り、あーちゃんのデータのところに行き、
何段階もかけてあーちゃんがSaveしたデータを全部消してしまったそうだ。
「この消去までいくのに何段階もステップがあるのよ。
消去を選択するのにも何回もボタン押さなくっちゃなんないのよ。
しかもどうしてわざわざ消去じゃなくっちゃなんないの?
絶対わかってやってるわよ!!」
ほんまか我が子よ?
お前はほんまにパタリロの頭脳と性格を持って生まれて来たのか?・・・
Posted by ファンキー末吉 at:10:28
2010年01月06日
うちの子は天才かっ?!!
去年から嫁は何かあると
「龍之介は天才よ!!」
と仕事場にまで電話をかけてくる。
聞いてみると
「自分でみかんをむいて食べた」
だの
「自分でパック牛乳にストローを刺して飲んだ」
だの飲み食いに関してばっかである。
そりゃ1歳半ぐらいで自分でみかんをむけたり、
パック牛乳の穴の部分を探し当ててシールをむいて
そこにストローを差し込んで飲むのは早熟ではあるが、
「末吉家の人間やから食い意地が張っとるだけなんちゃうん!!」
とその時は相手にしなかった。
ところがこの年越しでワシは思った。
この子はひょっとして本当に天才ではないのか?!
この子が天才なら「はじめちゃん」で上の子は「バカボン」、
ワシは「バカボンのパパ」で嫁は「バカボンのママ」なのはよいとして、
上の娘はどうなるのか?・・・
役がないからとりあえずお前は「ウナギイヌ」!!
というわけで見事役者が揃った末吉家であるが、
事の顛末はこうである。
まずうちの子はiPhoneが好きである。
ほっとくとアプリケーションの位置をぐっしゃぐっしゃにし、
大事なアプリを消してしまうのはまだしも、
気がついたら電話帳データから中国やアメリカにいたずら電話をしてしまうので困る。
この日は電話を使えないように「フライトモード」にして枕元に置いておいた。
消したアプリはあとでiTuneで復元出来るのでいたずら電話さえしなければそれでいい。
息子が夜中に起き出してまたiPhoneで遊んでいた。
ワシは寝てた。
そしたら息子がワシを起こしてiPhoneを渡す。
「ウーウー」と言って何かをして欲しいようだ。
見るとiPhoneはパスワードでロックされており、
それが開かなくなっているのだ。
「ほらほらパスワード設定なんかするから開かんようになってるでしょ」
これでiPhoneは安泰だとばかりまた寝に入ろうとして気がついた。
こいつどうやってパスワード設定したんや?!!
パスワードの設定のためには数あるアイコンの中から「設定」を押し、
その中からさらに「一般」を押して、
さらにその中から「パスワードロック」を押さねばならない。
よしんばその偶然を3回こなしたとしても、
次の画面はこれ
ここに自分でパスワードを打ち込んで、
更には次の画面で同じパスワードを打ち込まねばならない。
字も読めない、言葉も喋れない1歳児が自分でパスワードを設定したと言うのか?!!
偶然にしてももの凄い!!
そして自分でそのパスワードを解除出来ずにワシを起こしたのか、息子よ。
ワシは飛び起きてもう一度iPhoneを見た。
「iPhoneは使用出来ません 59分後にもう一度試して下さい」
確か何回か間違えた後には「1分後にもう一度試して下さい」と出るが、
59分後というと何度間違えたのじゃ?・・・
間違えたと言っても自分で意識して番号を入れられる年ではないのでそれはいいとして、
確かiPhoneには
「10回間違えたらデータを全て消去する」
という設定があったはずじゃ。
こいつがそこも押していたとすると前回バックアップして以後のデータは全部消えてしまう・・・
「ちょっとそれを渡しなさい!!」
子供が泣き叫ぶのも容赦なくiPhoneを取り上げる。
この子が入れた同じパスワードを入れなければ何回目にはデータがなくなってしまうのだ・・・
子供だから4つの数字は必ず同じ数字に違いないと、
試しに「0000」を入力してみる。
外れ!!!
またパスワード入力画面に戻るのでデータはまだ大丈夫なようだ。
次にその左上にキーである「7777」を入力してみる。
外れ!!!
心臓に悪いわ・・・
ちょっとiPhoneを置いて考え直す。
うちの子は右利きなので押すとしたら左側の「7」ではなく、
むしろ右側の「9」ではないのか・・・
「9999」を入力。
外れ!!!
がびーん!!
幸いにもデータはまだ無事なようで、
最後のつもりで「8888」を入力。
ここでやっとパスワードが解除された。
おそるおそる設定画面を見てみると、
案の定、データ消去をオンにしている。
おそらくこの「8888」が最後のチャンスであったのじゃろう・・・
朝なに食わぬ顔で起き出して来た息子、
自分で椅子を引っ張って行ってテレビの前に陣取り、
「いないいないばあ」を見入っている。
こいつは悪魔か天使か?!!
嫁曰く、
「はじめちゃんとちゃうで、この子はパタリロの頭脳と性格を持って生まれて来たのよ」
うーむ・・・そう言えば顔もパタリロに見えて来た・・・
Posted by ファンキー末吉 at:09:55
2009年12月30日
正月休み
仕事納め終わったので
もう正月は何もしません!!
ブログも更新しません!!
皆様、新年火鍋会でお会いしましょう。
またネット中継します。
ではあけおめことよろ!!
Posted by ファンキー末吉 at:14:35
2009年12月28日
カウントダウンライブin幕張メッセ
10年日本にいなかったから全然知らんかったが
こんな凄いライブがあったんやなあ・・・
12時入りで筋肉少女帯の出番は3時半。
待ち時間がヒマやわー・・・
Posted by ファンキー末吉 at:12:51
2009年12月27日
今日は久しぶりに休みの日
一日何もない日なんて数週間ぶりなのじゃ・・・
そもそもこの数週間ずーっと風邪気味である。
思い起こせば岡崎トリオスペシャルの後飲み過ぎたのが原因だったと記憶してるので、
もう3週間以上ゲホゲホである。
そのまま北京に行ったり、
戻って来て二井原オーティスレディングトリビュートやったり、
また北京に戻ってコンサートやってそのまま武漢に行ったり、
ゲホゲホしながらこんだけ働いているんだから一向によくならない。
昨日も筋肉少女帯のリハで
(そう言えば明日のカウントダウンライブではワシが叩くのであった)
ゲホゲホ咳き込みながら命がけで叩いてたら三柴君に
「途中で死んじゃうのかと思いましたよ・・・そこまで叩かなくても・・・」
と言われたが、
命がけでやっとかないと本番で叩けるかどうかわからないので仕方ないのじゃ・・・
しかししゃかりきにドラムを叩くと大体風邪がよくなる。
北京でのコンサートではワシは生まれて初めてももひきを履いてステージに上がった。
天気予報「この日の温度零下1度ー9度」というこの日は体育館でも非常に寒い上に、
バックバンドのドラマーにはさほど照明も当たらない、
その上演奏するナンバーはほとんどがバラードなんだから、
いつもの短パンとTシャツなら凍え死んでいたところであろう。
昨日の筋少のリハで大汗かいて、少々風邪がよくなったので、
今日は朝から何もせず、早めに風呂に入って酒でも飲もうと思っている。
昨日も飲みながら店のネット配信を見ようとしたら
「何故かネットにつながらないんです」
とバイトが言うので、今日はそのためにわざわざ設定し直しに行って来た。
機材を搬入に来たほーじんとばったり会い、
「今日は家でネットで楽しませてもらうわ」
と挨拶。
「ほな店来て飲めーや」
と言わんばかりの彼の視線を振り切って帰って来た。
さあ風呂入ってもう飲むぞ!!!
Posted by ファンキー末吉 at:15:18
2009年12月25日
末吉家のクリスマスイブ
末吉家のクリスマスは家で過ごす。
クリスマスプレゼントの交換などもあり、
毎年いろいろ趣向を凝らしたプレゼントが現れるのじゃが、
今年は龍之介(1歳半)へのプレゼントが一番凄かった。
滑り台もブランコもついており、
滑り台を外すと鉄棒にもなるらしい。
(しかしどこに置くねん!こんな狭い家で・・・)
子供が大喜びで遊んでいるうちに親は酒盛り、
隣の仮谷くんもやって来てワインを空けてしまってから気がついた。
うちの息子が・・・
ワイン一気飲み(?)!!
1歳半にしてこの息子・・・この親にしてこの子ありである。
Posted by ファンキー末吉 at:14:01
2009年12月24日
綾和也結婚!!
私の知り合いなら知らない人はいない、
そうでないなら知ってる人はいない人間に綾和也という人間がいる。
彼とはもう40年以上の友人である。
最初に会った(見かけた)のは小学校2年の時のドッジボール大会。
ボールを投げて当たった相手が顔の大きいおもろい顔をしてたのが印象に残っていた。
小学校3年の時に同じクラスになって以来、
その後クラスが変わっても何故かずーーーっと一緒にいる。
高校の頃には一緒にバンドをやり、
彼は大学進学のためにバンドをやめてからも私はずーっとバンドをやり続けていた。
そう言えばその頃から彼は少し「下品」だった。
当時流行っていたKISSのメイクをして、火を吹く代わりにメリケン粉を吹きながら、
いろんな下ネタを絶叫するバンドを見に来たクラスのマドンナは、
それ以来私と口をきいてくれなくなった。
私は神戸の大学に進み、彼は早稲田に進むつもりが浪人してしまい、
これでもう10数年の腐れ縁は終わってしまうのかと思いきや、
私が大学をやめて移り住んだところが高田馬場であったためにまた腐れ縁が復活した。
お父さんは東大出身、親戚は早稲田だ慶応だというエリート一家に生まれ、
何が何でも早稲田に入るのだと三浪し、最後に日本大学に進んだ時には、
「俺はアホなんや」
と自己完結する何かが生まれ、現在の性格の全てを培ってしまっていた。
大学の頃に組んでたバンドが「おたっしゃクラブ」。
コンテストに出てはウケはかっさらうが、審査員のナルチョに
「いやーむっちゃくちゃ面白かったんだけどどんな音楽やってたか全然思い出せないんだわ」
とコメントされ落選。
その音楽というのがそれはそれはお下劣であった。
「便秘だからあなたにウンコを吸い出して欲しい」
とか、それはそれは筆舌に堪え難い楽曲ばかりを演奏していた。
一度だけ私もライブでドラムを叩いたことがあるが、
今は大プロデューサーになってしまった爆風銃ファンの根岸高宗に
「末吉ぃ、言っちゃぁ悪いけど、あれはいかんと思うよ」
ととくとくと言われ、昔の苦い思い出を思い出して早々と距離を置かせてもらった。
そんなことばかりやってたので当然のごとく彼は大学は留年し、
結局入るのに3年かかって、出るのに5年かかっても卒業出来ず、
そのまま除籍になってしまった。
当時毎晩のように飲んでた私は、その頃から彼の大物ぶりを目にするようになる。
彼の母が泣きながら電話かかって来た時の話、
「私はあんたをこんな人間にするために生んだんではない!!」
泣きながら電話する母親に二日酔いで寝ぼけた頭で、
「ほなお楽しみで生んだんでっか?」
から始まり、母親はますます号泣することとなる。
さすがにこれはまずいと思った綾和也、マジになって母親を説得する。
「おふくろ、あんたが泣いて俺がまともになるんやったらいくらでも泣きや、
でも泣いたところで俺はどうせ変わらんやろ、
ほな泣くだけ無駄や、笑いなはれ!!は、は、は!!」
これには隣で二日酔いで寝ていた私もさすがにぶったまげた。
その後、その大物振りは続き、
ある日、ミュージシャン仲間が勢揃いした狂気の花見大会、
その後に目黒の綾和也のマンションになだれ込んだ一行の中に子供バンドの「やまとゆう」がいた。
主の綾和也や私が寝静まった後に「やまとゆう」の酒乱が勃発し、
ガラスというガラスは全て割れ、
急性アルコール中毒で救急車まで出る始末となっても綾和也はいっこうに起きる気配がない。
常々苦情を言いに来る隣の住人もこの日ばかりは烈火の如く怒って怒鳴り込んで来た。
その時起きている人達が精一杯あやまっても隣人は許してくれない。
「これはただごとではないぞ・・・」
みんなで綾和也を起こしに来た。
隣で寝ていた私が先に起きて、「これは大変」とばかり綾和也を起こしたがやっぱり起きない。
しかし「隣のおばはん」というキーワードにはさすがに敏感に反応して目を開けた。
一部始終をとくとくと語る友人たち・・・
ふんふん、と半目を開けてそれを聞く綾和也・・・
「そうかぁ・・・隣のおばはんがそこまで怒ったかぁ・・・」
深刻そうにそう言った綾和也、もう一言、
「そりゃ隣のおばはんも可哀想になぁ・・・」
と言ってまた寝てしまった。
私や友人達は開いた口が塞がらない。
「あいつは俺たちとはスケールが違うんや・・・」
あきらめてみんな寝た。
そう、彼は人間のスケールが違う。
いや、もはや人間ではない!!
魚類のような顔をして「友釣り」ならぬ釣りを楽しみ、
酒を飲んでは必ず泥酔して前後不覚に陥る。
男性にはすこぶる人気があるが女性はなかなか縁がない。
「ベッドの上では笑かしまっせ!!」
が口説き文句なのだから、これでなびく女性が現れる方がむしろおかしい。
最近では自ら「ホモ」を宣言し、一生結婚することはないのだろうと周りが思っていた頃、
元ファンキーコーポレーションの西部嬢からメールがあった。
「何と綾和也が結婚します!!18歳の双子の娘の父親になります!!」
このニュースはあっと言う間に仲間内を駆け抜け、
「18歳の双子の娘と結婚するのか」と勘違いし、頭を豆腐に打ち付けて自殺しようとする者、
「世も末じゃ」と念仏を唱えながら悶絶死する者が後を絶たず、
これはその菩薩のような奥さんに一度綾和也の本当の姿を見て頂いて、
それでも考え直さないならば周りも祝福しようではないかということに今回相成った。
何せ綾和也という男、友人の結婚式の司会を頼まれたことは数知れず、
差別用語、下ネタはもちろんのこと、新郎新婦のご両親、親戚一同の前で
「新婦は学生の頃は砲丸投げのチャンピオン、今は睾丸舐めのチャンピオンで御座います」
という暴言を吐くほどの始末。
これで本人が結婚する時には仲間内が黙っているわけがない!!
来たる3月28日(日)12時半より結婚披露、
いや「綾和也の全てを披露パーティー」を行いたいと思います。
綾和也に恨み、いやご縁がある人には私が今から招待メールをお送りしたいと思うのですが、
何せもうしばらく連絡を取ってない方もいらっしゃると思います。
メールが来なかった人も是非私の方にご一報下さい。
こんなおもろいこと、いやめでたいことを
みなさんで是非肴にして飲む、いやお祝いして飲もうではありませんか!!
幹事:ファンキー末吉
司会:三井はんと和佐田はん(会場レポーター衛藤浩一)
出欠のご返事はこちらまで
mailto:ayakazuyakekkonn@gmail.com
Posted by ファンキー末吉 at:17:23
2009年12月23日
帰ったら師走・・・
師匠も走り回るというのは当たっている。
中国では旧正月が大きなイベントなので12月でも何もどうということはないが、
日本は正月が一番大きなイベントの上に、
その前にクリスマスがある。
クリスマスケーキの予約とか、
ケンタッキーのクリスマスチキンの予約とか、
家族へのプレゼントの用意とか、
おまけに年末防犯対策で防犯ライトの取り付けとか、
なんやわからんが無性に忙しい。
昨日は小林エミと西野やすしのダイナマイトショーであったが、
今日も家のことをやった後に同様のライブである。
そんな中・・・長年の幼なじみである綾和也がついに結婚?!!
このニュースが我々仲間内を政権交代よりも大きなニュースとして駆け抜ける。
こんなおもろいこと・・・いやいやめでたいこと、
メルマガ発行してみんなに知らせんと・・・
Posted by ファンキー末吉 at:08:41
2009年12月10日
譜面の山
昨日の素晴らしいセッションを見に行かず、
夜はひたすら譜面を書き(今の時代は打ち込み)、
今朝起きて真っ先にせねばならないことがプリントアウトである。
これがまた時間がかかる!!
プリントアウトしてみて初めてミスが分かったりすることもあるので、
この作業は実は譜面書きと同じぐらい重要なことである。
ある曲ではタイトルが違っていて別の曲になっていた。
それはもともとその別の曲のフォームを使って譜面を作り、
タイトルを変更するのを忘れていたためである。
パート名をつけておくのを忘れている譜面は
譜面がごっちゃになるとわからなくなってしまうのでつけておく。
2枚に渡る譜面はちゃんと2枚目に曲名があるか、
1枚目に「この譜面は2枚綴りですよ」という印「1/2」と入れる。
そんなことをやってるもんでプリントアウトだけで1時間以上かかるし、
出来た順にプリンターがある玄関
(うちは狭いからプリンター置く場所がないのよ)
にパート別に並べてゆく。
凄いなあ・・・よくこんだけ書けたなあ・・・
まあ全ては科学技術の進歩の成せる技である。
昔は手書きでスコア譜を書いて、
「写譜屋さん」という職業の人がそれをパート譜に書き直した。
ペン一本で家を建てた人もいるくらいだ。
今はそれらの作業が全部コンピュータで出来るようになっている。
だからワシのような人間でも立派にブラスやストリングスを書くことが出来るのだ。
昔の優秀な写譜屋さんは、
手書きのスコア譜を見てその間違いをチェックし、
パート譜にする時にはそれを正して書いたり出来たそうだ。
ワシはとてもじゃないがそんなことは出来ない。
ストリングスはビオラの「ハ音記号」という馴染みのない記号があったり、
ブラス譜は楽器によって調を移調せねばならないので、
出来上がった譜面を見てもう正しいかどうかを判断することは出来ない。
その代わりコンピュータで書いた譜面の音を出して確認することが出来るので、
こうして譜面を打ち出し終わった時には自分のやったアレンジを信じるしかない。
これを今日現場にどさっと持って行き、
「何だこの譜面・・・おかしいよ」
となった時にはもうその場では直せない。
ひとつのパートは他のパートと微妙に絡み合っているので
ひとつを直しただけではダメなのだ。
万が一そうなったら今日はその曲は演れないということになる。
さあどうなる?!今日のライブ!!!
二井原 実 オーティスレディングトリビュートライブ
12月10日・11日・12日
OPEN 18:30 START 19:30(予定) チャージ 5,000円
二井原実(Vo)
西野やすし(Gt)
仮谷克之(Ba)
ファンキー末吉(Dr)
力石理江蔵(Kb)(11日以外)
西脇辰弥(Kb)(11日のみ)
川嵜淳一(tp)
松木隆裕(tp)
包国充(ts)
吉田俊之(tb)
本日は平日なので席に余裕あり。
明日、明後日は残席10を切りました。
お早い目に予約のほどを!!
Posted by ファンキー末吉 at:11:38
2009年12月09日
帰り着いた
羽田に降り立ったらあまりの暖かさにほっとするなぁ・・・
明日から二井原実オーティストリビュートライブなのじゃよ!
寝ると食う以外はずーっと仕事してた毎日の中で
並行してブラスの譜面を書いている。
空港の待合室から飛行機の中までずーっと書いている。
あと5曲!!
ラストスパートじゃ!!
今日はスーパーゴスペルボーカリスト三科かをりさんと
元筋肉少女帯の太田明くんとのセッションなのじゃが見に行けんなきっと。
ネット配信せんかなあ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:13:22
2009年12月06日
大阪~羽田~北京行き
もつ鍋をしこたま食ってしこたま飲んで、
よせばいいのにまた橘高とミーティングと称してバーに行く。
またしこたま飲んでいろんな事が決まってゆくが、
「明日北京なんでしょ、もう寝たらどうです?」
と言われてはたと気がつく。
ワシは山ほど仕事を抱えていたのじゃ!!
仮眠をとって新幹線に飛び乗り、
とりあえず今晩のリハの譜面を数曲書き、
羽田に着いて二井原オーティストリビュートの譜面を数曲書き、
酒も飲まずに飛行機に飛び乗る。
北京は極寒らしいが厚着をしていない。
大丈夫じゃろうか・・・
Posted by ファンキー末吉 at:12:50
2009年11月30日
「Paul Jackson vs 菊田俊介」無事終了!!
いやー楽しかった・・・
最後には菊田俊介バンドのポールも入って大セッション大会。
仮谷くんとポールのベースバトルも見れて最高だった。
菊田さんの次の来日を待って、
またこのメンツで今度はLive Bar X.Y.Z.→Aでやりたいと思う。
菊田さんやポールやマーティーブレイシーのコメントをUPしました。
店のHPで見ることが出来ます。
Posted by ファンキー末吉 at:14:25
2009年11月29日
リズム考
今日のライブは非常に楽しかった。
シカゴから来日の菊田さんももちろん凄かったが、
マーティーブレイシーとポールジャクソンのリズムセクションがもの凄かった。
マーティーは私のアイドルドラマーのひとりだし、
ポールジャクソンも私のアイドルベースのひとりだが、
このふたりがリズムセクションを組むことによっていろいろ考えさせられるものがあった。
まずこのポールジャクソンという人が(リズム的に)変態である!!
弾くフレーズ弾くフレーズ裏のビートばかりである。
ほとんどが16分の裏の音符で、
表に来ている音符の方が少ないぐらいである。
これを弾きながら歌を歌えるんだからもの凄い!!
それに合わせてリズムを組み立てるんだから
必然的にマーティーのフレーズも裏打ちが多くなる。
完璧なファンクドラマーである。
しかしこのふたり・・・何といったらいいか・・・
決して「きちっと」していない。
日本人だとカクカクに正しい位置で全拍置いてゆくのだが、
このふたりはどちらかと言うと・・・ユルいのである。
例えばある曲だとベースがラテンのモントゥーノのようにバッキングをしながらそれに乗せてドラムソロを叩く。
当然ながらそのバッキングは16分の裏打ちばかりである。
ところがマーティーがそれに乗せて3連のフレーズを叩くとする。
3連と16分は頭拍以外は同時に鳴らないわけだから、
裏打ちのフレーズを弾いているポールと3連を叩いているマーティーとは、
音符的には全部「ズレている」ということになる。
ところがこれがズレてても気持ちが悪いどころか、
グルーブが同じなので非常に気持ちよく聞ける。
つまり彼らは「音符」を共有しているわけではなく「グルーブ」を共有しているのだ。
マーティーが叩くドラムソロ、
まあ手数を入れるよりもビートを刻むのだが、
それがまた非常に気持ちがいい。
中国語で「有感覚(ヨウガンジュエ)」
日本語で言うと・・・「フィーリングがある?」・・・
いや違う。一番適切な日本語は「粋」なのである。
ファンクは言わば黒人の「民謡」みたいなものである。
それをワシはドラムを始めた頃から「勉強」して来た。
黒人になろうとして「ファンキー末吉」と名乗った。
でも彼らは普通にそれをやっている。
「血」にそれがあるのである。
「黒人にはなれない」と悟って今度は「中国人になる」と言って今がある。
でも中国人になれないことはもうわかっている。
菊田さんが本場シカゴでブルースギタリストとして認められているように、
ワシも中国でドラマーとして認められている。
それでいい。
ワシらがやっているのは「イエローブルース」なのである。
明日もライブがあるのに今日はポールとマーティーと飲んだ。
なんか素敵な夜だった。
明日もきっと素晴らしいライブが出来るに違いない。
Posted by ファンキー末吉 at:02:39
2009年11月26日
激辛鍋は二度辛い
昨日激辛鍋パーティーに参加して頂いた皆様、
今朝はさぞかしトイレでまた「辛い」思いをなさったことと思います。

江川ほーじん曰く、
「辛いっつうのはなぁ。旨味じゃないんや、痛みなんや!」
つまり痛いから脳がその痛みを和らげるために脳内麻薬を出す。
だから気持ちがよくなる。
一口めの肉で「辛っ!!」と叫んでいた人が、
結局最後にはそのスープを全て吸い取った春雨を平気で食べるようになるのはこのためです。
5kgあった肉は完食!
火鍋のタレもほぼ使い切ったので、また中国から持ち帰ってやりましょう!!
予定では12月29日の今年最終営業日。
問題は鍋奉行をしながらドラムが叩けるか、である。
決定次第HPで告知致します。
お楽しみに!!
Posted by ファンキー末吉 at:15:14
2009年11月23日
ホルモンミーティング
昨日のライブは凄かった・・・
もう「精根尽き果てる」とはこのことで、
ファンクラブ会でも立ってる力が残ってなくてずーっと座ってたぐらいである。
しかし酒を飲むと元気になるから不思議である。
ファンクラブ会の最後の方では元気いっぱい。
ファンが帰った後でも4人で熾烈なミーティング(?)が始まる。
来年から20周年に向けての活動方針である。
だいたいX.Y.Z.→Aはこうやって酒の上で物事が決まってゆくから怖い!!
100本ツアーしかり、全都道府県ツアーしかり。
和佐田はあきれて先に帰り、
帰る方向が同じである橘高二井原末吉は車の中でも熾烈なミーティング(?)を続けている。
ファンキー村に着く寸前に、
「これはちゃんと話し合う必要があるじゃろう」
ということになり、Uターンして八王子市内のホルモン屋に行く。
ホルモン屋でまた熾烈なミーティング(?)である。
来年のもの凄い企画が酒の勢いで決まってしまった。
二井原はそのまま酔い潰れてしまい、
橘高とふたりでその企画を実現すべく、朝まで熾烈なミーティング(?)を続ける。
家に帰って嫁に言われた。
「パパ・・・臭い・・・」
Posted by ファンキー末吉 at:11:21
2009年11月22日
今日はX.Y.Z.→A10周年記念ライブ
電話帳データを引っ張り出していろんな人に招待メールを出した。
懐かしい人からいっぱいメールが来た。
20年以上会ってない人も見に来てくれるそうだ。
「50歳年齢最高速最大音量のドラムを叩く!!」と宣言した。
別に今日が集大成でも何でもない。
10年やって来ていつものライブをやるだけのことである。
こんなことを10年やってきた、それだけなのである。
今日が終わったらファンクラブ会でしこたま酒を飲んで、
そして20年目に向けてまた同じようにライブをやる。
更にあと10年これをやってたとしたら、
名実共に60歳年齢最高速最高音量のドラマーとなるだろう。
力の限り叩かせて頂きたい。
Posted by ファンキー末吉 at:10:40
2009年11月20日
明日「田川ヒロアキ」レコ発記念ライブ
いやー、田川くんの映像を最初に二井原に見せられたのは成田空港でした。
確か、ワシは北京からの帰り、
二井原は5枚目のアルバム「Wings」のTDのためにアメリカへ。
北京からの最終データを成田で二井原に渡した後、
「ファンキー、時間あるか?」
と言ってパソコンでこの映像を見せたのだ。
ショックのあまり身体が固まった。
何と言っていいのか・・・「人間って凄い!!」みたいな感覚か・・・
それは彼が盲目だからというだけではない。
音楽という世界をワシも走り続けて来て、
気がついたら全然知らない人がいきなり自分より前を走っていた・・・
そんな感じなのであろうか・・・
「ファンキーに頼もうと思ってた俺のソロアルバムなあ・・・
この人に頼んでみようと思うんや・・・」
はっと我に返ってワシは言った。
「そうしぃ、そうしぃ!彼はもっと世に出るべきや」
それから一週間ワシは寝込んでしまった。
うなされると言うか、
「自分は今まで何をやって来たんだろう・・・」
そんな感じである。
そして今、彼は八王子に引っ越して来て我らがファミリーとなっている。
そんな彼がついに初のソロアルバムを発売。
明日はそのレコ発記念ライブを行う。
ワシは店でライブなので行けないが、
見に行ける人はこっちを放っといても是非見に行って欲しい!!(笑)
会場: 東京目黒「鹿鳴館」
日程: 2009年11月21日(土) 17時開場-17時30分開演
出演: Dr.長谷川浩二、Ba.和佐田達彦、Key.半田すなお、
ゲストVO.田中雅之、and more...
Yahooにニュースが載っていた。
JASRACと喧嘩したとニュースに載るより全然凄いことではないか!!(笑)
Posted by ファンキー末吉 at:21:44
2009年11月18日
退院祝い
隣人である仮谷家の主婦であり、
店の一切を任されている店長であるあ~ちゃんが、
無事出産を終えて退院して来た。
退院祝いとして仮谷家を招待して独楽寿司へ・・・
前回スタンプをもらっているので総会計が30%オフになると言うから、
こりゃ大人数で行かないと損であるってなもんである。
自分が飲むためにいつも運転手で使う仮谷くんにも今日は飲んでもらい、
ワシは飲まずに運転手である。
出産という大仕事を終えたあ~ちゃんにももちろん飲んでもらう。
ワシはあ~ちゃんが仮谷くんと知り合う前から飲み友達で、
巷の友人達の間では一番の酒豪だったあ~ちゃんもさすがに妊娠中は酒を飲むわけにはいかない。
せめて今日ぐらいは飲んで下さい。
それにしても女性は偉大である。
出産の痛さというのは男性が経験したら狂い死にするほど痛いらしい。
痛みに強く出来ているというのもあるだろうが、
一説には忘れる能力が強いというのもあると言う。
とある知り合いの奥さんの話・・・
結婚して幸せで「子供が欲しいね」ということで妊娠し、
そしたらつわりが非常にキツくて数ヶ月苦しみ、
それを越したら幸福感で忘れてしまい、
今度は陣痛が来て「こんな辛いことはない」と思うぐらい苦しんで、
生まれたらそれを全部忘れてしまい、
「幸せだねえ、もうひとり欲しいねえ」でめでたくまた妊娠し、
またキツいつわりが来た時に
「あ、これがあったんだ・・・」
とまたひとしきり苦しみ、それを過ぎるとまた忘れてしまい、
ああ幸せだなあ・・・と思ってたら陣痛が来て、
「あ、これがあったんだ・・・」
とまたひとしきり苦しみ、そして生んだ後はそれをまた忘れている・・・
あーちゃん、偉大な君に寿司食いねえ!酒飲みねえ!
お勘定の時に店員が数えるのをイヤになっていたが、
ちなみにこの皿のほとんどは末吉家で食ったものである。
Posted by ファンキー末吉 at:19:38
2009年11月17日
X.Y.Z.→A80秒CM
いやー朝から二井原叩き起こしてCM作りましたがな。
Nack5をよく聞いているという橘高の話によると、
80秒CMというのはまるで番組内でDJが曲を紹介してるように聞こえるというので、
じゃあ「Succesion(こちらで試聴出来ます)」だけを使って
曲をちゃんと聞かせるように作ればいいのかなと思ってやっていたのじゃが、
二井原が「いやアメリカのCMはもっといっぱい曲が入っとるぞ」と言い出したので、
よっしゃそのバージョンも作ろう!!とばかり2バージョン作ってしまった。
どっちがええかわからんのでファンのみなさんの意見を請う!!
こちらは1曲だけを使ったバージョン
こちらは無理矢理3曲ねじこんだバージョン
どっちがええやろか・・・ここに書き込んでちょ。
Posted by ファンキー末吉 at:14:13
2009年11月16日
時の人・・・
mixiはやってないのでようわからんが、
エンターテイメントNewsで1位だったとか、
そのコメント?数が1位だったとか、
なんかあのJASRACネタが一人歩きして、
勝手にワシを時の人に押し上げてるようである。
久しぶりにブログのアクセス数を見てみると・・・
6万ヒット?・・・
ウソやろ・・・この数字・・・
北朝鮮プロジェクトの時でさえこんな数字はなかったぞ・・・
まあいい、ワシのアホな話を見てもらって、
X.Y.Z.→Aの新譜が少しでも売れればそれでいいのよ・・・
(二井原のブログによれば売れ行き好調らしい)
大阪のライブも盛況のうちに幕を閉じ、
ホルモン教の教祖、ホルモン大王としてはそのまま開場近くのホルモン屋に飛び込む。
和佐田が芸人さんを連れて来る。
お笑いには疎いワシは存じ上げなかったが「ガリガリガリクソン」という芸人さんらしい。
娘にメールしたら狂喜乱舞してたので有名な人なのであろう。
「いやーmixiのニュースで見ましてね、
是非お会いしたいということで和佐田さんにお願いしたんですよ。
たった一人で巨大組織に立ち向かう姿、
感動以外の何ものでもありません!!!」
ひえ〜〜!!!
そんなんじゃないんですぅ〜!!
頼むから話を大きくしないで下さいぃ〜!!
私はね、たかだか払えと言われている2〜3万円の金のためだけに文句を言ってるだけで、
別に全著作権者を背負って大きな戦いをやってるわけじゃないんですぅ〜!!
「え?そうなんですか?じゃあその3万円僕が払いますから頼むから戦って下さい」
芸人さん金持ちなんですねえ・・・
「いや、昨日パチンコで勝ったんです」
いやー・・おもろいなあ・・・芸人さんと飲むのって・・・
Posted by ファンキー末吉 at:08:34
2009年11月14日
嫁とAnvilとマイケルジャクソン
先日嫁がマイケルジャクソンの映画「This Is It」を見て感激して帰って来た。
「パパ、マイケルは凄いんよ。
例えばパパがスラッシュ禅問答叩く時、
自分の限界を超えるためにアドレナリン出したり、
そんなことをあの人はリハーサルから毎日やっとんよ」
わかったよーなわからんよーな・・・
「あれだけ才能に恵まれてスタッフにも恵まれて、
それでもあの人は毎日毎日さらに自分を超えようとしとるんよ」
それはわかりそーな・・・
「なんかな、あれ見たらな、
マイケルは何でマイケルで、
Anvilは何でAnvilなんかようわかった気がするわ」
やっぱよーわからんよーな・・・
「まあいっぺん見とき」
と言うので今日見に行って来ました、イオンマイカルシアター!!
さすがマイケル、Anvilのような単館上映とはわけが違う。
まあ感想はと言うともちろん素晴らしい映画なのじゃが、
二井原がAnvilを「身につまされる」と言うのと同じように、
ワシはこの映画をつい自分の「仕事」とオーバーラップして見てしまった。
Anvilはワシらの「バンド生活」を、そしてこの映画はワシの裏方の仕事をオーバーラップしてしまったのだ。
きっと開演前の「映画泥棒は犯罪です」という広告を見てしまった瞬間に、
「ああ中国ではもうきっと海賊版で字幕も入ってみんな見てしまってるんやろうなあ」
と思ってしまったのでもうイケナイ。
ファンキー村の子供達は仮面ライダーを見て帰った途端に
全員仮面ライダーになりきってバトルが始まるのと同じように、
ワシはいつもの中国のいろんな仕事を思い出して、
逆にマイケルの裏方になり切ってしまったのだ。
ところが一瞬こう考えてしまったのがイケナイ。
「12月にバックをやる新人歌手もきっとこの映画を見てるだろう。
これを見て自分も同じようにやるぞと考えてしまってたらどうしよう・・・」
子供が仮面ライダーになり切るぐらいである。
歌手がマイケルになり切ってしまったって不思議ではない。
そう言えば大歌手でもないのに「リハを10日間やる」とか言い出したり、
今回の仕事には何故かちょっと不吉な予感があったのじゃ・・・
だいたいマイケルはバンドからダンサー、
スタッフに至るまで世界のトップクラスである。
ワシもコンサート制作者になり切って見ているのでこのレベルの高さには感激もんである。
しかし中国人のいち歌手が「ワシもこれをやる!!」と言い出したら周りはどうなる?!!
国内最高峰のミュージシャンを集めたってたかだかワシなのである。
予算もないので恐らくその他のミュージシャンはワシが育てた若い衆である。
そう言えば
「ギターは誰か華のある日本人ギタリストを呼んでくれ」
とか言うとった・・・
ひょっとしてこの白人女性のギタリストをイメージしとるのか?・・・
あんなの日本にもおるわけないやないかい!!!
全く持って頭が痛い。
このマイケルのレベルはスタッフそれぞれの世界的な才能のみならず、
その「団結力」によって更にこのレベルにまで昇華しているのだ。
「3人寄れば文殊の知恵」の日本人ならばいざ知らず、
中国人は「ひとりひとりは龍だが3人寄ればブタになる」民族なのだ!!
前回のWingの北京コンサートの時、
子供を出すタイミング、幕を上げるタイミング、
どれもがリハと違うので初日が終わった後すぐさま舞台監督を怒鳴りつけた。
「お前!あれだけリハでやっただろう!!どうして本番はまた違うんだ!!」
香港人の舞台監督は泣きそうになりながらこう言った。
「ファンキーさん、大陸のヤツらに何言ったって無駄なんです。
後で怒ったって、
”ほら、俺のタイミングはばっちしだったろ!!”
って威張ってんですから」
12月に一緒にやる歌手の人よ。
頼むからマイケルを目指さないでくれ。
完璧主義を目指すならせめて、
自分が完璧になって、完璧なスタッフを揃えてからワシを呼んでくれ!!
素晴らしい映画を見て気が重くなって帰って来たのはワシだけだった。
Posted by ファンキー末吉 at:16:02
2009年11月12日
ラジオCM打つぞ!!
アルバムの反響がよいということで、
至急ラジオでもプロモーションしようということになったが、
これがまた今日びのラジオ業界も世知辛い。
まあ「今月のパワーローテーションを金で買う」というのは普通のこととしても、
例え札束を山ほど積まれたところで(そんな金もないのじゃが)、
ラジオ局自体にメタルを流す番組がないのだからやりようがないのである。
そんな中で関東で唯一のロック放送局「Nack5」が手を挙げてくれた。
ここは唯一銭かねではなくスタッフが気に入ればパワーローテーションに挙がる可能性がある局だそうで、
この局だけはいろいろとロック番組があるので流せる枠もあるという。
よし!じゃあせっかくだから22日のライブも宣伝するぞ!!
ということになり、二井原実DJの素晴らしいナレーションを我がファンキースタジオで録音した。
これだ!!
いやー、いいねー!!
10周年っつう感じじゃねえ!!
感慨深いねえ!!
19日から流れるらしい。
ワシはもうラジオはNack5(79.5kHz)しか聞かんぞ!!
Posted by ファンキー末吉 at:13:31
2009年11月11日
新譜発売になりましたがな!!
娘の誕生日のことで一生懸命になってるうちに発売になってました!!
「Learn from Yesterday! Live for Today! Hope for Tomorrow」

