ファンキー末吉プロフィール

あの爆風スランプのドラマーがどうして中国に?
いろんな人がそう聞いて来る。
2000年に正式に北京に引っ越して来て、こちらでスタジオミュージシャンとして暮らしているうちに、どうしてなのかその理由がはっきりと見えて来た。

自分の育った四国の片田舎では、当時レコード店にもRockやJazzなどほとんど置いてなかった。
苦労して手に入れたレコードを聞いた時のあの感激はいまだに忘れもしない。
「このスピーカーの向こうの人たちは人間ではない、神様なんだ!」
そう思った。
そして「自分もそんな神様になりたい!」
それがいわゆる「夢」と言うものだと当時は知らなかった。

NYに行ってJazzをやるか、東京に行ってRockをやるか、人生の最も大きい選択の時、結局は東京に行って成功して今がある。
しかし自分は決して「街を歩けば振り返られる有名人」になりたかったわけではない。
自分は何になりたかったのか?・・・

それがここ、北京に来てからはっきりわかった。
日本では「爆風の人」、しかしこちらでは「ドラムのうまい人」なのである。
数々の名盤のドラムを叩き、それを聞いたいろんな若者があの時の俺と同じように目を光らせて言う。
「この人は人間じゃない!」
神様にはまだほど遠いが、この生活は自分が昔「夢」みたそのものであることを自覚した。

だから死ぬ時は出来れば・・・ここ北京で死にたいなぁ・・・

著者・・・「変人」である。

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2009年02月28日

二井原スタジオ

昨日は朝からXYZの新曲のレコーディングをしていた。
橘高作の超速ヘビーメタル。
エンジニアの仮谷くん(来月隣に引っ越し予定)曰く、

「アラ50でしょ?最高齢のツーバスですよね・・・」

何度も「こんなん叩けるかい!!」とスティックを投げ出したが、
自宅スタジオなので逃げる場所がない。
昼過ぎには何とか叩き終えた。

橘高が来てあーでもないこーでもないと意見を言い、
自らの首をしめるがごとく超絶ギターを録音しだす。

二井原実がやって来て、
いや、隣の住人なのに来るよりも電話をかけて来て、

「プロトゥールス用のパソコン買ったからセッティングに来てくれる?」

ワシの命がけのプレイを聞くこともなく、
橘高の渾身のプレイを励ますこともなく・・・

しゃーないから購入したばかりのM-Box2をもって二井原家に・・・。
思えばワシら、隣で住んでながらやりとりは全てメールなので、
二井原家の2階に上がるのはなんと数年ぶりである。

設定しているうちに橘高はへろへろになってレコーディングを終え、
ワシはそのデータを使って歌を録れられるようにセッティングする。

二井原実、ここに来てやっと、家から出ないままついにワシらの渾身の演奏を耳にすることとなる。

ボーカルを録るシュミレーションをしてみると、
どうもM-Boxは最新版なのに音が遅れてしまってどうしようもない。
仕方ないのでお古の001を引っ張り出して来て再びセッティング。
プロトゥールスのバージョンが高いと認識しないので、
わざわざ低いバージョンをインストールし直したり、
まあこの辺は北京で慣れてる作業である。

夜も更けてやっと作業が終了。
かくして二井原は自宅の仕事場で歌を録れれるようになった。

そしてワシは考える・・・

二井原が「パジャマのままレコーディングしたいから」と言うのでこのファンキースタジオ作ったんちゃうん?!!」

ワシと二井原は今後も「お隣なのにメールでやりとり」の関係が続くことになるのであろう・・・

NiiharaStudio.JPG


ps.今から香港に旅立つ。ベース録れは仮谷くんに頼んだ!
歌録れは・・・自宅で勝手にやっといてけろ!!
後でメールで送ってね。

Posted by ファンキー末吉 at:03:48