発売:トイズファクトリー
定価:¥3,000 (税抜価格¥2,857)
品番:PDCX-9008
なんとここで試聴出来るということで、
全曲試聴しましたがな(アルバム聞けよ!)。
いやーええアルバムやねえ。
感慨深いねえ。
今夜はまたフルで聞きながらセルフ打ち上げか?!!
Posted by ファンキー末吉 at:14:59
2009年11月10日
娘の誕生日
今日は娘の14歳の誕生日である。
アホな父親はそんな大事な日に店でライブをブッキングしておる。
ま、毎度のことなので許してけろって感じなのじゃが、
まあせっかくなので店で誕生日会をやろうということになっている。
「パパ、お店のお客さんおったらどうするが?(土佐弁)」
と一応心配されるが、
「おらへんおらへん!客なんかおらへん(笑)」
と切り返しつつ、
まあとりあえず会場の6時半から開演の8時まで客としてパーティーをすればそれでよかろう、
その時間にもし客がいればついでだから一緒に祝ってもらおう、
と、まあ毎度のごとくアバウトなもんである。
問題はプレゼントである。
何か誕生日の歌でも歌ってやろうと思うのじゃが、
これが探してみると我ながらいろいろ作っていたことが発覚した。
まず今回のX.Y.Z.→Aの新譜に収録される「Banzai Birthday」。
X.Y.Z.→Aの過去のナンバーの詞ばかりを繋ぎ合わせて作った、
これはこれで非常によく出来たナンバーなのじゃが、
内容があまりにX.Y.Z.→Aのファンに送るものとして完成され過ぎていて、
どうも娘に送るものではないので今日歌うには難しいじゃろう・・・
三井ぱんと大村はんに書いた未発表曲もあったが・・・
子供に歌うにはちとなあ・・・(苦笑)・・・
探してたらあったあった!
夜総会バンドの「Happy Birthday」という曲。
歌詞は女の子が彼氏に歌う内容じゃが、
ちょっといじれば娘に歌うことも出来るぞよ・・・
・・・と思って昨日からずーっと歌詞を書いているのじゃが、
これが非常に・・・難しい・・・
二井原は今回の新譜の中に堂々と娘に対するラブソングを歌っている。
ちなみに仮タイトルまで娘の名前じゃった。
本人曰く、アメリカ人は自分の娘に対して平気で
「You are so beutiful!!」
と言うんだよ、と曲中で何度もこう絶叫しているが、
日本と中国しか知らないワシはどうもこの辺が恥ずかしくて言えない。
だいたい詞なんて人が歌うからあんなこっぱずかしいものを平気で書けるが、
自分が歌うとなるとのう・・・
二井原はアホでよかったのう・・・ワシはどうも考え過ぎてしまうようじゃ・・・
とか何とか悩んでるうちにもう入り時間である。
せめて「I love you」ぐらいで勘弁してもらって、
開演時間のちょい前に誕生日会の余興として歌わせてもらおう。
その為にバンドもリハをするのか?・・・贅沢じゃのう・・・
その時間に客がいたらどうする?・・・迷惑じゃのう・・・
Posted by ファンキー末吉 at:15:01
2009年11月09日
祝!仮谷家の次男誕生!!
仮谷光星(かりやこうせい)ゼロ歳

仮谷家の次男でもあり、ファンキー村としては7番目の子供となる。
1番目:末吉家の長女13歳
2番目:末吉家の長男11歳
3番目:二井原家の長女8歳
4番目:仮谷家の長男7歳
5番目:二井原家の長男5歳
6番目:末吉家の次男1歳
7番目:仮谷家の長男ゼロ歳
2対5で男が圧倒的に多いやん!!!
これをX.Y.Z.→A村と考えると、
橘高家に男3人、和佐田家に男2人
2対10で男ばっかしやん!!!
女はうちの長女と二井原の長女だけか・・・
ちなみに明日は長女の誕生日。
おりしもワシは店でライブ。
だったら誕生日会は店でやらんかと持ちかけている。
出番前に娘のために誕生日の歌を歌ってやるのじゃ。
過去に200曲以上曲を書いているワシである。
誕生日の歌も何曲か書いたと思う。
ただ今捜索中・・・
Posted by ファンキー末吉 at:15:13
2009年11月07日
嫁とAnvilとX.Y.Z.→A
嫁がまだ見てないと言うので一緒に吉祥寺の映画館に行った。
しかし今回はワシは映画館に入らずに外で子守りである。
ちょっと寂れた映画館である。
ロック映画にはちょうどいい。
カップルがやたら少ない。
ファッショナブルな人も多くなく、
まるでアンダーグランドのライブハウスのようである。
Anvilには相応しい。
嫁が出て来るまで子供をあやしながらいろいろ考える。
この映画が成功してAnvilがメタリカのようなスターダムにのし上がって欲しいなどとは思ってない。
せめてこれがきっかけで30年続いたバンドがもっと続けることが出来る原因になってくれればそれでいい。
30年バンドを続けるのは大変である。
X.Y.Z.→Aは今年で10年。
メンバーチェンジもせずに、活動停止もせずに、
ひたすら同じメンバーで休まず10年バンドをやり続けたことは「日本のAnvil」と言っても過言ではあるまい。
しかしこんなことを言うとまた二井原のファンから
「X.Y.Z.→Aは違います!だってみんな音楽で食ってるじゃないですか!!」
とクレームをつけられてしまう。
予告編だけを見てワシもAnvilのみんなはもっと悲惨な生活をしてるのかと思ってた。
しかし実際彼らは嫁も子供もいて自分の家も持っている。
ドラムを叩ける部屋まで持ってるじゃないか。
その生活を維持するためにはやっぱり建築業や給食の配膳をやらねばそりゃ大変じゃろう・・・
まあワシらはそれを別の音楽の仕事でまかなっている。
ワシで言うと、中国でのレコーディングの仕事や映画音楽の仕事など・・・。
しかしやりがいのあるいくつかの仕事を除いて、
やっぱりそれはAnvilの言う「クソみたいな仕事」と同じである。
ま、やりがいのある仕事は銭かねじゃなくやるから、
実際金を稼ぐ仕事はクソみたいな仕事が多いということになって来る。
二井原はとあるインタビューで
「X.Y.Z.→Aは僕のライフワークです」
と答えた。
その時にワシもわかった。
「このままスタジオミュージシャンとして死んでゆくか?
それともバンドをやり続けるか?」
ワシは敢えてX.Y.Z.→Aはワシにとって「家(ファミリー)」である!!と言う。
ついでに言うとそれから派生する筋少、ラウドネス、爆風スランプも全てX.Y.Z.→Aファミリーである。
X.Y.Z.→Aがなかったらひょっとしたらそれぞれのバンドの再結成さえなかったかも知れないしね。
だからファミリーである筋少がワシの助けが必要ならワシは命がけで頑張る。
ワシにとって橘高はもちろんのこと、
大槻も内田も本城もみんなファミリーなのである。
ファミリーと言えばそれぞれの家族もファミリーである。
みんな助け合いながら楽しく家庭を過ごして欲しいし、
子供達もみんなの子供としてすくすくと過ごして欲しい。
嫁が映画見終わって出て来てこう言った。
「でもこんな話はバンドやってる人なら誰でも経験してる話よね」
その通りである。
30年続けているからすごいのである。
ワシらは今年で10年。
あと20年続けてたらAnvilを超えるだろう。
願わくばその時にもまだ筋少やラウドネス、爆風スランプも存在していてくれればもっと素敵である。
明日にそなえて・・・寝る!!!
Posted by ファンキー末吉 at:21:30
2009年11月05日
げげっ!!嫁が・・・
リハーサル会場で嫁からのメールを受ける。
「今日はご飯はどうすんの?」
優しい嫁である。
しかしリハが佳境になり、曲順をまた変えたりしているので、
「今日は何時に終わるかわからんからご飯はいらんよ」
とメールを返しておく。
すると数分後・・・
「あんた新大久保で飲んでから帰ろうと思とるやろ!!」
げげっ!!何故にぃ・・・何故にぃ・・・
いやいや、みーやんがな、
スタッフがな、是非一緒にご飯でも食べたい言うからな、
いつも大変やからな、たまにはご馳走したらなアカンやろ、
明日はバラしがあるから今日ぐらいしかないやろ、
そやからな、そやからな・・・
・・・と新大久保に消えてゆく・・・
Posted by ファンキー末吉 at:17:42
2009年11月04日
『アンヴィル! ~夢を諦めきれない男たち~』
いやー見て来ましたがなー。
泰山の日中友好ロックフェスティバルの打合わせをぶっちして、
和佐田のイベントの入り時間の前に、
会場裏にある小さな映画館に行って来ましたがなー。
大きい映画館で大々的にロードショーなわけでもなく。
一日に二回しか上演してないのがまたいい!
客が超満員というわけでもなくぱらぱらなのがまたいい!
また主人公のボーカリストのルックスがほんまに貧相なのがとてもいい!!
見終って隣のXYZファンの女の子なんて号泣してたもんなあ。
ワシも何度も目頭が熱くなったぞよ。
メタリカのメンバーが5回も見たっつうのがうなずける。
ワシも嫁ともう一度見に行こう。
http://www.uplink.co.jp/anvil/
Posted by ファンキー末吉 at:15:34
2009年11月03日
いざ名古屋へ!!!
朝からわざわざ王子様に迎えに来て頂き、
二井原とワシを乗せた車は品川駅へ・・・。
一同新幹線に乗り込み、
新横浜で和佐田が乗り込むのを確認。
このバンドはどこかのバンドと違って
誰かが来ないんではないかという心配がないので精神的には楽であるが、
体力的にはご存知の通り命懸けなので大変である。
橘高は11月1日の太田明セッションリーダーのプロJamに表れ、
2曲もギターを弾いて飲み過ぎて体調不良だと言うし、
ワシは移動に疲れ果てていたので、
中央高速事故渋滞の連絡を受けて昨日のリハはキャンセルした。
二井原曰く、
「ワシらこの年になったら練習より休息が大事やで」
と言いつつ今朝はトレーニングのし過ぎでちょっと疲れ気味・・・。
大丈夫、これがまたステージ上がってファンの顔見たら吹っ飛ぶのよ・・・。
頑張ってツーバス踏むぞーー!!
Posted by ファンキー末吉 at:12:27
2009年11月02日
ダブルブッキング
昨日は北京空港大雪のため、
今朝は滑走路が混雑してたのかも知れない。
いつものように搭乗して爆睡して目が覚めたらまだ飛んでなかった。
もう一度寝てまた目が覚めたらまだ飛んでなかった。
ワシが目を覚ます周期は、
飛行機が飛んで機内食が配られるぐらいの時間なのでだいたい1時間ぐらいのものか・・・
だから飛行機は2時間遅れで飛び立ったということになる。
追い風だったのか羽田には1時間遅れぐらいで着いて、
これがまた小さな国際線ターミナルなのですぐに出れるし、
空港の駐車場に停めているので車もすぐに出せるのですいすいと家路に着いた。
すぐに高速環状線。
成田からだとここまで1時間はかかるので結局2時間ぐらい得していることになる。
凄いぞ羽田便!!
そんなこんなで順調に運転していると日本の美人秘書から電話が来る。
「じゃあ4日はよろしくお願い致します」
4日って何じゃ?ワシは和佐田のセッションで名古屋におるぞ・・・
「いやですよぉ末吉さん。
前回泰山ロックフェスティバルの打ち合わせの時に4日のスケジューリングしたじゃないですかぁ・・・」
そんな大酒飲んでの話なんか覚えとらんぞ!!
もともと秘書とは言ってもお金のことと、
有限会社ファンキー末吉のこととを任せていて
スケジューリングは全部自分でやっているんだからワシが悪い!!
しかし酒の上で決まった話とは言え、
向こうからは泰山の政府関係者が来日してワシとミーティングすると言う・・・
困ったなあ・・・何とかワシ抜きでやってもらえんかのう・・・
それにしてがんがんに酒飲みながら話してたので酒の上での話だと思ったらちゃんと動いてるのね・・・
大事である・・・
Posted by ファンキー末吉 at:18:52
2009年10月30日
羽田ー北京便
筋少のリハ終わって、
帰ってX.Y.Z.→Aのデータ作りなどをしてたらもう出発の時間である。
しかし今回は羽田から出発なのでまだ時間的に余裕がある。
成田だと八王子から2時間かかるのに対して、
羽田だと1時間ですむのでありがたい。
欲を言うと近所の横田基地から出発したいのじゃが・・・
初めて出国する羽田国際線ターミナル、
小さいと言えば小さ過ぎる。
成田と違ってチェックインに長蛇の列が出来ないのはいいのじゃが、
あまりに人が少なくて不安になってしまう。
一番困るのがいつもの朝ビールである。
カフェはあってもレストランがない。
生ビールはあってもつまみはないのであるから・・・。
チェックイン手続きが非常に早かったので、
ターミナル連絡バスに乗って第一ターミナルまで出かけてゆく。
焼き鯖寿司があったのでゲットし、
そこで飲もうかとも思ったが、
別のターミナルで酔い潰れて乗り遅れたらシャレにならないので持って帰ることにした。
何せワシは関西空港のVIPラウンジで酔い潰れて飛行機を乗り過ごしたことがあるのじゃ。
今思い出しても不思議である。
VIPラウンジに入る時にはボーディングパスをチェックされ、
服務員が客がどの便に乗るかを完全に把握しているはずなのに、
VIP会員は無料で飲める生ビールをしこたま飲み、
そのまま椅子に座って酔い潰れてしまったワシを誰も起こさず、
2時の便に乗る予定だったのに目が覚めたらもう夕方だった。
何故に起こさんかった?!!
嫁の話では
「服務員は客に触ってはいけない規定があるから、
きっとパパは起こしても起きなかったのよ」
と言うが、
それにしてもビール片手に椅子に座って寝ているVIPを5時間もそのまま放っとくものか?・・・
VIPルームにいるということは既に「出国」はしているわけだから、
そのまま「出国取り消し」の手続きをしてまた「入国」する。
こんなことを経験出来るのはワシか、
もしくはパッパラー河合ぐらいのもんじゃろう・・・
というわけでワシは焼き鯖寿司を片手にまたターミナル連絡バスに乗り、
羽田国際線ターミナルに帰って来た。
帰って来てみるといきなり大混雑。
きっと始発の電車が着いたのね。
狭い上に人が多いと大変である。
出国してからどのような生ビールがあるかわからないので、
とりあえず外に申し訳なさそうに1軒だけあるカフェに行く。
生ビールを頼み、満席だった客席に図々しく相席で座り焼き鯖寿司を広げる。
店中がワシに注目する。
何で?!!
ビールに焼き鯖寿司はあきまへんか?
それともカフェで焼き鯖寿司はあきまへんか?
考えるにこれはきっと「持ち込み」であるからではなかろうか・・・
中国では基本的に持ち込みはOKである。
この店に「焼き鯖寿司」は置いてないのであるから、
それを外部で買って来てくれてビールが売れればそれでいい。
その通りじゃろ!!
生ビールなんて第一ターミナルのどこでもあるのに、
ワシは敢えてこの店で生ビールを頼んでいるのじゃ。
持ち込み禁止じゃったら生ビールの売り上げは第一ターミナルの売り上げになってしまうじゃろ!!
四角四面の日本人と討論してても仕方がない。
見つからないようにさっさと食ってしまい、
長蛇の列を並んで中に入る。
何じゃ、中にも生ビールはあるじゃないの・・・
次からは焼き鯖寿司持ち込みで、
始発が着く前に出国手続きして早めに中に入るこっちゃね。
手荷物検査で焼き鯖寿司が通るかどうかはわからんが・・・
とりあえず祝!!北京便就航!!
Posted by ファンキー末吉 at:13:36
2009年10月29日
筋少リハ再開
一度やった曲が多いとは言え、
もう一度おさらいしとかねば何が起こるかわからない。
よし!曲順通り最初から聞きながら譜面を見て全曲チェックするぞ!!
と思ったら数曲聞いたらすぐ眠たくなる。
筋少の曲を聞いたら条件反射で眠ってしまう癖がついてしまったのか・・・
眠らないと筋少は体力も必要なのでとりあえず寝て、
朝早く起きておさらいをする。
しかしまた筋少を聞くと眠くなってしまう・・・パブロフの犬・・・
一応新曲だけを譜面にしてまた二度寝してしまい、
昼頃あわてて家を飛び出した。
車の中で大音量で筋少をかけて事故を起こさないものか・・・
高速を乗るまで何やら道行く人がみんなこちらを見ているような気がして仕方がない。
道行く人にまでこの歌詞が聞こえているとは思えないので気のせいか・・・
スタジオに着いたら懐かしい筋少セットがセッティングされている。
テックの柴山さんが後ろで見守る中、
体力の続く限り叩き続けるのじゃー!!!
Posted by ファンキー末吉 at:18:21
2009年10月27日
太ったがな・・・
帰り着いて体重計に乗ったらびっくり!!
当たり前か・・・あれだけ飲み食いしてたら・・・
出発前の銀座Swingの日まではよかった。
6時半に子供達と朝飯を食い、
12時頃昨日の残り物で昼飯を食い、
夕方に楽屋でステーキ丼を食ってからその日は食ってない。
Swingからの車での帰り道
「ラーメンでも食ってくか?」
と言うと仮谷くんに
「もう3食食ってるのに4食目も食うんですか?」
と言われてやめた。
ところが仮谷くんはそのまま寝ればいいが、
ワシは徹夜したので腹が減ってたまらない。
その日の残り物のおでんをつまみ食いしたが、
これは「1食」になるのかなぁ・・・。
次の日(というかそのまま続いているが)は、
成田でまず朝の6時半からレストランでビールとおつまみセット。
規則正しい朝飯と言えば規則正しいのじゃが、
ちゃんと朝からビールセットがあるということは、
成田ではワシのような人が多いということか・・・
しかしここでちょっと飲み過ぎ、食い過ぎが始まった。
寝てないし、飛行機に乗る頃にはべろんべろんである。
搭乗口近くの寿司屋にもはしごして更に食い、そして飲んでいる。
飛行機に乗ってすぐバタンQ(死語)だったが、
機内食が出ると夢遊病者のようにまた食っている。
北京空港では乗り換え時間が短く飯を食うことが出来なかったが、
成都行きの飛行機で軽食を食い、
着いてサウンドチェックしたらすぐライブ。
そして名物のマーラータンと言われる激辛鍋。
これがいかん!!
辛いので食欲を増進していくらでも食える。
朝から重慶に移動。
胃が広がっているので朝から腹が減っているが、
列車の中ではろくなもんがないので軽く軽食。
そして仮眠。
鍋しか食ってないので重慶に着いたら炒め物料理。
ここでまたしこたまビールを飲んで昼寝している。
サウンドチェックが終わって本番までに軽くメシを食おうということになって、
またここであまりに旨いので食い過ぎてしまう。
本番終わって、
「やっぱ重慶火鍋でしょ」
ということになって、誰も腹が減ってないのに鍋を食いに行く。
これがまた激辛で旨いので食えてしまうところが恐ろしい・・・
そのまま酔い潰れて寝て、
飛行機で北京に帰って今度は北京料理。
村のレストランで久々に食うのでついつい頼み過ぎてしまうが、
激うまなので全部食ってしまう。
ビールも飲んで酔っぱらってそのまま寝てしまう。
起きて1日の二胡コンサートの譜面を書き、
それを届けるついでに北京名物のラムしゃぶ。
これが旨いのでつい食べ過ぎてしまい、
ビールも飲み過ぎてしまい撃沈。
翌朝起きてまた村のレストランで食べ過ぎて、
そのまま空港行って飛行機で寝る。
成田空港の食事から、
結局11食中、10食は食ってすぐ寝てるのである。
ブロイラーのような生活なので1日1kg太るのも夢ではない。
じゃあダイエットするかというと、
やっぱ旨いもの我慢してまで痩せたいとも思わないのでする気がない。
ただ、せめて腹へってない時ぐらいメシ食うのやめようや・・・
二井原ほどではないがちょっと生活改善する気になってしまった今日この頃である。
Posted by ファンキー末吉 at:07:04
2009年10月26日
成田上空強風のため
揺れたなあ・・・
別にこれだけ飛行機に乗ってるんやからいつ落ちてもええ覚悟はしとるが、
それにしてもよう揺れる。
上下に揺れるならまだしも、
左右に傾いたりするのは着陸には危ないんとちゃうか・・・
などと考えながら窓の外の景色を眺めていたのじゃが、
飛行場が近づいたと思ったらまた離れてゆき、
さすがにパイロットも苦労していることが伺われる。
飛行機はまた上昇を始め、
想像するに上空で強風がおさまるのを待つつもりか・・・
慌てても仕方ない。
パイロットだって死にたくないんだから、
プロなら何とか方法を考えて無事に着陸するだろう。
はてさてそしたら機内プログラムが終わってしまった今となってはこの待ち時間が退屈である。
酒でも飲んでiPhoneでXYZのニューアルバムでも聞きたいものなのじゃが、
成田からは車で帰らなあかんし、
着陸態勢でiPhoneの電源を入れるわけにもいかん。
しばらく上空を飛んでたようじゃが、
結局羽田に着陸することになったようじゃ。
羽田かぁ・・・帰りが近くて楽やなぁ・・・
と考えててふと我に帰った。
成田に置いてある車はどうすんねん!!!
その上、羽田は臨時着陸した飛行機で大混雑のため、
いつまでたっても飛行機から降りられない。
はてさて今日中に無事に帰り着けるじゃろうか・・・
Posted by ファンキー末吉 at:19:39
2009年10月23日
四川省ツアーに出発ぅ!!
サンプラザ中野くんのイベントに出演し、
車だったので酒も飲まずに帰って来、
その日は久々に酒を抜こうとそのまま寝た。
何せその前の日は朝の4時半まで飲んでたのだから・・・
(学生かい!!)
そして翌日は久々の銀座Swingでのライブ。
Jazzの店はシンバルやスネアを常備してないこともあるので、
一応車に積んで出かける時にふと考えた。
明日の今頃は北京空港で成都行きの飛行機に乗り換えている頃か・・・
だいたい無茶である。
国際線なのに乗り換え時間が1時間半しかない。
北京空港ではスタッフが出口で待ち構えていて、
そのまま国内線のところに走って成都行きに乗り換えるというのだ。
それなら夕方の最終便にしてくれたら乗り換えも余裕があるのに・・・
と思うのじゃが、それだと今度はサウンドチェックに間に合わない。
だからスタッフが待ち構えていて、
もし乗り換えが間に合わない時にはすぐさまその最終便に乗せるんだと・・・
ご苦労様なことである。
ここまでワシの都合に合わせてくれるというのもドラマー冥利に尽きるが、
基本的に銀座の次の日に四川省成都でコンサートをするのは無理があるんではないか・・・
銀座Swingに着いて店のドラムをセッティングする。
案の定シンバルは常備してないので自分のをセットする。
ピアノは生音でドラムセットは小さなJazzセット。
久々にJazzらしいJazzを叩いている自分に陶酔しながら、
明日の今頃はやっと成都に着いた頃かなあ・・・と想像・・・
リハが終わって安い駐車場に車を移動しに行ってると
「店の食事メニューを頼みますが何がいいですか?」
と進藤くんから電話が来たので
「ステーキ丼」
と迷わず答えたら、
「ファンキーさんは絶対ステーキ丼を頼むわよ」
と三科さんがしたり顔でそう言ってる頃、
きっと成都の空港から会場に着いた頃かな・・・と想像・・・
Swingのステージは1時間20分を2ステージという長丁場なので、
三好3吉さんをフィーチャリングして思いっきりJazzのインストをぶちかまし、
相変わらずのスーパーゴスペル姉ちゃん三科かをりが思いっきりシャウトし、
アンコールももらい、機材も片付けて帰ろうとする頃、
きっと成都でのライブもぼちぼち終わる頃なのではないかと想像・・・
機材を車に積んで仮谷くんと中央高速を走ってる頃、
「ああ、今頃は本場四川料理でビールを飲んでるんだな・・・」
と想像すると無性にビールが飲みたくなった。
いかんいかん、八王子まで着いたら数時間でまた成田まで出発せねばならんのじゃ!
車で行くので酒を飲む訳にはいかん!!
仕方がないので仕事をする。
明日の今頃は四川料理をたらふく食って酔っぱらっている頃だろう・・・
早く明日になーれ
Posted by ファンキー末吉 at:02:22
2009年10月20日
サンプラザ中野くんリハ
いつも田川くんがギターを弾くので
「一緒に乗ってくかい?」
と電話したら、
「何の話ですか?」
とスケジュールが伝わってない。
「田川くんちゃうの?」
と慌てて中野と連絡とってみたら、
中野もてっきり田川くんのつもりでいた。
「ほな今日ヒマやったらリハ来たまえ」
と言うが
「でも本番はいつなんです?」
と言われてその日が田川くんは店でライブであることが発覚。
店やったら出演時間によっては何とかなるかなぁ・・・
・・・とここで初めてイベントの内容が明らかになる。
ベジロック・・・
それと同時に中野からメールが来た。
「ギタリストは団長がブッキングされてました」
野菜が食えないギタリストがベジロックですかぁ・・・
これを機に団長も少しは野菜が食えるようになって欲しいものだ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:10:27
2009年10月19日
忘れ物
二井原がいつも仮谷家の靴下を忘れる話を書いたが、
彼の場合は忘れるのが靴下ばかりではない。
リハ時間が近づいて来て、かなり早くに出かける二井原。
「ちょっと用事があるから先行くわ」
ぶーんと走り去る二井原カー。
ちょっと心配になってメールする。
「イヤモニとかうちにある機材で持って行かなあかんやつはないのね?!!」
もし忘れているならワシが車で持って行ってやればそれでいい。
「ないない。それよりもの凄い渋滞やで」
とメールをもらい、ほならワシも早めに出ましょうとばかり家を出る。
高速は事故渋滞のようなので下道を通る。
下もかなりの渋滞である。
やっとの思いでスタジオとの半分ぐらいの距離のところではっと気づく。
「スティックとツインペダル忘れた・・・」
既にリハーサル開始時刻。
このまま順調に着いても1時間遅れ。
引き返したりした日にゃぁリハ時間が終わってしまう。
二井原は先に出ているので橘高にうち経由で取って来てもらうか・・・
いやいや、橘高がまだうち辺りにいるならリハは2時間遅れになってしまう。
はたと思いついて関山くんに電話する。
「うちまで行くと間に合わないので
君のスティックとツインペダルを持ってすぐ電車に乗れ!!」
地元のドラマーがいると便利である。
1時間ちょい遅れでリハが始まり、事なきを得てスタジオを出た。
全く二井原の忘れ物を笑えたもんではない。
店ではマッド大内がジャムセッションをやっているはずなので、
次のセッションリーダーである太田くんを連れて飲みに行く。
二井原も家に車を置いて飲みに来る。
がんがんに飲む。
太田くん終電で帰っても二井原とがんがんに飲む。
閉店時間も過ぎて仮谷くんが迎えに来てファンキー村に帰るが、
飲み足りないので仮谷邸で更に飲む。
二日酔いの朝・・・仮谷君の奥さんがうちにやって来た。
「末吉さん、忘れ物・・・」
見れば・・・ワシの・・・靴下・・・
全く二井原のことを笑えたもんじゃない。
Posted by ファンキー末吉 at:13:10
2009年10月18日
大家族のお食事
外食好きでエンゲル係数のむちゃ高い末吉家のスケジュールには
「10月18日は独楽寿司に行く」
と決められている。
何故かと言うと何か割り引きがあって次に行った時に30%OFFになるのだそうな。
しかしチラシを見てみると、
「敬老の日にスタンプカードをもらって10月18日孫の日にスタンプをもらえば」
ということなのじゃが、
「敬老の日に行っとかな30%割引にならんがな」
と言うと、嫁が、
「私を誰やと思てんの!!ちゃんと敬老の日にも行ってGetしとるがな!!」
夕方からX.Y.Z.→Aのリハーサルなので、そうなると昼食を独楽寿司ということになる。
末吉家は朝からばんばんに朝飯を食う。
食い放題バイキングだと前の日から食事の量を減らして、
食い放題負けしないように頑張るのじゃが、
食った分だけ払うシステムの時は空腹だといくらかかるかわからないから朝から食う!!
隣の仮谷家で遊んでいる子供を呼びに行くと、
子供達全員が「お寿司食べたい」と言うので全員連れて行った。
もちろん二井原家のお父さんにも断りを入れに行く。
「子供達ご飯連れて行くけどええか?」
「ええけどホルモンは勘弁してや!」
昼からホルモンは食わんじゃろ・・・
いや末吉家やったらわからんか・・・
とにもかくにもファンキー村の子供達が全員車に乗って、
開店の20分前から独楽寿司の前で待つ。
掃除をしていた従業員がぎょっとしてこちらを見る。
「9人ですけどよろしく!!」
開店と同時に店内に押し入って大暴れ。
いやー・・・子だくさんの家庭である・・・
来月にはこれに仮谷家の次男が増える予定である。
それにしても末吉家以外の子供は食が細いのう・・・
そんなことではおじさんのようにぱんぱんにはなれんぞ!!
二井原家の長女に続いて長男の胃袋も拡張し、
ひいては二井原家の食卓の絶対量を増加させ、
二井原のリバウンドを誘発し、
早くワシと和佐田の世界に引きずり込むのじゃ!!
Posted by ファンキー末吉 at:13:53
子供合宿
ポールのセッションを終え、飲み会にも行かず、
すぐに中央線に乗って八王子まで帰って来た。
駅から店まで歩いていると、すれ違ういろんな人に
「今お帰りですか?」
とか、
「もう終わりましたよ」
とか声をかけられる。
ライブ終わりに帰路につくACEさん(通称しみやん)のファンである。
店に入るとライブ終了後にしみやんがファンのテーブルを回って飲んでいた。
いつもながらファンを大切にする人である。
ファンサービスに忙しくて結局相手にしてもらえなかったが、
その代わりそのファンがワシを相手にしてくれて、
閉店ぎりぎりに頼んだワインが飲み切れないということでワシにくれたり、
しみやんがファンを大切にして、そのファンがワシを大切にしてくれるんだから、
回り回ってしみやんがワシを大切にしてくれるということである。
お隣の仮谷くんが厨房に入っているお母さんを迎えに来る。
ワシも嫁もその車に便乗して帰る。
飲み足りないワシは
「ほな仮谷邸で飲み直しますか!」
と言うのだが、嫁がそれをたしなめる。
「今日仮谷家は子供合宿よ」
覗いてみれば、二井原家のふたりの子供と、
うちの長男と、仮谷家の子供とが一緒になって寝ていた。
ちなみに朝起きてうちの下の子も参加しての仮谷邸・・・
もうめんどくさいからこのまま一緒に暮らせばぁ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:08:48
2009年10月17日
転校生は宇宙人(愛宕中吹奏楽部バージョン)
とタイトルを打ってこの送られて来た映像をUPしたいもんじゃが、
これがまた著作権法とかいろいろあってそうもいかん。
誰かがU-TUBEにでも上げてくれればいいのじゃが、
自分がUPしてあとでJASRACからとやかく言われるのはイヤじゃ・・・

と、まあイヤな話は置いといて、
去年娘の通っていた中学校の吹奏楽にプレゼントした曲、
転校生は宇宙人(愛宕中吹奏楽部バージョン)が定期演奏会で演奏されたらしく、
学校から娘にそのDVDが送られて来た。
いやー、徹夜して20段譜面を書いた甲斐があった。
ほんとここにUP出来ないのが残念である。
ちょっとハネたシャッフルファンクのビート感はみんなにもちょっと難しかったようじゃが、
それも考えてドラムもむっちゃ簡単にしとるし、
管楽器もなるだけ無理な音域を避けてアレンジした。
みんな立派に演奏しとるやないの!!!
先生は嬉しいよ!!
(いつから先生になったんや?)
生徒達の演奏でしばし楽しんだ後、
やはり思い起こしてはいけない問題が頭をもたげて来る。
なんで自分の曲を自分のサイトにUPしたらあかんの?!!
まあ原曲は作曲がワシ、作詞がサンプラザ中野なので、
権利者である中野がウンと言えばそれでいいはずなのじゃが、
そこで法律的にはいろいろあってJASRACがクレームをつけるらしい。
ところがこの愛宕中学校の定期演奏会は当然無料なのだが、
果たしてJASRACはそこに行って著作権料を徴収するのだろうか・・・
そして徴収したとしてもそれをちゃんと私らに分配してくれるのだろうか・・・
楽曲を管理する出版社はNHK出版。
「上演」という項目に果たしてこの楽曲が分配されているか調べてみよう。
ねえJASRACのみなさん、
いや、政権が変わったんだから民主党のみなさん。
もうこんなしちめんどくさいことやめて、
権利者はせめて自由にその楽曲を使えたりせんか?
自分で自分の楽曲使うのに許可がいるなんてやっぱおかしいぞ・・・
ちなみに今日はポールのセッションで目黒ライブステイション。
マイケルジャクソンのトリビュートライブである。
ちなみにライブステイションはJASRACとライセンス契約して、
月にいくらか決まった金額を払っている。
JASRACはそれを別の店で演奏したリストを元に分配する。
つまり今日のライブの著作権料もマイケルジャクソンには分配されない。
民主党さん、何とかしてくれませんか。
Posted by ファンキー末吉 at:10:24
2009年10月15日
二井原よ、ヒマなんかい!!
夕べはDVD鑑賞とかで起きててくれたもんで我が家庭は救われたが、
今日はワシは仮谷家で飲んで帰ってブログをチェックしたら、
お前はまたDVDを見て夜更かしをしとったんかい!!
ヒマなんかい!!
そしたら仮谷家に来んかい!!
今日の酒の肴は君んち一家の習性についての話題やったぞー。
おもろかったぞー。
というわけで本題。
なくて七癖とはよく言ったもんで、
人にはいろいろ癖がある。
科学的にはその癖が子供に遺伝するわけはないというのが一般的な学説ではあるが、
それでも現実的にはそれが遺伝している場合が多い。
お父さん:二井原実・・・忘れ物が多い。
まあそりゃ脳の毛細血管をぶち切りながらあんなシャウトを何十年もしているのである。
アホであってそりゃしかるべき。
ワシの車で送って行ったらサングラスだ帽子だを忘れてゆき、
スタジオや現場に自らの携帯だ眼鏡を忘れることは日常茶飯事。
そんなお父さんは仮谷家にいつも靴下を忘れてゆく。
まあワシもそうだが、仮谷家に行けば靴下を脱ぐ。
まあそれほどリラックスする家であると言うことだが、
ワシの場合放浪生活が長いので脱いだ靴下から始まって、
最低限の自分の荷物、(パスポート、人民元、ドル、クレジットカード等)
を常に持ち歩く癖がついている。
(家のカギを忘れるのは家のカギが日常にないからなのであろう)
ともかくどこで酔い潰れても
明くる日は同じ状態で生活出来るように既にプログラムされているのである。
しかし二井原家のお父さんは靴下を脱いだらいつも仮谷家に忘れていってしまう。
まあワシに言わせれば靴下なんか忘れるであろう、あのシャウトをしてるのだから、
脳にもかなりダメージがきていてしかるべきものである。
ところが二井原家の長女が仮谷家に遊びに来る。
小学1年生、1歳違いの仮谷家長男と遊ぶ。
何故か靴下を脱ぐ。
そして忘れてゆく・・・
これは単なる偶然か?・・・
もっと年下の二井原家の長男、まだ小学校にも上がっていない。
仮谷家に遊びに来る。
やっぱり靴下を脱ぐ。
そして忘れてゆく・・・
今や仮谷家は二井原家の構成員(嫁を除く)の靴下の宝庫である。
もちろん末吉家の靴下は、
ワシ、娘、息子、嫁を含めて忘れていったことはない。
これは単なる偶然か?はたまたDNAが成せる業か?・・・
Posted by ファンキー末吉 at:03:30
2009年10月14日
嫁はおかんむり
一昨日はネットカフェ難民となって朝帰り。
また、ワシはまたカギを忘れて行ったと言うのだから、
寝ずに待ってたと言う嫁は当然ながらおかんむりである。
しかし今回は心なしかちょっと優しい気がする。
これはひょっとして温泉地で見たテレビ番組の影響もあるのかも知れない。
紳介が司会を務める法律番組、
しかし今では法律と全然関係ないバラエティーになっている。
その番組の特番「芸能界気の毒な夫No.1決定戦」。
いやー・・・ほんま気の毒で涙が出ましたわ。
最初のうちは
「え?あんたんち一番風呂じゃないの?」
という紳介の突っ込みを受けて、「うち・・・基本的に最後やけど・・・」
「え?風呂まで洗わされるの?」
を受けて、「うち・・・それワシの仕事やけど・・・」
などと自分の家庭と比較して見ていたが、
エントリーしている気の毒な芸能人夫を見て嫁が一言。
「パパぁ・・・奥さんはこれに比べたらええ奥さんやろ・・・」
思わず同意!!
公衆の面前で旦那をカス呼ばわりしたり、
尊敬出来ない旦那やから身体に触られただけで虫酸が走ったり、
これシャレにならんで・・・
番組を見た全ての夫は「うちはまだマシやな」と思うし、
全ての妻は「ああはならんようにしよう」と思うから、
言わば家庭平和、ひいては世界平和をもたらすいい番組と言えよう。
(出演者にはほんまに気の毒やけどな)
そうこうあって一昨日は嵐も吹かず、
ちょっとした木枯らし程度でポールのリハーサルに出かけたワシ。
当然のことながら和佐田なんかとがんがんに飲んで終電で帰っている。
「あんた何やってんの!!」
電話を受けたのは帰りの中央線。
気がつけば今日もカギを忘れている。
寝ずに待つと言っても、本当に一睡もせずに待つのではなく、
現実的にはすぐに起きれるような状態で、
旦那が帰って来たらすぐにカギを開けれるようにして待つのであるが、
それでも夜中の2時に門のところでたたずみながら途方に暮れる。
このまま呼び鈴を押したり、嫁に電話したりする勇気はない。
頼みの綱はカギを持っている隣の仮谷くんなのであるが、
あいにく電気が消えているので寝てしまっている。
その隣の二井原家はだいたい10時には寝るのでノーマークであったが、
ふと見ると珍しく2階の二井原の仕事部屋
(いつも人間の声とは思われる絶叫が聞こえるので「怪獣部屋」と子供達は呼んでいる)
に電気がついているではないか!!
「ニイハラぁ!!」
小声で呼んでみるが、当然のごとく聞こえるはずはない。
大声で呼んだら嫁が起きるのでこれでは意味がない。
二井原はよく電話を下に置いて2階に上がったりするので徒労に終わるかも知れないが、
ダメもとで二井原の携帯に電話してみる。
呼び出すこと数回、なんと二井原が電話に出た!!
二井原にカギを開けてもらい、そーっと家に入り、
そのまま風呂に入って浴室の掃除をし、
そーっとベッドに入って事なきを得た。
今朝はちゃんと早起きして子供のご飯を作ったことは言うまでもない。
二井原よありがとう。
お前が起きててくれたおかげで今日は我が家も平和じゃぞ!!
Posted by ファンキー末吉 at:16:06
2009年10月13日
日中友好ロックイベントミーティング
聞けば日本の富士山と中国の泰山は「姉妹都市」ならぬ「姉妹山」らしい。
その泰山の麓で来年には日中友好ロックイベントを開こう
と言うミーティングが新宿で行われると言うこともすっかり忘れ、
家族サービスでその富士山の麓の温泉に来ていた。
大渋滞の中、車を運転して八王子まで帰り、
そのまま電車で新宿まで駆けつける。
待ち合わせの場所にはこのミーティングをブッキングした美人秘書が
「この仕事は実現したら是非我が社でやりましょうね」
と鼻息が荒い。
「そもそも今日はどんな人が来るの?」
と詳細を聞いているうちに現れたのが、
先日私を生放送の経済ニュース番組にブッキングするという暴挙に出た
某テレビ局プロデューサーWさん。
北京駐在時代に共に美人秘書の結婚式にも出席しているということでワシとも懇意にしてもらっている。
中国側からは泰山の政府関係者が出席と言うが、
またその人が非常に気さくな人で、
結局一行は新宿の居酒屋でがんがん飲みながら
本題もどこ行く風である。
一軒目が終わって
「ファンキーさん、もう一軒行きましょう!
大丈夫!八王子までのタクシー代は局が出します!」
と大盛上がり。
「新宿から八王子までっつうたら何万円もするぞ、
ワシも偉くなったなあ」
と嫁にメールを打ち、
二件目も大盛上がりで飲んでるうちに、
そのプロデューサーWが先に酔い潰れた。
お開きとなって茫然、
結局ワシはどうやって帰ればいいの?
美人秘書は「うちに泊まりなさいよ」とタクシーに乗せてくれたが、
「この仕事は是非我が社で、但し私が妊娠してなかったら」
というアツアツの御家庭にお邪魔するわけにもいかない。
それよりも何よりもワシは翌日はポールセッションのリハーサルなので
また6曲ほどコピーして譜面を起こさねばならない。
美人秘書の家は泊まってまた八王子まで帰るには遠すぎるのである。
タクシーが繁華街を抜ける前に飛び降りた。
この辺は昔の「庭」みたいなもんである。
しかし朝まで飲み倒すには相手がいない。
頼みの綱の岡崎はんは実家に帰っているし、
思えばそんなアホな生活をしている同い年の仲間はもういない。
みんなもう家庭を作ったりまっとうになっていて
そんなアホに付き合ってくれる人はもういないのである。
ひとしきりの夜中の迷惑電話をあきらめ、
繁華街でひとりぽつんとたたずんで気付く。
ワシ自身もそんなに若くない。
そんな朝まで飲むほど体力はないのである。
眠いなあ・・・
見れば目の前にはネットカフェ。
ここで暮らしてるネットカフェ難民も多いと言うではないか!!
飛び込んで手続きをする。
受付の兄ちゃん、非常に慣れている。
新宿の駅近くの繁華街のネットカフェに
この時間にやって来るこの風貌の中年男、
これはどこから見てもネットカフェ難民以外の何者でもない!!
ジャージ姿にぼさぼさの髪、
(天然なのよ、ほっといて!!)
バックパックひとつでポシェットにはパスポートとドルと人民元、
中国の風習で財布は持たず、
ポケットから裸銭でお勘定を済ますワシは、
どっからみても筋金入りのネットカフェ難民なのである。
狭い部屋で足を丸めて寝た。
来年に実現するかも知れないこの大イベントは
この男の双肩にかかっていることを誰も知らない。
Posted by ファンキー末吉 at:06:27
2009年10月09日
総動員でホルモン
京都への移動を前にして今日はひさびさのOFF。
睡眠時間は足りているはずなのに朝から眠たくて仕方がない。
これは
「起きたくない」すなわち「休みたい」
と身体が言っているのではないかたばかりごろごろしていたら、
台風で午前中休校となった子供達に
「まだ寝てるのかよ」
とばんばん蹴飛ばされる始末。
それでも寝てるんだからやはり疲れているのだろう。
嫁と車を飛ばして「つるつる温泉」に行って来た。
帰りには晩飯の相談である。
「パパぁ・・・久しぶりにホルモンが食べたいわぁ・・・」
嫁は久しぶりだがワシは毎日食っている!!
よし!!とばかりに界隈のホルモン屋をリストアップする。
ライブ終了後に開いてる店は少ないが、
この時間ならいくらでも選択肢がある。
「肉」という点で考えると、
界隈では「関根精肉店」の朝挽きホルモンが絶品である。
チェーン店もいろいろあり、結局「塩ホルモン鍋」がおいしい「塚田農場」に決定!!
ここならホルモンより鶏肉好きである息子も宮崎地鶏で満足であろう。
しかし嫁もビールが飲みたいとなると、
はてさて車をどうしたものか・・・
繁華街からうちまで代行を頼むとだいたい2500円ぐらい。
駐車場がだいたい1000円ちょいというところか・・・
バスで行って家族全員で1050円。
帰りはバスで大所帯は辛いのでタクシーで2000円ちょい・・・
結局交通費で3000円以上かかってしまうのね・・・
そこで考えた!
隣の仮谷家も誘って、ご馳走してあげるから車を運転してもらう・・・
酒を飲めない旦那に臨月の嫁、そして小学1年生の子供をご馳走する方が交通費より安いぞ・・・
ワシの思考回路など熟知してきっている仮谷くん、
喜んで承諾してくれた。
かくして出発!となった時、
仮谷家の息子と遊んでいた二井原家の娘が
「じゃあ私は誰と遊べばいいの!!」
とおかんむり。
「じゃあ一緒に行っていいかお父さんに聞いて来なさい」
ご近所に聞こえるぐらい絶叫しながら「お歌の練習」をしているパパにお伺いをたてる。
「すまんのう・・・ほなお願いするわ」
かくして末吉家と仮谷家と二井原家の一部が車に乗り込み、
「塚田農場」に乗り付けた。
宮崎地鶏と塩ホルモン鍋を中心に、
「おつまみホルモン」「酢もつ」などホルモンのオンパレード。
「こんなに食べられなーい」は二井原娘の口癖だが、
まず娘の胃袋を拡大し、二井原家の食卓の料理の量の絶対数を増加させ、
ひいては二井原実を見事リバウンドさせ、
ワシや和佐田の世界に引きずり込む絶好のチャンス!!
それにしてもファンキー村・・・子供が多い・・・
うちと仮谷夫妻・・・大人は4人しかいないのに、
子供はお腹の中の子供も入れれば6人・・・
二井原家の息子は来ていなくてもこれだけが座敷を所狭しとばかり走り回っている・・・
もう大移動にも疲れたので近所にホルモン屋でも開くか・・・
Posted by ファンキー末吉 at:05:01
2009年10月06日
譜面整理
X.Y.Z.→Aのストリングス譜面書きから始まり、
筋肉少女帯、ファンキープロデュースナイト、橘高ナイトと
一連の大仕事が終わって一段落したのもつかの間、
明日リハーサルのサンプラザ中野くんの譜面を書いてたら、
「あれ?あの曲の譜面はどこに行ったかなあ・・・」
というのが意外と多く、
こりゃいかんとばかり譜面の整理をすることにした。
スタジオに転がっているいろんな譜面をとりあえずぶちまけてみる。
うーむ・・・今夜はピアノトリオのライブなんじゃが、
それまでに整理が終わるかのう・・・
Posted by ファンキー末吉 at:15:11
2009年10月05日
打ち上げ
バンドも長くやっていると別に毎回のライブで打ち上げをやったりしない。
ただこの日は橘高の「同窓会」みたいなもんで、
いろんな友人が一同に会したので隣の居酒屋に飲みに行った。
橘高にとっても「お疲れさま」なのであるが、
ワシにとっても40曲の筋少のメニュー、20曲足らずのこの日のメニュー、
これを全部リセットしていいのだから「打ち上げ」である。
二井原も飲む気まんまんで来ているのだから、
この日はまるで10周年ツアー終了かの勢いで打ち上がっている。
奥のテーブルではファンの人々が飲んでいたが、
そこにあのえだちんがいた。
酔えばミュージシャンに振る舞う酒癖を持っているのじゃが、
この日はやはりいい演奏を聞いてご満悦でべろべろである。
一同に焼酎を1本振る舞ってくれた。
そしていつの間にやらこっちのテーブルに上がり込んで気がついたら一緒に乾杯している。
わけのわからん打ち上げであったがとりあえず終了!!
ちょっと休んで次はサンプラザ中野くんの仕事に着手!!
Posted by ファンキー末吉 at:13:04
2009年10月04日
究極のホルモン屋
エミさんの旦那(クマさん)はちょっと変わっている。
全世界をバックパッカーで回ったことがあるというのだから変わってて当然だが、
エミさんのライブにはいつも神戸から車を運転してやって来て、
レコーディングが始まるとどこからともなくコーヒーを買って来てくれ、
ライブが終わると打ち上げ会場まで探して来てくれる。
今回は車に自転車を積んで来た。
停め放題の駐車場を探すのに、
やはり便利のいいところは高いので、
遠くの安いところを探して自転車で店まで戻って来るためである。
そんなクマさんがこんなものを持って来た。

「ホルモン大王」ファンキー末吉の目の届くところに新しいホルモン屋をオープンするということは喧嘩を売ってるのと同じである。
これはライブ終了後に勉強しに行くしかない!!
いや、ホルモンどころではないことはじゅうじゅう分かっている。
翌日は橘高ナイトで果ててしまうかも知れないのである。
いや、果ててしまうからこそ思い残すことなく好きなモノを食して心おきなく果てたいというのは人情ではないか!!
11時半に店が閉まってしまうというのをクマさんが頼み込んで開けてもらい、
結局11時半にみんなでおしかけた。
注文は「ホルモン大王」たる私の仕事である。
ホルモン盛り合わせ1480円。
「うーん・・・ほな1テーブル3人前ずついっとこか!!」
店員さんが目を白黒させている。
「1人前500gありますよ」
「そんなにあるんかぁ・・・ほな1テーブル2人前ずつ!!」
それでも1テーブル1kgある。
ホッピーを飲みながらそれを全部たいらげる。
いや、ホルモンどころではないことはじゅうじゅう分かっている。
しかしここで究極のホルモンを食わずに果ててしまったら一生後悔が残ってしまうではないか!!
満腹になって酔っぱらったワシは、店からチラシを取って来てもらい、
店の人にそれを渡しながら胸を張ってこう言う。
私は「ホルモン大王」と申す者です。
このチラシの一番顔がぱんぱんに腫れているのが私です。
この私がここのホルモンは旨いと言っているのだから本当に旨い!!
あなたがたはこのチラシを店に貼って、
「ホルモン大王が旨いと太鼓判を押した店です」と書いてもよい、
ワシは感激したぞよ!!
とチラシを100枚ほど置いて帰って来た。
酔いどれの言うことである。
その店がその後チラシをどうしたか定かではない。
しかしワシはこの日、思い残すことなくホルモンを食した。
今日はこれから死地に向かうべく用意をしている。
果てるかもしれないのは1曲目と最後の曲である。
生きていたらまたこのホルモン屋に行ってチラシがどうなったかを確かめつつ1480円ホルモン盛り合わせ500gを食いたいと思う。
Posted by ファンキー末吉 at:11:06
2009年10月03日
やっぱ無理じゃろ・・・
なんぼファンのみんなにオーケストラバージョンを聞かせたいと言っても、
テンポ180でクリックに合わせてツーバス踏むのは無理じゃろ・・・
(橘高ナイトのリハーサルの話)
そりゃワシは筋肉少女帯のコンサートでテンポ190の「スラッシュ禅問答」を叩き切った。
しかしそれは「人間」であるみんながもうテンポの限界であるワシに合わせてくれるからである。
ところが機械は一切そんな温情はない。
ちょっとでも遅くなると容赦なく見捨ててゆく。
たとえば足がもつれるなどしてほんの1拍だけほんのちょっとだけ遅れたとする。
「人間」相手だと、その次の拍を頭として仕切り直してくれるが、
機械はようしゃなく見捨てて先に進んでゆくので、
その1拍を取り戻すのにそのテンポより速いテンポにして追いつかねばならない。
つまり180が自分の限界の速さだったとすると、
ライブでクリックに合わせて叩くのは無理なのである。
レコーディングはまた違う。
パンチイン、パンチアウトと言って、
そのちょっとよれた部分だけまた録音し直せばよい。
つまり180が限界の速さであっても繋ぎ合わせればレコーディングが出来るのである。
速さの限界を超しているスラッシュ禅問答が叩けたのは
「アドレナリン」という脳内麻薬のおかげである。
190というテンポをメトロノームで流して、
足で八分音符を踏むと、とてもじゃないけどあんな長い時間踏み続けられるもんではない。
ところがこの麻薬は「苦しい」とか「痛い」とかを麻痺させ、
脳の命令を直接肉体に伝え、
あたかも「出来ない」ことが「出来る」かのように錯覚させてしまうのだ。
その麻薬がすーっと引いてゆくと当然肉体にダメージが残る。
出来ないことを「出来る」と勘違いさせて酷使されてるのだから当然である。
コンサートで「スラッシュ禅問答」よりもその後の「イワンのバカ」の方が苦しかったのはそのせいである。
また、一応麻薬物質なのであるから脳にもダメージが残る。
いわゆる「アホになる」のである。
まあそれはそれで気持ちがいいのでよい。
おかげで今夜のブルースライブはいい演奏が出来たと思う。
明日は夜に店でブルースライブだけなので、
とりあえず風呂にでも入って酷使した肉体を労ってやる。
そして明後日はその肉体を騙して酷使するのだ。
橘高曲、おそるべし!!
ドラマーを廃人にするが如し!!
Posted by ファンキー末吉 at:01:26
2009年10月01日
初台から関内に飛び込み
リハーサル終了時刻は4時、
関内の入り時間は5時、
ぎりぎりで間に合うかどうかじゃが、
リハがちょっと遅れたので間に合わないかと思ったら、
西野さんがアクシデントでちょっと遅れると言うので助かった。
ブルースセッションなので別に予習復習が必要なわけではない。
譜面もらってそれを自分なりに叩けばいいだけである。
行きの車では爆音でリハで間違った曲をかける。
曲を身体に叩き込むのはこれが一番いいのである。
着いですぐヘビーメタルからブルースに頭を切り替える。
よく出来ますねえと言われることもあるが、
言ってみれば中国人相手にちゅうごくこ喋ってアメリカ人相手に英語を喋るようなもんである。
単語数がある程度豊富ならわけないことである。
と言いながらヘビーメタルに比べると他の言語はまだまだ豊富じゃないから今日もライブ頑張って勉強勉強!!
Posted by ファンキー末吉 at:19:03
ワシが叩いてる?
橘高ナイトのリハーサル中。
音源の状態でどうやって叩いてるかよく聞き取れない曲がある。
ドラムをコピーする時にはなるだけそのドラマーのスタイルを尊重して、
それに自分なりの味付けをして叩くようにしているが、
その大もとの叩き方がよく聞き取れないのだからスタイルもへったくれもない。
あーだこーだ試行しながら、
結局ギブアップして質問する。
「これ誰が叩いてんの?」
ジョーならジョーの、湊くんなら湊くんの癖があるので
それがわかるだけでも大きなヒントになる。
「何言ってんですか。これ末吉さんですよ」
ワシが叩いてんの?
全然覚えとらんがそれだったらやり方はある。
音源ではよく聞こえないが
ワシだったらこのライドは裏に入れるし、
このフィルは・・・
おかしいなあ・・・ちょっと違うなあ・・・
そうか、今ならこんな場所では好んで樋口フレーズを使うようになっているが、
当時は違ったとするときっとこんな手順か・・・
橘高ナイトのリハは続く。
今日はこのまま夜ライブ。
Posted by ファンキー末吉 at:13:09
2009年09月30日
プチセルフ打ち上げ
やらねばならないことは先にやってしまえと、
おとといの夜は徹夜して全部譜面を書いておいたので、
昨日のライブの後はゆっくり酒が飲める・・・予定だったが、
和佐田のMCがあまりにも爆笑で長かったので、
ライブが終わったらみなさん終電の時間だった。
飲み始めたらみんなが帰ってしまったので、
仕方ないのでひとり寂しく家路に着く。
普段は仮谷くんが仕事をしている奥さんやお母さんを迎えに来るのでそれに便乗して帰るのだが、
この日はお休みなので足がない。
仕方ないのでバスに乗った。
夜行バスで料金が倍、遠回りもするので、
思わず出来上がったばかりのX.Y.Z.→Aのアルバムをイヤホンで爆音で聞いた。
ええわぁ・・・
アルバムが終わるまでに着いてしまうのだが、
このままストップボタンを押すのはあまりにも惜しい。
かと言って酒も飲まずに路上で聞くのもあんまりだ。
というわけでそのままコンビニに飛び込んでモノも言わずに酒を買う。
そしてそのまま缶を開けてドア横のベンチに座って飲みながら聞く。
夜空にストリングスがいいのよー・・・
長居すると警察に通報されるかも知れないのでほどほどにして家に帰った。
今日から橘高ナイトのリハーサルである。
Posted by ファンキー末吉 at:13:42
2009年09月29日
マスタリング終了後セルフ打ち上げもせず
ひたすら橘高ナイトのコピーなのじゃ・・・
知らない曲がまた10曲以上あるのじゃ・・・
レコーディングでワシが叩いたのもあると言うが覚えてないのじゃ・・・
ひたすら譜面書き。
思えばこの1ヶ月こんなことばっかやってるような気がする・・・
今日譜面書き終えて寺内とセッション
明日からリハ
明後日からリハやりながらエミさんのライブ
4日に本番終えて
今度はサンプラザ中野くんの譜面書いて京都ツアー
それが終わったら一段落するのか?・・・
Posted by ファンキー末吉 at:10:38
2009年09月25日
セルフ打ち上げ
大槻はワシのことを「気力と体力が普通じゃない」と誉めてくれるが、
いやいや気力でいうと橘高にはかなわない。
結局ワシはスタジオで寝てしまい、
二井原は飽きてどっか行ってしまい、
和佐田は来て長いうんこしてからセッションに行ってしまい、
結局はずーっと橘高とエンジニアふたりでやっていた。
最終Mixは順調に終わり、
最終チェックで出来上がったものを曲順通り爆音で聞いてゆく。
「LAやったらここでシャンパンが出て来るのになあ」
二井原が懐かしそうに言う。
Asian Typhoon の頃の思い出である。
あれからもう10年たったのだ。
みんな車なのでワシだけ飲むわけにはいかないのでシャンパンは我慢し、
二井原の車の中でまた爆音で聞く。
帰りにコンビに寄って「ちょっとビール買ってゆく」と言うのでワシもちと3本ほど買って、
自宅スタジオで爆音で聞きながらセルフ打ち上げ!!
いやー・・・凄いアルバムですわ・・・
ストリングスアレンジの担当者としては
どうしてもストリングスのバランスに耳がいってしまうが、
ストリングスの入ってない曲になって我に返る。
このドラムも・・・凄いで・・・
いやー・・・海千山千のベテランが、
気負うことなく自然にその能力を出し切ったという感じか・・・
10周年に相応しいアルバムである。
Posted by ファンキー末吉 at:07:23
2009年09月24日
実は今日が最終Mix
別スタジオでやるというのでマスタリングかと思ったら今日が最終Mixだった。
今まで仕上げたMixを、最終日に別のスタジオで聞き直して最終修正しようというんだから気合いが入っている。
昨日はストリングスのバランスなどをひとりで朝4時までやっていたが、
やっぱ別スタジオだと聞こえ方が違う。
今日与えられた時間は1曲1時間もないのにちゃんと出来るのだろうか・・・
夕べ作業をやっていて「なんか首が痛いなあ」と思ってたら、
今日ハードディスクを担いで電車に乗ったら肩が痛い。
駅の階段を登ったら足腰が痛い。
これって筋肉痛?・・・
年を取ると翌日ではなく数日後に来るというのは本当なのか・・・
ps.今日のケータリングの極めつけはこれ!!
何故にこんなネーミングを・・・
Posted by ファンキー末吉 at:15:09
2009年09月23日
X.Y.Z.→A最終ミックス
今日はレコーディング(Mix)の最終日。
ワシは筋肉少女帯で全然手つかずだったので
エンジニアの崎本くんが二井原なんかとあーだこーだやってくれてた。
変更部分があるなら今日までに言ってくれと言われてたので、
午前中にデータを全部聞いて、
あーだこーだ言ってたら橘高がやって来て、
ふたりであーだこーだ言ってたら二井原がやって来て、
3人であーだこーだ言ってたらまだ終わらん。
明日マスタリングスタジオに持って行ってまだ修正は出来るが、
でも今やっとかないと明日が終わらない。
ストリングスを8曲も入れたから大変。
アレンジしたのが自分だからやはり自分がやらねばならない。
オーケストラ譜面を引っ張り出して来て、
あんまり立ってないフレーズを突いてやったりする。
こりゃ崎本くんが帰ってもひとりで作業じゃな・・・
Posted by ファンキー末吉 at:21:12
2009年09月20日
X.Y.Z.→AファンキーNight
いやー楽しかったねえ。
終わって久々に酒飲んだ。
江川ほーじんの超絶プレイも凄かったし、
ブラスセクションを交えた二井原のR&B熱唱も胸が熱くなったが、
寝る直前まで思い出し笑いしてたのが、
バーベQ和佐田のあのMC。
最近ほーじんと末吉がつるんでるのを耳にしたファンが、
「和佐田さん爆風やめるんですか?」
びっくりした和佐田、真顔で
「え?なんで?」
それに答えるファン
「爆風がオリジナルメンバーで再結成するって噂ですよ」
事情がわかった和佐田、こんどは冗談で、
「あ、そうか。じゃあ俺クビになるかも知れんなあ」
それを聞いたファン。
「やったー!!楽しみだなあ!!」
え?・・・としばし呆然とする和佐田。
だめ押しでファン、
「みんなそう言ってますよ」
いやー・・・何度思い出しても笑ってしまう。
またこの話を本人のほーじんの前でやるからよけいに面白い。
そう言えばひとつのバンドのやめたメンバーと
その後に入ったメンバーが仲がいいということも意外らしい。
楽屋にいた八王子の地元ドラマー関山くんも、
「おふたりが並んで座ってもの言わなければやっぱ緊張感があります」
とのこと。
ワシなんかにしてみたらふたりは爆風、TOPS時代から仲良しだが、
ま、言われてみれば内情を知らない人にはそうかも知れない。
みんな思わず記念撮影。
いや、素敵なライブを、MCをどうもありがとう。
来月は橘高Night、いやその前に明日は筋肉少女帯の本番ではないか!!
二日酔いで予習復習に励むのじゃ!!
Posted by ファンキー末吉 at:12:09
2009年09月14日
法事である。
人が死んで1年目を一周忌と言うが、2年目は2周忌ではなく三回忌だと言う。
よくわからんが、死んだ年は葬式、1年目は一周忌をやって、
2年目に三回忌をやって、あと七回忌までない。
聞くところによると、そうやって徐々に死んだ人のことを忘れてゆき、
いつまでも悲しみにふけるでなく今を一生懸命生きるためにそのようなしきたりになっているらしい。
去年の法事は着てゆくものがなくって大失敗したが、
今年はちゃんと去年かった襟付きのシャツを着ていった。
しかし数珠を忘れとる。
見ればおふくろも忘れとる。
親戚のおばちゃんも忘れとる。
服装ももう喪服ではなく普段着である。
昔の教えはなるほど正しいのかも知れない。
ワシは喪服を持ってないので黒のジャージである。
これで去年の樋口っつぁんの葬式では大恥かいた。
中国ではロックミュージシャンの葬式は普段着で出席するので、
まあ黒い服ならいいのではないかと思ってジャージで行ったら見事にワシだけだった。
まあ法事だからいいかと思ったらその通り!!
列席者のみなさんがみんな普段着だったので浮いていない・・・
と思ったら親戚のおばちゃんが
「今の若い人はみんなこんなズボン穿いてるなあ」
と言う。
何やラッパーのズボンかなんかと勘違いしてるのか、
やはりそれほど特別に注目されるとやっぱ恥ずかしい。
今度からやっぱちゃんとした服買おうと心に決めて東京に帰った。
今日からまた筋肉少女帯のリハである。
JASRACに関する弁護士からの返答はまだない。
Posted by ファンキー末吉 at:11:25
2009年09月11日
娘の焼いたピザ
中学二年生の娘は少し「オタク」である。
高知の中国の頃は美術部(という名の漫研)に所属して漫画ばっかり書いていたが、
八王子に引っ越してからは、
1学年20人しかいない学校なので漫研(という名の美術部)は本当に美術しかしない数人が所属するだけなので、
何のクラブに所属するのかと思いきや、
「科学調理部」というまたよくわからんクラブに所属した。
このクラブは食品を科学的に分析し、
それを調理することにより科学を学習するという、
これもまたわけのわからないクラブである。
先日は「うどん」を作った。
その次は「そば」を作った。
いわゆる「粉もん部」である。
今朝娘が「パパ、えりの作ったピザ食べんが?(まだ少し土佐弁)」
と言うので「ほな食べよか」と言ったらこんなんが出て来た。
単なる小麦粉をやいただけのパリパリの食べ物なのでチーズを乗っけてみたら、
それでも単なるパリパリの小麦粉である。
「小麦の味しかせんなあ・・・」
でもそれではせっかくの娘の気持ちが台無しである。
「素材の味がよく引き出されている」
粉もん部の活動は続く・・・
今日はこれを食って筋少のリハに行くのじゃ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:13:24
2009年09月09日
9月8日ジェフベックトリビュート
北京から帰ったらやたらと忙しい。
8日は朝からX.Y.Z.→Aのジャケット撮影。
会社の決算が迫っているとかで領収書整理などを合間にやる有様。
とても昨日届いた40曲もの筋肉少女帯の曲をコピーするヒマはない。
(21、22の赤坂ブリッツはワシが叩くのよん)
撮影を終えたら慌てて店に行き、セッティングしてリハーサル。
ほとんどリハーサルをする時間がなかったので、
出番前直前まで譜面とにらめっこしてイメージトレーニングする。
嫁は久しぶりに店でご飯を食べたいと言うので子連れで来ている。
子供が泣こうがわめこうが、ワシは譜面にかかりっきりである。
出番まであと5分と迫り、客席にもその緊張感が伝わり出した頃、
カウンターにいた赤間くんがワシを呼びに来る。
「奥さんがお呼びです」
頭の中は譜面の音符のまま席を立ち、嫁の座っている入り口の近くまで向かう。
緊張感がそのまま席を立ち歩いているようなものなので、
客も何となくワシを目で追う。
嫁のところまで着くや否や、嫁がワシに向かってこう言った。
「パパ、そのベビーカー邪魔になるからどっかに移動してぇ」
赤間くんが慌てて、「そんなことなら私に言って下さい!!」
ライブを見に来てたリアクションのベースのユキも
「そんなことなら私に言って下さい!!」
ちなみにユキは嫁とは初対面、まだ紹介してないので面識もない。
うちの嫁、みんなの視線をどっと浴びて赤ら顔。
「しまった・・・ここはうちじゃなかったのね・・・」
ライブが終わり、ユキやゲストの工藤ちゃんら懐かしい友達としこたま飲んだが、
その日は酔っぱらって帰っても珍しく機嫌が悪くなかった嫁であった。
Posted by ファンキー末吉 at:14:47
2009年08月31日
エステダイエット
大音量でドラム叩いて
耳元でシンバル鳴らしてりゃ耳は悪いし、
ツーバス踏んで頭ガンガンに振ってたら頭も悪いのか
最近とみに嫁の言うことがよう聞き取れん。
先日も
「春の間10キロ痩せたやんかぁ・・・」
と言うので生返事をしながら首をかしげてた。
だいたい末吉家は二井原家の倍食うのだから10キロも痩せるはずがない。
先日なんぞ二井原家の長女が遊びに来てたので
「ご飯たべてくかい?」
と聞いたら、うちの食卓を見て
「こんなに食べれない」
と驚いて帰ったぐらいだから・・・
よしんばそうだったとしても
じゃあ愛する嫁よ、君は去年は今より更に10キロ太っていたと言うのかい?
いや・・・別にそれでもきっと十分魅力的だったと思うよ・・・(汗)・・・
よくよく聞き返してみると、
「はるな愛が10キロ痩せたやんかぁ・・・」
であった。
何かどっかのエステで10キロ痩せたというので嫁も行く気まんまんである。
「パパぁ、そこは泊まり込みでエステもしながら痩せれるコースもあるらしいよ」
完全に企業の謳い文句にハマっている。
「泊まり込みならほなパパも行ってみようかな」
「エステやから男の人はアカンでぇ!!」
はるな愛はええんかい!!
Posted by ファンキー末吉 at:18:44
2009年08月28日
8月23日目黒ライブステイション
この日はX.Y.Z.→Aメンバープロデュースナイト和佐田の日。
いつものオープニングが始まって、幕が開く前にベースソロが始まる。
和佐田ナイトなんだからこれもアリ!
観客は期待感でヒートアップ!!
そして幕が開いたら、何と和佐田ではなく、三井はんが・・・

美しい中年美の肉体もさることながら、
パンツをわざわざ尻に食い込ませてふんどし状にしているとか、
なかなか芸が細かくて感動的である。
ベースじゃなくって何でホーキやねん!!という感じだが、
和佐田に突っ込まれて引っ込む時に、
「何だバカヤロ!!」
とマイクで言ったのも渋かったが、
その後、そのホーキでステージを掃除してから引っ込んだのがもう爆笑!!
メンバーは舞台袖で「神が降りて来た」と絶賛!!
その後の「さん・にー・ご!!」でも絶好調な三井はんでした。
Posted by ファンキー末吉 at:00:56
2009年08月13日
覚えてない同級生
ヘタにテレビになんぞ出てたりしたもんだから
「あちらは覚えているがこちらは覚えてない」
という同級生は多い。
先日もX.Y.Z.→Aの掲示板に「連絡を取りたい」と書き込まれていたので連絡取ったら同級生だった。
もちろんあちらは覚えているがこちらは覚えていない。
「ファンキー末吉」で検索すればトップにワシのHPがヒットするのに、
そこに公開されているメアドではなく、
「見つけにくい」であろうこの掲示板に書き込まれているのもよくわからんが、
いきなり「値段はいくらですか?」と聞かれても、
企画書もないし業務内容もわからないのでそれはなかなか答えようもない。
沼澤に振ろうにも同級生なのでそれもどうかなあと不毛なやりとりを交わしているうちに、
結局「ご理解頂けないのですね、残念です」で突然交渉は決裂。
「ワシは何をすればいいの?!!ドラム?!!トーク?!!」
結局業務内容も最後までわからないまま決裂・・・(涙)・・・
また別の同級生からメールを頂いた。
今度は大学時代の同級生だと言うが、
何せ出身校の神戸商科大学には半年しか通ってないのでまるで記憶がない。
同じく同級生の女性と結婚したと言うが、
男性が多い大学だったので女性は数人記憶がある。
(というか数人しかいなかった)
「確か定食屋さんの娘さんがいましたよねえ・・・」
「そうです、それが妻です」
当時のマドンナだった順ちゃんやん!!!
思わず机の下で拳を握りしめながら話を聞く。
聞けば娘さんが歌手になるべく上京しているのでいろいろ相談に乗って欲しいと言うが、
芸能界とワシが今いる世界ではもう既にまるで違っているので
「お役に立てないと思いますよ」
と前置きしつつ、とりあえずX.Y.Z.→Aのライブに招待した。
会ってみると・・・「順ちゃん?」・・・
記憶がおぼろけな上に、
そう言えば順ちゃんともこのぐらいの年齢の頃の記憶しかないので
まあ実の親子なんだから似ているはずである。
まあかつてのマドンナの娘のためにやってあげられることはあまりないが、
バイトを探しているというのでX.Y.Z.→Aの店を紹介した。
地元のミュージシャン、しかもこんなの
ばかりが働いている店である。
うら若き乙女がバイトでもしてくれれば売り上げも少しはUPするであろう。
まあ時給は都内最低の値段じゃが、
レベルの高いライブは働きながら見られるわけだから、
ここでいろいろいいライブを見て、いい歌手になるべく頑張って欲しい。
こんな同級生なら大歓迎である。
Posted by ファンキー末吉 at:05:45
2009年08月04日
福岡レッドワーブラーズ
縁あって四国アイランドリーグ(現在は四国九州アイランドリーグ)の高知ファイティングドッグスの応援歌を作ったことから、
まわりまわって今回九州まで呼ばれることになってしまった。
ことのはじめはナイトホークスのドラムの工藤ちゃんから電話があったことである。
「ファンキーさん、お久しぶりぃ・・・(小樽弁のアクセント)。
実はエンリケなんかとバンドやっててぇ、
それで福岡レッドワーブラーズの応援歌出したんですよぉ」
似たようなことをやってるヤツも多いもんだ。
聞けば8月2日の高知ファイティングドッグスとの試合の時、
高知側からよさこいランナー、
福岡側からこの歌でバンドによる応援合戦をやろうという企画であった。
まあ話をかいつまんで言うと、
選手にまともに給料も払えない貧乏球団がバンドをふたつも呼んで
楽器やPA設備まで用意出来るわけないと思ってたら、
案の定その予算などあるわけなく、
工藤ちゃんのバンドと私のトークバトルとなってしまったということである。
最初の趣旨からここまで外れてしまうと何のために九州まで来ているのかようわからんが、
まあ懐かしい昔仲間にも会えて、旨いもん食えて酒が飲めれば言うことない!!
着いてわけのわからんイベントで喋くりまくって、一同球場へ。
そう言えばこの森山監督は昔工藤ちゃんなんかと一緒によくキャンプに行ってた飲み仲間ではないか。
この時点で私はもう高知ファイティングドッグスを応援しに来たのか、
福岡レッドワーブラーズを応援しに来たのかよくわからなくなっている。
まあ試合は試合、飲み仲間は飲み仲間、
結局両方応援すべく、シャツは自前の高知ファイティングドッグスのシャツ、
キャップは会場で買った福岡レッドワーブラーズの帽子という変わった出で立ちで5回裏の会場整備の時間にグラウンドに出てコメント。
なんと球場に上がるのは高知での始球式の時以来じゃが、
実はこの時点で既に酔っぱらっているので何を喋ったか覚えていない。
一同小倉の街に戻って酒盛り、
もう食えんと言うほどご馳走を頂いて、
翌日も空港に送ってもらう前に名物のいかづくし定食を頂く。
なんと2日で見事に2kgも太って帰って来たのであった。
(大台70kgをついに超してしまったのでダイエットを敢行中!!)
しかし思い起こされるのは工藤ちゃんの話である。
うちも3人の子だくさん家庭じゃが、
工藤ちゃんはなんと6人!!!!
(まあ嫁はんはふたりらしいが・・・)
上は25歳から下は生まれたばかり!!
いくら工藤ちゃんが元自衛隊落下傘部隊で自衛隊体力測定全国一だった男とは言え、
ドラム叩いて子供6人は養えんじゃろ・・・
工藤ちゃん、八王子に引っ越して来い!!
XYZ村のみんなが(人はファンキー村と呼んでるが)、
何とか6人の子供の面倒は見るぞ・・・(勝手なこと言うなと嫁が怒る)
よし!頑張って二井原んちの隣の空き地を買うぞ!!
工藤ちゃんならサバイバル訓練を受けているので、
そこで寝泊まりしながらひとりで家ぐらい建てるじゃろう。
頑張れ工藤ちゃん!
頑張れ末吉のダイエット!!
Posted by ファンキー末吉 at:09:23
2009年08月01日
樋口っつぁんのドラムセット
昨日7月31日には
目黒ライブステイションでX.Y.Z.→A10周年記念10本ライブの二井原ナイトが行われた。
デッドチャップリンやSLYのナンバーをゲストを招いて演奏するということで、
この日は非常にゲストが多い。
ドラマーが3人いて、
そのドラムセットをどうするかというのが実はスタッフの悩みどころであった。
本来ならばそれぞれのドラムセットを持ち込んで転換してやれれば理想なのだが、
狭いライブハウスでそうも言ってられない。
菅沼孝三とワシのセッティングは、まあそんなに大きく違わないのだが、
SLYのセッションでドラムを叩く加藤くんは2バスだと困ってしまう。
彼は亡き樋口っつぁんの愛弟子で、
死ぬまで2バスを踏まなかった樋口っつぁんの意志を継いで、
本人もがんとして1バスを貫いているのである。
「何とか加藤さんのセットで叩いてもらえませんかねえ」
スタッフから泣きのお願いが入る。
「コーゾーがよければワシは別にかまわんよ」
ということでこの日は加藤くんのドラムセットを全員叩くことになった。

同じセットでタムを追加して叩くコーゾーくん
そのセッティングをそのままお借りして叩くワシ・・・
リハーサルで既に疲労困憊して楽屋でぶっ倒れてしまった。
「コーゾーくん・・・このセット・・・叩きにくくないか?・・・」
ついつい泣きを入れてしまうワシ・・・
うんうんとうなずきながらぼそっと呟くコーゾー・・・
「なんか一打一打ごとに魂を吸い取られるぐらいしんどい・・・」
実はこのセット・・・亡き樋口っつぁんから貰い受けたセットだと言う。
そうか・・・魂を抜き取ってるのは樋口っつぁんやったんかぁ・・・
「このセットはなぁ、加藤は叩いてもええとは言うたが
コーゾーやファンキーには叩いてええとは言うてへんで!!」
誰かが樋口っつぁんの口調を真似て一席ぶる。
一同全て樋口っつぁんの旧友ばかりなので大爆笑である。

2回目のアンコールでまたX.Y.Z.→Aの登場となり、
最初の4曲だけだと思って楽屋でがんがんに飲んでしまってたワシは、
もうヘロヘロになりながら「Don't Let The Sun Goes Down」を叩いた。
天国で樋口っつぁんが笑って見てるようだった。
「ファンキー・・・お前もまだまだやな!!」
Posted by ファンキー末吉 at:16:20
2009年07月05日
黄家駒の命日
その日、6月30日はBEYONDのボーカリスト、黄家駒の18回目の命日であったが、
毎年のことながら私はすっかり忘れてしまっていた。
その日に北京で古い友人と酒を飲んでた私にそのことを思い出させてくれたのは、
古くからのBEYONDファンから送られて来たメールであった。
彼女は血液のガンと言われる白血病にかかってしまい、
18回目のその日は病院で迎えたと言う。
「いつの間にか彼より年上になってしまったのね」
と笑っていた彼女である。
どうせならもっとくしゃくしゃのおばあちゃんになってから彼と再会して欲しいものだ。
頃を同じくして嫁からメールが入った。
「仙台から何か届いとるよ」
そう言えばX.Y.Z.→Aの10周年記念10ヶ月連続ライブの6月公演の時、
出待ちしていた仙台のファンの子に
「お手紙お渡ししたんですけど受け取りました?」
と声をかけられた。
即出して帰ってそのまま中国に飛んだので、スタッフが自宅まで届けてくれたというわけだ。
中には手紙と小冊子が入っていた。
手紙を読むと、
「覚えてますか?私は山形でのライブの時に夜行バスに乗る末吉さんをお見送りに行った者です」
とある。
そうそう、その時は上海のコンサートの日取りが土壇場で動いてしまい、
山形→上海→新潟という怒濤の3日間移動をした時だった。
「仙台から末吉さんのドラムを聞きに来たんです」
と彼女は言った。
「愛のチャンピオンのドラムソロを聞いてから、末吉さんのドラム聴きたさにライブに通ってます」
とてつもなくマニアックな話である。
商業路線を爆走していた当時の爆風スランプには珍しく、
黄家駒が死んで次のコンサートからそのバラードのサビの前にドラムソロを入れるということになった。
全然商業主義ではないこんな意見がメンバーから出るのを意外に思いながら、
通常ドラマーだったら誰もが嫌がる「バラードでのドラムソロ」を披露したのは、
そのコンサートツアーの初日である千葉でのこと。
「凄いよ!末吉ぃ!ドラムが泣いてるようだよ」
今はアミューズの社長である畠中さんが私にそう言った。
そしてたまたま見に来ていた私の友人はこうも言った。
「末吉さんひとりだけ居る場所が違う」
その言葉が「予言」であったかのように、
その後、私ひとりが別の道を歩み、爆風スランプは活動を休止することとなる。
居場所を見つけるために狂ったようにJazzのセッションをやってた頃である。
ドラムを叩けるならどんなジャンルの音楽でもやった。
そんなある日、黄家駒が私のセッションを見に来てこう言った。
「凄いよ!お前のドラムはほんとに凄い!
毎月やってんのか?来月もまた見に来るから」
その言葉が彼と最後に交わした言葉となってしまった。
あれからずーっと、今もドラムを叩いている。
今もまだずーっと、いつも彼が見に来ているような気がしている。
病院の待合室で彼の死を告げられた時、
ドラマーのWingは気が遠くなって私の腕の中に倒れ込んだ。
けけけけ、と笑いながら、うわ言のようにこう言った。
「ヤツは今、とても気持ちのいい世界にいるんだって、
酒飲むよりもセックスするよりも、
もっと気持ちのいい真っ白な世界だってよ、けけけけ・・・」
Jazzのような即興性の高い音楽をやっている時、
何かの偶然によって神がかったプレイをする時がある。
「神が降りて来た」
とミュージシャン達は言う。
頭が一瞬真っ白になり、
自分が叩いているのではなく、何か自動書記のように、
何者かが乗り移ってプレイしているような・・・
その時に見る真っ白な世界に彼がいるんだ。
千葉でのドラムソロはそんな世界で叩いていた。
それを見ていた仙台の彼女もきっとその世界に連れて行かれたのだろう。
「爆風の再結成コンサートでは是非あの曲をやって下さい」
彼女は確かそう言った。
「みんなに一応提案はしておくよ」
結局はどちらかと言うとそんなマイナーな曲は演奏されることはなかったが、
彼女自身も母親が病気になってしまい、結局そのコンサートを見に来ることは出来なかったと言う。
そしてその後自分自身も病気となりライブに足を運ぶことはなくなった・・・
彼女の手紙は続く・・・
久しぶりのライブ。
末吉さんにどうしても読んで欲しい文章がある。
とある舞台公演でパンフレットに挟まれていた小冊子、
その脚本家が書いたというとある女性の物語。
その女性の言う一言がどうしても末吉さんを連想させてしまう・・・
彼女の手紙を読み終わってから、
私は続けてその小冊子を読んだ。
そして居ても立ってもいられなくなって、その脚本家に連絡を取った。
彼の劇団は7月8日から19日まで江古田ストアハウス
http://www.storehouse.ne.jp
というところで公演をやるというので必ず見に行くと伝えた。
その文章を執筆したご本人の許可を得てここにご紹介したいと思う。
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文章で描く劇団員の肖像画
第1回~メトロの幕開けを告げる歌姫~「ダリンのこと」
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『メトロポリス・プロジェクト』が始まって、はや5年が過ぎた。
Vol.1の上演の時から、ずっと客入れの曲は同じ曲が流れている。
アルバム『Na Caoirigh in Gabhla』に収録されている『Aquarius』という曲だ。
歌っているのは林田里織。
我々は彼女をダリンと呼んでいる。
最初は林田を音読みして.リンダ、リンダと言っていた。
だが、彼女はある日、
「ミュージシャンって言葉をひっくり返して言うじゃない、
メシのことをシーメとかさ、女の子のことをナオンって言うじゃない。
だから 、リンダっておかしいと思うんだよね」
と言い出した。
「だから、今日からリンダをひっくり返してダリンって呼んでくんないかな」
漢字で害くと『打鈴』と書くという。
突っ込みどころがありすぎて、誰も相手にしなかった。
わかつた、わかったと、みんな普通にダリンのことをダリンと呼ぶようになった。
というわけでダリンはダリンになった。
やがて、ダリンはじょじ伊東という男とバンドを組んだ。
バンド名はもちろん『ダリンとじょじ伊東』。
時々、忘れた頃にライブをやるバンドだった。
私はゲール語で歌を歌いたいんだ。
ダリンがいつ、こんなことを言い出したのか覚えていないが、
ひどく暑い日だったことだけは覚えている。
いつかの夏だった。
「アイルランドの曲が好きだったの。
一番好きなのはね、フェア・グランド・アトラクションっていうので、
だいたい自分の好きな曲を並べていったら全部アイルランドの曲だったの。
アイルランドの曲ぱっか。みんなゲ一ル語なの」
「ゲール語?」
「じんのさんだって聞いたことないでしょ、ゲ一ル語なんて」
「ないね・・ゲール語ってなに?って感じだもの」
「ケルト言語の一つなんだけどね。私もね、よくわかんなかったんだけど、調べたの」
ダリンは言った。
「そしたらね、ゲール語って今ではもうぼとんど話されることのない言葉で、
元々はスコットランドで使われていたらしいんだけど、
1746年にイングランドとの戦争に敗れて、
キルト着用、バグパイプの演奏と一緒にゲール語で話すことを禁止されたんだって。
だから、スコットランド諸島と西海岸、グラスゴーっていうところを中心に、
今ではもう5万人くらいしか話すことができないらしいの。
しかも、例えば、ゲール語をお父さんが話すことができたとしても、
お母さんが知らなかったら、家族の中の話にゲール語が出てくることはないから、
子供は当然.ゲール語なんて知らないってことになっちゃって、
どんどん今、ゲール語を話す人がいなくなっちゃってるらしいの」
絶滅していく言葉。
それがゲール語だった。
そして、今、ダリンはその消えつつある言葉を憶えなければならないことになった。
「でも、やるしかないからさ、
それをやらないと先に進めないんだから、
私、それをやらないと、
自分の好きな歌、歌えないんだからって、
そう思ったらもうやってやるよって」
そして、冒険へと旅立っていった。
その冒険の報告をしに来た時には年を越していた。
これは、私がまだ入形を作るためにマンションを借りていた頃、
屋根裏の三角の部屋でダリンと茶を飲みながら話したことだ。
私はこれを、書いて残しておかなければならない。
「じんのさんだから言うけどね」
ダリンはいつも私に話をする時、必ずそう前置きしてから話を始めた。
それは秘密にしておいて欲しいという意味ではない。
だいたいにおいて、ダリンは何を言っているかわからないが、
慣れてくると言わんとしている事はなんとなく理解できるようになる。
言葉をあまりコミュニケーションの道具として使わない人だった。
だから、本当の意味で
「じんのさんだから言うけど」
とダリンに言われたのは、後にも先にも一度だけだった。
その話はまたあとで話す。
「最初はね、じょじとライブをやったんだよね、
1年半くらい前かな。東中野の小さなライブハウスで・・・」
ダリンは話し始めたが、
ここで書かれているように整然と話したわけではないし、
私は私で自分の記憶で書いている。
二人の会話はこんなふうにスムーズには進んだわけではない。
「それでね、その本番で、私、初めて歌っている時に雑念が入ったの。
お客さんがガーッと襲ってくるっていうか、
とにかく歌以外のことを歌っている時に思ったの。
そんなの生まれて初めてだった。
だから歌っている最中に『ダウト!』って叫んだの」
ダウトォ!
ダリンはその時の気持ちを再現して見せたかったのか、
拳を勢いよく宙にあげて叫んだ。
「ダウト!ってなに?」
「ん?意味はよくわかんないけど、ダウトォ!って感じだったのよ」
ダウトの意味は私にはわからなかったが、
ダリンの言う「ダウト!」の気持ちはわかった気がした。
そう、不思議なことにダリンは
どんなに間違った言葉、意味不明の言葉を使ったとしても、
その時の気持ちを正確に人に伝えることができる人だった。
「とにかくね、いやだーって思ったの。
なにか間違ってる一って。
もうそのライブ自体はね、最悪。
自分でも『わかりました、最低です。ごめんね一、来てくれたみんな!』って思ったの。
でも、やっぱり見てくれた人の中には初めて見てくれた人もいて
『よかった』って言ってくれる人もいたんだけど、
でも、白分がダメだと思ったらダメなのよ。
だって、私、生まれて初めて人に意見を求めたもん。
この私が。
だってそれまでは『歌』ってさ、歌って終わったら、それまででしょ。
それが『歌』ってもんじゃない。
だから終わった後で人の意見とか聞くのって意味ないって思ってたの。
でもね、その時は聞いたの。
さんざんみんなが言うわけよ。
それがさあ、全部当たってるんだよね。
そうなの。だって、ダメだったんだから。
わかるでしょ、じんのさん、
一つしか取り柄がなくて、
ただ一つ愛しているものがあって、
その一つがダメで、愛せない時、どんなにつらいか。
どんなに哀しいか。どんなに情けないか』
じんのさんだから話すと言ったのはここの部分のことだったんだろう。
「わかるでしょ、じんのさん、
一つしか取り柄がなくて、
ただ一つ愛しているものがあって、
その一つがダメで、愛せない時、どんなにつらいか。
どんなに哀しいか。どんなに情けないか」
「うん、それでどうしたの?」
私は先を続けるよう、促すだけだ。
「その時、朝までぐだぐだして、
結局、私の中になんにもなくなっちゃったわけよ。
でね、そのなんにもなくなっちゃった私に、
じょじょが『まあまあ』って言って、慰めてくれるんだけど、
誰もさあ、そんなふうに歌がダメだって思っている私なんか見たことがないから、
どんな言葉をかけていいのかわからないんだよね。
慰める言葉がなくてそれで結局『寿司おごってやるから』って
朝7時に回転寿司に連れて行かれたの。
それでじょじょが回っている寿司を取ってくれて
『もうダリン、気にすんなよ』って。
でも、おごってくれたわけじゃなくて、割り勘だったんだけどね。
じょじょは回っている寿司を取ってくれただけだったんだけどね。
それでさ、寿司がさ、ず一っと去っていくわけじゃない、目の前から。
その去っていく寿司を見て私、決心したの」
ダリンはそう言い切ってまっすぐに私を見た。
「何を決心したの?朝の回転寿司屋で?」
「去っていく寿司を見てね… 私も行こうって」
「行こうって、どこに?」
「今、こうやって帰って来たから言えることなんだけどね。
あたしがその時思ったのは
『音楽を愛しても罪にならない国に行くんだ』って決心したの」
「音楽を愛しても罪にならない国?日本は そうではないの?」
「うん、私はね、ただ、音楽が好きなの。
歌っているのが好きなの。
それでどうこうしようとか、売れるとか売れないとかね、
すぐそっちに行っちゃうでしょう。
売れないとダメみたいなところがあるでしょう。
売れることを考えないと、お金にすることを考えないと、
その歌っていること自体がダメって思われちゃうじゃない。
でもね、本当はちがうの。
歌っている私がいて、それにはそれ以上の意味なんてないの。
だから、意味なくってもいいよって言ってくれるところに行きたくなったの」
それからダリンは、自分のアパートの荷物を少しつつ友遠の家に運んで行った。
「押入、4分の1貸してって、四人のところに行けば、
押入に入っている物がとりあえずなくなるでしょう。
実家に送れる物はこっそり送るでしょう」
とにかく計画的にできるだけ短期間でダリンは体ひとつにならなければならなかった。
もちろんお金も貯めなけれぱならないから、バイトもしながらの話だ。
彼女の友人達はそんな相談をダリンが持ちかけたとしても、わけを聞かなかった。
どこ行くの?何しに行くの?何の為に?
とか、そんなことは誰も聞かなかった。
「それでね、押入空けてくれて
『帰ってきたら連絡ちょうだいね』
って言われた。
みんなわかってるたんだ。
私が体ひとつでどこかへ行こうとしていることを。
それでインターネットで音楽のサマースクールを検索したの。
いっぱいあって、もうそれだけで嬉しくなっちゃったんだけど、
でも、日本からどうやってそこに通えぱいいのか、なんて書いてないのよ、そこには。
まあ、当たり前なんだけどね。
官公庁でも調べてみたんだけど、ありきたりな留学しかなくて。
私がみんなの押入をちょっとづつ借りているのは、留学するためってのではないんだよね。
行ってみたいの、それで歌を習いたいの、そこで歌ってみたいの。
それって留学?ちがうよね。
そんなの留学って言わないよね。
それをなんていうかわかんないけど、
とにかく私はアイルランドに行きたかったの。
もう行くしかない。行きたい。
でも、アイルランドだよ。
普通に考えて、どうやって行けば行けるんだろうって・・」
普通に考えればダリンが言っていることは無茶苦茶だった。
いくら東中野のライブハウスで失敗しても、
いくらアイルランドの音楽が好きでも、
いきなり、方々の友達の家に荷物を預けて、
誰一人知り合いのいるわけでもない、アイルランドに行って歌を習い、
歌いたいとは言わないものだ。
これを冒険と言わずして何を冒険というのか。
そう、ダリンがやったことは『冒険』だ。
フィクションの中で冒険する話などいくらでもある。
でも実際、こうして『冒険』という言葉に値する行動をとった人の話を聞くのはそうそうあることではない。
まわりにそうそう『冒険』したことのある大人がいるものではない。
『冒険』をしたことのある大人を知っていることすらない。
ダリンはその『冒険』してきた数少ない人だった。
「それでアイルランドにどうやって行ったらいいかわからないから、
とりあえずオランダに行ったわけよ。
オランダにね、前に『ロッキー・ホラー・ショー』に一緒に出てた女の子が住んでるのよ」
ダリンはアマチュァ劇団が上演した『ロッキー・ホラー・ショー』に出たことがあった。
冒頭、お米を投げられる花嫁の役だった。
『ロッキー・ホラー・ショー』の説明を少し。
『ロッキー・ホラー・ショー』というのは元々ロンドンで上演されたミュージカルだ。
初演は1973年のこと。
ロンドンのミュージカルというと、お金のかかった豪華で本格的な歌があり、
ダンスがあり、ショーアップされた物を思い浮かべるかもしれないが、
この『ロッキー・ホラー・ショー』が本当に最初に上演されたのは、
席が63しかない小さな映画館で、
しかも映画が終わったあとの夜10時半からの上演だった。
こじんまりとした場所で、のちのち伝説となり、
数多くの熱狂的なファンを生み出すことになるとは、この時、誰一人思わなかったに違いない。
そこで、6月の19日に初日の幕が開き、7月7目までの上演予定だったが、
思わぬ好評だったために、7月一杯そこでの上演が続いた。
どれくらいこの公演が成功したかといえぱ、
この7月一杯の初演が終わった直後、
63席の劇場からその4倍の広さを持つチェルシー・クラシックシネマに進出、
そして、10月31園にはさらに広い350席のキングスロード・シアターへと移ったくらいだ。
こうして『ロッキー・ホラー・ショー』は
ロンドンのイブニングスタンダード紙により『1973年ベストミュージカル』に選ばれた。
まさにトントン拍子に成功した夢のようなミュージカルだった。
その後も『ロッキー・ホラー・ショー』の快進撃は続く。
翌1974年3月19日にアメリカデビュー。
やがて映画になり『ロッキー・ホラー・ピクチャーショー』として全世界に配給され、
日本でも1975年に公開された。
では『ロッキー・ホラー・ショー』というのはどんなミュージカルなのか?
教会で結婚式を挙げたカップルのブラッドとジャネットは、
恩師に報告しようと車で郊外に向かう。
途中、雷雨で道に迷い近くの屋敷に電話を借りに行くが、
彼等を出迎えたのは怪しいせむし男で、
その屋敷の中ではドクター・フランクの手によってこの世に生み出された、
人造人間ロッキーの誕生を祝う盛大なパーティーが行われていたのだった。
彼等の目の前に黒マントに身を包んだ怪人ドクター・フランクが現れ、
健全なカップルだった二人は
次第にこの屋敷の住人達の持つゴージャスでちょっとエッチな世界の虜になっていく…
話はまあ大したことはない。
そう、こうやって話だけ書くと、
どうしてそんなにこの『ロッキー・ホラー・ショー』が全世界で熱狂的に受け入れられているのか不思議に思われるかもしれないが、
他のミュージカルと決定的に違うのは、
この映画は黙って椅子に座って見ていなくてもいい映画ということだろう。
普通、映画館に行くときちんと膝を揃えて座って、
映画が始まったら、他に見ている人の邪魔にならないように最後まで静かに見ていなければならない。
けれども『ロッキー・ホラー・ショー』は映画が始まったら、
映画に出てくる人達に向かって、かけ声をかけてもいいし、
ダンスが始まったら客席の通路に走り出て、映画の登場人物達と一緒に踊ったりしても構わない。
映画の途中で見ている人達のために映画の中でダンスの振り付けを教えてくれるコーナーもあるので、
特別に振りを憶えていかなくても、ぽんとにその場ですぐに踊れるようになる。
だからみんなダンスのシーンになると、
映画館のステージに上ったり、通路に出たりして画面の入物達と一緒に踊り始めてしまう。
それともう一つ大事なことは、
この映画を見るために持って行かなけれぽならない物がいくつかあるということだ。
お米に新閲紙、ライターやクラッカー。
さっき『ロッキー・ホラー・ショー』の冒頭に結婚式のシーンがあると書いたが、
外国では教会で縞婚式を挙げると、
新郎と新婦が教会から出て来るとき、お祝いにお米を彼等に向かって投げるものだ。
だから、映画の最初の結婚式の場面で見ている人達はみんな、お米を投げるのである。
もちろん、映画館のスクリーンに向かって投げるわけだから、
画面の中の新郎新婦に届くわけはない。
投げたお米はスクリーンに当たるだけだし、
ヘタに一番前の席に座ったりしてしまったら、
後ろの人が投げて来るお米が隆ってきたりもするのだ。
その場にいあわせないと、よくわからないかもしれない。
世の中にはこんなふうにして見てもいい映画があるのだ。
お嫁さんと花婿さんでドライブしていると、雨が降ってくる。
客席で見ているお客さんはこの雨をしのぐために新聞紙を広げる。
客席中が新聞紙だらけになるわけだ。
映画の中の雨に降られる二人が人気のない山道で困っていると、
遠くに屋敷の明かりがぽつりと見える。
その時、お客はみな手に手にライターをつけて、その光を見せてやる。
映画館の客席の中にライターの火が一斉に灯る。
そして、屋敷に入ることができた二人の前にこの映画の本当の主人公ともいうべき、ドクター・フランクが現れる。
ここがクラッカーの鳴らしどころだ。
劇場の客席のあちこちからパン!パン!パン!バン!バン!パン!
劇場中に火薬の匂いがして、短い紙テープが宙を舞うのだ。
『ロッキー・ホラー・シ∋一』は映画であって映画ではないのかもしれない。
だから、本当に普通に映画を見ようと思って来たお客さんは、
この『ロッキー・ホラー・ショー』の楽しみ方を知っているお客さんに驚く。
そもそも映画というのは
始まったら他の人たちの迷惑にならないように、黙って見ていなければならないものだ
と、みんな小さな頃に教わっていたはずなのに、だ。
客は映画に向かってお米を投げたり、通路に出て踊りだしたり、クラッカーを鳴らす。
でも、それが『ロッキー・ホラー・ショー』の正しい見方だ。
そうやってみんなで騒いで見る映画、それが『ロッキー・ホラー・ショー』なのである。
こんな映画は滅多にあるものではない。
だから、みんな『ロッキー・ホラー・ショー』を大事にする。
外国の映画を日本で上映する場合、上映権というのを買わなければならない。
日本で上映してもいいよ、という権利のことだ。
もちろん契約だから、それには期限がある。
今から五年とか十年とか、映画によってまちまちだが、
その期限が切れると上映できなくなるのだ。
映画の広告でよく『リバイバル』と書かれいるが、
上映期限の切れた物をもう一度買いなおして
映画館でまた向こう五年、十年とか上映できるようになったものを『リバイバル』といい、
上映の期限が切れていないけれども、もう一度映画館でロードショー公開する時は『再演』という言葉を使う。
『ロッキー・ホラー・ショー』はもう何度も上映の期限が切れ、
また誰かが上映権を買い、また切れて・・ということを繰り返している。
上映の期限が切れる前はそれこそ、日本全国から『ロッキー・ホラー・ショー』のファンが映画館にやって来て、
最後の上映を見ながら、お米を投げ、通路で踊り、クラッカーを鳴らしてきたのだった。
まだネットもなにもない時代の話だ。
そして、それとは別に、元々が舞台のミュージカルだった『ロッキー・ホラー・ショー』を舞台版のまま上演しているところもあった。
ずいぶん『ロッキー・ホラー・ショー』の話が長くなってしまったが、
その最初にお米を投げられるそのお嫁さん役をダリンはやったことがあった。
映画ではスーザン・サランドンがやっていたジャネットという役だ。
ダリンと知り合ってすぐの頃の話だ。
そのただでさえ騒がしい『ロッキー・ホラー・ショー』をなんと年越しライブでやった事があって、
それを私はダリンに誘われて見に行った。
私はその時、初めて彼女が歌っている姿を見た。
そこには普段、顔を合わているシャイな林田里織とは別人のリンダが歌い、
踊り狂い、シャウトしていた。
ピンクのレオタードを着て両胸に鏡餅を二つ入れていた。
「なんだこれは?」と訊いたら「グラマラスでしょう?」と言っていた。
その数年後に、私が一人芝居の連作シリーズをはじめたとき、
ダリンに一本、絶対にダリンにしかできない、15分のお芝居を書いた。
音楽が好きでバンドやら色々やっていた女の子が、
音楽ではうまくいかず、ついに観念して小さな会社に就職することになる。
そして、その会社の人達が新入社員の彼女を歓迎して、飲みに連れて行ってくれ、
その後の二次会でカラオケボックスに誘われる。
彼女はもう二度と歌を歌うまいと決心していたのだが、
あまりにもその会社の人々が勧めるので、断りきれなくなり、
ついに、自分の一番好きな歌をアカペラで歌うことなる。
それが『ロッキー・ホラー・ショー』の中の一曲『この遣をバラ色に染めよう』だった。
彼女はそれを歌っているうちに、やっぱり自分は歌を歌わなければダメだと気づき、
会社のみんなに
「今日一日、こんな世の中を知らない奴にいろいろと親切にしてくれてどうもありがとう」
とお礼を言う。
「でも・・でも、もしかしたら、明日私は会社に来ないかもしれません…
すみません・・でも、でも・・それでいいんです」
再び彼女は歌い始める。
アカペラのまま歌い上げた彼女は「どうもありがとう!」と叫んでお芝居は終わる。
終わった直後に狛手が来た。
音の大きな、激しい、刺さるような拍手だった。
話を元に戻そう。
ダリンがそうやって貯めたお金はそれでも最終的に40万ほどだった。
40万からまず、オランダまでの飛行機代14万を引くと残りは、26万。
そこから旅行に必要な物を買わなければならない。
「んで買って、変圧器やらなんやら、いろいろ揃えていたら結局、手元には13万しかないの。
13万よ。13万しかなかったら、日本じゃ1ヶ月暮らせないのに、
私はもう行くと決めたから、その13万を持って、オランダへ飛んだの」
ダリンはオランダで日本人が集う焼鳥屋でバイトをしながらまた金を貯め、
3ヶ月後にようやくイギリスにたどり着いた。
「バスに乗ったの。
バスはねヨーロッパ・ユーロラインって、すんこい激安でどこにでも行けるの。
すごい時間かかるんだけどね。
だってロンドンまで行っても6,000円くらいなんだもん。
それでまた飛行機のすっごい安いやつでようやくイギリスまで来たのよ。
でもさあ、こんだけ苦労しても、まだイギリスなんだけどね」
イギリスに入国する時、ダリンが書いた出入国カードに記入漏れがあり、
入国管理官が訊いた。
「なんのためにこの国に入るのか?」
ビジネスか、留学か、観光か、どれかをチェックすればいいだけの項目だ。
しかし、ダリンは記入するのを漏らしたわけではなく、記入できなかったのだ。
「だって、ビジネスでも、留学でも、観光でもないんだもん」
だから、入国管理官に止められて、訊かれたのだ。
入国するすべての人に訊く、いつもの質問だ。
「なんのためにこの国に入るのか?」
彼女は答えた。
「To SING」
歌うために。
そして、ロンドンにたどり着いた時、教会の前にホームレスが並んでいた。
ご飯がもらえるという。
ダリンもその後に続いて、並んで待った。
そして、プレートにご飯をよそってもらって、食べていたら、
隣のホームレスがそのご飯が「まずい」と言って残したのだという。
ダリンは怒って
「こんなにおいしいものをタダでもらって残すとはなにごとだ」
と英語を駆使して説教したらしい。
それでも、そのホームレスが反省する気配がないので、
ダリンは彼が残したものを全部目の前で食ったそうだ。
それをたいらげた後で、
「ぼら、こんなにうまいんだ」
と言ったそうだ。
そういう人だった。
そして、ある時私は、『メトロ』で役者で出て欲しいと言った。
具体的な日程も決まり、チラシを刷るかという時のことだった。
ダリンから電話があった。
「出られそうもない」と言う。
そこで、本当の意昧で「じんのさんだから言うんだけどさ」と言う話が始まった。
「私はガンなんだ」と告げられた。
だから『メトロ』には出られないと。
でも、入院して手術すれぽきっと治るから、
またその時に、その話をしようと。
「絶対に他の人に言わないで」
ダリンは頑なにこの件が他の人に伝わることを拒んだ。
入院した彼女を見舞いに行った。
午後4時、ベッドの周りは本やらCDやらが、とっちらかっていて、
いかにもダリンのベッドという感じだった。
ダリンは私の顔を見るなり「蕎麦が食いたい」と言った。
いっしょにこれから食いに行こうと、上着を羽織った。
勝手に病院を抜げ出していいのか?と、聞いたら、
いいんじゃないの別に、と吐き捨てて先に歩き始めた。
「病院の地下通路を通るのが近道なんだ、
この地下道は遺体が通る地下道だからあんま人がいないんだよ」
蕎麦屋は5時からの営業で準備中の札がかかっていた。
ダリンはその扉を揮し開け「ダメですか?」と直接交渉していた。
一事が万事、そういう人だった。
「ダメです」と言われ、喫茶店で蕎麦屋の開店を待つことになった。
そこまでして蕎麦が食いたかったのか?
食いたかったのだ。
「じんのさんのお茶代、出すからさ」
仕方ないから「じゃあ、蕎麦はおごるよ」と私は言った。
二人でうだうだとどうでもいい話をして、蕎菱屋が開くのを待った。
おかしいと思った。
この時間はなんなんだろうと思った。
こんな時間があるわけがない。
どうしてこんな時間が用意されているんだろう。
ずっとそればかり考えていた。
そして、二人で蕎麦を食った。
病院の地下通路のところまでダリンを送った。
「ここまででいいよ、じゃあね」
その時はそこで別れた。
ダリンに「出て」と言った『メトロ』のVoL 12を彼女は見に来た。
終演後、ロビーでダリンを抱きしめた。
愛しい人がいたら、なるべく抱きしめておくべきだ。
抱きしめた時の記憶を刻みつけておくべきだ。
それができてよかった。
その1ヶ月後。
2004年1月19日、彼女は先に逝った。
彼女の歌う『アクエリアス』聞くと、
我々はまた新しい舞台の幕が開く緊張を覚える。
そして、同時に新しい舞台の幕が開く瞬間に胸を躍らせる。
ダリンの歌声を聞く度に、同じ気持ちになる。
これからもずっとダリンの曲で『メトロ』は始まる。
いつの日か、300話の上演に辿り着いた。
その時も、この曲がかかり、ゆっくりと照明が落ちていき、
暗闇に包まれて、彼女の声だけが、その闇に響くだろう。
そして、物語がまた始まるだろう。
なんのためにこの国に入るのか?
入国管理官は訊いた。
彼女は答えた。
「To SING」
歌うために。
Posted by ファンキー末吉 at:02:34
2009年06月25日
中国で一番憎まれている日本人
懐かしい香港人の友人に呼び出されて店に飲みに行った。
そこで紹介してくれたのが彼である。
ちなみに写真右は手前味噌で言うと「中国で一番愛されている日本人ドラマー」である。
そして写真左が「中国で一番憎まれている日本人」であると言う。
何故か?
それは私が手に持っているこの映画に彼が出演したことによる。
そう、彼は役者。
数年前から中国の映画によく出演しているらしい。
その大部分が「日本人」の役。
よくある話で中国で作る日本人が出て来る映画、
特にこう言う時代モノはだいたいは日本人は悪人の役である。
彼はきっと役者としての「腕」もかなりなもので、
その「役」を完璧に、いや完璧以上に演じた。
そしてその映画は大成功し、監督は彼にこう言った。
「間違っても映画館に足を運んだりしないように」
映画の中では彼は眼鏡をかけているが、
決して中国の街でその眼鏡をかけたりしないよう注意している。
それでも中国の人々は街で彼を見かけたらあからさまに憎しみの表情をあらわにする。
「日本鬼子(リーベングイズ)!!」
(戦時中の日本兵を最大級に蔑視する言葉)
そんな彼がある時「上島珈琲」に行った時の話・・・。
ちなみにこの「上島珈琲」、
日本で有名な上島コーヒー、つまり「UCCコーヒー」ではない。
台湾系の大チェーン店で「まがいもの」である。
その証拠にちゃんと「UBCコーヒー」と書いてある。
その「まがいもの」のコーヒーを飲みながら、
彼はカウンターで無線LANが繋がらないと四苦八苦していた。
もちろん眼鏡もかけず、
顔を隠すように深々と帽子をかぶっている。
それでも店員たちは何やら彼をみてひそひそ話をしているようだ。
彼が困り果てて店員を呼んだ。
そして彼に呼ばれてやって来た店員は小声で彼にこう言った。
「俺はお前を知ってるぞ!!佐藤だろ!!」
ちなみに佐藤とは彼が演じた役の日本人の名前で、
彼はれっきとした「渋谷」という名前があるのだが、
中国では彼はその極悪非道な日本人、「佐藤」でしかない。
店員が彼を見る目は憎悪に満ちていたと言う。
「いや、それは素晴らしいことだよ!佐藤くん!!」
「渋谷です!!」
ワシは彼を誉め讃えた。
渥美清が日本の街を歩けば「寅さん」であるように、
ひとりの役者が本名ではなくその役名で呼ばれるようになるというのはある意味素晴らしいことではないか!!
初対面の時は笑顔の素敵な好青年にしか見えなったが、
もう今ではワシは彼を人相の悪い極悪人にしか見えない。
「佐藤くん、君の両親は・・・」
「渋谷です!!」
「君は両親に感謝するべきだ。そんな極悪人の人相に生んでくれて・・・」
「僕・・・そんなに人相悪いですか?・・・」
いや、人相だけではない。
彼が役者として素晴らしいからこそこれだけ中国人に憎まれるのだ。
彼はこれからも身の危険を感じながら中国の映画に出演し続ける。
言うまでもなく「極悪非道な日本人」の役ばかりである。
頑張れ!!佐藤!!
「渋谷です!!」
どれだけ中国人に憎まれようと、
ワシはお前を日本人として、役者として誇りに思うぞ!!
今度北京で会う時には・・・
・・・いや、北京で会うとワシの身も危険になるかも知れんので、やっぱ日本で会おうな。
Posted by ファンキー末吉 at:12:14
2009年06月21日
二井原からのメール
旅先の二井原からメールが来た。
なんでも
http://www.youtube.com/watch?v=MZfVfyR5F1E
このアドレスを至急U-Tubeでチェックしろとのことである。
タイトルは「Korean Drummer Steals The Show (Full Version)」
おりしもXYZは現在(10周年記念で10ヶ月連続リリースなので10ヶ月間ずーっとなのであるが)レコーディング中である。
これはきっともの凄いプレイをするドラマーの映像であるに違いない。
それを見てファンキーよ、もっと精進せよ!
そういうことに違いあるまい。
旅先のホテルでやっとネットにつないでチェックしてみた・・・
ある意味・・・凄い・・・
二井原よ、「これこそファンキー末吉のスタイルだぞよ」とでも言いたいのか、
もしくは「早く精進してこの域まで行け」と言っているのか、
いやはや「もう既にこの域まで行ってるぞ」とでも言いたいのか。
どちらにしろ感激に値する映像であった。
Posted by ファンキー末吉 at:10:22
2009年06月11日
ドタキャンの嵐でセッションを
BeiBeiの上海ツアーがドタキャンになってからというもの、
次から次へとドタキャンの連絡が来る。
まず先週末に予定されていた大連の2本のツアーもキャンセルになった。
これは上海をブッキングしていたのと同じイベンターで、
とどのつまり能力もないのに「俺に任せろ」とばかりブッキングしたものの
蓋を開けてみたら「やっぱダメでした」ってなもんだと想像している。
今週末に予定されていた蘇州は、
「ちょっと急がずにちゃんと仕切り直して始めよう」
とばかり自主的にキャンセルにしたと言う。
まあ長いことスケジュールを押さえられてたワシはたまったもんじゃないが、
まあ近所にいつでもドラムが叩ける店が出来たので、
ドラムを叩こうと思えばいつでも・・・と思ったら明日は二胡とピアノのライブじゃった・・・
・・・いくらなんでも無理じゃ・・・
明後日はJazzボーカルなんで大丈夫じゃろう。
ギターとのデュオというが、まあワシは別にそれにドラムでもかまわんが、
隣の仮谷くんもヒマなら連れて行こう。
今さらながら近所にベーシストがいると便利である。
それにしてもこの三科かをりというボーカリスト、
始めてJazzのセッションで呼ばれて一緒になって、
あまりの歌のうまさにぶっ飛んだ。
ワシが狂ったようにJazzセッションをしてた頃、
あの頃にもいろんなボーカリストと一緒にやったが、
これほどド肝を抜かれたのはいなかったなあ・・・
二井原が
「近頃のボーカリストはどれをとってもとてつもなくうまくなっとるなあ」
と言ってたことがある。
二井原が手探りで10年かけて作り上げた
「ロックとはこう歌うんや!!」
を、若いボーカリストは歌い始めた時から聞いて知っているのである。
Jazz界とてそうである。
家庭では普通の歌好きの少女が、
「これぐらいのことは誰でも出来るだろう」
と思ってそのまま就職してOLになり、
ある日それが特殊技能だと気づいて初めて歌手になったと言う。
あんなもの凄いハイトーンは「誰でも出る」と思ってたのであろう。
「アドリブでスキャットで歌う」
なんてことは彼女にとっては「ごく普通」のことなのであったのであろう。
ワシみたいなドラマーが乱入して来てそれでも「普通」に歌えるとでも思っているのだ。
若い芽は早いうちに摘み取る・・・いやいや、音楽の、人生の厳しさを教えに行ってやるぞよ。
(本当はドラム叩いた後のビールの旨さを楽しみにしてるだけじゃが・・・)
来週は江川ほーじんが来るので是非20年ぶりにセッションをしたかったのじゃが、
残念ながら大阪で仕事である。
日本の仕事はドタキャンにならんので残念である。
またの機会に是非!!
Posted by ファンキー末吉 at:22:29
2009年05月23日
ストリングスアレンジは楽し!(難し!!)
結成十周年記念で毎月ライブをしつつ毎月新曲をリリースしている。
今月の23日には5枚目のアルバム「Wings」を再現しようということで、
何とライブにストリングスオーケストラを呼ぶことになった。
今一生懸命アレンジをしている。
ワシが最初にストリングスを書いたのは1995年、
ソロアルバム「亜洲鼓魂」のレコーディングでのことである。
当時はまだ便利な楽譜編集ソフトなどなかったから大変であった。
パソコンで打ち込んだMIDIデータを見ながら手書きで10段譜以上の譜面を書いてゆく。
ヘ音記号、ト音記号まではいけるが、ビオラはハ音記号なのでやっかいである。
当然音符にミスがたくさん出る。
ひとつひとつチェック・・・
それだけではない。
ブラスやストリングスなど生楽器というものは使う音域によって響きが全然違うので、
同じドミソでも選んだ音域によって和音の響きが全然違うのである。
そして今でも時々間違うことがあるが、
シンセでは音が出てても、実際には生楽器の音域から外れてる場合もある。
ひとつひとつチェック・・・
ええい!!出来るわけないやないかい!!
というわけでその時はさすがにプロの手を借りた。
オーケストラアレンジャーの松原さん。
「大きな玉ねぎの下で」のオーケストラバージョンをアレンジしてくれた人で、
更には爆風スランプの映画「バトルヒーター(あったなあ・・・そんなん)」
のサントラを担当した人でもある。
松原さんが譜面をチェックしてくれたり直してくれたり、
更には木管を書き加えたり書き下ろし部分を作ってくれたり、
こうして今では中国のロックのスタンダードとなった「亜洲鼓魂」は完成した。
言わば松原さんは私のストリングスの師匠である。
あれから師匠の教えを胸に抱いてひとり立ちした。
日本のオケの人には意地悪な人もいて、
わざとミストーンをしてアレンジャーの耳を試したり、
あの手この手でアレンジャー潰しをやる。
それに耐えながら耳と腕を鍛え、
映画「香港大夜総会」のサントラや、
ノイズファクトリーのフルオーケストラアレンジや、
キム・ヨンジャのアレンジをした時にはディレクターに
「ドラマーがどうしてこんなこと出来るの?」
と言われてちょっとこそばゆかった。
中国に渡ってからも、もう数十曲にわたってストリングスを録音した。
この「Wings」もそのひとつである。
今では一声かければ小沢征爾が使うオーケストラが集まる。
(まあ奴らはギャラさえもらえば誰のアレンジでもやるのであるが)
もうみなさん顔なじみである。
冗談を交わしながら、あの難解な変拍子の曲を30分で録り終えてしまった。
やはり相当な腕前であると言えよう。
まあもし中国でライブをするならその連中に来てもらったり、
予算の都合もあるなら音楽大学の学生に来てもらったり、
大きなコンサートでも当てぶりの学生を呼んだりしているので、
まさかブッキングと言うものに困り果てるとは夢にも思っていない。
「末吉さん、ストリングス本当に大丈夫ですか?」
と心配するスタッフに
「何言うてんねん!
日本にやってどれだけの学生とアマチュアオーケストラがある思てんねん!
大丈夫!大丈夫!」
とタカをくくっていたら、
これがまた当たっていた全ての学生のオーケストラ、
全ての街のアマチュアオーケストラなどは全てNGであった。
万事休すである。
途方に暮れながら電話帳のデータを隅から隅まで開いていたら、
ふとこの松原さんのデータが見つかった。
当時の電話帳のデータである。
携帯電話などない時代、当然自宅の電話番号しかない。
ダメもとで自宅に電話をして、
ご本人かどうかわからない留守番電話にメッセージを入れた。
もしこの電話が松原さんの電話でなければ、もう次のライブは
「告知しておりましたストリングスオーケストラとの競演は中止になりました。
メンバー4人による演奏でお楽しみ下さい」
という羽目に陥っていたのであるが、
待つこと半日、何と松原さんから折り返しの電話があった。
奇跡的に10年間引っ越してなく電話番号が変わってなかったのである。
無理を承知で頼んでみたら快く引き受けてくれた。
持つべきものは師匠である。
北京に帰り、「Wings」の譜面を探し出し、
86442の譜面を6422に手直しする。
(コントラバスを外して、大編成を中編成に直す)
このライブのみでしか聞けない書き下ろし曲は
師匠と分担して今アレンジをしているというわけだ。
どんなライブになるのか蓋を開けてみなければわからない。
失敗したら失敗したで、
成功したら成功したで、
泣いても笑ってもこの日だけの「1 time performance」となる。
X.Y.Z.→Aの歴史、いや日本のロック史に残るライブにしたいと思う。
スケジュールの合う人は是非見に来られたし!!
Posted by ファンキー末吉 at:07:26
2009年05月02日
年金払い損
その男、どちらかと言うとかなりアホである
浮き沈みの激しい人生を送っていると思われるが
どちらかと言えば貧乏な方が長いようだ
「江戸っ子は宵越しの金は持たへんねん」
と言いながら江戸っ子でもないのに持った金はキレイに全部使い切る
そんな男がどう言うわけかまた突然ちょっと金持ちになってしまったもんだから
「にわか江戸っ子」よろしくまたキレイに使い果たす
既にその金はもういくらも残っていない。
ところがそうやって再び貧乏になっての苦労というのは
彼も何度も経験しているうちにもうイヤと言うほどわかっているのだから
今度ばかりは金がなくなって来ると彼らしくない「不安」が頭をよぎって来る
だいたいにしてこのような男は
往々にして攻めにはめっぽう強いが守りにまわるとからっきしであるのが常である
また若い頃から人に迷惑ばっかかけて生きて来たもんだから
「世のため人のため」という言葉にはめっぽう弱い
そんな男がテレビかなんかで
「年金は世代を超えた助け合いだ」
みたいなことを耳にしたもんだから大変である
「どうして俺は一度も年金なるものを払ったことがないのか?これでいいのか?」
自分の母親は若い頃に年金を払いその当時の年寄りを助けた
そして今は若い人が年金を払い母親を助けている
ところがその息子が一度も払ったことがないでいいものなのか、と
折しも引っ越して来た八王子市から年金の催促が来た
彼は丁重にこう聞いた
「今まで一度も払ったことがないが今からでも払えるのか」と
「大丈夫ですとも」
役所の人は明るくそう言い放つ
彼はもうわずかになった有り金全てを手にして役所に向かった
「世のため人のため」
彼は手にした全てのそのお金を先々の分まで全部前納すると言い出したのだ
びっくりしたのは役所の人である
「前納は一年分しか出来ません」
彼はしぶしぶ一年分だけ前納し、
残ったわずかなお金を握りしめて家路についた
非常に気持ちがよかった
いいことをした実感と
これで老後が安泰であるという安心感とがあったのだろう
しかし神はこの男に決して「安定」というものを与えない
もし本人が少しでもそのような考えを頭によぎらせたときには
神はいつも容赦なく罰を与えていたことを彼はもう忘れてしまっていたのか
しばらく経ってまた年金関係のニュースを見て彼は愕然とした
年金は25年以上納め続けてないと給付されないのだ
今の彼の年齢ではあと10年そこそこでもう受け取りの時期である
とてもじゃないが25年も支払い続けられる年齢ではない
彼は役所に飛んで行った
支払った領収書を提出し
自分が果たして給付を受けることが出来るかどうかを調べてもらった
現在の法律では過去3年まで遡って払えると言う
しかし彼の年齢ではそれでも全然25年に足りることはない
何せたった「今年一年だけ」支払ったことがあるのみである
「外国で住んでいればその年数は除外される」と聞いて小躍りしてはみたが
彼のように住所をずーっと日本に置きながら
しかも毎月数回日本に帰って来ているという場合は
外国に「住んでいる」のではなく外国に「行っている」
つまり法律的には「ただの旅行好き」としかみなされないのである
「どうしたもんですかねえ・・・」
役所の人は二人がかりで一生懸命考えてくれる
「学生だった時代は親の扶養家族なので除外されますが・・・」
またちょっと小躍りしてしまうが
大学も19の時に中退してるのてわ成人してからは扶養になってない
「就職してる時に厚生年金かなんかに入られてた時は?」
と聞かれても
「まっとうな会社務めをしたことが一度もないんで」
と頭をかくしかない
「それじゃあ奥さんの扶養になってるところが除外されますよ」
役所の人の顔が一瞬明るくなるが
この男、貧乏な時でも一応嫁は自分で扶養しているので該当されない
この辺からは今度は役所の人がこの男のことがよく理解出来なくなってくる
まっとうに働いたこともない男が誰の扶養にもならず
かと言って年金をぽんと前納するんだから金がないわけでもなさそうである
およそ年金を扱う役所で働いていたらまず会うことはないであろう人間である
いったいこの男はどんな生活をしているのか・・・
変な注目を浴びながら
男は意を決してこう言った
「どうあがいたって給付されないんだったら前納したお金返してもらえませんか」
役所の人はますますこの男のことがわからなくなる
金持ちなのか貧乏なのかよくわからない。
見るからに
「僕今から貧乏に突入するんです」
というような顔をしてこんな相談に来るぐらいだったら
どうしてあの時あんなに気前よく前納なんかするんだろう・・・
彼はあきらめてとぼとぼと役所を後にした
「世のため人のため」に1年分の年金を無償で寄付した
ただそれだけのことである
なんのことはない
また昔の貧乏に戻っただけの話である
年金はもらえない
しかし彼の周りのミュージシャンは全て同じである
共に楽しく生き、そして共に楽しく死んでゆこう
彼は仲間の待つ村に帰って行った
Posted by ファンキー末吉 at:15:07
2009年03月30日
ラテンのドラム、Jazzのドラムとは・・・
3月28日SOMEDAYのラテンJazzのビッグバンドに呼ばれて叩いてきた。
前回の時はパーカッションの伊達弦以外は全員初対面だったのでかなり面喰ったが、
今回は半数が顔見知りなので気が楽である。
このバンドは鬼瓦みたいな顔したSOMEDAYのマスターがバンマスで、
何故か毎回毎回メンバーが変わるので大変である。
もともと、「末吉くん、やってみるか?」で始まったのであるが、
人のプレイにいろいろケチをつける厳しいバンマスなのが何より大変。
でももともと私はこうしてJazzドラマーとして育ててもらったんだから、
これが実は何よりありがたいことなのである。
前回は「バスドラとパーカッションがぶつかる」と文句を言われ、
挙句の果てには「バスドラを踏むな」と指示が来る。
まあJazzの人もラテンの人もバスドラはオカズに入れるぐらいで、
基本的にはリズムパターンに必ず入れるものでもない。
ジャンルが変われば叩き方は180度変わるのである。
ラテンもオルケスタ・デラルスの連中とのセッションでいろいろ勉強させてもらったので、
今回は北京からティンバレスを持って帰って来た。
嫁の荷物なんかも頼まれて持って帰ったので超過料金2万円・・・・。
勉強代もいろいろかかって大変である。
ローディーの関山くんと早めにSOMEDAYに入って、
あーでもないこーでもないといろいろセッティング。
前回の感じでは必ずしもラテンの曲ばかりではないし、
必ずしもJazzの曲ばかりでもない。
ソロになればタムも叩かねばならんし、
ティンパレスを中心にラテンセットを組むはずだったのが、
こんなに大所帯のマルチセットになってしまった。
叩いてみてこれが非常にフィットして気持ちよかった。
ラテンの曲は身体をちょっと右向きにしてカウベルを中心に叩き、
Swingの曲は正面に向けてSOMEDAYのJazzセットを中心に叩き、
ソロになるとちょっと左に向けてロートタムを中心に叩く。
ただラテンのティンバレス奏者のように、
ラテンになるとバスドラを抜いて
完全に手だけで叩いてリズムを叩こうと思ったが無理だった。
1小節ぐらいでもたなくなってしまいつい足を入れてしまう。
ワシはパーカッション奏者なのではなくドラマーなのだと実感。
おかげでリズムパターンが変わる瞬間の数小節はリズムが定まらない状態が続いたが、
マスターの評判は上々だった。
「末吉くん、なかなかよかったで。
普通ロックの人がJazz叩いたらな、レガートだけで全部ぶち壊しや。
でもな、今日はある程度形になってたで。
ある種の匂いがある。
末吉くん、Jazz好きやろ。
この匂いが出せたら基本的にはOKや。
頑張りや!」
鬼瓦のようなマスターに褒められたのは久しぶりである。
残念ながら5月のこのセッションはXYZとぶつかって参加出来ないが、
次のセッションではまた精進したいと思う。
Posted by ファンキー末吉 at:10:54
2009年02月20日
二井原家とCOCOSでお食事
明日は目黒ライブステイションでXYZのライブである。
毎日リハーサルスタジオでリハーサルをしていた。
休憩中のアホ話の中で、
「この前、週刊ASCIIの大槻との対談の写真みて思たんですけど・・・
二井原さん、むっちゃ痩せましたね」
と橘高くん。
「そやろ、もう58kgや」
と二井原。
「末吉さんのも見ましたけど・・・
あんぱんみたいでしたよ」
と再び橘高。
「そやろ、もう68kgや」
とワシ。
小ニイハラと呼ばれだして早や数年。
今では体重は二井原と逆転し、今や立派な大ニイハラである。
どうして太ったのかはいくらでも理由が思いつくが、
どうして痩せたのかを二井原にとくとくと聞いてみる。
「まず普段酒を飲まんことかな。
あと8時以降は飯食わん。
それと俺なんか晩飯はもうほんのちょびっとしか食わん」
「ほんまかいな」
とワシ。
これは今夜は二井原家を誘って一緒に外食してみるに限る。
お互い子供がいるということで子供が喜ぶCOCOSにそのまま集合。
ふたテーブルに分かれてそれぞれ注文するが、
基本的に注文する量も違えば内容も根本的に違っているようだ。
小学4年生のワシの息子は
「から揚げとソーセージとポテトのセット」という酒飲みのつまみのようなメニューを頼めば、
ワシなんか「ほな生ビールも飲まなあかんな」と飲みモードである。
二井原家は酒も飲まず、いたってシンプルに食事を終え、
「ほな明日もあるし、ワシら帰るわ」
と先に帰ってしまう。
そのテーブルたるや非常にシンプルである。
それに比べて末吉家は山盛りになった空き皿を3度は持って行ってもらい、
生ビールは既に3杯目に突入している。
そしてトドメは、「シロノワールに対抗馬現る!」とばかりの新メニュー。
ワシは酒好き、嫁子供は甘いもの好き、
そしてワシはどちらもOKなのでそりゃ太るわなぁ・・・
明日は頑張ってドラム叩いて少しは痩せるのじゃ!
(終わってビール飲んだらおんなしか・・・)
Posted by ファンキー末吉 at:22:00
2009年02月03日
正月の次は旧正月
今年の旧正月は1月26日。
プロデューサーのLuanShuが旧正月には日本に来たいと言うので、
重慶にはデブのキーボードを行かせてさっさと帰って来た。
彼が着いたのが25日。
つまり旧正月の大みそかである。
中国人が一年で一番賑やかに過ごす日。
でも日本では普通の日。
これではいかんということでカウントダウンパーティーを催すことにした。
(駆り出されたバン・ヘイレンのコピーバンド、バン・ヘイサンと田川くん)
日本人にとってはこの日に何でカウントダウンなのかよくわからんが、
まあ細かいことは言うなということで大騒ぎしてもらった。
その後ずーっと正月気分で過ごしている。
日本の正月前からずーっと続いているので、
今年は2か月近く正月を過ごしていることになる。
重慶に送り込んだデブは、
結局正月返上でワシの代わりに働いていると言う。
ワシもさすがにぼちぼち北京に帰って仕事をせねば・・・
Posted by ファンキー末吉 at:21:45
2009年01月05日
K大サーカス
子供たちの高知の友人一家がサーカスを見に行くと言うので、
末吉家も一緒にどうですかと誘われた。
嫁が「何か重慶雑技団の音楽のヒントになるかも知れんから行って来ぃ」と言うので、
期待せずに行って来たらこれが想像以上に楽しかった。
そう言えばこのサーカス団を見るのは小学校の頃以来である。
田舎だったのでタダ券が回って来たので何度も見に行って飽きた記憶がある。
あの頃から比べると、もうこのサーカス団はひとつの「企業」である。
両親もサーカス団、子供もここで生まれて、
全国を団員と動物たちと旅をしながら大きくなって、
「自分もこのサーカス団の花形になるんだ!!」
みたいなブルースが一切ない!!
また団員がイケメンと美女ばっかなのよ!!
アクロバットをするわけだから当然スタイルはいいし、
化粧は舞台衣装なのでみんな派手で美しいし、
小さい頃はそんなことに興味がないから見てなかっただけか、
もしくは本当に団員のルックスは飛躍的に上がっているのだろうか・・・
ところが・・・
この演目を見た時にいきなり重慶雑技団の子供たちを思い出した。
重慶に行った時に同じ演目を練習でやっていたからである。
あの子たちは遊びも知らず、おしゃれも知らず、
物心ついた時からずーっと練習している。
「生きていること」すなわち「練習すること」である。
そういう目で見ると、もしかしたらこの団員たちは、
体育大学を卒業して、そのままこの「企業」に入社した人たちなのか?
などと考えてみたりもする。
危険な演目には必ず命綱がある。
そりゃそうだ。
簡単なジャグリングや動物使いのミスなどを見るに、
むしろ「頼むから命綱をつけてくれ」と思ってしまう。
技だけで言うとそりゃ雑技団にはかなわない。
雑技団の子供たちにとっては
「別にこのレベルの演目で命綱はいらない」
というだけの話である。
ワシは別に「サーカスだったら命綱をつけるな!」と言いたいわけではない。
最終演目の空中ブランコは、安全のために下にネットをひいているが、
むしろそれをうまく使ってフィナーレを決める。
非常に出来あがった演目である。
体育大学を卒業した団員達を危険にさらす権利は誰にもない。
彼女たちに「おしゃれよりも、恋よりも」と強要する権利はない。
子供の団員がいないのは労働基準法の問題か?・・・
ワシの好きな旅芸人の一家は今後どうなってゆくのだろう・・・
思いは多岐にわたる。
ロックがいつの間にやら「テクニック不要」の音楽になってしまった。
ギタリストは超絶テクのソロを弾く必要もなく、
かっこいいリフを生み出してそれを弾けるテクニックだけがあればいい。
ドラマーは超絶テクニックを叩く必要もなく、
ひたすらリズムを刻んでいればいい。
それはそれでいい。
ある人はそう生き、ある人はああ生きる。
それだけの話である。
インスピレーションはもらった。
北京に帰って頑張って重慶雑技団の音楽を作ろう。
Posted by ファンキー末吉 at:11:14
2009年01月01日
謹賀新年
と言うわけで正月は高知の実家である。
おりしも大晦日の高知新聞では一面全部使ってのワシの記事が掲載された。
「あんた!新聞一面にでっこう出ちょったでぇ」
と親戚一同からは犯罪者扱いである。
まっこと犯罪でもせにゃあこんなに大きくは扱うてはくれんじゃろうと・・・
神戸からは嫁と子と嫁の母がやって来た。
千客万来でうちの母、大喜びである。
おせち料理は地元の有名ホテル「城西館」で注文した。
天皇が来た時にはここに泊まるという名家で、
実はうちの親戚筋にあたる。
当然ながら「末吉んくは城西館でおせちを注文した」と親戚筋に知れ渡ることとなる。
何故それほど大騒ぎになるかと言うと、
城西館のおせちと言うのはそれはそれは豪勢で、
庶民は一度は食べてみたいのじゃが、
値段もそれはそれはお高くて頼むことが出来ないと言うしろものなのじゃ。
大晦日に人が集まって来たので、
「ほしたらおせちは今から食べましょう」
と城西館に「すぐ持って来てや」と電話した母。
しかし持って来てくれてお金を払う段になると母がいない!!
「しゃーないなぁ・・・おいくらですか・・・」
と値段を聞いてワシの目が飛び出てしまった。
しぶしぶなけなしの金を払いつつテーブルに並べる。
これが噂の「城西館のおせちと皿鉢料理」である。
やけ食いにやけ酒で年を越した。
このおせちがなくなるまで飲み続ける所存である。
Posted by ファンキー末吉 at:10:42
2008年12月27日
北京戻りのはずか・・・
末吉家民族大移動である。
嫁は生まれたばかり(と言ってももう10か月じゃが)の子供を連れて神戸の実家に、
そしてワシはふたりの子供を連れて北京へ。
と言うのも、前回春休みの時に、前の嫁から
「北京のお父さん身体悪い。孫に会いたい言う。
連れて来てくれるよろしか」
と言うので(厳密には元嫁は今アメリカにいて英語でemailなので全然ニュアンスは違うが)、
それじゃあと言うわけで、
高知まで行って子供たちを連れて関空に行き、
いざチェックインしようとしたら、
「パパ、パスポートどこにあるが?」
と言われ愕然となる。
結局パスポートを高知の自宅で紛失してしまい渡航不能。
その後その父は夏には他界し、結局孫には会えなかった。
「そんなことはお前が気にすることはない」
といろんな人は言う。
別れたら母親とも会わさない家庭も多い中、
その別れた嫁の両親に孫を会わす義務は当然ワシにはない。
子供たちも春休みは春休みで忙しいので、
その予定をキャンセルしてわざわざ北京に行くのもめんどくさい。
でもワシは言った。
「うちのじいちゃん去年死んだけど、
あんた達に会えて嬉しかったやろ。
北京のじいちゃんももう長くないんやて。
あんた達に会えたらとっても嬉しいと思う。
人を怒らせることは誰でも出来る。
でも喜ばせることはめったに出来んから、
よかったら北京に行ってやってくれんか」
親に似ず素直な子供たちである。
喜んで行ってくれると言うのに行けなかった。
結局は北京のじいちゃんは孫に会えずに逝ってしまった。
まあそれもワシのせいではないこともわかっている。
でもまあちょっとでも縁があった人が少しでも幸せでいてもらえることは、
ワシにとっても嬉しいことなのでちょっと心残りだった。
そんなこんなで今度は、
「うちのお母さんショックでちょっと元気ないあるよ。
孫に会いたい言うから連れて来てくれるあるか」
(厳密には英語メールなので全然ニュアンスは違うが)
と言うのでそれではと言うことでまた3人分のチケットを買って成田まで行ったのじゃ。
もちろん子供たちのパスポートもちゃんと再交付してである。
ところが今回は
「このお名前では予約がありません」
と窓口で言われる。
旅行会社に問い合わせる。
どうもWingのマレーシアやシンガポールツアーのチケットとかと一緒になって、
どれをキャンセル、どれをOKとなってたのがぐしゃぐしゃとなり、
結局このフライトはキャンセルになってしまってたらしい。
「ほな今からチケットブッキングしてーな!!」
しかし年末である。どのフライトも満席。
仕方がないので北京で待つ元嫁に電話する。
事情を話して子供たちに電話を代わる。
娘の目から一筋の涙が・・・
「ママ・・・泣いてたの?・・・」
うん・・・と子供はうなずく。
よし!しゃーない。
例えワシにその責任がなくても、
ワシは子供を北京に連れて行かねばならんじゃろ。
というわけで旅行会社にまた電話をする。
年を越したらブッキングが出来るということで、
年明けの便を押える手配をして、
後は今日これからどうするかである。
年末に北京から帰って来てすぐに高知に行って年始を過ごす予定だったので、
まずそのチケットが変更できるかどうかを調べたら出来ると言う。
翌日の高知行きは3席だけ空いているというのでそれを取って、
成田から羽田にバスで行き、ビジネスホテルに一泊。
そのまま朝いちの飛行機で高知に帰って来た。
そのまま「ひろめ市場」に直行。
娘が
「パパ、これが飲まずにやってられっかぁ!でしょ?」
と言うので
「それ何?」
と聞くと、
「パパ、前回もそう言ってたよ」
と言うので喜んで飲ませて頂いた。
ちなみに日本酒ワンショット1杯100円。
ワシは年末年始は高知で飲んだくれるのじゃ!!
Posted by ファンキー末吉 at:23:22
ひぐっつぁんメモリアルバースデー
デブはそのまま関空から北京に帰り、
ワシは新幹線に乗ってひぐっつぁんのお別れパーティーに参加した。
これは会場外に設置されたトラックに展示された遺品の一部である。
彼こそは「ロックに生きてロックに死んだ」ひとりの英雄であろう。
ワシは北京から来たデブのキーボーディストに、
「日本のロックは俺達が作ったんや!」
と発言したが、厳密に言うとそれは間違いである。
日本のロックはあんたが作ったんや!!
俺はひぐっつぁんの遺影の前でそう呟いた。
「ご会葬御礼」にはドラムに座ったひぐっつぁんの写真の横にこう記されていた。
「あとは頼んだで、よろしく」
任せとけ!!
俺が、二井原が、橘高が、そして数多くのあんたの友人達が、
あんたの精神を継いで日本のロックをけん引してゆくことをここに誓う!!
Posted by ファンキー末吉 at:20:10
2008年12月11日
着ぐるみ一家
アホとは伝染するものなのであろうか。
父はタヌキ、母はピンクのブタの着ぐるみパジャマで生活していると、
子供もだんだんそれが自然となってしまい、
自分が普通のパジャマで生活しているのが不自然になってしまうのかも知れない。
「パパ、私も着ぐるみパジャマ買う」
と言い出した上の娘と一緒に近所の「しまむら」に買いに行った。
数ある種類の着ぐるみパジャマの中から娘が選んだのはリロ&スティッチ。
うむ、なかなかよいではないか。
「さとしには何がいいかなあ・・・」
弟のために着ぐるみを探す姉。
ちなみにこの段階ではまだ弟は着ぐるみを着ることに同意していない。
そして選んだのがミッキーマウス。
なかなかええではないの・・・
家に帰って弟にミッキーマウスを見せる姉。
しかし弟はもともと着ぐるみを着るつもりは全然なく、
その上自分で選んだものではないのでなかなか納得がいかない。
「ぼく、パパのがいい」
と言い出し、パジャマの交換。
ミッキーマウスは小さいので姉が来て、
ワシは必然的にリロ&スティッチ。
似合わん・・・
ワシ愛用のタヌキを着た弟は姉に打たれて死ぬ運命となる。
そうかぁ・・・タヌキだと打たれて死ぬのかぁ・・・
なんじゃかんじゃで着ぐるみが一巡し、
結局はもとのさやにおさまって一段落。
ピンクのブタの嫁も家事が終わってしばしの休息。
(写真:着ぐるみ一家 撮影:タヌキ)
一番下の子はペンギンの着ぐるみがあるので今度からそれを着せよう。
楽しい我が家である。
問題は誰かが訪ねて来た時にどうやって応対するかである。
Posted by ファンキー末吉 at:08:58
2008年12月07日
シェーカー来たりて酒を飲む
八王子にライブハウスがあるなどとは夢にも思わなかったが、
この日は何とアース・シェーカーがそこでやると言うので、
嫁の買い物のついでにリハにおじゃました。
工藤ちゃんがドラムをセッティングしている。
Anthemを見た瞬間に火のついたように泣きだした我が子、
すでにちょっと泣きかけであったが、
楽屋から降りて来た甲斐くんが話しかけた頃にはもうダメだった。
「怖いおじちゃんばっかで怖かったねぇ・・・」
あやすワシ。
「お前の親の方がよっぽど怖いおじちゃんじゃわい!」
と心の中で拳を握り締めるメンバー達。
子供がいるのでそうそうに引き上げて、
寝かしつけてからライブを見に行くことにした。
到着したのは9時過ぎ。
ライブはもうアンコール前の2曲だった。
でもアンコールもたっぷりやってくれて、
Radio Magicも聞けたし、Moreも聞けたし、
非常に楽しめた。
楽屋に行く。
酒を飲む。
いやー懐かしい友達と酒を飲むのは楽しい!!
それにしても工藤ちゃん痩せたよねえ。
昔、シェーカーのメンバーの体重はそれぞれ10kgずつ違うと言われていた。
(シャラが「よう覚えてんなあ」と言うてたが)
マーシーが40キロ台、
シャラが50キロ台、
甲斐くんが60キロ台、
そして工藤ちゃんが70キロ台。
ワシの今の体重なんて・・・(涙)・・・。
やっぱみんな「努力してる」と言うけど、
当時の体型をそのままキープしてるのももの凄い。
「演奏もよかったよ」
とワシはベタ褒め。
再結成した頃はリズムがちょっと重かったり、
グルーブがちょっと乱れたりもしてたが、
今ではもう完璧に「現役」の若いバンドである。
音楽談義に花が咲く。
「うち泊まってけや!!
スタジオで飲んだらどれだけでも大騒ぎ出来るでぇ」
さすがにもうそこまで若くない。
翌日もライブだということでみんな三々五々お開きとなった。
八王子の若い衆と記念撮影。
彼らの力でこの日のシェーカーのライブが実現した。
その後彼らとまたがんがん飲んだことは言うまでもない。
17日と19日に福生でセッションライブ入れてもろた。
ヤバイ、八王子・・・結構ええとこかも知れん・・・
Posted by ファンキー末吉 at:17:09
2008年11月30日
風邪をひき、日本帰って、何故かAnthem(字余り)
iPhoneの「天気」というアプリで調べたら北京の最低気温は連日零下である。
そしてワシの院子は基本的に外気と温度差がない。
つまり石炭が消えたら即零下なのである。
「そりゃ風邪もひくわい」とばかり日本に脱出した。
嫁が「それなら私Anthemのライブ行きたい!!」
筋金入りのAnthemファンである。
三十路前だというのにいきなり3人の子持ちとなっていっぱいいっぱいの嫁である。
メタルを聞いて少しでも発散出来るのならそうしてあげたい。
上のふたりの子には留守番をさせ、
嫁と下の子供を乗せて車で川崎に向かった。
車の中で子供は熟睡。
こりゃええわいと思ってたら、
よく考えたら車の中で熟睡ということは着いたら起きるということである。
駐車場に車を停め、嫁を会場に送り出したら案の定子供が起きた。
このまま寝ててくれたらワシも車で寝れてよいのじゃが、
子供ばかりはそうも親の都合のいいようには動いてくれない。
どこか子供をあやせるところはないものか・・・
そうじゃ!!楽屋があるではないか!!
Anthemとは何度かイベントで一緒になってはいるが、
メンバーとはさほど親しいわけではない。
ドラムの本間くんはドラマー同士で親しいので訪ねて行こうと思ったら、
このツアーは本間くんが怪我のためMAD大内が叩くと言う。
ま、大内も知り合いなので大内を訪ねて行けばいいか・・・
子供を抱いて裏の楽屋口から会場に入る。
そう言えばワシはマスクをしているので見ようによっては女性に見えたのかも知れない。
楽屋口からでかい態度で入って来るワシをスタッフは誰も止めようとしない。
「あんたの子供よ!!認知してちょうだい!!」
と殴りこみに来たとでも思ったのだろうか・・・
ずんずんと進むワシ、固まるスタッフ。
まさにステージに出ようとするMAD大内を発見。
「大内ぃ!久し振りやなあ。ワシや、末吉やぁ」
目を細めてワシを確認し、懐かしがる大内。
「わぁ、ファンキーさん、久しぶりぃ。
いや、こんな小さい子がいるんですか、貸して貸して、抱かせて」
いきなり怖いおじさんに抱きかかえられた息子、
火がついたように泣きだす。
今からの大音量のステージよりも更に大音量である。
「あかん、あかん、怖いおじさんがいっぱいか、外に出よ」
子供を抱いて再び外に出るワシ。
しばらく楽屋口の外で子供をあやす。
「ファ、ファンキーさん、寒いですし、ど、どうぞ中へ・・・」
メタル界では「鬼のバンマス」と異名をとる柴田くん、
出番前の緊張感を台無しされてもさすが「大人」である。
「いいんです。怖いおじさん達がいっぱいなんでびっくりしただけなんです。
ステージ始まったら中入りますからご心配なく」
柴田くん達メンバー一同、
「お前の顔の方がよっぽど怖いわい」
と心の中で拳を握り締めながらステージへ。
ワシ、頃合いを見てだましだまし楽屋口から中へ。
爆音の業界席ではまた泣くので
機材ケースが山積みされたステージ裏で子供に飯をあやす。
3度のアンコールを終え、
嫁のために楽屋に戻って来たメンバーにサインをもらい、
「ほな」
とばかり会場を後にするワシ。
当日券をちゃんと買って入った嫁も大喜びである。
世界平和は家庭平和から!!
ワシはまたAnthemのチケット代のために、
そしてGoods代、CD代のために働くのじゃ!!
ゆっくり挨拶が出来なかったが、
Anthemのみなさん、素晴らしいステージをありがとう。
(こぼれる音でしか聞けなかったが)
世のメタルファンよ(女性)!!
子供が出来てもメタルを愛し続けるよーに!!
そしてその旦那よ!!
メタルを愛する嫁をこよなく愛し続けるように!!
そしてその子供よ!!
怖いおじさんを見ても泣かないよーに!!
世界平和の道はまだ険しい・・・。
Posted by ファンキー末吉 at:08:04
2008年11月03日
休息の日々
風邪も引いていることだし、
酒も飲まず、治療と子育ての毎日であった。
子供たちも幸い新しい学校にも慣れたみたいだし、
今のところイジメもないようである。
毎朝5時に起きて上の子の弁当を作り(嫁が)、
6時半には子供たちを起こしてご飯を食べさせ(嫁が)、
7時半には集団登校で送り出し(嫁が)、
部屋中の掃除をし(嫁が)、
買い物に行き(嫁が)、
夕飯の支度をして(嫁が)、
子供たちの帰りを待つ(ワシも)。
これがショーン・レノンだったら、
「パパはパンを焼いている人だと思ったらビートルズの人だったんだ」
と来るのじゃが、うちの子は違った。
「パパ稼ぎもないくせに何で家とか買えるが?」
息子よ・・・世の中いろいろあるのじゃ・・・
口ごもるワシ。
それにしても誰がそんなことを子供たちに吹き込んだのか・・・
母親の顔がちらりと脳裏をよぎる・・・
この日の買い物はワシも一緒に出かけた。
ファッションにはからっきし縁のないワシじゃが、
イオンモールでふと素敵なパジャマが目に入ったワシは思わず衝動買いしてしまった。
「服なんか着れればいい」
と思っているワシなのでこんなことは非常に珍しいのじゃが、
何せ柄が「ピンクのブタ」なのである。
「ピンクのブタ」と言うと「ピンクフロイド」である。
限りなくロックではないか!!
おまけにこのパジャマはツナギ形式になっているので、
冬が北京なみに寒い八王子には持って来いではないか。
嫁用にタヌキのも購入したが、
さすがに嫁も筋金入りのロックファンである。
風呂上がりには有無を言わさず「ピンクのブタ」を着用した。
仕方がないのでワシはタヌキである。
キンタマ袋の部分が大きくたるんでいるところが妙に琴線に触れる。
嫁は「ピンクのブタ」で家事をする。
そんな我が家にピンポンと呼び鈴が鳴った。
インタホンで声だけで応答すると、どうもPTAの人のようである。
イカン、イカン、ただでさえ変な人と思われているのでいちいち服を着替えて応対。
今夜の晩御飯は自家製スモークビーフと押し寿司。
嫁の母親が伊丹空港で買って来てくれたものである。
「そうなるとビールやなあ・・・」
コンビニにビールを買いに行こうとしたら子供が止める。
「パパ、その格好で買いに行くが?」
そうか・・・そういうわけにもいかんか・・・
「ほなお前買いに行って来い!」
小銭を渡そうとするのじゃが、
最近では未成年は酒は買えないらしい。
仕方がないのでまた着替えてからコンビニに行く。
「パパ・・・その寝巻き・・・やめれば・・・」
子供はそう言うが、何せツナギ形式で暖かいので手放せない。
ビールを買って来てまたパジャマに着替え、乾杯!!
いや・・・ふと見ると押し寿司の量が非常に多いぞ・・・
ワシは明日から香港、シンガポールのツアーなので、
生モノがこんなにあっても我が家では腐らせてしまう。
そうだ!お隣の二井原家にお裾分けしよう!!
一家でパジャマのまま二井原家を訪ねる。
ピンポン!!
反応がない。
後で聞いたらドアホンの映像は白黒なので、
白いマントを羽織った変な人たちに見えるのである。
脅える二井原家、
これがアメリカだったら銃を用意してからドアを開けるところであろう。
何度目かの呼び鈴でやっとドアを開けた二井原家。
ワシらの格好に大爆笑。
「写真撮ってブログに載せるからちょっと待て」
玄関先で待たされるワシら。
押し寿司を手渡して二井原家を後にする時に子供たちが
「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!」
と言う。
そうか・・・巷ではハロウィンなのか・・・
まあうちは毎日ハロウィンみたいなもんじゃが・・・
Posted by ファンキー末吉 at:04:13
2008年10月11日
泥棒のはじまり
何故かうちにファミリーマートのカゴがある。
どうしたんじゃろう・・・記憶をたどってみる。
今回ワシが八王子に帰って来たのは10月1日。
リビングの改装が終わり、
その日はいちにち台所用品とかの片づけをしていた。
風呂道具も洗面道具もしまったままなので、
風呂は近くの温泉銭湯に行った記憶がある。
段ボールの中から歯ブラシを引っ張り出して来て、
歯だけ磨いてその日は寝た。
その日はたしか・・・コンビニには行ってない。
次の日嫁が来て、
段ボールからいろんなものを出して整理を始めた。
育児はせなあかんわ片付けはせなあかんわでキーキー言うてた。
幸いサンプラザ中野くんのリハーサルが始まり、
毎日リハーサルスタジオへと逃亡。
確か2日目のリハではそのまま終了後にSOMEDAYに直入りした。
そうそう、そのまま夜中に帰って来て、
風呂に入って歯ぁ磨いて寝ようと思ったその時、
そうそう、洗面所には嫁の歯ブラシしかなかったのじゃ。
「ワシの歯ブラシがない・・・」
愕然とするワシ・・・
なんで嫁は自分の歯ブラシだけを残してワシの歯ブラシを捨ててしまったのか・・・
「ダメおやじ」という漫画が昔あった。
鬼嫁が一家団結しておやじをイビる話である。
ワシ・・・まさにその心境・・・
風呂上がりの裸のまま予備の歯ブラシを探す。
しかし新しい洗面所でどこに何が置いてあるのか皆目わからない。
そっと寝室を覗く・・・
どうもこの日は嫁の寝顔が鬼嫁に見えて仕方がない。
なんでこいつは「歯ブラシを捨てる」という陰湿な行動に出ざるを得なかったのじゃろう・・・
思えばワシとて悪いところはたくさんある。
仕事とは言え、家事を逃げ出してリハに行っている。
しかもウキウキと・・・
世にあるサラリーマンの家庭とはかなり違う。
「お父さん、私たちのために辛い仕事頑張ってくれてありがとう」
そんな美辞麗句はあてはまらない。
好きなことしに行ってるんだから、
仕事というよりはむしろ「遊び」である。
またリハだ、セッションだなどというとなまじ金にもならないんだから、
見方を変えて見るとまさに「遊び」である。
嫁ついに爆発!!腹いせにワシの歯ブラシを捨てる!!・・・
ワシは放心しながら部屋着に着替え、コンビニに歯ブラシを買いに行った。
時間は夜中の2時である。
疲れているし、何より精神的ショックで放心している。
どうもその時に歯ブラシと一緒に買い物カゴを持って帰ったものに違いない。
でもどうして店員さんはそれを咎めなかったじゃろう・・・
ワシの普段着と言えば・・・
イスラム教の友人からもらった白装束。
いくら宗教関係者が多く住むこの辺とは言え、
ちょっと「浮き過ぎてた」かも知れんのう・・・
そう言えば近所の理事会かなんかでワシのことが噂になり、
二井原の嫁さんが
「怪しい人ではありませんから」
と一生懸命説明してくれてたという話である。
ともあれこのまま人の物を家に置いてたらそれは「泥棒のはじまり」、
いや、既にこの行為は既に立派な「泥棒」である。
返しに行って来よう。
心底気持ちを込めて謝れば店員さんも許してくれるじゃろう。
行ってきます。
PS....後に嫁に聞いた。「どうして歯ブラシ捨てたの?・・・」
「えー?!!あれ使ってたの?
てっきり工事の人がどっか磨いたまま置いてたのかと思ってたぁ。
あんなボロ歯ブラシで歯ぁ磨けんでぇ」
ワシは目を白黒させて嫁に聞いた。
「じゃあワシはいつもどうやって歯を磨いてたと思った?」
「えー?パパ・・・歯ぁ磨くの?
てっきりずーっと磨いてないのかと思った・・・」
嫁よ。
そりゃワシはそんなにきれい好きではないが、
歯ぁぐらいは毎日磨く。
長年一緒に暮らしていてそんなこともわからんかったんか・・・
嫁・・・少し育児に疲れているようである・・・
Posted by ファンキー末吉 at:09:21
2008年10月07日
10月5日サンプラザ中野くんライブ
芸名を「サンプラザ中野」から「サンプラザ中野くん」に変えたと言うからややこしい。
イベントの司会者なんかワシを紹介するのに
「ファンキー末吉さん」
和佐田を紹介するのに
「バーべQ和佐田さん」
なのに中野が登場する時には
「それではお待ちかね!サンプラザ中野くんの登場です!」
これって変なんちゃうん!!
中野はメールする時に必ず「末吉さま」と冒頭に書いてくるので、
ワシもちゃんと「サンプラザ中野くん様」と書いて返信する。
司会者も敬語を使うなら
「それではお待ちかね!サンプラザ中野くんさんの登場です!」
と言うべきではないのか!!
まあそんなことはどうでもいい。
ライブは非常に楽しく終わった。
面白かったことが、
ステージはトラックの荷台を全面開放し、
客は後ろからも見ることが出来ることである。
嫁いわく、「末吉ファンは全員後ろから見てた」そうである。
そりゃそうだ。
ドラムと言うのは後ろから見るのが一番どう叩いているのかがわかりやすいのである。
「ああ、ここで足を踏み変えているのか」
とか
「ああ、ここで手がこのように動いているのか」
とか、
ワシも自分のアイドルドラマーがここで演奏するなら絶対後ろから見たい!!
ところが演奏終わってふと素朴な疑問が浮かんだ。
これがX-Japanだったらヨシキのファンは後ろから見るか?・・・
微妙なところである。
ワシだったらヨシキの華麗なドラムはやはり前から見たい。
つまり・・・
末吉ファンはワシの「顔」などどうでもええのである。
まあいい。
ドラムはしょせんは「顔」である。
Wingのバックでドラムを叩く。
1時間半とか一生懸命叩かせて頂いて、
後半の盛り上がりの起爆剤としてWing自身によるドラムソロ。
ワシはそこにピークを持っていくべくドラムを叩く。
ワシのソロが終わって大盛り上がりの中、
ステージ後方からせり上がり台に乗ってドラムを叩きながらWingが登場。
キャー!!
ドラムソロと言うよりはサウンドチェック(失礼)ぐらいのソロなのに、
観客はこれ以上ないほど狂喜乱舞する。
ワシ・・・今まで何を頑張ってたんやろ・・・
ちょっと虚しさが心をよぎるが、まあいい!
こういうのを「スタードラマー」と言う。
BeyondファンにとってWingはいつまでたっても「ドラマー」なのである。
まあドラマーの背中しか見れないのに
わざわざ後ろからステージを見ようという末吉ファンは逆に言えばありがたい。
ワシは来週マレーシアでWingに会ったらこう胸を張って言おう。
「ふ、ふ、ふ・・・名役者は背中で演技するのさ」
ちょっと負け惜しみである。
Posted by ファンキー末吉 at:06:10
10月4日SOMEDAY

SOMEDAYに出るのは久しぶりである。
思えばあの頃、どうしてあんなに狂ったようにJazzをやってたんだろう・・・
きっと「居場所がなかった」のである。
爆風スランプというメジャーなバンドのある種のイメージにより、
ロック界にも入れてもらえず、芸能界にも入れてもらえず・・・
みたいな焦燥感が自分にあったのではないかと思われる。
Jazz界はいい。
「腕」だけが全てである。
自分がよその世界でどんな名声やイメージを持ってようが、
ここではドラムがうまければそれでいいのである。
日本中のJazzクラブで武者修行をして、
最後にここSOMEDAYに落ち着いた。
ここのJamセッションで岡崎はんや進藤くんという友人も出来たし、
彼らと一緒に五星旗というバンドも作ってKingレコードから念願のJazzデビューした。
思えばSOMEDAYは自分のJazzの「家」みたいなところだった。
遊びに行けば太鼓叩き、
結局朝まで飲んで岡崎はんちに泊まり、
これじゃ離婚されても仕方がない・・・
SOMEDAYは数多く引っ越しを繰り返し、
新橋に移転した時にマスターはここに骨を埋めるつもりだったのだが、
立退きにあって、本気で店をたたむことも考えたらしい。
でもやっぱ新宿に戻って来て店を開いた。
またとんちんかんと自分で工事をして手作りで店を作るんだからもの凄い。
数年ぶりのSOMEDAY、
新しい店舗であるはずだが無性に懐かしい。
この造りは新大久保の地下にあった頃の造りとそっくりである。
そりゃそうだ。
テーブルからカウンターから看板まで、
数多かった引っ越しで全てを持ち歩いているのである。
内装からスピーカー作りまで全部自分でやる。
演奏前のピアノの調律から全部自分でやる。
ある種ロックである。
自分の店なんだから遠慮はしない。
好きな音楽なら客が入らなくてもブッキングする。
どんなに有名でも自分が嫌いなら出演させない。
そんなマスターのことを数多くのミュージシャンは「大嫌い」と言い、
もっと数多くのミュージシャンは「大好き」と言う。
もちろんワシは「大好き」である。
この日は中野のリハ終わりで飛び込んだので、
そのままリハを一緒にやっていた田川くんも連れて来た。
変人で名高いマスターも「こいつ・・・凄いなあ・・・」と目を白黒させていた。
Jazz命!ロックなんて大嫌いなこのマスターも、
ジャンルを超えて凄いものは認めることが出来るのが偉いところである。
そうじゃないとワシや和佐田なんかここで演奏など出来るわけがない。
団長なんてここでギター壊しパフォーマンスなど出来るわけがない。
天才サックス奏者、佐藤達也さんが来てたので久しぶりにセッションした。
この人と一緒にやってたら命がけである。
煽っても煽っても、この人は更にワシを煽って来る。
そう、俺はいつもこんな日本の一流プレイヤーと一緒に演ってたのだ。
江川ほーじんが脱退し、Runnnerが巷を賑わしていた頃、
ワシは日本を捨ててニューヨークでJazzをやろうと旅立ったことがあった。
Jazzの殿堂「Blue Note」のJamセッションで、
そのあまりのレベルの高さにびびって叩かずに帰って来た。
数年日本で武者修行して、
再びこのJamセッションでは楽勝に叩けた。
そりゃそうだ。
俺は日本最高のミュージシャン達と一緒に演ってたんだから。
北京に渡って悩んだことがある。
「俺にはライバルがいない・・・」
だからいつも若いミュージシャンを育てて来た。
久し振りに佐藤達也さんと音を出して
「またやってみるか」
と腰を上げた。
12月の空き日にはスケジュールが合わなかったので五星旗をブッキングしたが、
来年からまた達也さんとブレッカーセッションをする。
またあの日々が始まるのだ。
離婚されないようにほどほどに・・・
Posted by ファンキー末吉 at:05:24
2008年09月16日
法事である
父の一周忌のため一時帰国。
葬式ではちゃんと喪服(服道楽だった親父のを拝借)で正装したが、
前回の四十九日では喪主が普段着だったのでえらい騒ぎになり、
結局果物を配達してもらった幼馴染の果物屋に
「ついでに何かお前の黒い服も配達せえ!」
と言って事なきを得た。
人間とは学習する動物なので、
今回は北京からちゃんと黒いTシャツでやって来た。
ズボンもちゃんと黒いジャージである。
上下黒なら何にも問題はあるまいと思ってたら嫁が、
「そんな服で行く気なの!!すぐに着替えなさい!!キーッ!!」

アカンかなあ・・・
ちゃんと黒いTシャツで文字も白やからええと思たんやけど・・・
嫁に耳をひっぱられて黒い服を買いに行き、
どったんばったんでやっとお寺に着いた。
親戚一同は高知からマイクロバスで乗り付けている。
どうしてマイクロバスかと言うとこう言ういきさつがある。
高知の親戚代表の明子おばちゃん。
名前の通りとても明るいおばちゃんである。
「明日のお祭りのことやけんどねえ・・・」
高知ではどうも「一周忌」のことを「お祭り」と言うらしい。
「あんたぁ、どうするが?高知から親戚がこじゃんと行くがやけんど、
どうせやったらマイクロバスでも借りるかえ?」
「こじゃんと」とは「たくさん」という意味である。
このおばちゃん、東京から来たスタッフにカツオのタタキをふるまった際、
結局一言も喋っていることが理解されなかったという武勇伝を持つ。
「うちの知り合いが安っすう貸してくれる言ゆうけんど、
どうする?おまんが全部払うかよ?」
まあつまり親戚の分のマイクロバス代はワシが出せぇと、
それが高知のしきたりやと。
まあよかろう。
「坂出の親戚からぎっちぃ電話かかってきゆうでぇ。
そっちにも電話しちゃりぃやぁ」
かけてみると、
「覚くん、坂出のやり方ではな、
来た人に何かおみやげ包まないかんきんな、
とりあえず人数分そうめん注文しといたきんな」
主催地の坂出のしきたりで言うとそれもワシ持ちである、と。
ま、それもいいでしょ。
かくして「お祭り」が始まる。

葬式の時はさすがに神妙であったが、
人が死んで一年にもなるとさすがにそうは神妙ではない。
にこやかに、そして騒がしく雑談に花が咲く。
親戚とてこんな機会でもなければ一同に会するチャンスはないのである。
そして「お祭り」のフィナーレ、酒盛りである。
その酒代ももちろん言わずと知れたワシ持ちである、と。
相当な出費であるが、
ワシは何となく嬉しい気分になって来た。
うちの親戚は仲が悪かった。
(ワシが親戚と仲が悪かっただけか?)
昔の日本のことだから兄弟も多く、
親父がガンでもう長くないと聞いて、
ワシはいろんな親戚に会いに行った。
向こうはテレビで見たり
噂を聞いたりしてワシのことを知っているが、
ワシにとってはまるっきりの初対面である。
「すみません、ところでうちとはどのような関係の親戚なんですか?」
一言に兄弟と言っても、
ある人は母親を同じくする種違いの兄弟じゃったり、
またある人は父親を同じくする腹違いの兄弟じゃったり、
それはそれはややこしい。
しかし蓋を開けてみるとそれがこうして一同に会している。
親父も草葉の陰で喜んでいることじゃろう。
ある人はこう言った。
「盆だ法事だ言うのは、
死んだ人がそれをネタに親戚みんな集まって仲良うせいと言うこっちゃ」
ほんまじゃのう、ほんまじゃのう・・・と酒を飲む・・・
Posted by ファンキー末吉 at:08:20
2008年08月29日
もの凄い雨やったなあ
レコーディング終わってエンジニアの崎本くんを駅まで送りに行った。
「雷の音が怖い」と言う嫁も、
ひとりで家にいると怖いので子ども連れて一緒に乗り込んだ。
大雨ではあるが、行きの道はまあ「雨が強いなあ」というぐらいだったが、
「どっかで生ビールでも飲みたい」と言うワシのわがままにより、
コースを変えて別の道を帰ったのが運のつき、
ワシらは生ビールどころではなくなったのである。
だいたい駅までの道に山道があるというのが、
この「八王子ロック村(自称)」である二井原家近辺の恐ろしさである。
豪雨は山を直撃、溢れ出す水は道路両脇の山肌から全て道に流れ出す。
「道が川じゃぁ!!」
小学校の頃見た「マイティージャック」の浸水シーンよろしく、
ファンキースタジオ専属軽自動車ファンキー号は水をかき分け進む。
車とは実はタイヤホイールの半分が水につかるとエンジンが止まるらしい。
エンジン音が心なしか力がない。
力なく減速しながらそれでも車は進む。
止まりそうになりながらも何とか下り坂になっては息を吹き返す。
下れば水も溜まるのでまた水につかり、
一時は車の電気系統がふーっと全部消え、
そしてまた復活しては水の中を進む。
もしここで止まってしまったら・・・
ワシは携帯を握りしめ、
いつでも二井原に助けを呼べるようにしながらアクセルを踏み抜く。
プスプスと力ない音を立てながら、
車はようやく滝山街道にぶち当たった。
左側の道は警察により封鎖されている。
ここを右折すればうちはもう目と鼻の先・・・
・・・と、右折する途中についにエンジンが止まった。
イグニッションキーを回すがスターターは回らない。
慌てるワシ、子供に授乳しながら放心する嫁・・・
警察がかけよって来る。
このままおっぱい丸出しの嫁と共に救出されるのか・・・
ふと見るとギアは「D(ドライブ)」のままである。
これではスターターは回らない。
「N(ニュートラル)」に入れ直して無事にセルが回る。
警察に会釈して右折し、
何事もなく無事帰宅。
駐車場にて嫁、やっとおっぱいをしまう。
その後もの凄い雷の音で寝れず。
予報では今夜も更に200mmの雨が降るらしい。
大丈夫かファンキースタジオ!!
Posted by ファンキー末吉 at:09:17
2008年08月20日
末吉家のある日の昼食
八王子での暮らしも1か月を超え、
車も買ったので、二井原家に教わってもういろんなところに行った。
中でもお気に入りが名古屋の喫茶店チェーンである「コメダ珈琲」。
八王子バイバスを車で30分ほど下ったところにある。
発見者の二井原でさえまだ1回しか行ったことないのに、
我が家はもう既に4回も通っている。
メニューの中でも一番お気に入りがこの「シロノワール」

温かいパンの上にソフトクリームが乗っていて、
それにキャラメルシロップをかけて食べるというヘビーメタボリックな食べ物である。
最初の数回はこのシロノワールだけを目当てに通っていたのじゃが、
実はこの店のハンバーガーとかサンドイッチとか、
食事メニューも非常においしいことを発見し、
この日は一家で昼食を食べに行った。
嫁はヒレカツサンド、
上の子はビーフシチュー、
下の子は卵サンド、
しかしワシは卵サラダだけで我慢。
シロノワールの量とて半端じゃないからである。
もちろんこの時点で飲み物もそれぞれオーダーしている。
そして食後のデザートとなるが、
みんなの心はシロノワールである。
ウェイトレスさんが食器を片づけに来て、
シロノワールを追加注文する。
ソフトクリームが溶けないように、
みんな食後まで注文を待ってたのである。
「シロノワール4つ!!」
店員さんがニコニコしながら
「大と小と御座いますが、どちらになさいますか?」
「大よっつ!!」
ニコっと注文するワシら。
ギョっとする店員。
「あのう・・・大は相当大きいですよ・・・」
なだめる店員。
「食ったことあるからわかっとる!」
がんとして言い張るワシら。
かくしてテーブルにシロノワールが並ぶ。

お勘定しめて6750円。
ワシ・・・シロノワールのためにもっと頑張って働くのじゃ・・・
Posted by ファンキー末吉 at:09:44
2008年08月09日
福生祭り
八王子から福生はすぐ近くだというので車で行ってみた。
「いやー、ええ感じにさびれてて、ファンキーの好きな感じやで」
と二井原が言ってたので覚悟して行ったら、
おりしもこの日は福生祭りで非常に盛り上がっていた。
「おっ!山本恭司が・・・」
と思ってたらお狐様だった。

屋台には「鮎の塩焼き」なども売っていて、
なるほどこの辺には川が多いからなあ・・・と思っていたら、
変な団体が・・・

米軍キャンプの神輿である。
こいつらも神輿担ぐんかぁ・・・
福生・・・なんやらおもろそうな街やのう・・・
23日の米軍基地でのライブ、非常に楽しみである。
Posted by ファンキー末吉 at:06:41
2008年07月30日
八王子のおもろい人々
夏休み中ここで暮らすとなったらもう立派な住民である。
午前中に子供の予防接種の手続きに行って来た。
役所の人に住所を告げ、いとも簡単に手続き完了。
予防接種を受ける病院のリストをもらう。
うちの町には受けられる病院はない。
そこが八王子北部なのか八王子西部なのか、
その分類すらわからないので近所の病院がどれなのかなどわからない。
もう一度住所を告げて最寄りの病院を教えてもらう。
一生懸命調べてくれる職員。
しばらくして・・・
「その地域には子供はいませんねえ」
は?・・・
確かに小学校には1クラスしかないと言っていたが、
この辺には新生児はいないのか?・・・
呆然とするワシ・・・
心配そうに見つめる職員・・・
「車はお持ちですか?」
深刻そうに尋ねる職員・・・
「はい持ってますが・・・」
緊張して答えるワシ・・・
「それはよかったです」
にこっとして答える職員・・・
「では都会の方に出て来て予防接種を受けて下さい」
ワシんとこってそんなへき地やったんか?・・・
確かに二井原は
「この辺はカルフォーニャと同じやから何でも車やで」
と言っていた。
時々発音がネイティブな英語になる変な町民である。
確かに・・・
ワシはそのまま嫁子供を連れてイオンに買い物に行く。
買う量が既にアメリカ人のように買いだめすることとなる。
車のトランクいっぱい食料を買い込むなんぞまさにそのカルフォーニャであろう。
嫁が子供連れてトイレに行っている間、
ひとりで一生懸命山ほどの食糧を袋に詰めるワシ。
「あのう・・・」
ひとりのおばはん(と言っても同い年ぐらいじゃろうが)が声をかけて来る。
「失礼ですけど、爆風スランプの方ですか?」
「そうですよ」
嘘ついても仕方がないのでそう答えるワシ。
「ほんとですかぁ!!」
喜んで握手を求めるおばはん。
「まだ音楽やってるんですか?」
どう答えたらええの?ワシ?・・・・
しばし沈黙・・・
「あ、パッパラーさんは北朝鮮行ってバンドやってらっしゃいましたね」
ご丁寧にドラムを叩くマネをしながらそう言うおばはん・・・
「それ・・・俺・・・」
「え?・・・」
再びドラムを叩くマネをしながら、
「パッパラー」・・・と口をぱくぱくしながらワシの顔を指差すおばはん・・・
八王子には面白い人が多い・・・
Posted by ファンキー末吉 at:20:01
2008年07月23日
爆音のリハーサル
今日から二井原実ソロライブのリハーサル。

横関くんもマーくんも一緒に音を出すのは初めて。
それにしても音がでかい!!
横関くんが音を出した瞬間に、
「す、すまん・・・ちょっとアンプの角度向こうに向けてくれんか・・・」
と言ってしまった。
通常なら「こっち向けてくれ」と言うぐらいなのに・・・
また貸しスタジオのドラムなので音が鳴らんのよ・・・
マーくんがまた爆音で弾くのでバスドラなんか自分で全然聞こえん。
「すんまへん・・・ちょっと音下げまへんか・・・」
ポリシーを曲げてまでそう頼んでしまった。
それぞれアンプのボリュームに手をやるふたりのプレイヤー、
しかし実際にはちょっと触っただけで決して音を下げてはいないのをワシは見逃さなかった。
ええのよ、ええのよ・・・
ワシかてそう言われたら下げるマネしかせんもんね・・・
リハなのに死ぬ気で叩く!!
それにしてもこんなでかい音でリハーサルするのは初めてである。
そしてまた上手い!!
なんでこんな難しい曲すらすら弾けるの?・・・
高崎晃を始めとし、
山本恭司や橘高文彦等、日本を代表するギタープレイヤーと一緒に演ったことがあるが、
これだけ数多くのミュージシャンとセッションしてるワシが、
まだまだ日本には一緒にやったことのない凄いミュージシャンがおるんやのうと感心した。
またマーくんのベースがよい。
ピックで8ビートを弾かせたら右に出るもんはおらんのとちゃうかのう・・・
そう言えば44マグナムのトリビュートで録音したベースの音聞いてぶったまげたのう・・・
面白いことに今回は、
ラウドネスの楽器陣の方がひとりいるので、
「これどない処理してんの?」
と聞けるからよい。
前回なんか「ほな高崎に電話して聞こうや」とまで言うてたもんなあ・・・
「ああこれ、ライブでは無視してた」
とかご本人に言われたら今回非常に安心して変更出来る。
ホンモノ交えてコピーバンドするって楽しいなあ・・・
それにしてもLOUDNESSって曲多い・・・
前回でほとんどコピーしたと思ったら、
まだまだこんなに知らない曲あるのね・・・
またリハの進み具合早いし・・・
今日は寝ずに残りの曲コピーするの巻・・・
Posted by ファンキー末吉 at:23:18
日本のサラリーマンおそるべし!!
あまりに暑いのでクーラーを買いに行ったら、
景品で北京オリンピックのタオルをくれた。
ワシを誰やと思てんじゃ!!!
ま、いい・・・電気屋の店員にとってはただの変なオジサンである・・・
二井原嫁の話では、もう既に町内会では
「最近越してきたあの変な人、誰?」
と噂になっているらしい。
ワシのことをよくわからんと思うのは各地で同じらしく、
もう少し難聴とボケも始まっているうちの母親相手に、
足げに通って世話を焼いてくれる生命保険会社の方も奇特な人である。
何かでどうしても親権者であるワシのハンコが必要らしく、
年寄りではやはり埒が明かず、北京まで電話をかけて来た。
「ほな八王子に送っとけ!」
とその時は無下に電話を切ったのじゃが、
結局八王子に着いたら書類を記入することもなく二井原家と橘高家とバーベQに行く。
連休も明けて一応平日になったので、
本当なら今日こそ郵便局から郵送すべきなのじゃが、
平日なので子供を連れて東京サマーランドに行く。
休日を避けれるのが自由業の強みである。
しかし生命保険会社は通常勤務している。
当然矢のように催促の電話が入る。
「はい、すぐ送りますよ」
愛想良く口先だけで答えるのじゃが、しばらくしたら
「どこの郵便局から何時に送りましたか?」
と電話の嵐で慌ただしい。
ウソもつけないので「夕方送ります」と言うと、
「うちの会社の偉い人が取りに伺いますので送らなくていいです」
と言う。
高知から?・・・八王子まで?・・・たかが書類を受け取りに?・・・
かくして最終の飛行機で担当のトップの人が取りに来た。
一応書類を持って八王子駅まで迎えに行く。
どっか喫茶店ででも書類を確認しようと車にお乗せして事情を聞く。
「お金が既に引き落としされていてるのに書類が手元にないと言うことは、
わが社にとっては実は大きな問題でして・・・」
ま、ワシが外国にいたからな・・・それもしゃーないのでは・・・
中国式に気楽に考えていたら、
「明日の朝8時までに書類がないと関係者のクビが・・・」
あんた・・・明日の8時言うたら今からすぐ夜行バスで引き返すしかありませんがな!!
ファミレスはキャンセルして車の中で書類をチェックしてもらい、
大慌てで駅までお送りした。
この移動スケジュール・・・ある意味ワシより凄いかも知れん。
ワシ・・・移動距離だけは凄いが、着いたら必ず酒飲む時間ぐらいはあるもん・・・
日本のサラリーマンは凄いなぁ・・・
中国人に見習わせたい・・・
Posted by ファンキー末吉 at:01:25
2008年06月29日
日本も捨てたもんじゃない
母がハリ治療のため山梨に行くと言うので、
母に預けている上のふたりの子供の面倒を看るために、
生まれたばかりの3人目の子供と共に高知に行っていた。
XYZのリハーサルがあるので
高知龍馬空港(このネーミング何とかできんもんか・・・)から羽田に飛ぶ。
選んだ航空会社はANA。
別に格別ANAを贔屓しているわけではないが、なんとなくである。
0歳児の子供には機内でおもちゃが配られる。
長年のFlying Manの習性で、
ワシは飛行機に乗ったらすぐ寝て着いたら起きる習性があるので覚えていない。
そう言えば嫁が「このおもちゃ龍之介がものすごい気に入ってるのよ。
と爆睡しているワシに言ったような言わないような・・・
なにせ寝たら起きないというのはこんなエピソードもある。
爆風スランプ熊本ツアー、羽田発熊本行き。
ワシは乗ったらすぐ爆睡。
座席は飛行機の羽のところ、隣の席はバーべQ和佐田。
ワシ爆睡の中離陸、しばらくしてエンジンから火が吹いた。
ばーべQ和佐田仰天、機内騒然、ワシ爆睡。
機内アナウンス
「只今エンジンに若干トラブルが起こりましたが飛行には支障は御座いません。
飛行には何の問題もありませんが、
念のため当機は羽田に戻ります。
「んなことあるかい!火ぃ吹いてるがな!」
とバーべQ・・・ワシ爆睡。
かくして全乗客不安の中、エンジンが火を吹きながら羽田空港に降り立った。
安堵する乗客、ワシ爆睡。
別の飛行機に案内される乗客・・・起こされるワシ。
「何でまだ羽田?まだ飛んでないの?」
これにはさすがに乗客全員あきれかえったと言う・・・
そんな有様だからこの日、子供がおもちゃをもらって喜んでいるなど知る由もない。
そしてそれを機内に忘れてしまったことなど知る由もない。
嫁に言われ、ちょうどその夕方羽田に友人のピックアップのため羽田に行ったついでに、
ANAのインフォメーションカウンターに行ってこう言った。
「飛行機の中で頂いた子供のお気に入りのおもちゃを機内に忘れてしまいました」
受付嬢、若くて美人。
しかしどことなくちょっと冷たい感じ。
「遺失物を検索いたしましたけどそのような忘れ物は御座いません」
そりゃそうだろう。
ANAとしては子供に配ったおもちゃを持って行かなかった客がいる、
それは遺失物ではなく「破棄」である。
しかし実は子供はそのおもちゃが気に入っている。
つまりANAにとっては「捨てるもの」、
子供にとっては「大切なもの」、
これでは論法に折衷点はない。
「もし捨ててしまったのなら、
何とか新しいのを入手することは出来ませんか?お金なら払います」
まるで成金のヒヒオヤジである。
「これは乗客にお渡しするもので、
お金を頂いてお売りすることは出来ません」
そりゃそうじゃろう、でもそこを曲げてワシはお願いする。
「でもそんなサービス品を子供がいたく気に入って、
何がなんでもそれが欲しいと言う。
これってANAに取っても美談なんじゃないですか?
何とかなりませんか・・・」
モードはまるでイヤな業界人である。
ワシ、実はこの時点で内心
「お前、もしこれでも断りよったら、
ブログとあらゆる自分の動かせるマスコミ使ってこの事件を表ざたにしてやるからな!」
とコブシを握り締めてたりする。
しかし考えてみればそれってあまりに大人げない。
もともとはワシが無理なお願いをしているのである。
ANA側にはもともと落ち度はない。
ワシは前日のちとしたトラブルを思い出した。
ずっと使い続けているとあるソフト。
MACのOSを最新のにしたらバグが出た。
サービスセンターに電話する。
話し中で延々待たされる。
やっとつながったらオペレーターにつなぐのでまた延々待たされる。
高知からの長距離電話代を払うのはワシである。
やっとつながる。
バージョンをアップグレードすれば直ると言う。
電話を切る。
ダウンロード出来ないかネットで探す。
どうも有償らしい。
でもいい、中国と違ってソフトも正規版を買っているので胸を張ってアップグレイドする。
しかしダウンロード版だと思っていたらそれはパッケージ版であった。
登録先の誰もいない住所に送られてくると言う。
それは困る。
何とかならないか、またサービスセンターに電話する。
待たされる。
長距離電話代払って待つ。
やっと出た。
「この製品にダウンロード版はありません」
冷たく言い放たれる。
「だってダウンロード版送料無料って書いてたから・・・」
とショックを隠せないワシ。
「どこに書いてましたか?当社で調査します」
と、まるで「わが社に非はない」モード。
ワシ、カード決済で支払も終わってるし、何とかソフト手に入れたいモード。
「私、外国に住んでるのでその住所に送られても困るんです。
例えばそのパッケージ、例えばパソコンに取り込んで送ってもらうとかはそんなことは出来ませんか?」
「出来ません」
それはわかる!
ワシが無理を承知で言ってることはワシ自身それを一番分かっている。
しかし、担当者の
「あなたの言っていることは八百屋に行ってパソコンを下さいと言っていることです」
と言うのにワシはブチ切れた。
会話がそうなるともうクレーマーである。
ワシをクレーマーにさせたのは誰じゃ?!
誰でもない、お前じゃろ!!
それからワシは出口のない無味乾燥な会話を自分の電話賃を払って続けるハメとなる。
担当者は会社からお金をもらって、
ワシは自分で金を払って、
どちらが正しいかの論破のし合いをするのである。
金も時間も無駄じゃ・・・
そんないやな思い出が頭をよぎった時、
ANAのお姉ちゃんは別のセクションに電話をかけていた。
別に内密な話ではない。
そのまま業務的にワシの言ったことを伝える。
「少々お待ちください、係りの者が機内を探しております」
ここでワシは気付くべきだった。
昼間に降り立った飛行機は
おそらく機内清掃を終えて別のところに飛び立っているはずだと言うことを・・・
「お客様のお忘れになったおもちゃは黄色いあひるのおもちゃですか?」
ANAのお姉ちゃんが相変わらずの業務的なきき方でそう言うのを聞いて
そんなことは考えもつかないアホなワシは小躍りした。
「そうです、まさにそれです」
お姉ちゃんは初めてちょっとにこっとしてこう言った。
「機内にございました。今係りの者が持って来ます」
まつこと数十分、別の係員がおもちゃを持って来てワシに手渡した。

新品である。
そりゃそうだ。子供が舐めたり床に捨てたりするおもちゃを、
日本のシステムの中でそれを再使用するわけはない。
渡すなら新品を渡すしかないのである。
でも規則としてはそれは出来ない。
だから「忘れ物が見つかった」と言う名目にしてワシに新品をくれたのである。
感激の逸話である。
ワシは心底「日本もまだまだ捨てたもんじゃない」と思った。
ワシは基本的にこの日本のマニュアル社会は嫌いなのである。
確かに日本のシステムは素晴らしい。
しかし何かが違うとワシはいつも思ってた。
例えば、
関空行きのバスで重いトランクがコインロッカーに預けられない、
でもどうしても5分だけ買い物に行かねばならない、
切符売りのおばさんに「一瞬だけ見といて下さい」と言っても
「そんな業務はやってない、コインロッカーに預けろ」
コインロッカーに入らんから言うとるんやなかい!
あんたも見たらわかるじゃろ!
じゃあ何か紐買ってきて、ゆわえつけてその端をコインロッカーに入れることにする。
紐あるか?ない!じゃあ買って来るからその間だけでも見てて!
「もし何かあった時に当社では責任が負えないのでダメ!」
ワシは何も責任取ってくれと言ってるわけではない。
見知らぬ人に「ちょっとお願いしますね」でトランクがなくなったらそりゃワシが悪い。
でもどうしようもない状況もある。
「じゃあ見てくらなくてもいい!
ワシはここにトランク置いていく!
もし誰かが盗んで行ったらお前はそのまま見てるだけでいい!
じゃあ行くからな!」
そんなことを言わさないやり方はいくらでもあったのではないか・・・
オムライスのチェーン店で、中国から来た友人が、
「じゃあ卵を大盛りで」
と言うと、店員はロボットのような笑顔で
「オムライス大ですね」
と言う。
「ライスは普通盛りでいいんです、卵だけ大盛りでお願いします」
と言うと、
「オムライス大ですね。卵だけ大盛りと言うメニューは御座いません」
メニューの問題ではない!卵だけ大盛りっつう簡単なことも出来んのかい!!
一事が万事、日本では全てのシステムがそうである。
そんな中で日本有数の大会社ANAが
ワシのようなアホなクレーマーに取ってくれたこの態度。
ワシは一生忘れんよ。
このことによってワシはおもちゃGetして確かに得をした。
でも大きな意味ではANAはもっと得をしたと思う。
ワシは同じ路線に乗るならもうANAしか使わん!
これがサービス業っつうもんと違うか?
ワシは今回のサービスに関して心からANAに感謝した。
その恩に対して出来ることは少ないが、
まあワシが飛行機乗る時にはANAを選ぼうと言うことと、
こんなブログでしか言えないが、声を大にして「ANAありがとう」と言おう。
子供上機嫌でワシ親バカである。

Posted by ファンキー末吉 at:04:25
2008年06月10日
私は何をする人ぞ
嫁がネットで面白い日記を探して来た。
こんなやつである。
もうだいぶ経ちますが、ダイハツmoveのCM、柴咲コウの出てるやつで、
最近のは柴咲コウが機会仕掛けの恐竜でmoveを追いかけるも、
恐竜は途中でガス欠になっちゃうって奴です。
ま、内容はともかく(笑)、
バックで流れてる曲は爆風スランプ『Runner』のアレンジした奴です。
我が愛するドラマー『ファンキー末吉』氏の曲でありますが、
普段から俺が、ファンキーさんファンキーさんと言っているためか、
流れてるCMを見て母が突然
「ファンキーさんよファンキーさん」
え?
「ファンキーさんよ」
いや、これファンキーさんじゃ無くて柴咲コウだから(笑)
確かに彼女はファンキーな面もあるのかも知れないが、
決してファンキーさんと言う名では無い
ファンキーさんはこの歌書いた人だから
そう言う俺の言葉を聞いてか聞かずか、
「最近ファンキーさんどうしてるの?北朝鮮から帰って来たの?」
いやいや、別に移住した訳じゃ無いし。
最近は~、そうそう、日本でスタジオ作ってね
「又作ったの?中国でも作ったでしょ?」
そうそう、それでね
「スタジオ作りが好きなの?」
どんな趣味だ(笑)
と、言う訳で、俺の伝えた情報により、
ウチの母の中のファンキーさんは
「柴咲コウが北朝鮮に渡り中国と日本で趣味のスタジオ作りをする人」
になってしまいました(笑)
おもろいなぁ・・・
確かにワシは今まさに北京のスタジオの大掃除をしていた。
しばらく帰って来ないうちにマイクも機材もホコリだらけである。
先日MacBookを日本で修理に出したら
「どこで使ってたんです?かなりホコリの多いところですよね」
と言われたぐらいホコリっぽい。
かと言って自分の部屋はホコリがあろうがカビが生えようがおかまいなし。
やっぱスタジオ作りが好きなのかも知れないなぁ・・・
人間強くイメージしたことは実現すると言うが、
あとLAと、きっと平壌にもスタジオを作るような気がして仕方がない。
かと言って決してスタジオ仕事が好きなわけではない。
昨日もアンダーグランドバンドのレコーディングしてて、
ドラムがあんまし下手なことに癇癪を起したところである。
結局助手(これがまた使えないんだ)にやらせて
ビールを飲んで酔っ払ってた。
自分でドラムを叩いてそれを自分でレコーディングするのは
もう言わばドラマーの豪勢な趣味のようなもので、
ヘタしたら一晩中やってて、
「やっぱ最初のテイクが一番よかったよね」
と言うこともしばしばであるが、
だが人のプレイを録音するのはひとえに「忍耐」である。
忍耐力がなくて前回離婚してしまったワシは、
だからこそレコーディングはなるだけ早くすませようと努力する。
盲目のギタリスト田川くんと作り上げた「Vision Rocks」なんか、
これだけ難度の高い曲を、
ドラムは映像のシューティング含めて2時間、
ギターも2時間、ベースは1時間足らずで録り終えた。
こんなもん長くやってたら気が狂っちゃいます・・・
この楽曲は、このページでも紹介しているように
「パール楽器中国工場初の国内流通製品によるデモンストレーション楽曲」
である。
これをひっさげて中国全土をクリニックツアーにまわる。
既に東北地方、遼寧省と吉林省に行って来たが、
これを半年かけて廻るのは結構大変である。
そしてその前にはアンダーグランドバンドの助っ人ドラマーとして、
中国の西南に位置する貴州省に行って来たばかりである。
一日のうちに中国の西南から東北までを縦断しているんだから、
その移動距離とて半端じゃない。
被災地に近い四川省にはツアーに廻らないと言うことなので、
独自に現地の小学校にドラム担いでロックを教えに行く企画もある。
まあ行ったら2週間は帰って来れないやろうなぁ・・・
四川省のために何かやってあげたいと言う気持ちはあるのよ。
先日も吉林省でのクリニックで
会場で募金を集めようと言う企画で前の日は盛り上がったが、
蓋を開けてみたら
「個人が勝手に募金を集めるのは違法行為です」
と言うことで許可が下りない。
それを持って逃げてしまう輩が続出しているのでわからない気もしないが、
じゃあその団体である中国赤十字社に
「ほな会場に募金集めに来てや」
と言うと
「そんなヒマない」
と言って取り合ってくれない。
そりゃもうドラムセットに支援物質詰め込んで自分で運ぶしかないやろ!
現在企画進行中。
日本から支援物質を援助してくれる企業等求む。
私は何をする人ぞ
ますますわからなくなってくる
Posted by ファンキー末吉 at:05:00
2008年05月11日
頭の中はラウドネス
ライブのMCで二井原が言ってたように、
ワシはライブ終了後そのままの格好で隣の居酒屋に駆け込んだ。
店員は汗みどろのワシの格好を見てぎょっ!としつつ、
「お、お疲れさんです」
と固まりながら、
「ど、どうぞ」
と1日目と同じくレジの隣の一人用の席にワシをうながす。
痛風が心配なので生ビールではなくホッピーを注文し、
そのままトイレに駆け込んでステージ衣装を着替える。
昨日はちょうどホルモンが出て来た時に二井原から
「帰るぞ」
と電話があって食えなかったので、
今日はつまみはホルモンからスタートである。
2杯ほど一気した頃、
ライブを見に来た客がちらほらとやって来る。
まさかさっきまでステージでドラムを叩いてた人間が
自分より早く飲み屋で出来上がっているとは夢にも思わないので
数人はそのまま汚いものででもあるようにレジ横の酔いどれを無視する。
居酒屋じゅうの客がそのようにワシを見ている中、
ひとりの店員だけが非常にワシに優しく接してくれた。
聞けば今日ワシらが機材を全て持ち込んだため、
ライブハウスの据え置き機材は全部この居酒屋の4階に入れているらしい。

(優しくしてくれた店員。バンドをやっていると言う)
ロック談義に花が咲いている中、二井原が「帰るぞ」と呼びに来た。
そのままFunkyスタジオに河岸を変え、
おっさんコーラス隊と朝まで飲む。
嫁にぶいぶい言われながら二日酔いで目覚めたら
ひとりを除いてみんな家に帰っていて寂しかった。
頭の中にはまだがんがんにラウドネスが鳴っている。
思えば今回一番苦労したのはラウドネスのコピーである。
どんな有名なアメリカのドラマーが叩いている二井原のソロの曲より、
やはりひぐっつぁんのドラムに苦労した。
二井原いわく、
闘病生活に入ったひぐっつぁんの助っ人でドラムを叩いている菅沼孝三もそんなことを言ってたらしい。
ワシも「人間が叩いているものなら叩けないものはない」と自負しているし、
孝三に至ってはひぐっつぁんのドラムなんて手数的には簡単なものであろう。
しかしワシらこぞって苦労するのである。
ひぐっつぁんのドラムっつうのは・・・
それはラウドネスが完璧な「バンドサウンド」であるからである。
ワシはビートルズのドラマーが、
ローリングストーンズのドラマーが、
イーグルスのドラマーが上手いと思ったことは一度もない。
ドラム雑誌のコラムで
「クイーンのドラムなんてどこが上手いの」
とコメントしようとしたら、読者より先に編集部にカットされた。
「そんなこと書いたら全てのドラマーを敵に回しますよ」と。
その昔、かまやつひろしさんのスパイダーストリビュートをプロデュースした時、
「いつまでもどこまでも」とか言う曲の、
今や田辺エージェンシーの社長である田辺さんのへたくそなドラムが、
あの半拍ぐらいなくなってしまっているようなヨレたオカズが、
どうしてもその原曲が越えられなくて苦労した。
上手くなることだけを目指して頑張っていた末吉少年はその時、
「ドラムなんて、音楽なんて、究極には上手い下手なんて関係ないのでは」
と思ったものである。
話をひぐっつぁんに戻そう。
まああんましここで褒めちぎるとオッサンこのまま帰って来んかったら困るのでやめとくが、
まあワシのイメージとしては二井原がMCで言ってたように、
ひぐっつぁんとは酒を飲むと「うっとーしー」オッサンである。
すぐスティックを取りだして「これ叩けるか?」と言ってたのを思い出す。
初めて菅沼孝三を紹介した時にもそれをやるので
「ひぐっつぁん、こいつにだけはそれやめときや」
と言ったもんである。
その菅沼孝三がラウドネスのサポートで、
このワシが二井原のソロライブで、
おっさんのドラムを一生懸命コピーさせて頂いた。
あんまししんどいのでリハの時もみんなで冗談で言ってたが、
「お前が叩け!」
である。
おっさん、早う復帰して来いや。
一晩ぐらいは我慢して一緒に飲んだるでぇ。
Posted by ファンキー末吉 at:12:07
2008年04月01日
ブータン王国の話
嫁の実家にいた時ずーっと関西ローカル製作のテレビ番組を見ていた。
非常に面白い!
くだらないのからためになるのからいろいろあるのだが、
とある番組のいちコーナーでワシは画面にくぎ付けになった。
番組の司会者が素朴な疑問を番組で掘り下げてゆくのだが、
その日のテーマは「ブータン王国初の総選挙」。
台湾の総選挙が大きな話題になると言うのならわかるが、
新聞ももの好きやのう、なんとマイナーな事件を取り上げとるのう・・・
と思って調べてみたらこれが物凄い!
と言うコーナーであった。
ブータンと言うのはヒマラヤ山脈に面した
人口100万人足らずの小さな国だそうだ。
産業と言えば
その急斜面を利用して発電した電気を近隣諸国に売っているぐらいで、
基本的には農業を営んでやっとこ生活しているであろう小国である。
政治形態は王様による統治が100年以上続いている王国で、
その王様がとにかく国民に愛されていて、
国民全てに「統治されている」と言う意識がないのだと言う。
そこの国王が突然言い出した。
「民主化するぞ!」
ところが国民誰もがそんなことを望んではいない。
それを国王が全ての国民をひとりひとり説得してまわった。
「権力が一箇所に集中するのはよくない。
今はよくても、もし統治者が悪い人間だったらどうなる?」
と・・・
国民は「敬愛する国王様がそう言うのならば」と言うことで、
ここに初の総選挙が行われたと言うことなのである。
凄い話である。
どっかの国の権力に固執している政治家に見せてやりたい。
この国王はもの凄い考え方を持った人で、それは、
「国にとって大事なのはGNP(国民総生産)ではない、
GNH(国民総幸福量)こそが最も大切なものである!」
と言うものである。
そして国勢調査の最後に書かれている
「あなたは幸せですか」
と言う質問に、
国民全員の何と97%の人が「幸せです」と答えると言うから驚きである。
インターネットもテレビ放送も
「まだいらんじゃろ」
と言うことで整備されてないし、
たったひとつあった信号も誰も使い方がわからず、
「やっぱこれもいらんわ」
と取り外されたと言う。
外国との交流は制限されており、それは
「観光収入よりも文化や伝統や宗教を守る方が大切だ」
と言う考えに基づいてのことである。
その宗教と言うのがここの国教である「チベット仏教」。
これでワシは何となく全てを理解することが出来たような気がした。
去年訪れたチベット自治区、
そこの最高僧侶が庶民と同じく質素な生活をしていたのと同じように、
ここの国王も庶民と同じ普通の住居に住み、
修行に生き、ひたすら世の幸せを祈る、そんな「生き方」なのである。
そして精神世界の頂点のようなこの国が「友好国」としている国が何故か日本。
物質文化の極みなような、
「幸せですか」に何人の人が「幸せです」と答えられるかわからんような、
そんな日本が何故だかこの国が選んだ「友好国」である。
その理由にはひとりの日本人の存在が大きいと言う話を聞いた。
とある日本人がブータン王国に半生を捧げ、
島国で培った急斜面での農業のやり方を伝授したのだと言う。
彼はもちろん日本では知る人もいない無名人だが、
ここブータンでは知らない人はいない英雄である。
似たような話を内モンゴルで聞いた。
とある日本人が半生をここに捧げると決意し、
一本一本植林したその砂漠は、今では森になっていると言う。
凄い人たちもおるもんじゃ。
中国ロックのために半生を捧げ、
北朝鮮にまでロックを伝えようとするアホなら知っている。
「ワシは幸せじゃ」と毎日酒を飲んでいると言うからブータン国民にちょっとだけ近い。
このアホがほんまもんになるためには、
やっぱ一生それをやり続けることなんやなぁと思った。
いやほんま。
世界は広いでぇ。
Posted by ファンキー末吉 at:20:44
2008年03月17日
Kちゃんの物語その2
私の携帯の番号は、私が携帯と言うものを手にしてから一度も変えたことがないので、
時には思いもよらぬ古い友人から電話がかかる時もある。
番号表示で誰だかわかる時もあるし、
声を聞いてやっとわかることもあるのだが、
「私よ、誰だか忘れたの?」
と言う彼女の声を聞いた時、とっさにこの声の主を思い出すことが出来なかった。
ひょっとしたら心の奥底で忘れてしまいたいと思っていたのかも知れない。
「私よ!車持ってるでしょ!すぐ迎えに来て!」
迎えに来てったって真夜中である。
「この夜中にのこのこ迎えに行ける人間がどこにいる」とは思ったものの、
その日は嫁も子供も寝静まってひとり仕事部屋で仕事をしてたので別に行こうと思えば行けないこともない。
「どこに行けばいいんだ?実家か?」
彼女の実家にはアッシー(死語)として何度も送り迎えに行ったことがあるので今だによく覚えてはいる。
「バカねぇ。今だに実家にいるわけないじゃん!私もう結婚したんだから。
でも今から家出するの!だからすぐ迎えに来て!」

今更「あわよくば心」はない。
前回の事件で私は彼女を、いや「女」と言うものの怖さを心底感じてしまっている。
スケベ心よりは好奇心である。
(彼女は結局あの男と結婚したのか?)
(やっぱりあの女を殺したのか?)
(それとも・・・)
いろんなことを考えながら彼女の指定した公園に向かった。
数年ぶりに会った彼女は二十歳の頃と変わらず若々しく、そして相変わらず美しかった。
「行くところがない」と言われたって嫁も子供もいる私の家に転がり込まれても困る。
例え彼女のことを好きだったのは今は昔であろうともである。
とりあえずめったに帰って来ない友人のアパートがあるので
彼女を紹介してしばらくそこに住まわせることにした。
そこでゆっくり話を聞いた。
聞けば殺傷事件にまでなってしまったその昔の男は、
その原因となったその女とその後も切れずにいたらしい。
私から見たら命知らずの男なのである。
「何か私ってどんなことされても我慢してついてくる女に見えるらしいの」
彼女はある意味ではそう言う女である。
その男が他の女に手を出しさえしなければ平穏無事な幸せな家庭を築けたかも知れない。
しかし男は女と切れなかった。
それじゃあ予告通り彼女はその女を殺したのか?・・
いや、修羅場はそれ以上続かなかった。
新しい男性が現れ、失意の彼女を慰め、
そして彼女と結婚したのである。
その旦那は見事に彼女を救い、
そして結果的にはその女の命までをも救ったと言えよう。
しかし男とはどうしようもなくアホな生き物であると言うべきか、
はたまた彼女はとことん男運が悪いと言うべきか、
運命は再び繰り返し、悪いことにまたこの旦那が浮気をしたのである。
今や私なんぞ、
「こんな女を妻にして浮気なんぞしようものなら命がいくらあっても足りないぞ」
と自己防衛本能が素直にそう思わせるのだが、
当の旦那はどうもそんなこと夢にも思わないらしい。
昔の男も、そしてその旦那も、
私の見た彼女のあの恐ろしい面はまるで見ることが出来ないのである。
私があの時見た彼女、
あの極端なまでの冷静さで殺人を遂行しようと言う恐ろしさは、
実は決して人からは見ることが出来ない「Dark Side Of The Moon」だったのではあるまいか。
実はそれはまだ誰も見たことがなく、あの時私にだけ見せたものだったのではあるまいか。
だから今回も私を呼び出したのではあるまいか。
その「Dark Side Of The Moon」を見てしまった私を。
それを見せられる唯一の人間である私を。
ちなみにピンクフロイドの名盤「Dark Side Of The Moon」の邦題は「狂気」と名付けられている。
後に続く「Crazy Diamond」も「The Wall」も、
全て彼らは「人間の狂気」を題材にその音楽を作って来た。
しかし彼女は違う!
彼女は決して狂ってなどいない。
恐ろしいほど冷静に、「普通」に殺人を遂行しようとしていた。
狂気のかけらなど微塵にも見られなかった。
殺人など激情に駆られてやるもの、
狂気に駆り立てられてやるものだと思っていた私は、
だからこそ身の凍るほどの恐怖を感じた。
彼女があまりに「普通」で、あまりに「冷静」であったからだ。
それはまさに人の心の「Dark Side Of The Moon」。
「人を愛する」とか「尽くす」とかと言う表の部分が、
そのターゲットの裏切りによりそのままその裏側、
つまり「殺す」と言うことになるだけで、
それは激情にほだされてでも何でもない。
彼女にとって、いや人にとってそれは「普通」の行動だったのではあるまいか。

普段と変わらない様子で彼女は旦那の浮気について説明する。
それは別に普通の笑い話と寸分変わらない言い方である。
「旦那もそうだけどその女もバカだわよねぇ。
そんなことして私にバレないと思ってるのかしら」
そう、彼女は決して頭は悪くない。
むしろ洞察力、頭の回転、女のカン、どれをとっても恐らく人並み以上の能力であろう。
それをフルに稼働して、その女が誰か、名前は何で、年はいくつで、
仕事は何をしていて、職場はどこで、
勤務ローテーションはどのようで、
住んでるところはどこで、実家はどこで、
その電話番号まで全てを既に調べ上げている。
私はまた背筋が寒くなって彼女にこう聞いた。
「まさか・・・また殺すとか言いだすんじゃないだろうね」
彼女はまたそのとびっきりの笑顔でそんな私の心配を笑い飛ばした。
「バカねぇ。私もあの時は子供だったの。
もう殺したりなんかするわけないじゃない」
くったくのないその美しい笑顔を見て私はほっと肩をなでおろした。
するとすかさず彼女、
「死んだ方がましだと思うぐらいの目に合わせてやるの」

私はまた恐怖で凍りついてしまった。
彼女を絶望から救ったこの旦那は、
また自らの手で彼女の「Dark Side Of The Moon」をひっぱり出してしまったのだ。
それからの彼女は私は心底恐ろしかった。
毎日のようにその女を追いつめてゆく。
「まず仕事をやめさせてやるの」
職場に行く。
その女のローテーションは全て把握しているので、
敢えてその女が出勤していない時間を狙って行く。
「一番偉い人出してちょうだい!
おたくの従業員が私の留守中に私の旦那と・・・」
その女が部屋に残した遺留品をつきつけて、
泣く!喚く!全社員の前、全てのお客の前で可哀想な被害者を演出する。
それを沈着冷静に完璧に演じるのである。
「次は親だわ」
実家に電話をして女の両親に向かって泣く!喚く!
その全てが「感情」ではない、「計算」なのである。
「そうそう、住むところもなくさなくっちゃ」
今度は勤務時間のローテーションを見計らって
アパートでご近所さん、大家さん相手にそれをやる。
やられた方はたまったもんじゃない。
しかも相手は今や家出していて携帯もOFFにしているので捕まえようにも捕まえようがない。
旦那とてたまったもんじゃない。
言いたいことがあるなら自分に言えばいいじゃないかと思ってもその相手がつかまらないのである。
私にその旦那もその女も救うことは出来ない。
何故なら私には彼らと何の接点もないのである。
会ったこともなければ名前すらも知らない。
ただひたすら、時間のある時に彼女を慰め、
気をまぎらわせてやるだけである。
「ほんと、私って男運悪いのかしら・・・」
彼女はちょっと疲れた感じで私にそうつぶやく。
何も特別なことで疲れた感じではなく、
ただ「仕事が忙しかった」とか普通に「生活に疲れた」といった感じでそう言うのである。
それにしても私は何故こうして彼女に世話を焼いているのだろう。
10年近く会ってなくてもすぐにこのように「普通」に会える友人であるから?
それともやっぱり彼女が美しく、魅力的だから?
彼女はその美しい横顔をちょっとこちらに向けてほほ笑みながら言った。
「末吉さん、今でも私のこと好き?」
私は体中に鳥肌が立つほど恐ろしかった。
それほどまでにも彼女の笑顔は美しかったのである。

その女に対する彼女の猛攻撃は続く、
職場にいようともアパートに帰ろうとも、
そしてたまりかねて友人宅に身をよせようとも、
必ず彼女はそこを突きとめてやってくるのである。
しかも必ず本人がいない時間を見計らって・・・
気も狂わんばかりになったその女は、
結局頼るところは自分が愛人関係にあるその相手、
つまり彼女の旦那のところしかない。
最終的にその女は旦那のマンション、
つまり家出する前に彼女が旦那と住んでたその部屋に転がり込んで来た。
彼女の最終攻撃が始まる。
旦那の勤務ローテーションも完全に把握しているので、
旦那が絶対に電話にも出れない、職場も放棄できない時間帯を狙って、
その女が一人で震えながら待つ、かつての自分のマンションに乗り込んでゆく。
ピンポーン
自分の家なのでカギは持っているのにわざわざ呼び鈴を鳴らす。
女はもう精神を病んでしまっているので出てこない。
女が出てくるまで何度でも何度でも鳴らす。
恐る恐るドアまでやって来てのぞき穴から彼女の顔を見たとたん絶叫した。
「キャー!!!!」
彼女はゆっくりドアにカギを差し込みゆっくりとカギを開けた。
ガチャン
「キャー!!!!来ないで!!!入って来ないで!!!」
女は部屋の中で半狂乱となる。
しかしドアには運良くチェーンロックがかけてあった。
彼女はそのドアの隙間から部屋を覗き込んで優しそうにこう言う。
「開けなさい。ここは誰の家だと思ってるの?」
「助けて!!!誰か助けて!!!」
半狂乱で救いを求めて電話をかける。
救いを求める相手はただひとり、彼女の旦那であるにも関わらず、
その彼はあいにく電話口には出られない。
職場にかけても職場を離れることは出来ない。
彼女はドアの外でゆっくりと自分の携帯を取り出し110番に電話をかける。
「もしもし、警察ですか。
私の家に知らない人が入ってて中から鍵かけて出て来ないんです。
何とかしてもらえませんか」
近所の交番から数人の警官がやって来る。
「中の人!出て来なさい!あなたのやっていることは犯罪です!」
チェーンロックをかけたドアの間から警官が叫ぶ。
半狂乱の女は泣き叫ぶ。
「その人を何とかして!私、殺される!!」
警官が彼女に質問する。
「どう言うことなんですか?お知り合いですか?」
ニコっと笑って彼女は余裕で答える。
「いいえ、会ったこともありませんよ。あの女、頭おかしいんじゃないですの?」
法律的にはこの女は「不法侵入」を犯している。
警察としては最後の手段として、チェーンカッターでチェーンを切って中に入るしかない。
説得すること数十分。
中の女は最後には説得に応じて恐る恐るチェーンロックを外した。
するとドアが開くが早いか中に飛び込むが早いか、
彼女は勝手知ったる自分の家に飛び込んだ。
そして勝手知ったる台所の包丁を掴んで女に切りかかった。
「キャー!!」
警官が数人がかりで彼女を取り押さえて事なきを得たが、
結局はこの事件は三角関係が生んだ痴話喧嘩と言うことで処理され、
切りかかった彼女よりも法律的にはその女の方が罪に問われる。
彼女はただ「嫉妬で逆上した」可哀想な妻にしか見えないのである。
そう、彼女の「Dark Side Of The Moon」を見ていない全ての人間は彼女をそのようにしか見ることが出来ない。
しかし私は知っている。
彼女は「逆上」などしていない。
いつでも「冷静」で、「やるべきこと」を「完璧に」遂行しようとしているだけなのだ。
人を愛し、尽くすのと同じように遂行しているだけなのだ。
「また殺し損なっちゃった・・・」
笑顔でそう私に報告する彼女に私は心底震え上がった。
離婚調停は「絶対に別れない」と言う彼女のかたくなな態度により泥沼化したと聞く。
彼女はまたあの美しい笑顔で私にそう言った。
「離婚なんかするわけないじゃん!だって愛してるんだもん」
それから彼女には会ってない。
だから数日前、また彼女から突然電話があった時には心底びっくりした。
聞けば再婚し、子供が出来、その新しい旦那もまた浮気をしたと言う。
しかし今度は状況は違った。
旦那は泣いて真剣にあやまり、
彼女の目の前でその浮気相手と手を切り、
今も彼女に毎日毎日あやまり続けていると言う。
「でも一生許せないかも知れない」
彼女が私にぽろっとこぼしたその言葉を聞いて私はとても安心した。
これは「感情」が言わせるもので
彼女の「Dark Side Of The Moon」が言わせていいるものではないからである。
その旦那ならきっと一生彼女の「Dark Side Of The Moon」を封じ込めるかも知れない。
そしてそうであって欲しいと心から思う。
人はみなその心に「Dark Side Of The Moon」を持っている。
私の妻に、
そしてこれを読んでいる全ての妻帯者の妻だけにはそれがないと誰が言いきれよう。
それを引っ張り出すか永遠に封印するかは全てはその旦那次第なのである。
Kちゃんの物語、これは決して他人事ではないと世の全ての男性は知るべきであろう。
完・・・(であることを心から願う)
Posted by ファンキー末吉 at:00:57
2007年09月29日
頑張れ高知ファイティングドッグス!
今年の夏は父の葬儀やら何やらで結局2か月間ずーっと日本にいた。
・・・暑かった・・・
北京に帰るチケットをBookし、
「もう北京は秋だなぁ・・・」
などと郷愁を募らせている頃、
地元のラジオでショッキングなニュースが飛び込んできた。
四国アイランドリーグは、
財政難のため、高知ファイティングドッグスのオーナーを急募、
10月半ばまでにオーナーが見つからなければ、
四国4県のうち高知のみがその球団の活動を停止する。
なんじゃと!!!
ワシはせっかく「よさこいランナー」
と言う応援歌まで作って、
それがいざ発売となったらいきなり活動停止かい!!!
こうなったらワシがオーナーになって存続してやる!!
などと思って調べてみると、
球団の運営には1年でおよそ1億円がとこ金がかかると言う話である。
ひえぇー・・・
スポンサー収入や、試合の興行収入でそれを補っているのであるが、
高知県にはナイター設備がある球場がないので、
ナイターで試合観戦出来る他の3県と違い、
やはり観客動員数で大きな差がついてしまう高知ではオーナーが見つからず、
現状ではリーグ自体がその運営をやっているのだが
もうそれが限界に来たと言うことである。
念願のランナーのCMの印税が入り、
懐が少々は暖かくなったワシであるが、
年間1億の金となるととてもじゃないけど手が届かん・・・
誰かこの危機を救ってあげれるお金持ちはおらんもんか・・・
・・・ま、まずおらんやろうからワシは考えた。
それなら高知市民が株主となって球団を支えてゆけばどうだろうか。
1株1万円で有効期限1年限りの株を1万株売れば球団は存続出来るぞ!
高知と言えば「よさこい祭り」を生みだしたお祭り大国である。
そして「ひろめ市場」と言う、
昼から酒が飲めてタタキが食える屋台村が大成功している。
ナイターが出来なければ、
リーグにお願いして高知の試合だけは土日祝日のデーゲームにしてもらい、
その日を朝から「よさこい祭り」に、
そして球場全体を「ひろめ市場」にしてしまえばよいのである。
高知にはアマチュアバンドをはじめとし、
ダンスバンドやブラスバンド等、
発表の場を求めている人たちはたくさんいる。
シーズン中毎週末祝日が「よさこい祭り」となる球場のイベントには、
もちろん株主以外は参加することが出来ない。
出演者は持ち株が多い順にいい出番で出演出来るし、
球場最後列の屋台の出店は、
持ち株が多い順にいい場所とその面積を確保できる。
そして高知と言うところは、
「よさこい祭り」を運営するための数多くの制作会社、
そしてPA、照明等、設備関連の会社が日本一多い。
彼らはその機材提供や制作を無料で請け負う代わりに、
その労力に応じた株をもらえる。
いやいやどうせ大半の会社はよさこい祭り以外の時期はヒマなのである。
そして一番貢献してもらうのは高知のメディア。
中央からネットされている番組を買うには金がかかる。
地元制作の番組を作るにも金がかかる。
特に地元ケーブルテレビはチャンネル数が多い分もっと大変である。
それやったら番組枠だけを無償で提供してくれればよい。
制作は株主である別の制作会社がやり、
番組には全ての株主のCMなりのテロップを流す。
もちろんその長さは持ち株の多さに比例する。
1株1万円と言えば1か月で1000円を切る。
球場イベントにも参加でき、
屋台で出店も出せて、
おまけにメディアでCMまで打てるんやったら
1株と言わず数株持つ輩もたくさんおるんではないか・・・
「ファイティングドッグスを残そう会決起集会」
とやらがあると言うので顔を出して来た。
私設応援団やら県のお偉いさんなどが集まって
マイクをまわしながらいろいろ発言していたが、
「ナイター設備を作って欲しい」
「いやそれには数億の予算がかかるから無理だ」
とか、
「四国4県の中で高知だけがなくなるのは恥だ」
とか、埒のあかない話ばっかりしてるので、
「ちょっといいですか」
とマイクを奪い取り、ワシのそのアイデアを大々的にぶち上げた。
反応は・・・ぱらぱらぱら・・・
そんなに奇抜なアイデアか?これは!!!
悔しいので企画書にまとめてもらい、
球団側のトップに直接送ってもらおうと決意。
もう発言はせずにただ座っておこうと思ったら、
県のお偉いさんの次の一言でワシは激怒!
「球団としましても、
続けるとなると来年スケジュール調整とかでもう今から業務は始りますし、
存続するかどうかは早めに決定しないと
選手のみなさんにも迷惑がかかりますから」
「ちょっといいですか!!!」
またマイクを奪い取るワシ、
困惑する会場、
止めようとする司会者・・・
「ワシら部外者が何とか存続してもらいたいと頑張ってても、
球団側が自分で勝手に締切作ってそれを延ばすことも出来んなんて、
そりゃ本末転倒もええとこやないかい!
10月半ばでスポンサーなんか見つかるかい!
存続したかったら締切延ばせ!アホたれ!
存続したいんかい、しとうないんかい!」
しかしその発言者は実は球団の人ではない。
その日、ファイティングドッグスは追加試合のため
球団関係者は誰も参加していなかったのである。
ワシは思う。
今日ここに選手たちがいたとしたらきっとこう発言したことだろう。
「僕ら、野球が好きなんです。
何でもします。球団を存続させて下さい!」
プロとはいえマイナーリーグ。
月給12万円で生活しながら、
田植えの時期には農家に手伝いに行き、
オフシーズンには地元でバイトを斡旋されて働きながら野球をしている。
これを「ロック」と言わずして何とする!!
結局ワシの意見は黙殺され、
議題は募金の話とか、
もし存続しようとして動いてダメだったらその責任が誰がとるのかとか、
これまた全然ワシが願っている世界と違う方に動いてゆく。
責任なんか政治家が取れ!
ワシが後ろにメディア引連れて、
地元の市議会議員県会議員ひとりひとりにインタビューしてやる。
「ファイティングドッグ残したいですか?
立ち上がりますか?
立ち上がるなら来たるべき株主1万人の票は全部あなたんとこに行きますよ」
そん代わり球団の赤字はお前が被れ!
メディアでタダで政見放送出来るんやから安いもんやでぇ。
結局この決起集会は失敗だったとワシは思う。
次期知事を狙っていると言う噂の人物も来ていたが、
ワシの意見にも耳も傾けん奴に知事はつとまらん!
わしゃお前には投票せんぞ!
(現在ワシの住民票は高知にあるもんで)
ま、ええわ。
どうせワシは明日には北京に帰る。
ひとえに選手たちのことを想んぱかるのみである。
「まあみんな、気ぃ落とすなよ。
野球を愛してるんやったら、
きっとどっかでずーっと野球が出来る。
それだけはワシが保障する」
金のない奴は俺んとこへ来い!
俺もないけど心配するな!
----------------------------------------------------------------------
「よさこいランナー」発売中!
http://www.global-twist.com/CICADAPEAKS/YOSAKOI/index.html
「これが1枚売れたら選手たちの生活が少し潤う」
がスローガンやったが、
1枚売れたところで球団が存続すると言うほど影響力はない(涙)。
Posted by ファンキー末吉 at:06:03
2007年09月02日
始球式
よさこいランナーがついに製品となって発売された。

一応高知限定販売なのだがここで通販で購入も出来る。
この楽曲は四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグスの応援歌となっているのだが、
この高知ファイティングドッグスの選手達の生活こそ「ロック」である!
マイナーリーグなので給料がそんなに出るわけでもなく、
地域密着なので時には農家にも出向き田植を手伝う。
当然ながらこのよさこいランナーのプロモーションにも駆り出される。
街に出て一緒にチラシを配る。
そのついでに配るのはホームグラウンドである高知での試合のチケット。
当然ながらワシもその試合に行かないわけにはいかない。
夏休みももう残り少なくなった8月30日。
子供を誘ったら「暑いから」と断られ、
高知在住の友人には「仕事だから」と断られ、
ワシは結局ひとりでその会場に駆けつけた。
アナウンサーが選手を紹介し、
スポンサーを紹介し終わった時、
「それでは始球式を開始したいと思います」
なんと始球式のボールを投げるのはワシだったのじゃ!!!
恐ろしいことである。
野球など中学校以来したこともなく、
基本的にテレビで流れる試合なども見たことがない。
そんな人間が始球式なんぞ・・・
・・・ってそれよりマウンドからキャッチャーまでボールが届くのか・・・
山ボールのクソボールを、
お約束のようにバッターは空振りしてくれる。
「ストライク!!」
審判が景気よくそう叫んでから試合が始まる。
そして今度は本物のピッチャーが投げる。
当然のように速さが全然違う。
「手前で伸びる」と言うが、
物を投げて放物線にならないと言うのはそもそも物理の法則に反しとる!!
「やっぱ本物は違うなぁ・・・」
感心することしきりのワシに球団関係者がぼそっとつぶやく。
「これだけ投げられてもプロになれないんだから
プロ野球っつうのはそれだけ物凄いっつうことですよ・・・」
いえいえ、彼らは少しでも給料もらって野球やってんだから立派なプロですよ。
現にこうしてワシを感動させてくれてるんやし・・・
思えばワシらアマチュアの頃は「お金払って」バンドをやってた。
「プロになって」とか言うが、
その実どこまでがプロなのかどこまでがアマチュアなのかもはっきりしていない。
音楽は彼らスポーツの世界に比べてどれだけ甘い世界なんだろう・・・
ドラムが下手でも歌が下手でも、
ある別の条件を満たせばその人たちはスターダムに登り詰めることができる。
しかしスポーツはそう言う意味では「結果」が全てである。
球を投げてどれだけ速いか、
走ってどれだけ速いか、
飛んでどれだけ高いか、
それだけが全てであり、
コネがあっても金があっても、
どんなバックアップがあっても役に立たない。
聞いた話によると、あの松坂の弟がこの四国アイランドリーグにいるらしい。
兄貴があれで自分がこれだとかなり精神的に大変だと想像するが、
ワシはきっと彼は「野球を愛してる」からこそここで生きているのだと思う。
素晴らしい奴らである。
ワシは金がたまったらこいつら全員にカツオのタタキを腹いっぱい食わせてやるぞ!
そう心に誓って球場を後にした。
ちなみにこの日の高知対香川、
1対10で高知の惨敗であった。
頑張れ高知ファイティングドッグス!
ワシがついとるぞ!
PS.
このCDが1枚売れれば、
それだけ球団が潤い、
選手達が潤い、
地域が潤い、
そして世界が平和になる。
みなさん世界平和のために是非このCDを(出来れば球場に行って)購入して欲しい。
Posted by ファンキー末吉 at:09:16
2007年08月27日
夏祭り
40度を超える北京の夏を避けて日本に帰って来たら、
からっとした北京よりも更に暑い日本の夏が待っていた。
香川県坂出市で生まれ育ったワシじゃが、
今は実家は高知に移ってしまい、
とんと御無沙汰じゃったこの街に今回縁あって久しぶりに行って来た。
これがワシの昔の実家のビルである。

「平和園」と言う中華料理屋の3階で生まれ、
そしてこの3階の部屋にドラムやアンプを持ち込んでロックをやり、
「親の神経を疑います」
と言う名無しの苦情ハガキが来て親が泣き、
「平和園のドラムス子」と近所中から陰口を叩かれながら
最後には追い出されるようにこの街を出た。
言わばこのビルのこの部屋こそが、
後に世界を震撼させる(まだ全然させてないが)「ファンキー末吉」の原点であると言って過言ではない!
ワシが死んだ後にはヒデのようにミュージアムでも作ってくれる・・・と言う話もなく、
跡取りがこうなってしまったので人手に渡って今にいたるこのビルは、
今となってはただただ朽ち果てるのを待つのみのビルである。
(ちと寂しくもあり・・・)
そしてこの日はおりしも「坂出祭り」の日であった。

懐かしい。
うちなんぞ商店街のど真ん中だったので、
踊りを踊ればうちの前、
出店が出ればうちの前、
「あの頃はこの街も活気があったなぁ・・・」
と感傷に浸ることしきり。
感傷と言えば当然「初恋の人」である。
(ようわからんが・・・)
どれを「初恋」とするかはその人の考え方によるのであろうが、
記憶の糸をたどってみるに、
小学校の頃好きだった女の子の名前は、
同じクラスの「筒井さん」、そして「川井英津子」さん。
(よう覚えとるなぁ・・・)
実名を出してよいものなのかと言う考えも脳裏をかすめながらも、
どちらかと言うと下の名前まで覚えている「川井英津子」さんの方が
小学生ながら「本気」だったのであろうとも考えられるが、
私にとってはその後、中学3年間ずーっと片思いだった「岸本浩子」さんこそが、
言わば私の青春の思い出と言うか、
いわゆる少年期のプラトニックな「初恋」と呼べる女性であったと言って過言はなかろう。
(その後「Iさん」と言う実質の初恋と出会う前の甘酸っぱい思い出である)
そして、「祭り」と言うとやはり「恋」である。
(ようわからんが・・・)
踊りを踊る若いお姉ちゃん達、
そしてそれを見に来る浴衣姿のお姉ちゃん達の中から
無意識に初恋の人、「岸本浩子」さんを探してしまうワシのことを誰が咎めることが出来よう・・・
(嫁が知ったらきっとむっちゃくちゃ咎めるであろうが・・・)
かくしてワシは大きな間違いに気づく。
我が初恋の君は、ワシの頭の中では永遠に中学生。
つまり48歳の中年の眼が追っているのは実は全て「女子中学生」の姿・・・
これでは我が初恋の人を捜しあてられるわけはない。
そんな中、商店街で眼鏡をかけたオバハンから声をかけられる。
「末吉くん!なんしょーん?(何してる?の讃岐弁)帰って来とるんな!」
見たこともないオバハンであるが、
「わからんの?私やがな!同級生のTやがな!」
と言われてみれば確かに面影がある。
小学生の同級生は既にオバハンなのである。
ましてや我が初恋の人や如何である・・・
かくしてワシは生れ故郷の坂出を後にした。
初恋の君は永遠にワシの心の中ではあの姿で封印したい。
今度は子供の小学校で「江ノ口祭り」と言うお祭りが開かれると言うので呼ばれて行って来た。
いわゆる村祭りなのだが、
祭りをやる場所がどんどん少なくなっている昨今、
こうして小学校を「祭りの場所」とすることも少なくないと聞く。
行ってみれば何のことはない、
学校の施設を飲み屋に代えた「ご近所さんの飲み会」である。

よさこい鳴子音頭を踊る町内会の人々、
そしてそれを見るでもなくひたすら飲み続ける町内の人々、
さしずめ江ノ口小学校の体育館は、
「酔いどれの館」よろしく変な盛り上がりを呈しているのである。
そんな中、父兄の有志の中から結成された「父兄バンド」に交じって2曲ほどドラムを叩く!

拍手をする人がいるでもなく、
まともに聞いてる人がいるでもなく、
「世界のファンキー末吉(そこまで行ってない確固たる証明であるが)」のドラム演奏は
こうして幕を閉じた。
PTAから、
そして出演者の父兄バンドのメンバーからお礼のビールをほおばりながら、
「これでいいのだ!」
とむしろ迷いはない!
「やっぱドラム、違いますねぇ!全然違いますよ!」
と酔いどれから握手をされながらも
「まあ違わなければワシ・・・何する人ぞ・・・」
と笑顔で返すほど大人になった。
結構この日のビールも旨かった。
「これでいいのだ!」
Posted by ファンキー末吉 at:16:33
2006年12月31日
酒とタタキと温泉と
全ての仕事をぶっちして高知の温泉に来ている。
桂浜のほとりの小高い丘の上にある桂浜荘と言う宿泊施設である。
(桂浜から見た桂浜荘)

この旅館は何故か説明書から店内の注意書きまで全て土佐弁で、土地の者以外の宿泊者にちゃんと意味が通じるのかどうかが不安ではあるが、


展望風呂や客室からは太平洋が一望でき、水平線から昇る朝日や、足摺岬に沈む夕日を見ることが出来る。

絶景かな絶景かな・・・
晩飯にはやはりカツオのタタキは欠かせない。
日本ではノロウィルスと言うのが流行っていて、最近は生モノを口にするのも命がけと言う噂じゃが、ここ高知ではそんなことを気にするヤツはいない!(ほんまか?)
命を落とそうが、晩飯にはやはりタタキである。
カツオのタタキはもちろんのこと、クジラのタタキまで出てくる始末。
アメリカの動物愛護協会が何を言って来ようが、「おらんくの池に泳ぎゆう潮吹く魚」を食うなと言ってもここの人達には馬の耳に念仏である。

さて、タタキと言えばやはり日本酒!
土佐鶴やら土佐菊水やら、さすがは酒飲み王国!土佐にもいろいろ名酒は数多いが、今回はまた物凄い酒を発見した。
その名も「土佐宇宙酒」!!

いやー物凄い話である。
「てんくろう会」と言う団体が数年がかりで実現させた、ロシアの宇宙船ソユーズに酵母を乗せ、宇宙空間で数日寝かせたその酵母で酒を造ると言う壮大なプロジェクト。
「てんくろう」と言うのは「天喰らう」、すなわち「大ぼら吹き」と言う意味なのだが、そのスケールの大きさとアホさあることは加減は全国、いや世界一であることはゆるぎなき事実であろう。
第一、酵母を宇宙に持って行って何かええことあんのん?!
コストもべらぼうにかかり、このプロジェクトは絶対に成功しないと言われてたところ、この酒が今年売れに売れた!
まあ新し物好きの高知の県民性もあろうが、何せ「飽き易い」と言うことにかけても世界一であるここでヒット商品を作ろうと思ったら至難の技である。
成功した一番の原因は「飲んでみたら意外とおいしかった」と言うなんとシンプルなその理由!
酵母を宇宙空間で寝かしたところで何も味が変わることはなさそうなもんじゃが、各酒蔵がそれを持ち帰り、遊び心よろしく真剣に宇宙への夢を込めて丹念に地酒を作ったところが成功の原因であったに違いない。
この土佐宇宙酒、いろんな銘柄が既に発売しているが、年越しに至っては全ての銘柄を飲み干し、宇宙への夢でも見ながら酔いつぶれてみるのも一興である。
さて、狭い北京にも住み飽きた。
来年は宇宙にでも出て見るか!!
(出えへん!出えへん!)
Posted by ファンキー末吉 at:19:07
2006年08月15日
よさこい祭りより帰国
よさこい祭りとは高知が、いや日本が世界に誇るべきお祭りである。
言うならば「リオのカーニバル」のようなものである。
にわか知識でその歴史を説明すると、もともとは高知県が徳島の阿波踊りに対抗する何かを作ろうと言う村おこしイベントの一環であったと言う。
そして武政英策さんと言う地元の音楽家に楽曲を発注した。
それが「よさこい鳴子踊り」、いわゆる「よさこい節」である。
よっちょれよ よっちょれよ
よっちょれ よちょれ・よっちょれよ
よっちょれ よちょれ・よっちょれよ
高知の城下へ 来てみいや(ソレ)
じんばも ばんばも よう踊る よう踊る
鳴子両手に よう踊る よう踊る
まあ阿波踊りの「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損」に比べるとインパクトが少ないが、この後に続く歌詞が実は絶品なのである。
土佐のー(ヨイヤサノ サノ サノ)
高知のはりまや橋で (ヨイヤサノ サノ サノ)
坊さん かんざし買うをみた(ソレ)
よさこい よさこい(ホイ ホイ)
これは実在の悲恋の物語をもとにして作られたと言う。
安政2年(1855)五台山竹林寺の脇坊、南の坊の 僧「純信」が、高知城下の鋳掛け屋の娘「お馬」を好きになり、はりまや橋のたもとの 小間物屋でかんざしを買い与えたのが、いつのまにか
「おかしなことよな はりまや橋で 坊さんかんざし 買いよった ヨサコイ ヨサコイ」
と歌で歌われ有名になってしまい、いたたまれなくなった二人は駆け落ちしたが捕らえられ、破戒と番所破りの罪で城下の三カ所でさらし者にされたのち、純信は国外へ(現愛媛県川之江)、お馬は仁淀川以西に追放されたと言う悲恋の物語である。
坊さんやって恋をする!
型破りな県民性の高知県人ならではの素敵な物語やと思わんか?
そしてそれに続く、
言うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ
潮(しお)吹く魚が 泳ぎよる
ヨサコイ ヨサコイ
と言うのも高知県人らしい。
太平洋はおまんく(お前んとこ)の池かい!
鯨はおまん(お前)が飼うちゅうがかえ!と突っ込みたくなる素敵な歌詞である。
ともあれ曲は出来た。
後は踊りを作ればいいのじゃが、思えば何かイベントを代表するようないい小道具はないものか・・・
「素手の阿波踊りに対抗してこっちは小道具使って踊ろう!」
と言うことで作られたのが「鳴子」

ワシの子供が高知の幼稚園に通っていて、その運動会でも最後には鳴子を持って踊るのだから、今では高知を代表する民族楽器なのであるが、実は打楽器奏者から言わせてもらえば、この楽器の演奏性たるや最低である。
木の板の表裏に3枚の木切れがくっついているんだから、振り上げようが振り落とそうがガチャガチャとウルサイ!
両面にあるんだから音の切れは最悪!!
さすがはスタッフが愛人とセックスしててタンスがカタカタ揺れるのを見て考えついたと言われているだけのことはある・・・(これ本当!・・・らしい・・・)
さてこうして始まったよさこい祭り、当初は「正調よさこい鳴子踊り」に合わせて決められた踊りを踊るだけの祭りだったのであるが、70年代に入ってからそれが大きく様変わりしだした。
高知が誇る伝説のアマチュアバンド「トラベリンバンド」が、トレーラーにバンドの機材を乗せ、よさこい節とは似ても似つかない奇妙な音楽を演奏しながら、踊り子達はそれに合わせて自由な振り付けで奇妙なな踊りを踊ったのである。
新しもの好きの高知の若者は狂喜乱舞し、頭の固い大人達は顔をしかめ、後にこれが「ロック」だと初めて知った。
香川県で生まれ育ったワシも、高校の頃このトラベリンバンドの噂はよく聞いた。
後にも先にも高知の大ホールを満杯にするアマチュアバンドは彼らだけであろう。
伝説によると、ベースの堀田さんのおばあさんはいわゆる「土佐のはちきん(男も顔負けの高知女性の気質をこう言う)」で、孫が学校もサボって音楽ばっかりやりゆうきと言うことで、
「おまん、何がやりたいがか?音楽やりたいがやったら音楽だけやり!他のことは金輪際せんでえい!」
と、自分のところのみかん山のみかん小屋にバンド一同を放り込み、実際バンドは朝から晩までバンドばっかりやりよったと言う話である。
かくして次の年からはトラックに演奏機材を積んでよさこいに参加するグループが続出し、委員会はその対応に右往左往することとなる。
何せトラベリンバンドはツインドラム、ツインギターのバンドである。
音量とて半端じゃない!
バカでかいトレーラーにバカでかい音響機材を積み込んで、トレーラーのステージは横からしか見えないと言うことで、踊り子に向けてトレーラーを蛇行しながら運転するんだからキチガイ沙汰である。
当時はこんなキチガイが現れようなどと考えもしなかったので、よさこい祭りの参加条件はただ「鳴子を持って踊る」だけじゃったが、今では「地方車(じかたしゃと読む)の大きさは4トンまで」、「音楽には必ずよさこい節の一節を入れること」など規則が出来ている。
さてよさこい祭りが路上ロックフェスティバルだった時代から数十年。
サンバやヒュージョン、演歌やトランスまでありとあらゆるジャンルまで時代と共に流行は変わりゆき、ここ最近は三味線や日本太鼓などを取り入れた和風モノが主流なようです。
今年も三味線の上妻宏光さんも地方車に乗ってました。
まあ去年は二井原実を送り込み、ヘビーメタルをシャウトしまくってたなんてのは時代錯誤もはなはだしい邪道中の邪道でしょう。
そして今年はサンプラザ中野による「よさこいランナー」。
私も地方車に乗ってドラムを叩きました!!

ちなみにドラムの前にある発砲スチールの箱は高知名物カツオのタタキを冷やしているわけではない。
もちろんビールである。
飲んでもすぐ汗で出て行ってしまう・・・

ベースを弾きまくる和佐田

熱唱する中野

踊る踊り子(我がチームの今年のコンセプトはチアガール)

狂喜乱舞する観客

そしてフィナーレは全員で踊り狂う

邪道万歳!である。
来年も参加したいもんだ。
photo by 「kaori@高知」
ps.よさこいランナーの音源は下記にUPしておきます。
これを聞きながら盛り上がりを想像してちょ。
http://www.funkycorp.jp/funky/Yosakoi/
Posted by ファンキー末吉 at:05:29
2004年11月30日
成田の風呂にて・・・またアメリカに飛ぶアホな生活・・・
成田の風呂にて・・・
そうそう、あまり知られてないが、成田空港には風呂があるのじゃよ。
チェックインしてイミグレーションも通ったその向こうだから知っている人は少ないが、
リラクゼイションルームたら何たら書いてあって、シャワールームから仮眠室まである。
一度、日本から北京に向かう時、身体が臭くてどうしようもないので(毎度のことじゃが)、
時間ぎりぎりではあるがここでシャワーを浴びてから飛行機に乗ったことがある。
30分500円で、まあいわゆる往年のコインシャワーみたいなもんじゃが、
ここで仮眠室を取って仮眠したり、そんなぁワシら2時間前しかチェックイン出来ないのに
どこの誰がそんなもん使うんかと思ってたら、
よく考えたらトランジットで時間が余った人が使うのね・・・
そうなのじゃ、ワシは今回は帰国のためでもなく、出国のためでもなく、
北京からアメリカへのトランジットのために成田にいる。
だから今回はこのシャワールームのバスタブにお湯を入れ、
こうしてゆっくり漬かりながら考え事をしていると言うわけだ。
ここ数ヶ月はほんま寝るヒマもないほど忙しかったが、
それも本当は昨日で全部終わるはずだった。
日本から米倉利紀と言う歌手が北京に来て、陳琳と一緒にライブをやると言うので、
ワシはそのバックバンドのリーダーとして、ライブアレンジをして全ての譜面を起こし、
メンバーを集め、リハを数日やって歌手が来るまで万全の体制で待ち、
歌手よりも早く現場に入り、歌手よりも遅く現場を後にする。
これ、ミュージシャンの生きる様である。
大変だった零点(ゼロポイント)のレコーディングはワシの担当部分は全て終わり、
予算削減のためなのか何なのか、キーボードの部分は例の新しいシステム
(関連ネタ:http://www.funkycorp.jp/funky/ML/102.html)
を使ってワシ自身で全部作ることになってまた数日徹夜した。
何せ何万色も音色があるのである。1音色選ぶだけで半日かかってしまうのである・・・
その後は米倉利紀の譜面を書く。
陳琳とのクリスマスソングのデュエットもあるのでそのアレンジもする。
リハが始まるまでには終わらせねばならないので、
言うならばリハが始まりさえすれば後はドラムを叩くだけ、
つまりワシの仕事はほとんど終わったも同然である。
ええ生活じゃ。スティック持ってリハ会場に行き、ドラムだけ叩いて帰って来る・・・
昼間リハをやりつつ、
ちと心配なので帰りには零点(ゼロポイント)の歌入れにも顔を出す。
でもまあワシに何が出来るわけでもないから遊んでるだけじゃが・・・
「ファンキー・・・TDどうしようなあ・・・」
相談を受けるが、まあ今回は予算もないと言うし、
国内のエンジニアを数人使ってやると言うことになっているのでそれも「お任せ」である。
バブルの真っ只中の中国、
最近は台湾からも著名なミュージシャンやエンジニアが移住して来ているので
人材には困らないはずである。
「優秀なエンジニアはいることはいるが、
やっぱ前回のウェイン・デイヴィスにはかなわんのう・・・」
メンバーも懐かしそうに言う・・・
「でも今回は予算もないしのう・・・」
「ヒマやったらまけてくれるかも知れんし、聞いてみよか?」
口が滑ってそう言ったがためにこうなってしまった。
1曲だけ頼もうか、いや、そしたら他の曲とのサウンドの差がつきすぎる。
やるんなら全曲。やらんのなら1曲もやらん!
歌のMixのディレクションはどうする?
会社は移籍したばっかりやから絶対自分たちでやりたがるぞ。
予算はどうする。ディスカウントしてくれたと言うても国内の倍はかかるぞ・・・
それから数日、彼らと会社との間ですったもんだもめることとなるが、
メンバーもこれ以上予算を使いたくないと言う雰囲気、
まあ国内でやろうじゃないのと決まりかけていたその中、
とあるメンバーが突然机を叩いて立ち上がった。
「うだうだ言うな!ほな金は全部俺が個人で出す!そしたら文句ないじゃろ!
全曲アメリカでやる!それでええな!」
侍である・・・いや、立派なアホである・・・
そしてワシのアメリカ行きが決まった。
何せ今からデータを全部整理してFTPにUPしてアメリカでダウンロードするより、
ワシが今からハードディスクを担いでアメリカに飛んだ方が早いのである。
ひえぇーーーっとばかり、さっそくチケットをブッキングする。
「明後日のLA行き1枚お願いします」
っつうんだからチケット会社もびっくりする。
「ビザの方は問題ありませんよね」
と聞かれ、「日本人はビザ要りまへんがな」と言おうとして思い出した。
ワシのパスポートは北京で更新し、北京の日本大使館で発行したので、
これは日本で発行したのと違い、機械で読み取れず、
テロ対策でやっきなアメリカにこのパスポートで行くのにはビザが必要なのである。
大使館に問い合わせる。
「今年の10月以降、もしこのパスポートでまだ1度もアメリカに行ってないないなら、
今回に限りビザなしでアメリカに行けます。
入国の時、スタンプを押されてしまうので、そうしたら次回からはビザが必要です」
とのことでとりあえず胸をなでおろすが、
世界中どこにでも行けるはずの日本のパスポートがこれでは不便すぎる。
次に日本に行ったら是非日本で再発行することにしよう。
チケットもビザも問題ないとしたら、後はワシの仕事のスケジュールである。
12月6日に、また許魏(シューウェイ)と言うシンガーのバックがあるので、
リハの始まる3日までに戻ってくればよいが、
問題はワシがまたその譜面を書かねばならないことである。
徹夜で譜面書いて、そのまま米倉利紀のリハに行く。
もう翌日はライブと言うその日、リハが終わったらそのまま会場にてサウンドチェック、
夜中までそれをやって翌日は朝8時からリハと言うので、
こりゃヘタしたら帰れまいと言うことで着替えや荷物等を用意する。
一応そのままアメリカ行けるように荷物を用意してゆくところがワシであるが、
案の定それが役に立つこととなる。
サウンドチェック終了後、そのまま会場の近くでホテルを探す。
シャワーも浴びず、4時間だけ仮眠を取ってまた会場へ・・・
通訳代わりにバンドの控え室ではなく、米倉利紀のゲスト楽屋に詰めてろと言われるが、
このソファーが気持ちよくて、通訳もせず、つい爆睡してしまう・・・
ライブは無事に終わり、機材等を片付けて打ち上げに向かうが、
その中でワシの電話はひっきりなしに鳴る。
零点(ゼロポイント)が最終的なデータの整理をしているのである。
打ち上げ終了後、そのままスタジオに行き、
朝ぎりぎりまでデータを整理し、出来たデータを持ってそのまま飛行場に行き、
そして成田で4時間トランジット・・・
いい湯だな、ははん・・・
風呂に入るのも数日振りじゃが、湯船に入るのは数週間ぶり、
4時間もあればよよいのよい。
いろいろ考えるにアメリカでの支払いはどうする?
見れば日本円がこんなに高いではないか・・・
スタジオで零点(ゼロポイント)にどさっと人民元の札束を渡されるが、
こんなもん持って税関通るわけにもいかんし、
何より中国では闇両替じゃないとドルに換えられん。
今は成田やアメリカでも換えられるがレートが安い。
いつものように日本から美人秘書に送金させても手数料が結構高い。
そうか!4時間もあったら外に出て、
つまり日本に入国して、キャッシュカードでありったけの現金を引き出し、
それをドルに換えて持って行けば一番ええんとちゃうのん!
風呂から飛び出てイミグレーションに並ぶ。
外に出たら、と言うより入国したらどこにキャッシュサービスがあるかは覚えている。
いつも着いたら日本円おろしているからである。
ありったけの額をおろそうとして愕然となる・・・
「残高4700円」・・・
これが45歳の一家の主の口座の残高か・・・
日本の携帯を取り出して電源を入れ、片っ端から電話する。
「誰か今から成田に50万ほど持って来てくれんか・・・」
誰も相手にしてくれないのでコンビニで歯ブラシと髭剃りを買って、また中に入る。
・・・と言うよりもう一度出国する。
また同じシャワールームに戻って来て風呂にお湯を入れ、
「いい湯だな、ははん・・・」
しまったぁ・・・入浴剤もついでに買って来るんじゃったぁ・・・
ファンキー末吉
Posted by ファンキー末吉 at:15:35
2004年03月25日
おかしいぞ!ニッポン!
数ヶ月ぶりに日本に帰ってきて、
T銀行をインターネットバンキング出来るようにしようと登録していたがまるで使えない。
「どうなっとるんですか」
帰国したついでに銀行に電話で問い合わせるが答えてくれない。
「お届けの住所をお願いします」
ワシ・・・もうどの住所かわからんがな・・・
「どの住所ですかねえ・・・品川区小山?それとも荏原?それとも東五反田?」
歴代の住所をうろ覚えで言うのだが、
ちょっとでも間違っているとそれで本人認証が出来ないことになり話を聞いてくれない。
「登録の電話番号をどうぞ」
宿無し生活数年、電話なんてとっくに解約し、歴代の電話番号などもう覚えていない。
「お電話番号がなければご本人様だと認証出来ませんのでお答えできません」
お前はコンピュータか!
高知に帰ったら厳格な母Kが、
「あんた生命保険でまた借金したん?」
と鬼のような形相で迫ってくる。
見るとN生命から借入額返済の振込用紙が届いている。名義はワシ名義である。
「あのう・・・借りた覚えがない借入金なんですけど・・・」
N生命の代表番号にかけると本社につながる。
「ご本人様で御座いますか?」
またここで面倒な本人認証が始まる。
「ワシ・・・そもそも生命保険かけた覚えがないんですけど・・・」
調べてみると母がワシ名義でかけているのである。
「ほなおふくろ、あんた電話しなよ」
めんどくさいので受話器を渡すと、
「ご本人様じゃないとお答えするわけにいきません」
と来る。
「ごちゃごちゃ言うとったら解約するぞ!責任者出せ!」
調べて見るとこれは、ワシの子供たちのための保険で、
幼稚園に入学したり、小学校に入学したりしたらお祝い金が出ると言う。
母は送られてきたキャッシュカードでそのお祝い金を引き出したところ、
それは実はその生命保険で借り入れできるローンカードであったのだ。
「そんなもんうちのおかんが知るかいな!わかるわけないやないん!
んなもんワシは借金とは認めんぞ!お祝い金を引き出したんじゃ!
そのように処理しとけ!」
頭に来てそう言うが、電話の向うでは機械のように冷静に答えて来る。
「いえ、確かにローンカードでご自分でお借り入れしてますので、
これは法律上でもお借り入れとなり、ご返済して頂かなければなりません」
「んなもん知るかい!
返して欲しかったらそのお祝い金とやらを先に払ってそれで相殺せい!」
こちらが熱くなっても向うはいつまでも冷静である。
「ではお祝い金のお受け取りをなさると言うことですね。
それでは手続きをしますが、それは本人様でないと無理ですがよろしいでしょうか」
ワシ・・・それほどヒマじゃないんですけど・・・
「あのう・・・母が私名義でかけたんで母が手続きするでええんでないでしょうか・・・」
「いえ、ご本人様でないとお受けできないことになっております」
「かけた本人は母なんですけど・・・」
「名義人は覚様になってますので」
「でもそちらとしてはどっちが手続きしたかはわからんでしょ」
「いえ、ご本人様がいらっしゃらないともうお聞きしましたので
もう書類をお送りするわけにはいきません」
お前は中国のお役所か!
沖縄ライブのため羽田空港集合。
BOW WOWとXYZのメンバー、そして家族、スタッフ一同総勢16人の大所帯である。
見れば荷物を預けているスタッフが何やらもめている。
「重量オーバーだそうなんです。16万も超過料金取られるとか・・・」
んなもん、行くだけで赤字やがな!
「ちょっとあんた!」
よせばいいのにまたワシがしゃしゃり出てゆく。
「同じメンバーで札幌行った時は同じ機材で全然オーバーせんかったのに何でやねん!」
受付のスタッフは非常に冷静である。
「はい、他の旅行会社様の重量と私どもとは違いますから」
んなわけあるかい!日本の2大航空会社の手荷物制限重量がそんなに違うんかい!
「ほなしゃーない!小さいやつは手荷物で持って入りますわ」
てきぱきと指示をするワシを制止する受付のスタッフ。
「手荷物持込はひとつまでとなってますので・・・」
「ひとりひとつまででしょ。ほな16人やから16個降ろしまひょ」
「それは無理です。お客様は既に一個バッグを背中に背負ってらっしゃいますでしょ。
お一人様ひとつまでですのでもう持ち込むことは出来ません」
んなこと言うたっていつも持ち込んでますがな・・・
そう言えばある時、北京に運ぶ荷物が重量オーバーで、
中の小荷物を取り出そうとした時同じことを言われた。
「はいはいそうですか」
とばかりワシは荷物を引き上げ、外で中の小荷物を引っ張り出し、
別のカウンターでチェックイン。
見事に重量パス。しかも誰も手荷物がふたつだとか咎めない。
現実ハンドバッグやポシェットとか言い出すとほとんどの人が手荷物2個以上なので、
そう言う規則はあってもそれを誰もチェックしないのである。
「なあ、お姉さん。規則はわかる。
ほな今から自分の今の手荷物全部捨てるわ。持って入らへん。
ほんまやで。持って入りません!ほなこの荷物、持ち込み荷物に出来ますな」
ああ言えばこう言う。中国語で「上に政策あれば下に対策あり」。
「手荷物にも重量制限がありますからお持込は出来ません」
結局サブのギターとかスネアとかを下ろして荷物を減らす。
ブーブー言う係員の制止を振り払い、小さい荷物を手荷物で持ち込む。
それでも重量オーバーで10万円取られているのである。
沖縄の空港について係員に噛み付いた。
「ちょっと見て下さい。これが16人で10万円もオーバーしてる荷物ですか!」
重量を測りなおしてもらう。
見事に重量パス。
10万円返せーーーー!!!
もうこんな国イヤ!
ファンキー末吉
Posted by ファンキー末吉 at:15:55
2002年02月07日
サウナでテレビはアカンわぁ・・・死ぬかと思た・・・
大阪に来ている。
寝床はいつもように守口の大村亭である。
夕べは京都からの帰りに天下一品(てんいち)のラーメン。
一昨日はホルモンの「へんこつや」
昼間はお好み焼き、と胃が休まる暇もない。
デラックス銭湯「摂津の湯」で体重を量ったら、確実に1kg太っていた。
こっちに来ると風呂三昧である。
昨日も朝一番で「摂津の湯」に行き、
レコーディングの合間ではスタジオ近くの温泉銭湯に行っている。
今回はその銭湯でのお話。
もともと今回の関西入りはふたつの目的がある。
ひとつは16日にバナナホールで行われるXYZレコード祭りのプロモーション。
もうひとつは「三井はんと大村はん」のレコーディング。
大の阪神ファンの三井はんのたっての願いにより、
4月からの開幕に向けて阪神の応援歌を発売するのだ。
プロモーションの方は朝から晩までラジオ等メディアで告知。
今日も午後から三井はんの持つKBS京都の生放送で喋りまくる。
「一応ワシ、街を歩けば
中国語の先生や言うてジジババに囲まれる有名人でっせ。
それをマネージャーもつけず、
XYZのTDのスタジオから直で夜行バスに放り込まれ、
自力で放送局まで行ってこうしてプロモーションし、
ついでにこうしてXYZの新曲かけさせてもろて、
あ、ええ曲でっしゃろ、これ。すんごいバンドでっしゃろ、ほんま。
今度大阪でライブやりまっせ!
16日のバナナホール、みなさん来ておくんなはれや。
こうして夜行バスで来て、こうしてプロモーションさせてもろて、
こうしてラジオ聞いてくれてはる人が6人、
6人の人がチケット買うてくれて初めて、この夜行バスの往復運賃が出まんねん。
そうでんねん、うちの会社。
お前もええ年こいた大人なんやからひとりで行けるやろ、
ひとりで行ってチケット売って、そいでその金で帰って来い!言いまんねん。
今からチケット買うてくれなワシ、もう帰りのチケット買えまへんねん。
16日バナナホールでっせ。
XYZレコードのいろんなアーティスト出まっせ。
XYZ、五星旗、ファンキー松田、秋人、がっしゃん、
後藤ゆうぞう、三井はんと大村はん、
四国からはROCOCOっつうアイドルまで来ますがな。
何、ジャンルがむちゃくちゃや?
そうでんねん。うちのレーベル、むちゃくちゃでんねん。音楽ポリシーなし!
共通点はみんなワシの友達。ツレっつうだけや。
おもろそうやなあ、俺のCDも出してくれや。ほなやろか。それだけでんがな。
そのおかげでこうして夜行バス乗せられて大阪来てます。は、は、は。
チケット買うておくんなはれや」
もうワシ、プロモーションマシンである。
どの番組に出ても、それがどんな番組であろうと言うことは同じ。
特に生放送やと少しでも長く居座ったが勝ちなので、
アナウンサーに喋る隙間も与えまへん。
でも頭ん中ではちゃんと計算してて、
XYZのシングル、「PURE」だけは回す時間は残しとくんですな。
そしたらお別れに1コーラスだけでもかかりまっしゃろ。
その後、番組の後ろの何のコーナー潰れてもワシには関係おまへん。
宣伝出来て、シングル回せたらそれでええんです。
これ、すなわち関西式プロモーション。
こうして6枚チケット売ったらもとが取れると言いながら、
そのついでにちゃっかりレコーディングまでやる。
これ、すなわちXYZ商法。
スタジオは京都のタウンハウススタジオ。
朝からデラックス銭湯行って、昼からわさわさ集まってみると、
全然関係ないのに後藤ゆうぞうはんが来ている。
「久しぶりでんなあ、メシでも食いに行きます?」
おいおい、レコーディングは?! である。
これ、中国と同じ。
昼からビール飲みながら、
「そうでっか。CD出すんでっか。
元ネーネーズの人たちと。そりゃよろしゅおまんなあ」
うちのレーベルは別に誰とも契約書を交わしたりしてるわけではないので、
別に1枚うちで出して、次にどこから出そうが勝手である。
ワシ自身が昔、大レコード会社との契約でもめて辛い思いをしたので、
他の人に同じことをやりたくない。それだけである。
こうして楽しく酒が飲めればそれでいい。
スタジオではひとり、大村はんが一生懸命ギターを録音している。
クリックなどと合わせてちゃんと録ったことがないので苦労している。
「機械がワシのプレイに合わせてくれんから大変でんねん」
お前が合わせよ!!
スタジオに戻って酒臭い息で、
「ほな仮歌入れまひょか」
あの世界の二井原実に、
「別に音程が悪いわけでもリズムが悪いわけでもないんやけど、
ファンキーの歌は何か・・・歌やないなあ・・・」
と言わしめさせた噂の仮歌ボイスである。
とっとと北京に帰っても残りの作業がやりやすいように、
なるだけ完成形が見えやすいように効果音まで入れておく。
「仮アナウンス入れます。別チャンネル用意して下さい。ほな行きまっせ」
天下の阪神タイガースである。
実際に使われた名場面のアナウンスの使用許可が取れるかどうかわからない。
いざとなったらアナウンスもそれらしく録音する必要があるので、
仮にこんな感じだと入れておくのだ。
猛虎会の方々にも来てもらって歓声も入れてもらおうと思っているので、
ひとり二役でアナウンスと歓声と両方入れる。
打ったぁ!大きい!ドンドンドン!
太鼓の音まで口で入れる。
「おもろいやないかい!」
いつの間にやらそれが本チャンになってしまった。
ええんかい!
あっと言う間に1曲録り終わり、
カップリングの「加古川の男 第31話〜タイガース編〜」
1作目に第4話まで収録したギャグソングの続編である。
「こんなん自分らで勝手に録っとけ!」とばかりさっさと銭湯に繰り出す。
「いやー、銭湯通って40数年!銭湯やったら俺にまかせなはれ!」
わけのわからんこと言いながら後藤ゆうぞうはんもついて来る。
ゆうぞうはんは京都の風呂なしのアパートを、ついには全部屋借り切って、
家族4人と風呂なしの一軒家に住んでいる。
これ、ある種の贅沢!
スタジオの近くの温泉銭湯は非常にいかした銭湯で、
銭湯通って40数年のゆうぞうはんも、銭湯フェチの末吉も大満足。
サウナもついて、これで350円なのが申し分ない。
大村はんがいたら洗髪料の10円を払うか払わないかで
またひとギャグかますのだが、
今日はゆうぞうはんの妙なうんちくだけでさっさと入浴。
ワシはだいたい真っ先にサウナに入る。
乾いた肌がだんだん汗で湿ってゆく瞬間を楽しみたいからである。
風呂に先に入るとこの瞬間は味わえない。
サウナにはだいたいテレビがあって、
そこでサスペンスとか、先日など「名探偵コナン」をやっていて最悪だった。
ちょっと目を離すとトリックとかを見逃してしまうので、
ふーふー言いながらCMまで我慢せねばならない。
ワシ、風呂は大好きじゃがこらえ性がないのじゃよ・・・
今回は「見せます。芸能界のウラのウラ!」とか言う番組で、
岩井小百合がどうやってトップアイドルから転落したかを説明していた。
自分の芸能人生を折れ線グラフにして説明させるのである。
どん底のところを解説しているところで、
ひな壇で一緒に笑うゲストの人々の顔が抜かれる。
「マー坊さんやん!」
元クリスタルキングのハイトーンボーカル、田中昌之さんが出演している。
元たのきんトリオのよっちゃんこと野村義男と、
自称他称「男前」ことバーベQ和佐田とともに
「あ°しすたー(あにまるシスター)」と言うバンドを作って
XYZレコードからCDを出した。
ひょっとしてそのCDの宣伝するんとちゃうん!ゴールデンで・・・
XYZレコードとしては画期的である。
いきなりサウナから出れなくなった。
「さてゲストの方々にも自分の芸能人生を折れ線グラフにして頂きました。
さてこのグラフはどなたの書いたグラフでしょう!」
折れ線グラフのアップ。爆笑するゲストの顔が抜かれてCM・・・
ぶはー!・・・
息も絶え絶えに水風呂に飛び込む。
だいたいにしてそのようなゲストばかりなのでみんなどん底がある。
次はマー坊さんかと思いながらまたサウナに飛び込んでテレビにかじり付く。
「この方でした。アラジンの高原兄さん!」
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
爆風スランプの前身バンド「爆風銃(バップガン)」で世界歌謡祭に出た時、
その年のグランプリを取ったのがアラジンの「完全無欠のロックンローラー」
ちなみにその時の司会は、坂本久とジュディーオングであった。
懐かしい・・・
思えばあそこでワシらがグランプリ取ってたら、
ワシがあそこに座ってて高原兄がサウナでそれを見てたんか・・・
思い出に浸っててマー坊さんを見逃したらことである。
XYZレコードの宣伝をゴールデンでやることなど滅多にありえん快挙である。
また思い切ってサウナに飛び込んでテレビにかじり付く。
「さて今度の折れ線グラフはどの方のでしょう!」
司会者が叫ぶ。ゲストの笑い顔が抜かれる。
CM!
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
しかしテレビと言うのはまことにうまく作られている。
いいところで必ずCMが入り、
必ず次を見たくなるのである。
決死の思いでまたサウナに飛び込んでテレビにかじり付く。
見逃したらことなので、
わざわざCMの終り頃に早めにサウナに戻って来ているのに、
またテレビと言うのはCM前と同じことを
必ずCM明けにもダイジェストで流すのである。
「それはええから早う次に行かんかい!」
遠赤外線のおかげで、いくら水風呂に入ろうが身体は芯からぽかぽか。
サウナ室にちょっと入ればすぐ汗だくである。
「この折れ線グラフを書いてくれた方はこの方です。堀江淳さん!」
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
堀江淳はええっつうねん。マー坊さんはまだかっつう話や・・・
気になるのでまたサウナ室に戻ってテレビにかじり付く。
画面ではマー坊さんが
「アラジンと堀江くんと俺とで一発屋トリオ言われてるんですよ」
一発屋はええから早うマー坊さん行かんかい!
「これに円広志が加われば・・・」
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
円広志はええっつうねん!
そう言えばこの辺のヤマハの方々には昔可愛がってもらった。
当時サラリーマンが40万借金すると首を吊らねばならないと言われてた頃、
爆風スランプがまだデビューする前、給料は2万円。
すでに70万サラ金から借金してたワシは、
クリスタルキングに招かれて1本いくらでドラムを叩き、
家もなく、スタジオに住み込みで、
クリキンのメンバーやこの辺のヤマハ所属の方々に可愛がられ、
飯を食わせて頂いて酒を奢って頂いて今がある。
飛鳥了さんの家で作って頂いた冷凍チャーハンの味は忘れはしない。
しかし思い出に浸っていてマー坊さんの出番を見逃してしまってはことである。
また死ぬ思いでサウナに飛び込んでテレビにかじり付く。
そしてついにやって来たマー坊さんの出番!
果たしてゴールデンタイムにあにまるのCDの宣伝は出来るのか!
CM!
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
後藤ゆうぞうはんが心配して覗き込む。
「ファンキーはん、ほんまサウナ好きやねんなあ・・・大丈夫でっか」
大丈夫ちゃいまんねん!でもこれ見逃したら後悔するからな。
あ、先に出まっか。もうちょっと、もうちょっと待ってておくんなはれ。
死ぬ思いでまたサウナに飛び込んでふらふらしながらテレビにかじり付く。
栄光の大都会の時代の映像。
このしばらく後にワシが参加して、「北斗の拳」とかはワシが叩いている。
しかしテレビはうまいこと作るもんで、その後すぐに折れ線グラフはどん底である。
「その直後に田中昌之さんをとんでもない不幸が襲った!」
CM!
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
また死ぬ思いでサウナに戻ってテレビにかじり付く。
「野球のボールが喉を直撃し、
あのハイトーンボイスが出なくなってしまったのです」
わかったわかった。それは何回も本人から飲み会で聞いた。
原因も不明なんやな。もともと暗示にかかりやすい人やしね。
とあるテレビ番組では「俺が催眠術かかるわけないやないかい!」言うて、
実は一番かかってて受け取ってたもんねえ。
「いや、俺はかかってない!催眠術師が”これはコーヒーです”言うても、
ちゃんと”これはジュースや”言うのはわかっとる。
飲んでもちゃんと”これはジュースや”言う味しとる。
でも”これは何ですか”言われたら、”ジュースや”言うて答えようと思うても、
”コーヒーです”言うてしまうんや。
味はジュースや思うてるんやから、俺は別に催眠術にかかっとるわけやない」
マー坊さん、それを「かかっとる」言うんですわ。
そんな昔話の回想はええ!
画面ではマー坊さんの別録インタビューが流されている。
そして涙・・・
テレビはほんまにうまいこと作るわ・・・
ワシ、もらい泣きしようにも、もう水分の欠けらもありまへん!
CM!
ぶはー!・・・
息も絶え絶えにまた水風呂に飛び込む。
そしてまた死ぬ思いでサウナに・・・
ゆうぞうはんが心配して覗きに来る。
「ファンキーはん、ほんまサウナ好きやねんなあ・・・大丈夫でっか」
大丈夫ちゃいます!
もう死にます・・・
やっと現在の活動の紹介となり、
ついにあにまるのCDジャケットが!
ワシ、もうクラクラです。
そのまま画面は田中昌之コーナーを〆るわけでもなく
だらだらと「情報屋ジミー」と言うコーナーにそのまま突入。
おいおい、これドラムのジミちゃんのこととちゃうやろなあ・・・
「ドラムのジミ橋詰、実はウラの職業は情報屋」
っつうんやったらオイシイのになあ・・・
しかしもう体力は限界!
確認する体力もなく、水風呂に飛び込んで気絶寸前である。
ゆうぞうはんが心配して覗きに来る。
「ファンキーはん、ほんまサウナ好きやねんなあ・・・
三井がスタジオで待ちくたびれて探してますで」
わかりました。もう出ましょう!
結局、温泉銭湯で温泉に入らず、サウナと水風呂だけであった。
ジミちゃんが情報屋やったんかなあ・・・
んなわけないか・・・
ファンキー末吉
Posted by ファンキー末吉 at:08:01
2002年01月17日
キャバクラは楽し・・・
キャバクラは楽し・・・
日本に帰ってXYZの3rdアルバムをレコーディングしていた。
いやー今度のはすんごいのになりそうじゃ・・・
ある曲などをとれば「こりゃすんごいPOPなアルバムやで」と思うし、
ある曲などは「コミックソングやね・・・」二井原のアホ炸裂である。
相変わらず橘高の曲では2バスで足が釣り、
よせばいいのにまた自分でも早い2バス曲書いて、
「ライブで叩けるんやろか・・・」と自分の首を締める。
「そうそう、人間いつポックリ逝くやらわからんからね、
毎日を悔いなく生きていかなアカンよ」
そう自分で自分に言い訳して、
一度行って見たかった近所のキャバクラについに足を運ぶことにした。
キャバクラとは、名前は淫靡だがその実、極めて健全な、
「お触り」も「持ち帰り」もNGの単なる女の子とお話するだけのスナックである。
北京のカラオケの方がよほどアブナイ・・・
ドラム部屋の主、南波を誘う。
「末吉さん・・・僕、勤めてた牛タン屋が狂牛病の煽りを受けて潰れちゃったんで・・・
いわゆる無職なんで金がないんですぅ・・・」
「そうか、そんなら明日から
XYZのレコーディングするために必要なコンピュータを自作しろ。
安く出来たらその差額を工賃としてやろう」
今日び、プロトゥールスが動く高スペックのパソコンが6万円で自作出来るのだ。
これで俺は北京と東京に互換性を持つシステムを確立出来る。
「末吉さん・・・やっと出来ました・・・」
朝から続けて夕方頃やっとパソコンが完成した。
心なしか南波の腰が落ち着かない。
「よし!じゃあ繰り出すかぁ!」
ドラム部屋から歩いて20秒。
こんなところにキャバクラを作られたのでは迷惑な話である・・・
「この店のシステムはどんななんですか?」
金のない南波はチェックに余念がない。
「40分までなら飲み放題で4000円です」
ほう・・・飲み放題ねぇ・・・
末吉と南波に飲み放題は冒険じゃろう・・・
女の子がつく。
「お仕事とか何やってるんですか?」
お決まりのこの会話が嫌いで、
女の子のつく店と散髪屋には行きたくなかった俺である。
どうも何か自分のこの仕事を餌にモテようとか、
それが何かコソクに思えて、
また芸能人として扱われるのも嫌いでどうしても抵抗があったのだが、
最近はそれなしで若い娘に喜んでもらえる会話も出来るわけはない
と言う現実もよくわかった。
昔、某有名ギタリストに
「Oさん、ファンに手ぇ出すのはいくらなんでも御法度でしょう・・・」
と咎めたら
「末吉ぃ、ワシらみたいのが女にモテようと思ったらそれ以外に何がある!」
と反撃されたことがある。
いいのよ、いいのよ。
俺は20数年ストイックに生きて、
昔は付き合う女性まで爆風を知らない娘しか選ばなかった。
今こそ自分を解き放って真っ先に身分を明かすのじゃ。
それでもうモテモテ(死語)じゃぁ!
「爆風スランプのドラマーです!」
胸を張って言ったこの言葉・・・
なかなか緊張する・・・
「そうですか・・・大変ですねえ・・・」
意外にも普通にあしらう女の子に南波が質問する。
「お姉さん、爆風スランプって何なのか知ってる?」
早い話、今日びの若い娘は爆風スランプなど知らないのである。
ラルク・アン・シェルだとでも言えばよかった・・・
隣の女の子がそっと耳打ちし、
「そう言えば私のお母さんが大好きでした」
などとわけのわからないフォローを入れながら酒を注ぐ。
いいのよ、いいのよ。
飲みに来たんだから飲み放題で元取れればそれでいいのっ!
いきなりペースが上がる俺。
財布を心配する南波。
それでもこのつわもの達は、
40分もたたないうちにふたりですでにボトル1本は空けている。
すでにベロンベロンである。
「延長なさいますか?」
店長が聞きに来る。
「ファンキーさんとは一度面識があるんですよ」
いきなりキャバクラの店長に言われてもなあ・・・
「私、昔蒲田でJazzクラブやってたんです。
一度Jazzバンドで出ていただいて・・・」
「ああ、あの時の!・・・」
昔話で花が咲き、いつの間にやら延長する俺・・・
ついた女の子のひとりが地元の人間で、
共通の友人がいたことが発覚!
さらに場は盛り上がるが、
残念ながらその娘はすぐに別のテーブルへ・・・
「ちょっとぉ!店長さん、話の途中だよ。そりゃないんじゃないのぉ?」
「じゃあ指名なさいますか?」
そして指名料まで取られてしまう俺。
「お時間ですが、もう1回延長なさいますか?」
更にもう一度延長してしまう俺・・・
「3万4千円になります」
ニコニコと伝票を持って来る店長。
青ざめる南波。
「ま、楽しかったからいいじゃん。またパソコン作ればぁ」
慰める俺・・・
かくして翌日からXYZのレコーディングが始まった。
話題はキャバクラの話題ばかりである。
二日酔いのまままったりとドラムを叩いてたら携帯にメールが入った。
「キャバクラ嬢からメールが来たぁ!」
スタジオ中大騒ぎである。
いきなりテンポの速い曲を叩き始める俺・・・
「それって営業メールって言うんですよ・・・」
冷ややかな橘高・・・
こうしてドラム録りは無事終わり、
最終日にはまたキャバクラに行ってしまった俺である。
金がないと言いながらまたついて来る南波・・・
「女の子の盛り上げ方がなってない!」
とダメ出しをするラジオディレクター・・・
男はみんなアホばっかである。
そして今は北京。
キャバクラ嬢からのメールはまだ届く・・・
うん、メールだけならタダである。
しばらく日本に帰るのはやめとこう・・・
ファンキー末吉
Posted by ファンキー末吉 at:19:40
2001年12月26日
大槻ケンヂと対バン。刺激されたわぁ・・・
長年使っていたmicrasと言うサーバーが突然ダウンした。
まる1日以上1本もMailが来ないなんておかしいと思ってたのじゃ。
大変じゃ、大変じゃ。
大急ぎで新しいアドレスを立ち上げないとマズイ!
全ての仕事をMailでやってる俺としては、
サーバーがパンクしたのでは全てが止まってしまうのじゃ・・・
と言うわけでクリスマスじゅうかかってやっと引越しが終わった。
新しいアドレスは
funky@funkycorp.jp
HPアドレスは
funkycorp.jp/funky
である。(ただ今引越し中)
みなさん、アドレス変更してね。
さてこれをパソコンに入っているアドレス全てに送信せねばならない。
数えて見たらゆうに1200を超えている。
何せもらったファンメールや、
懐かしい友人や同窓生等のメールまで全部とっといてるんだから凄い!
半日かかってやっと全部に送ったら、いろんな奴もいるもんである。
「あなたは誰ですか?」と言う返信も来た。
「お前が誰じゃ!」と言う感じである。
どうせファンだとか言いつつ俺にMailを送って忘れてしまっているのだろう。
嬉しいのは、滅多に連絡を取らない友人等から
これをきっかけに連絡が来たりすることである。
特に嬉しかったのが香港のJazzギタリスト、ユージン・パオである。
彼女(かな?奥さんかな?)と一緒に写ったX'masカードが添付されている。
五星旗の2ndでギターソロを弾いてもらって以来である。
懐かしいなあ・・・
こいつ、腕は最高なんだけど、ルックスがねえ・・・
それがこんな可愛い彼女をねえ・・・
ちょっとインドネシア系のとっても可愛い彼女と、
ニヤけることもなく、相変わらず無愛想に一緒に突っ立ってる彼と
またセッションしたくなった。
北京でいると俺はどちらかと言うとスタジオミュージシャンである。
1週間に1曲ドラムを叩けばその週は食っていけ、
1ヶ月に1曲アレンジすればその月は食っていける。
しかしセッションはと言うとなかなかそんな場はない。
最近はいろんなバーに箱バンが入っているが、
どれも酔客相手の中国歌謡か洋楽ポップスばっかでJazzと言えばごく少数である。
ロックはと言うとパンクスやハードコアバンドが
アンダーグラウンドに活動している。
ハードロックなど皆無である。
来日してXYZのツアーにまわる。
俺はもはや外タレである。
昨日は大槻ケンヂ率いる特撮と一緒にやった。
前回も東京でご一緒させてもらったが、
自分らの出番が終わったら俺はJOCとの打ち合わせに出てしまい、
結局彼らのステージを見ることが出来なかった。
何でJOCことオリンピック委員会と打ち合わせをせねばならないかと言うと、
何やら北京オリンピックに向けて、
体操、新体操、スケート、シンクロナイズドスイミング
の強化合宿でドラムを叩いて欲しいと言うのだ。
この4種目だけ音楽と一緒にやるスポーツなのだが、
そのリズム感たるや最悪だと言うのだ。
「どう最悪なんですか?」
と聞くと、
「私の手拍子に合わせて、この裏で叩いて下さい」
と言うと、
真面目そうな顔をして、リズムの裏を取るの